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一章 侵略者と地球人 

第2話 二人の宇宙人

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 昨日、変なペットを両親が拾った。コスモと命名されたペットは、宇宙人で侵略者だった。そんなわけで、俺は侵略者と同じ寝床で住んでいる。
 朝起きると、妙に温かい。ひだまりに包まれているみたいだ。二度寝したくなる。目を薄っすら開けると、丸い頭が目に入った。サラサラヘアーで、真っ白なシーツに広がっている。

 俺は朝から絶叫した。なんせ、同じベットにコスモが寝ていたのだから。昨日の夜は確かに一人だったのに、なんでこいつまで添い寝してんだ。

 俺の絶叫は、近隣に響いた。下の階から「やかましい!」と姉貴に怒鳴られる。一方コスモは、目をこすって気だるげに起きた。
「んん? 朝ぁ?」
 大きな欠伸をして、また寝転がった。ぐぅと寝息をたてる。俺は頭を叩いた。
「寝るな」
「あ痛っ」
 頭を押さえながら、コスモはしぶしぶ起き上がった。どういう経緯で俺のベットに入ってきたのか知らないが、俺は今から学校に行くため着替えなきゃならん。

「さっさと出ろ」とコスモを追い返した。コスモは、不満げな顔でじっと見上げてくる。もっと寝たいと呟く。
「着替えるためだ」
「何処に行くの?」
「学校だ」
「がっこう? なにそれ」
「青春を謳歌するところだ」
「せいしゅん? おうか? せいしゅんをしたいの?」
「中学では散々暴れてたからな……恋やら友情やら、無縁だった。だから高校に入ったら、今度こそはって……あー! もうっ!! こんなやり取りしてる間に時間なくなるだろうが。高校こそは無遅刻で真面目な生徒になんなきゃいけねぇのに! 俺は着替えたら学校に行く! 以上! もう聞くなっ」
 バタン、と力任せに閉めた。コスモは終始無表情な顔していた。恐らく意味を分かっていない様子だった。なんにせよ、両親も家にいるし、家に残るだろう。まさか、学校までついて来ないよな。まさかな。まさか、まさか。

 着替えながら、そう思っていた。
 流石に学校までついて来ないと、淡い希望を抱いていた。――抱いていた俺が浅はかだった。 

 普段通り玄関を出て、見送ってる面子は、お袋と親父とコスモだったから気が抜けていた。学校までの道のりを歩いていると、ふと背後に気配を感じた。背後を襲ってくる奴は少なからずいた。昔は、気が抜けているとバットで殴られ気絶される可能性があるから、そういう気配には敏感なんだ。

 カーブミラーの曲がり角まで、歩いてく。歩幅は大きく速く。相手もついて来れない速さで。でも相手はぴたりと背中に張り付いているように、くっついている。不気味。

 カーブミラーの曲がり角までたどり着き、背中に張り付いる相手をどんな奴か拝んだ。ペタペタと裸足で歩いてて、寝間着姿。そいつは朝玄関で見送ってたやつじゃないか。
「どうしてここにいる」
「いだだだだ」
 俺はコスモの頭をギリギリ握った。リンゴみたいに小さいから、危うく捻り潰せそう。ぱっと離したら、頭を痛そうに抱えた。そして、ぼんやりした眼差しで見上げてきた。
「だって、学校てどんな所なのか知りたくて」
「知りたくてもついてくんじゃねぇ」
 さっさと帰れとシッシッと追い払う。全然逃げゆく気配はない。学校までついてくる気満々だ。このままじゃ、やっと手に入れた高校生活がおじゃんだ。というか、ずっと気になっていたのだが……。
「靴くらいはいてこい」
「宇宙人だから、そんなの履かなくてもいい」
「俺が気にするから」
 仕方なく俺はコスモを背負った。走れば家までだいだい一〇分でつく。予鈴がなるまであと十五分しかない。間に合うか。
 背中で背負うと、重りを感じなかった。振り返ってみると、コスモはしっかり背負っているのに。まるで、薄っぺらい紙みたいだ。今まで何を食っていたのか。心配になる。そういや、宇宙人だった。
「ねえ連れてって」
「耳元で話しかけんな」
 俺はため息ついた。 
 もう時間がない。このままコスモを背負って学校に行くしかないか。
「お前の姿って」
「透明になれる」
「……まぁそれなら」
 触覚を弄れば、自分自身を変えられるらしい。あの触覚便利だな。是非とも家族の前でもやってほしい。そうすれば、少しくらい頭も冷えるだろ。

 学校に恐る恐る侵入しても、誰一人コスモの姿を見る人はいなかった。侵入者を咎める様子もない。ほんとに透明になっているのか。さきに、職員室にあるスリッパを盗んでコスモに履かせた。
 誰もコスモの存在を認識していないのだから、もしも、コスモがおかしなことをしたら、怪奇現象になるな。学校の七不思議扱いされる。

