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三章 侵略者とガーディアン

第37話 コスモとソレイユ

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 宇宙人とガーディアンたちは、相原家から出ていった。瞬きの一瞬で消えた。アポロたちと同じだ。開いた玄関から強風が家の中まで襲い、壁に飾られてあるチラシやカレンダーがバサバサと音を出して激しくなびく。

 目をもう一度開くと、コスモたちの姿はいなかった。辺りをキョロキョロしても何処にもいない。強い風が家の中を揺らしたせいで、一階の奥からお袋が顔を出してきた。
「玄関の戸をしめなさいよ。何今のぉ。台風みたいな風だったわね」
 お袋はやれやれと顔を顰め、また顔を戻した。俺は玄関から顔を出して外の様子をうかがった。やはりコスモたちの姿はない。きっと遠くで戦っているのだろう。俺はゆっくりと戸をしめた。無事に帰ってくることを願うばかり。

§


 宇宙人たちは荒野にいた。
 宇宙人の決闘にガーディアン機関も乗り気だ。コスモVSソレイユ。スターVSコメット。ダスクVSウォーター。三人はそれぞれ別れた。 コスモの目の前にはソレイユが立っていた。切れ長の瞳の奥がギラリと光っている。怨みがこめられた眼差し。コスモは、ソレイユの目を気にかけていた。
「私、まだ何もやっていない。なんでキレてるの?」
「ふっ……。愚問だな。お前たちは存在しているだけで腹が立つ」 
「愚問?」
 コスモがオウム返しに聞き返す。その瞬間。隙をみせた途端に、コスモの体がくるりと反対方向を向いた。
 自分の意思とは反対に体が勝手に動いた。ソレイユの目を見たからだ。敵に背を向ける態勢で、コスモ自身もびっくりしている。体がどうしても動かない。自分の体なのに、反応しない。糸に操られたように動く。

 指先だけが微かに動くのを確認して、コスモは遠くに配置していたゴミ箱をぶん投げた。中に入っている塵カスが空気中に舞い、飛沫する。的が大きいゴミ箱は簡単に避けられた。ぐにゃりと体を捻り、避けられたゴミ箱は、ガタンと大きな音を出して地面に転がる。

 空気中に舞っているのは塵カスだけじゃない。捨てられたものの中に、プラスチック製があって、キラキラ輝いている。塵が雪のように降り注ぐ。
 プラスチック製の瓶や粉々になった硝子の欠片が空気中に進路をかえ、ソレイユに向かった。無論、コスモが操っている。

 硝子が飛んでくることを分かったソレイユは、後ろに二度ジャンプして大きく後退した。その白い頬にピッと赤い線が入った。地面に落ちたゴミ箱を投げつけると、硝子がグサッと奥まで貫通。
 貫通したゴミ箱はドサと重い音で倒れた。コスモが攻撃してたとき、ソレイユの呪縛が解かれた。

 自由動けるようになったコスモは、至近距離に近づいた。至近距離に近づけば、目を見てしまう。それなのに、自ら近づいた。

 ソレイユは鼻で笑った。自分の範囲内に自ら入ってきたコスモをあざ笑う。しかし、範囲内に入ってきても、コスモは見当たらない。さっきまで、自分の範囲内に入ってきたと思ったのに瞬きした瞬間に、消えていた。

 焦るな。まだ近くにいるはずだ。

 決して焦りを見せず、気配を探った。目を閉じ、空気の振動、音、風、匂い、あらゆるものを探索する。

 ふわりと風が吹いた。生温い風だ。そして、近くで小さな足音が聞こえたのを聞き流さない。懐から小型ナイフを取り出し、音がした方向、それから、真後ろにも投げた。シュンと空中で何度も回転し、音がした方向に投げたナイフはぐさりと地面に突き刺さった。

 真後ろに投げたナイフはどこかに消えた。標的に当たったのだ。しかし、その標的がまた消えている。体のどこかに命中したはずだ。また消えて、また仕掛けるつもりか。

 また意識を集中させた。音、気配を探る。体の何処かにナイフが刺さったのであれば、血の匂いがするはず。なのに一滴も匂わない。確か、昔、長が宇宙人には流れる血も涙もないとおっしゃっていた。長の言うとおりだとすると、刺さった場合すぐに回復している。

 そして今、気配がないのは回復中だから。必ず探り当てて、トドメを刺さないと。トドメを刺して土岐様に報告をしないと。自分たちがあの人たちより優れていると知ってほしい。

