エデンの女王

ハコニワ

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一 不条理な始まり 

第13話 美麗の狂気

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 誰にも知らない。私だけの秘密。幼いころから持っていた人と違う性。人と違うと知って、同じように周りと合わせた。でも駄目だった。合わせるたびに胸がズキズキ痛む。吐き気にも苛まれて、自分は周りに合わすことは出来ないと直感した。

 ならば、いつそのことそれを受け入れてやろう。そうなれば、吐き気もない。心がすっと穏やかになった。

 人を殺めたのは、いつだろう。雨が降っていた。人を拉致したのはいつだろう。一緒に遊んでいたかつての友だった。いつから、なんて考えなかった。今あるのは、それ等をそつなくこなして快楽をえるのみ。

 蔵を開けた。一昨日帰るときには掃除を済ませたのだけど、腐敗臭が残っている。鈍器で頭を殴られたような腐敗臭。血と屍の臭いだ。

 蔵の中のの二階は常に窓を開けている。それでも尚、この腐敗臭が残っているのは
「粗相をしちゃって」
 クスクス笑った。この腐敗臭の元、女中を見下ろした。一週間ここで放置していたせいか、彼女の足元や腿は濡れていた。

 彼女は私のことを見上げるなり、ひっと小さく悲鳴をあげた。この一週間、何度も叫び続けて喉をこわしたのだろう。掠れていた。
「大丈夫ですかぁ? なんて無駄なことを」
 私は彼女に水を飲ませた。もちろん善意でやっているつもり。でも、彼女はそれさえも恐れて、ブルブルと震えている。

 彼女は、柏木家のかつての家政婦だった。私のことを付け回し挙句にこんな所まで見られたからには、口封じにここで監禁した。一週間しか経っていないのに、すぐに代わりを雇った柏木家も酷なことだ。まだ生きているのに、死んだみたいな扱い、可哀想。もう、柏木家には帰れない。そうなったら、もう彼女の居場所はここしかない。屍になるまで監禁しとこう。

 それは、ある日突然だった。

 拷問も何回かして、彼女の息は絶え絶えだ。早く補充しないとな。縁側に座って、ボーとしていると、平助さんが通りかかった。
「けほ……隣、いい?」
「いいですよ」
 今日は絶好調の日か。屍のように横になっている姿は、月のように艷やかで綺麗なのに。絶好調だと胸焼けするからい気持ち悪い。

 平助さんはゴホゴホと咳払いして、隣に座ってきた。姑も出かけてて、壮亮さんと舅は蔵で酒を作っている。家にいるのは、平助さんと暇な私だけ。二人きりの時間が流れた。
「嫁いでからだいぶ経つけど、どう? ここは」
「もう慣れました。ただ……毎晩壮亮さんが求めてきて、少し鬱陶しく思ってて」
「ハハハ……」  
 平助さんは苦笑した。
 不健康な白い肌がひきつく。
 もうすぐ秋になる。庭の木々たちも緑葉から赤い紅葉に成り代わろうとしていた。夏を通り過ぎても、ほんのり残る夏の蒸し暑い風。髪の毛をなびかせ肌を伝う。

 そんな風に揺られて私たちはただ、じっとしていた。何をすることも、喋ることもなく。じっと、サラサラと舞い上がる紅葉を眺めている。
 静寂なに一時がプツンと途切れた。
 唐突に語りだしたのは、平助さんのほうだった。
「その血、何処かで怪我でもしたの?」
 空気が静まり返った。
 私はびっくりして、平助さんの視線が注がれた方向を恐る恐る顔を向ける。襟のところに、血が。もう赤黒く変色していても、それが血だと平助さんにはわかったらしい。

 襟を隠した。なんて失態。昨日散々拷問したせいでその返り血がついたのか。気が付かなかった。
「これは転んで」
「え、大丈夫?」
 そっと平助さんの顔を見上げる。眉をハチの字に曲げて、心配している表情。殺人鬼だということを知らない無知な視線。

