上 下
82 / 100
八章 侵略者と再会

第82話 悩み

しおりを挟む
 刹那の進路希望を聞くと、関心した。元気に愛想振り舞いてるだけじゃない。真面目に将来のことを考えている。
「あ、その意外だなて顔やめて? みんなにも引かれたの」
「引いてない。誰も引くわけない。すごく、立派な夢」
 千枝ちゃんがフォローした。刹那はぱぁと笑う。
「分かってくれるのはちえちえだけだよ! ふぁあ、なんていい子!」
 刹那はグリグリと千枝ちゃんの頬とくっつけた。千枝ちゃんは恥ずかしそうにしてるが、抵抗はしない。
「意外としっかりしてんだな」
「だから、その〝意外と〟はやめて! こう見えてもすっごい真面目ですぅ。真面目キャラですぅ」
 刹那が真面目キャラとかありえない。何も考えてなさそうな元気っ子の間違いだろ。まぁここはとりあえず抑えて、刹那がそんな進路に行くとは、ガーディアン機関の記憶は忘れているはず。それなのに、〝太陽〟のような存在に自分からなろうとしている。
 これは因果なのか、はたまた〝太陽〟としての素質を認められた彼女の性なのか。

 ちなみに千枝ちゃんは育ての施設から出たい、と答えた。育ての施設とは、ガーディアンのことを指す。刹那でも分かるように設定が盛り込まれている。
 自分の出世を施設育ちとして偽装している。
「高校を卒業しても、中々出ていけないんだ。ようやく自由になれるのは、結婚するとき。それまで、何年居続けるだろうか」
 千枝ちゃんは暗い影を落とした。
 施設の暮らしは非常にいい。食べ物も美味しいし、設備も整っているし、信頼できる仲間もいる。けれど、束縛し過ぎて自由を求めずにはいられない。
「早く千枝ちゃんの王子様が現れますように」
 刹那が胸の前で手を合せた。
「王子様て、そんな大袈裟な」
 千枝ちゃんは若干引いてる。
「王子様でしょ! 囚われの姫を奪い取って、自由に導く白馬の王子様、現実にもいないかな!?」  
 刹那は舞い上がって、きゃーと黄色い声をあげる。店の奥にいたおばあちゃんがびっくりして、目を見開いた。

 俺は刹那の口を塞いでペコペコ謝る。おばあちゃんは何事もなかったかのようにまた、眠りに入った。
「あ、もうこんな時間だ」
 俺の腕から解放されると、刹那腕時計を見下ろした。時刻はすでに六時過ぎ。千枝ちゃんには門限があって、七時までに寮にいないと罰がくだされる。
「早く帰らないと! ここはあたしが払うから、行った行った!」
 刹那は千枝ちゃんの背中を押した。放り投げ出されたのは、俺と千枝ちゃん。キョトンとする俺たちをよそに、刹那は行った行ったと急かしてくる。
 
 お言葉に甘えて、刹那にここは全額払ってもらおう。あとは怖いな。千枝ちゃんは手を振って別れた。そういえば、姉弟設定だったな。通りで一緒に放り投げ出されたのか。
 急いで電車に乗る。電車の中は、さっきより多い。帰宅ラッシュだからな。仕事帰りのサラリーマンが疲れて寝ている。
 電車に乗ったときは、時刻は六時半。ここのホームからガーディアン機関の学校まで、あと何分で着くんだ。
「間に合えるのか?」
「走れば大丈夫」
 千枝ちゃんは電車の窓の外を眺めていた。
 窓の外はどっぷり暗い。暗くなるのが早いから、街並みに様々な光がぼんやり宿っている。点々とした星みたい。
 またたく間に通り過ぎる景色を眺めている。コスモは早速、買ってきた桜餅を食べようとしていた。

 同じ中にいるオジサンからぎろりと睨まれた。俺はコスモの持っている桜餅を掻っ攫って頭上に掲げる。
「行儀悪い! 家に帰ってから!」
 そう叱ると、コスモは堂々と大きな舌打ち。
「チッ。ケチ」
「今のは舌打ちか? それとも唾液を舐めたとか? 喧嘩だったら相手してやるぞ」  
 コスモはつん、とそっぽを向いた。拗ねた。桜餅一個ぐらいですぐに拗ねた。ちょっと顔みたい。コスモを説得してなんとか表情をこちらに向かせようとした。でもやっぱり見れない。

 その様子を見ていた千枝ちゃんがくすくす笑っていたことに気が付かないほど、俺は夢中になっていた。くそ。コスモの奴も逃げるのがうまい。

 すると、あるホームで千枝ちゃんが立ち上がった。どうやら、機関の学校はここらしい。
「進路について悩んでいるのだろう。それなら、刹那と話したらいい。自分も話だけ聞く」
 千枝ちゃんはそれだけ言うと、ササッと電車から降りていった。白い髪の毛を揺らしながら、上機嫌に去っていった。
 俺、一言も言ってないのに伝わっている。もしかして本当に、姉弟だったりして、そんなわけないか。
「悩んでいるの?」
 コスモがじっと見上げてきた。
「あぁ、でも少し楽になったかな。道が複数になった」
 ほっとした表情の俺を見て、コスモは無意識にホッとした表情になった。