 それにしても、空気を探ってみてもやつの気配が感じられない。神経を集中しすぎてて、喉がひどく乾いてカラカラだ。でも気を抜くとやられる。すると、背後に視線を感じた。
「ずっとここにいたよ?」
 コスモが無表情で背後にいた。
 ソレイユはびっくりして、後退した。神経を張り詰めて空気中を探ってみても、背後は感じられなかった。
「いつから……」
 ゾッゾッと鳥肌がたった。コスモは無表情で何を考えているのか分からない。
「ずっとはずっとだよ」
 コスモは相変わらず無表情で答えた。
 さっきから鳥肌が止まらない。ソレイユはコスモの目をじっと見た。漆黒の瞳が微動だにしない。

 それよか、その瞳を見続けていると吸い込まれそう。瞳の中は宇宙が広がっていて意識と体が吸い込まれていきそうだ。このまま漆黒の瞳を見続ければ、自分の意識が危ないと察したソレイユは顔を逸らした。意識をはっきりさせ、もう一度瞳を覗く。はっきりと分かったことは、マインドコントロールが効かない。
 
「貴様……心がないのか」
 ソレイユは落ち着いて問いた。でも声が震えていることは動揺しているのがバレバレ。
「あるよ。でも少し、リセットしてるだけ」
 コスモは飄々と答えた。リセットと聞いて、ソレイユは眉をしかめる。コスモは話を続けた。
「ねぇそれより、さっきの、〝愚問〟て何?」
「……馬鹿馬鹿しい意味だ」
「へぇ」
 コスモの体を改めて見てみた。ナイフが刺さっていない。マインドコントロールが効かない以上、これで戦うしかない。回復が早いな。  

「刹那、て知ってる?」
 コスモの口から信じられない名前が。それを聞いた瞬間、体が固まった。思うように息ができない。肺が、心臓が痛い。目の前がクラクラする。
「その名前を……その名前を口にするなぁ!!」
 ソレイユは懐から手榴弾を取り出し、それがカッと光った。コスモは何が飛び出したのか分からないまま、それを直撃。

 大地を大きく揺らすほどの爆発音。それと衝撃波が空に響きわたった。周りにある木々たちがざわざわとなびく。大規模とはいわないが真っ赤な炎が地面で燃えている。僅かに黒く変色しているところもある。白い煙が天まで伸びて、霧のように広がっている。

 鼻にこびりつく煙臭さが充満している。けど腐敗した異臭はしない。まだ生きていると察した。

 宇宙人が回復するまで、こちらは動揺を沈めないと。痛む胸に手を置いて大きく深呼吸した。あの名前を聞いたときから、激しく動揺している。

 心臓の脈が異様に速い。ズキズキ痛む。頭の中でこちらに笑いかけてる女の子の映像が浮かんでいる。名前も顔も思い出したくない人間の顔が、頭の中に入っている。

 頭を振って、振り払った。大きく息を吸って深呼吸する。
「刹那は私の友達」 
 煙から声が。心臓がドクンとまた大きく跳ねた。痛む胸を抑える。
「その、名前を……言うな……」
 煙に巻かれて相手は何処にいるか分からない。意識が痛みにいき、集中できない。やがて、煙が薄くなり姿を現した。

 コスモは元いた場所から全く動いていなかった。体が湯気が出ている。回復もして、なおかつ自分よりも動ける。
「その、名前だけは聞きたくない……」
 ソレイユは心臓を抑えポツリポツリ喋った。コスモはどう受け止めたのか、刹那の名前は口にしなかった。代わりに思い出話を語る。

 ゲームを一緒に共有して遊んだり、強盗犯と一緒に立ち向かったり、ピンチのときは必ず協力しあっていた。
「アポロたちは初めて出来た地球の友達。一樹が言ってた。友達は大切にしろて」
 ソレイユは鼻で笑った。ははは、と高笑いする。笑われたコスモは、首をかしげる。 
「友達? 宇宙人が地球人と。そんな馴れ馴れしく交流していたから制裁を受けるんだ。我は、そんなふうにならない。今度こそ、ガーディアン機関を支える。〝太陽〟はいつも導くためにならないといけない。ヘラヘラ笑ってるだけじゃ、何も務まらない」
 ソレイユはカッと目を見開いて、コスモの目の奥の漆黒を眺めた。自分の底力でコントロールさせてみせる。

 コスモの体ががくん、と地面にへたり込んだ。突然な反応にコスモ自身もびっくりしている。体が思うように動かない。地面に膝をついて鼻先が砂に当たる。さっき燃えていた場所で炎がまだそこにある。ジュワ、と鼻先が燃えた。前髪がちりちりになっていく。動きたいのに動けない。

 汗が滴り落ちると、一瞬で乾いた。それ程の熱さ。人間だったら焼け死んでいる。

 ソレイユはナイフを取り出し、ゆっくり近づく。刃を首元に当てると、ビクリと微かに動く。
「貴様はもう、何も語るな」
 ナイフに力を込めた。ぎり、と肉が食い込む。
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