 どうやら、本当に心配している。この血のことも適当に言い訳を並べれば、すんなり受け止めてくれるだろう。
「派手に転んで」
「でも普通、そこ付かないよね?」
 妙な勘があるな。このまま押し通そうと言っても無理か。

 平助さんは男性だ。でも病弱で、成人男性とは思えないほど骨ばった体。幼いころから床に伏せていたせいで、腕力もないだろう。女の私でも、敵う。

 平助さんが何度目かの咳払いきたとき、私は、平助さんの首に腕を回した。驚いたようにひゅ、と喉がなった。腕に全体重の力を集めて、喉元を強く抑えた。

 ひゅ、ひゅ、と切羽詰まった息が。ジタバタとばたつかせても、呆気ない抵抗に終わる。苦しくて平助さんの爪が私の腕をガリガリかいた。このまま首を折るのは簡単だ。でも、ここは死体を隠せる場所も、死体を運ぶ力も残っていない。

 それに、跡取り息子じゃないにしろ、酒屋の長男が行方不明だと後で面倒になる。
「私の秘密、知りたいですか?」
 問いかけると、少し腕を離した。それを待っていたかのように、平助さんがスルリと腕を交わしていく。そんな絶好なチャンスなんて与えない。

 私は離したと見せかけてもう一度力んだ。喉元を強く抑えられ、今度は圧迫されている。でもこのままじゃ喋れないから少し解くと、もう完全に逃げようとはしなかった。
「知りたかったら、殺しませんよ」
 耳元で囁くと、ビクリと肩を震わせた。

 平助さんは完全に私の手の中に収まった。家を出て、馬車に乗り、蔵を案内した。蔵の周辺の異様な臭い、そして、蔵の中の屍だらけに平助さんは顔を青ざめた。

 連続誘拐事件の犯人は私であり、私が、残虐非道な女だと知った。当然、平助さんは怯みながらも、警察につきさすと脅す。でも、拷問され息絶え絶えな女中を見て、その気迫はなくなった。

 いつしか平助さんと秘密を共有した。とても危険な、人ざるものの秘密。平助さんは家の中では器用に普段通りに過ごしていた。誰にも悟られまいと、笑顔を浮かべて。

「最近兄貴と仲良いよな?」
 夜、隣で寄り添う壮亮さんがおもむろに口にした。ぶっきらぼうな口調。顔を見れば、案の定不貞腐れた表情だった。
「最近、秘密を共有してて会話が弾むんです」
「秘密って?」
「ふふふ、秘密は秘密です」
 ムッと表情。
 私を抱きしめ、さらに体を重ねていく。 

 最近、壮亮さんが平助さんに当たる機嫌が悪い。理由は嫉妬。私を取られたと思っているのでしょう。それは段々、エスカレートしていき私を束縛するようになった。

 うざったいなぁ。いつ殺そう。

 私の苛立ちも平助さんにバレて、弟には手をだすなという気迫をもらった。少しばかり、爪を引き抜いてやったけど。 

 その瞬間が訪れた。切れそうになっていた糸がピンと切れた瞬間。その糸はいつも、キリキリと音を出して小さくなり、ギリギリなところで、ずっと保っていた。

 酒屋が燃えていた。放火したのは、壮亮さんだった。私がたぶらかしたのだ。耳元で。平助さんを殺せば、元通りですよ、と。暗示のように言い聞かせると、その夜、家に火を放った。

 姑と舅は逃げ切った。でも、病弱で右足を引きずって歩く平助さんは逃げ切るには無理だろう。

 焼け跡から、一人の遺体がみつかった。そうして、壮亮さんは壊れた。放火は別の犯人に仕立てた。でも、罪を犯したのにのうのうと生きていることに苦痛だった壮亮さんは、自暴自棄になり、自さつした。

 酒屋で起きた悲劇は、これだけでは終わらなかった。一ヶ月後、姑が泡を吹いて亡くなった。服毒自さつだと噂されるも、本当は美麗がやったもの。
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