 職員室から自分の教室まで歩いていく。予鈴がもうすぐ鳴るから、廊下には人はいない。たまに慌ただしく教室に向かっていく人とすれ違うのみ。
「いいか? 危ないやつには気をつけろ。お菓子で誘われても、呼び出しくらっても、絶対に一人で行動するな。俺から離れるなよ」
「あいあいさー」
 と言ってる最中に、コスモはお菓子を持っている生徒をガン見していた。行動と言動が違う。これほどまで、心配するやつは初めてた。そんで、とりあえず涎を拭け。
「ねぇ何あれ」
「さっき言ったばかりだろうが」
 チラチラ目移りするコスモを引っ張り、教室にたどり着くと、いつもと変わらずにクラスメイトと挨拶を交わし、自分の席に座る。一番端っこで良かった。

 密閉した空間で人が大勢いるからなのか、コスモも少し落ち着いた。俺から離れる気はない。壁際でずっと立っているのも可哀想なので、椅子を用意した。
 コスモは窓から顔を出して、羽ばたく鳥をボォーと眺めていた。やっぱ帰らせたほうが良かったかなぁ。

 すると、影が忍び寄ってきた。振り向くと女子生徒がニコニコ近づいてきた。前髪をきっちりピンで留めた学生で、飾り気のない何処にでもいる女子生徒。クラスの委員長の井川 麻美いかわ あさみさん。
「おはよう。職員室で何してたの?」
「見てたのか。えっと……昨日の分からなかったところを聞いてたんだ」
「そうなんだ!」
 ニコッと笑った。嘘なのに、信じて疑わない無垢な笑顔。眩しい。嘘を吐いた俺が穢れている気がしてならない。

 委員長なだけにクラスメイトのことを放って置けない主義なのか、毎日挨拶がてらに話しかけてくる。なんとも健気で優しいのか。
「そういえば、ずっと気になってたんだけど……」
 麻美さんがちらりと俺の後ろを見た。俺の後ろは誰もいない。壁とロッカーだけがある。いるとすれば、コスモだ。
 まさか、麻美さんはコスモのことを見えるのか。
「あの椅子、どうしてあんなところにあるんだろ?」
 麻美さんがじっと見ていたのは、コスモではなくコスモのために用意した椅子。委員長なだけに清掃を常にし、なかった場所にあるものを見たとき気にするのだろう。
「あれは、俺が用意したんだ……えっとあれ?」
「ん?」
 俺はもう一度辺りをキョロキョロした。コスモがいない。絶対俺から離れるなって、言ったのにまたフラフラ出歩いたのか。
「ごめん委員長! 体調悪いから保健室に居るって伝えといて!」  
「えっ……!? 一樹くん!?」
 麻美さんの戸惑いの声を背後に感じつつ、俺は一目散に教室を出ていった。 

 バタバタと廊下を走り抜け、学校中を調べ回った。もうとっくに予鈴がなり、ホームルームが始まっている。ざわざわ騒がしかった校内が水を打ったように静か。

 足音とあらい息が静かな廊下に響いている。くそ。何処に行ったんだ。フラフラ出歩いて、一人でどうするんだ。すると、外で話し声が聞こえた。舌足らずの少女の声。高校なのに決して聞かない幼女の声は、異質に感じた。そして、重なるようにして聞き覚えのある声が。俺はすぐに外に出た。

 校舎から離れた日向の当たらない湿った場所に、二人の少女がいた。二人とも頭には触覚があって、どう見ても人間なのに人間じゃない。やっぱりいた。
「コスモ! 離れるなって言っただろ!」
 近くまで行くと、二人はびっくりして振り向いた。教室から離れて、こんな所まで来ていたのか。もう一人は、わなわな震えている。
「おー、お迎えご苦労」
「お迎えご苦労、じゃねぇよ。俺から離れるなって言ったろ」
 コスモはそうだっけ、と首をかしげた。こいつはあああ。怒りたい衝動にかられたが、もう一人の女の子に目がいった。
「ちょっとちょっとコスモ!」
 コスモの隣にいる女の子がコスモの肩を叩いた。その反動でか、コスモが大きく揺れる。
「人間! わたしたちのこと見えてるの!?」
 金髪でサイドテールの髪型。ビー玉みたいに大きな目。頭には触覚があり、コスモと同じ年齢ぽい。まさか、こいつも。
「宇宙人?」
「スターでーす」
「勝手に自己紹介しないでくれる!?」
 スターと呼ばれる女の子は、この状況に最も錯乱していた。コスモに怒り「まさか、気を許したの!?」とガミガミ叱っている。コスモと違って喜怒哀楽をしっかり所持している。
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