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四章 侵略者と夏休み 

第53話 一回

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 俺の力が耐えられるか、男の力がねじ伏せるか、それともコスモたちがここに向かってくるのが速いか、勝敗を別けたのは俺の行動だった。

 全体重をかけても、二m級の体格した男をねじ伏せられるわけがない。まず、銃をなんとかしないと。地面に押さえつけていた腕により力をこめると、男の指先が微かに開いていく。その隙を見過ごすはずがない。

 開いた指先から銃を奪い取って、何処かに飛ばした。カラカラと乾いた音が響く。飛んだ居場所を見続けるスキも無く、男が俺を弾き飛ばした。

 ゴツゴツとした岩場に体が擦られる。この地面、針のよう痛い。ちょっと掠っただけで、じわじわと痛みがかけめぐって、受け身をとった腕なんかは、血が出ていた。
「いってぇ……!」
「てめぇ、何すんだ!」
 それは最初から俺のセリフだ。 

 銃がなければこっちだってやれる。中学のときグレていただけじゃない。柔道や合気道だってやれる。その相手が強者でも。
 腕からじわじわと痛みが全身にかけめぐってく。まるで毒に侵されたみたい。痛みのせいで、意識がよりはっきりしている。

 銃が何処にいったか、間抜けに探している。俺は腹に向かって拳をつきつけた。鳩尾に拳を抉り、男は胃液をダラダラ垂れて膝をつく。
 また、宇宙語で訳分からん単語を口にしている。苦しい表情なのに、鋭い眼光は変わらない。肉食獣のように俺を捉え、ますますその光には憎しみが宿っている。

 見計らったかのように、コスモたちが駆け寄ってきた。
「一樹、大丈夫?」
 心配そうに顔を覗くコスモ。
 滅多にみない表情だ。俺はコスモの頭を撫でて「大丈夫だ」と笑顔で答えた。
「何が大丈夫だ、よ! 怪我してるじゃない!」
 スターが叫んだ。
 腕からだらだらと血が溢れていた。そういえば、怪我していたことを忘れていた。思い出すと一気に痛みが体中を駆け巡る。スターがすぐに治癒してくれた。
 傷がグチュグチュと閉じていく音が響く。耳障りな音だ。
 傷はようやく塞がった。持っていたタオルで血を拭き取ると見事に傷一つなかった。
「サンキュ」
「お安い御用よ」
 ふんと鼻で笑ったが、褒められて嬉しいのか触手がぶんぶん振っていた。
「こいつ、誰なの?」
 ダスクが男に近づく。
 男は気絶していない。鳩尾を殴られて身動きが取れないだけ。じっとこちらを睨みつけている。
「さぁ? 軍人だろ?」
「この星に軍人がいたのはもう何百年も前よ。五千七百号……この男、二百年前からこの地下に潜んでいるみたい」
 ダスクのその言葉に衝撃を受けた。二百年前だと。そんな、普通は生きてられない。人間だったらの話だ。でも相手は宇宙人。二百年も千年だって生き続けるだろう。

 でもそれにしたって、おかしい。二百年前からどうしてこんな所にいるんだ。門から見てたなら、地下から出られたはずだ。そういえば、よく見なかったが薄汚いかっこうだ。服はボロボロで中の生地が外に出ている。銃だけは光沢に光っていた。

 ダスクが腰を下ろして、男のおでこに手を添えた。男はひっと小さい悲鳴をあげる。ダスクは手を添えて、瞼をぎゅと瞑った。それから暫くして口を開いた。
「……なるほど、軍人だったのはほんと。でも現在は廃止になって失業。お金を探しに石を見つけながらそれを、権力者たちに高値で売る。いい商売してるじゃない」
 ダスクは嘲笑を含めて言った。
 手を戻すと、男はジリジリと後退した。もう少し行ったら川辺のほうに落ちる。ダスクの話を整理すると、この男はつまり、石を拾いながら稼いでいた。
「……ホームレス?」
「俺は軍人だ!」
 そこだけは否定してほしくないらしい。必死に叫んでいる。軍人として仕事を全うなんて、そんな考えじゃなかった。ただ、金目になる石を採取してくる奴らを排除していたわけだ。