 それから帰路につくと、お袋たちが帰っていて玄関前で出迎えてくれた。コスモはぎゅうとお袋を抱きしめる。食べ物をよく与えてくれるお袋にはすぐに懐いた。ほんとうに動物みたい。



 その翌日、また相原家に宇宙人が揃った。
「今日は起きてるのね」
 スターがよっと挨拶した。コスモもよっ、と返事する。
「あんたたち、昨日北山姉妹と出くわしてたんですって? 烏が教えてくれたわ。何話してたの?」
 ダスクが部屋に上がるなり、追求し始めた。コスモはキョトンとした表情。ダスクはくるりと俺に振り向いた。俺は学校に行く準備をしててその視線に気がつく暇はない。ダスクはもう一度コスモに向くと、コスモは首を傾げた。
「別に変なことしてないよ?」
「烏から情報だと、和菓子店で一緒だったじゃない。もうそんな仲なの。あたしたちは遠くから眺めているのに」
 ダスクの口調は少し棘が含まれている。スターは横から「ちょっと!」とダスクを止めるも、ダスクは止めない。
「何話してたかは知らないけど、あたしたちの話は絶対に禁止ね」
「そもそも中に入ってない」
 コスモがさらりと言うとスターもダスクも目を白黒させた。猫になり切っていたと話すと、ダスクは謝った。北山姉妹とほんとに仲良いのは、俺なことも喋った。 
「へぇ。そういえばあんたもあの男もソレイユのことを〝千枝ちゃん〟呼びだからおかしかったのよね」
 ダスクが納得したように、うんうんと頷いた。


 その間に俺は学校に行く準備が整って、朝食を食べてまた部屋に戻った。
「それじゃあ、学校に行くから。くれぐれも荒らすなよ」
 部屋の中にいる三匹に忠告した。
 スターとダスクは目を細める。
「泥棒扱いしないで」
「さっさと行け」
 いーッ、と舌をだした。
 まぁ、おとなしくこんな場所に留まるわけないか。俺は呆れて戸を閉めた。一階に降りて、玄関に向かう。


 一樹が出ていったあと、話をまた戻した。北山姉妹のことではなく、北山刹那に関すること。
「絵梨佳が今日、この街に訪れてくるて情報よ」
 ダスクがにやりと笑った。
「それは本当なの!?」
 スターが目を見開いた。ダスクは本当だと即答。ダスクの烏の情報はどの情報より優れている。さっきは語弊あったけど、今度は間違いなく電車に乗って、この街に向かっている立野絵梨佳を見たという烏が何匹も。

 絵梨佳が自ら来ているのなら、こっちは待っているしかない。待っている場所に寄ってきてくれる。必ず。絵梨佳と初めて寄った店に三匹は向かった。行動せずにはいられなかった。

 その店にたどり着くと、絵梨佳はそこにいた。まるで、こちらの行動を読んでいたかのように待ち伏せ。額に脂汗を滲ませ、入ってきたコスモたちを見て、くすりと笑った。
「えらく久しぶり。そんな慌ててどうしたの?」
「どうしたの、てわたしたちに会いに来たんでしょ? 自分たちから会いに来たけど」
 スターは照れて言った。終始首を傾げる絵梨佳。
「わたし、これを食べに来ただけだよ」
 絵梨佳は机の上に注文した苺クレープを指差した。スターはダスクを睨みつける。今回の情報も語弊があった。
「でも、半分はこれで、もう半分は会いたかったな」
 素直に打ち明かした。
 コスモたちは店のものを注文して、のんびり過ごしている。注文した品を奪い合う小さな争いも勃発してるが、絵梨佳は気にしてない。話を続ける。
「この間ね、ガーディアン機関と仲良く、お花見してたでしょ? 偶然見かけたの」
 黒い影を落とした。
 抹茶を飲んでいたダスクが鋭い視線を向ける。
「みんな、地球に帰ってきてたんだ。なんか、あんまり変わらないね」
 そう言った絵梨佳は二年で随分大人ぽくなった。口紅をし、薄く化粧された顔。きっちりと第一ボタンをしめる子が、第一ボタンを広げでいる。普通の暮らしをし、それに慣れてきたのだろう。

 そして、その生活にも慣れ次第に由利島詩歌が入院している場所まで一人で行けるようになったと。由利島詩歌、もといルナ。植物人間としてこの二年間、全く起きなかった。今も。体もあの頃のまま。
 絵梨佳は小さく、控えめに笑った。 
「今日はみんなと会うの最後。わたしはもう、ガーディアンでもないから、こうやってみんなと触れ合うのもおかしい。それに、その力も弱まってきたみたい」
 コスモたちの姿は半分十二歳の少女しか見れなくなった。それは、宇宙人が作った宇宙人であるのを隠す幻。触角も見れない。 
しおりを挟む

処理中です...