エデンの女王

ハコニワ

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一 不条理な始まり 

第10話 花火

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 わたしの素直な感想に、力也さんは目を伏せた。
「ここは、そんな綺麗なとこじゃねぇよ」
 と小さく呟いて、いつの間に完食したアイス棒の袋を捨てた。わたしも慌てて食べる。さっきの、どういう意味だろ。

 ここは、ほんとに綺麗だ。それは間違いない。でも村の住民からすればここは汚いという感想なのか。

 アイス棒も食べ終わって、体が冷えている。あの暑さが嘘のようだ。でも暫くしたら火照っていく。

 黄昏時。血のように真っ赤になった太陽が沈んでいく。辺りも血のように真っ赤に染まり、黒い影が伸びている。もうすぐ、あの唄が流れる。

 ミンミンゼミがけたましく鳴っている。その木々に囲まれた場所の道を歩き続け、耳がおかしくなりそうだ。

 力也さんの足が自然と帰る方向に。わたしもその背についていく。ふと、足が止まった。
「まだ紹介してもらってない所があります」
「そこにはいかん」
 紹介してもらってない場所が分かって言っているのか、力也さんは強く断った。わたしはあんぐり。ここまで来て、回っていない所があるのは何かと気になる。

 わたしは走って、力也さんの前に止まった。力也さんは面倒くさそうに顔を引きつく。
「あそこの花畑、綺麗だなって思ってました。近くて見たいです」
「花は綺麗でも、汚れてんだよ」
 ほんとそれ、どういう意味。分かるように説明してほしい。力也さんはスタスタとわたしの前を通り過ぎた。ほんとに行かない様子だ。

 それでもわたしは行きたかった。初めてそれを見たのは、絵伝にやって来てから和恵叔母さんの車に乗り、藤村家に向かっている最中。たまたま通りかかった花畑。

 何かの像と一緒に、赤い花の花畑が。公園かな、と思ったけど子供たちもそこにはいなかったし、観光場所でもない。
 綺麗で赤々とした花だった。像を囲むように植えられた花に、その景色が頭から離れられない。

 力也さんはどうしても、行ってはくれない。場所が曖昧だから連れて行ってほしのに。強く拒否てる。「他所もんには分からない」と遠回しにわたしを拒絶している。わたしがどうしても行きたい、と言っても力也さんは変わらず前を歩いている。終いにはしつこい、と睨まれた。

 図ったようにしてあの唄が流れ、仕方なく、前をスタスタ歩く力也さんのあとをついていく。あの赤い花。間近で見てみたい。村の地図があればいいものの、どこにいっても、その看板はない。

 観光客が来ないから看板がないのか、看板がないから観光客がいないのか、どっちもどっち。家に帰ると、和恵叔母さんが出迎えた。
「おかえりなさい! どうだった?」
 ニコニコ笑う。
 その笑顔が急に、怖くなった。まるで、その笑顔が張り付いてて目の奥は、笑っていないのではと。
「特になんともなかった」
 力也さんがぶっきらぼうに言った。和恵叔母さんとの間をすり抜け、家の中に入っていく。「ちゃんとエスコートしたの!?」と和恵叔母さんが力也さんの後をついていき、意識が力也さんに向けられ、わたしも家の中に入った。

 晩御飯は、幸音さんたちが今日買ってきた焼肉だった。熱したフライパンに肉を入れていく。ジュワ、と焼ける音が。昼間より熱い湯気が家の中にたんまり溜まっていく。

 お肉は美味しい。それに久々に長く歩いたし、お腹空いていた。アイス棒はデザート的なものでお腹には入っていない。お肉をいっぱい食べて、お腹をみたした。

 今日は焼肉だったから、必然的に洗うお皿が多い。幸音さんと一緒に後片付けをした。厨房に二人立つ。他の人は居間でテレビを見たり、部屋に行ってたり。
 今日はなんだか、幸音さんと喋りたかった。それだけで、わたしは幸音さんといる。
「どおだったぁ? 力也はエスコートした?」
 ニヤニヤ笑っている。
 わたしはお皿を洗いながら顔をそちらに向けた。
「……しっかりエスコートしてくれました」
 最後除いて。その返事を聞いた幸音さんは満足したように、微笑んでいる。わたしはずっと聞きたかったことを口にした。
「幸音さんは、ここの村出身なの?」
「そうだよ? あーしぃの実家、そんな遠くないの。雅也と出会ったのは、今から二年前で村のくだらないゴミ集め企画でたまたま会って、それで意気投合して、そしてお嫁さんになっている」
 ふふふ、と陽気に話す彼女。乙女だなぁ。

 幸音さんはここの人だ。余所者じゃない。余所者じゃなければ、あのとき、一緒に行ってくれただろうか。それだけを悶々と考えている。

 幸音さんは、少し首を傾げていた。いけない。手を止めていた。わたしは悟られないように再び手を動かした。なんせ、洗い物がいっぱいで手を止めていた分、予想より時間がかかった。


 夏といえば、様々ある。スイカだったりアイスだったり、かき氷だったり……食べ物以外にも、海やら祭りやら。夏のイベントは多い。かくして、藤村家も夏を満喫する。裏庭に集まったわたしたちは、火事にならないようにバケツを用意して、花火を始めた。毎年毎年行っている行事のようで、皆さんこの時を待っていました、というようにはしゃいだ。

 デカイ花火を打ち上げたら、苦情のもとなので小さな線香花火しかない。幸音さんたち、お肉と一緒に線香花火まで買ってきたのだ。

 パと火を付ければ、先っぽからオレンジ色の光が灯る。人霊みたい。バチバチと火花を散って、上までジリジリと燃え広がっていく。

 各々それぞれの場所で灯していた。叔母さんたちは、縁側に座って仲良くお喋りしながら。幸音さんと雅也さん二人は、バケツの近くで。密着してて、昼間だったら暑苦しさ全開。
 わたしは、少し離れた場所で灯していた。暗いほうがより綺麗に映るから。その横には、力也さんと倫也くんがいる。
「毎年思うけど、静かに花火あげんのって、寂しくないのかね」
 文句を垂れる倫也くん。
「苦情が来たら大変だしね。仕方ないよ」
 改めてこの村の狭さを知った。
 山と山に囲まれている場所。そこが村であり、その範囲しか、認められない。大きな花火を打ち上げれば、近隣住民だけじゃない。村中から苦情がくる。

 文句を垂れた倫也くんの火花が落ちた。真っ先に落ちた。倫也くんは、舌打ちした。わたしの線香花火は未だに燃えている。それをじっと見下ろし、再び線香花火に火をつけた。

 力也さんは、さっきから黙っている。
 線香花火の光が反射して、程よく焼けた顔色がオレンジになっている。かく言うわたしもオレンジに染まっている。

 ポトリ、とわたしのが燃え尽きた。

 落下したソレは、まだ真っ赤になって息をしている。でも次第に弱くなりやがては、息を殺した。不意に視線を感じた。振り向くと、倫也くんがニヤニヤ笑っていた。
「まさか、勝負してたの?」
「当たり前でしょ。これで引き分けだけど、どうする? 続ける?」
 そんな挑発的なことを言われて、やらない、という選択肢はない。わたしは線香花火に火をつけて、どっちが先に落ちるか勝負をした。
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