 銃を乱射していたのは、恐らくそれだ。ここは立ち入り禁止区域でもコスモたちみたいに認められた者なら入れる。その人たちを排除したんだ。

 ダスクは立ち上がるや男を見下ろした。
「さて、こいつはどこに飛ばそうかしら。サターン様に言えば追放。刑務所に入れば拷問が毎日。だったら、おとなしく警察に売り飛ばしましょう」
 ダスクはくるりと振り向いた。コスモは分かった、と頷く。俺はコスモの腕を掴んだ。
「待て。そのオッサンに何するつもりだ? 警察に行って、何をされる?」
「一樹は関係ないよ」
 その台詞にそれ以上の詮索はするな、と聞こえた。俺はムッとした。コスモらしくない。コスモだったら、余計なことまで話すはずだ。俺はぎゅと掴んでいると、コスモは腕を振り払わなかった。 
「普通に自白されるだけ」
「それだけ?」
「かも?」
「どっちだよ」
「何されるんだっけ?」
「わたしに聞かないでよ」
 コスモははてなマークを浮かせて、スターに聞いた。スターは眉間にしわをつくらせてコスモと俺を睨みつけた。
「だいたい、殺されそうになったのにそんな野郎のことを心配する筋合いないわよ。詮索すんな。大丈夫よ。ダスクが刑務所に行けば拷問が毎日、なんて話を盛ったけど実際そんなの廃止になったから。今は大丈夫でしょ」 
 スターはじろりとダスクを睨みつける。ダスクは確信犯みたいな顔で笑っていた。
「だってさ」 
 コスモは俺の顔をまじまじ見た。
 俺はやっとコスモの腕を放した。コスモは俺から離れるとオッサンに近づいてグイと服を持ち上げた。首根っこを持ち上げているような感じだ。


 オッサンはジタバタ抵抗していたが、コスモの力には敵わない。なんせ、コスモはピクリとも反応しないのだから。オッサンをつれて、地上に戻る。

 石は諦めよう。石を拾ったのは、この中でスターだけだ。自分の〈探索〉の力を借りて何個も何個も見つけては、同人誌を買いたいやら服がほしいやらの個人の願いだけ言っていた。

 一切、地球侵略を全うするとは言っていない。それでダスクとも喧嘩になっている。ただでさえ自分の力を私利私欲に使い、個人の願いだけ言うなんてずるい、と。


 でもその〈探索〉のおかげで俺のことを見つけてくれた。感謝してもしきれないな。階段を登り、廊下を歩いていく。オッサンはもう警察引き渡しだと理解すると、もう抵抗することもなくなった。コスモにズルズルと引きづられるがまま。
 


 それからようやく、地上へ。忘れていたが、フードを深くかぶった。太陽の光が眩し過ぎて痛い。周りの光景の色が鮮明だ。真っ暗闇にある青白い光じゃない。辺りの光景に色がついている。それだけで、何故かホッとした。

 オッサンを連れて警察署へ。地球とあまり変わらないのは建物。まるで意図的にそっくりに造られた建物だ。宇宙語で警察署と書かれている。

 オッサンを引き渡すと、事情を説明しにダスクが中に入る。俺たちは、それを待った。本来なら俺も入るべきだろうが、ここで人間だとバレると流石にまずい。
 コスモはお腹空いた、と近くの綿あめを買いにいき、スターはそれの付き添い。警察署の外で待っているのは俺だけ。

 今日はひどい一日だ。足元でうろちょろしている蟻を眺め、ボーとしているとダン、と大きな音がした。それと同時に鋭い痛いが背中から。

 最初は何だろう、と思っていたが急に視界が横転した。地面に横になってドロリとしたものが自分の体から出てくる。今気づいた。

 俺、撃たれた。

 誰に?

 恐る恐る目線を下に向けると、大柄な男たちに取り押さえられ、下敷きになっていたのはオッサンだった。


 銃をまだ所持していたらしい。銃を持っている手を踏んづけられ、喧騒な声があふれる。

 でもそのけたましい声もだんだん遠のく。蟻が指先を這って、頬によじ登ってきた。こしょ悪いのに振り払えない。体がピクリとも動かない。

 寒い。こんなに熱いのに、地面が太陽に干されて熱いはずなのに寒く感じる。ドロリとした液体だけがやけに生暖かく感じた。

 蟻が何匹が指先を這って顔や口の中に入っていく。抵抗できない。瞼が重い。狭窄してきた。あのときは、夢の世界で自分で撃ったが、ここは紛れもなく現実だ。撃たれたら死ぬ。
 
 どうなるだ――俺、死ぬ、のか?

 意識が遠のき、ついに視界が真っ暗闇になった。



 はっと意識が目覚めた。目が覚めると知らない天井が目に入る。いい香りがする部屋だ。ふかふかのベットで横になっていて、そばにはコスモたちが眠っている。 

 どうなったんだっけ。確か、俺はあのとき――。曖昧な意識でここで眠っている経緯を探った。
「撃たれた」
 不意に声がして振り返った。扉付近にダスクが立っていた。感情も沸かない表情がゾクッとする。
 その言葉で撃たれたあの時、あの瞬間、声、景色をも思い出した。瞼の裏で鮮明に焼き付けている。身を起こすと、痛みはない。傷もない。
 ここは宮殿。ありとあらゆるものを使って、治癒してくれた。
「あんた……一回死んだよ」
 ダスクのその言葉で、息が止まった。感情を抑制した眼差しで、言われると慄く。
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