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九章 侵略者と未来人

第88話 こっそりと

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 鹿室が少し落ち着いてきた頃には、宇宙人は侵略について話していた。
「今日はどうするの?」
 コスモが割と聞こえる声量で聞いた。
「こら、声がでかい! この話はあの子の前では禁止よ」  
 スターがコスモの口を塞いだ。コスモは何故という顔。
「侵略よりも彼の話を聞きたいわ」
 ダスクの興味が鹿室に集中していた。

 鹿室は昼飯を食べ終えて、ソファーの上でごろんと横になっている。こちらの会話は聞こえていない様子。でも小型ロボット、アイスが目の色を赤や青に点滅している。要注意。
 昼飯を食べたばかりなのに、コスモの口からはよだれがぼたぼたと。アイスを凝視している。獲物を狙ったハンターだ。

 自分が食用として狙われてることを悟ったアイスは目の色を青く点滅している。
「こぉら! あんなもの食べれるわけ無いでしょ!」
 スターがぐるりんとコスモの首を自分たちに向かせた。アイスはそのすきに寝ている鹿室の後ろに隠れた。
「首が……」
 コスモはありえない方向に傾いている首をゴキゴキ言わせて、治した。それでもスターは話を続ける。
「あの子はわたしたちが悪い宇宙人だって認識している」
「実際そう思われなきゃ侵略者として達成できない」
「でもわたしたちは何も悪いことをしていないの。それなのに犯罪者扱いよ。ここは良いところを見つけて良い印象を作りましょ」
「何も悪いことしていないイコール侵略していないて、言っているようなものだけど、良い印象を与えても彼の中には、宇宙人イコール悪い印象しかないのに?」
「……ダスク、正論ぽいのを小声でちょくちょく挟まないでくれる? わたしが喋ってるのに」
 スターはダスクをぎろりと睨みつけた。ダスクは何故という顔。その反応にスターは激昂した。


 居間では鹿室の寝息が響いている。よほど疲れたのか、宇宙人がいても安心している表情で眠っている。アイスが何処から貰ってきたのか、お布団をかけている。

 台所では一樹が皿を洗っていた。水の音でこちらの会話は聞かれていない。
「今日は何もしないの?」
 コスモが訊いた。振り出しに戻った。
「そうね。今日はもっと未来について話してほしい」
 ダスクの興奮の視線が鹿室に向かった。鹿室はぶるりと身動きして、またスヤスヤ眠った。そんな視線を遮るかのように、スターが前に立ちはだかった。
「何もしないとは言ってないじゃない。あの子も疲れて寝ているし、安眠している間に侵略をしましょ」
 スターはふんぞり返って提案した。
 ダスクはどんより暗い表情になった。
「なんで今日はそんなやる気なの。未来人の乗ってきたあらゆる問題をかき消してやってきた宇宙船とかあの銃とか、これから分解したいのに」
 ダスクはこれだから、とため息ついた。コスモは分解と聞いて目を光らせる。分解に至ってはコスモの得意技だからだ。
「そんなの、いつだってできるでしょ。あの子はここに留まるんだから。それに、起きてきてわたしたちの侵略は殺戮なんてしない、てのを目の前で見せるチャンスよ」
 スターの足はすでに玄関に向かっていた。ダスクは「どんなチャンスよ」と小声で文句を垂れるもスターのあとについていく。

「出掛けるのか?」
 三匹が玄関に向かったのを見て、俺は声をかけた。
「侵略しに」
 コスモが色々省いて言った。
 鹿室は起きてこない。スヤスヤ寝ている。玄関前で俺は三匹を見送った。玄関の戸が閉まり踵を返すとアイスが隣にいたことに気がついた。気配がなかった。
『何を氏に?』
 アイスがおもむろに訊いた。
「あぁ、掃除だよ。あいつらは侵略て言ってるけど地域のゴミ拾いとか草むしりとかしてくれる」
 俺は優しく言った。三匹が出て行った玄関に視線を向ける。アイスは何を思ったのかそのまま玄関のほうに。丸い球体から手のようなものが生えて自ら玄関の戸をあけた。
「え、まさか」
『大丈夫です。わたくしはこの時代の人間に見えないようにコーティングされています』
 アイスは自ら開けて自ら閉めていった。突然の行動にびっくりして、何が起きたのか分からなかった。瞬時に理解して、もう一度玄関を開けるともうそこには、アイスはいなかった。

 はぁ、と重い溜め息をこぼす。 
 あっちこっちで嫌な予感を感じる。ただの予感ならいいけど。こういうときに限って本当になる。
 玄関からゆっくり居間に向かうと、ソファーで寝ていたはずの鹿室が起きていた。
「起こしたか? 悪いな。二階にベットがあるからそこで寝ろ。ソファーじゃ痛いだろ」
 俺は鹿室の前で、おんぶする態勢にしゃがんだ。
「なっ! 子供扱いするな! 僕は十八歳だ。立派な大人だ」
 鹿室は立ち上がって、ふらふらとした足取りで後退した。俺はびっくりして鹿室の顔をまじまじ見る。
「え、十八? 十二歳じゃなくて?」
「確かに超絶可愛くスーパーモデル体型の僕を見て、子供ぽさが出たのだろう……が、僕は十八だ! 舐めるな!」
 そんな威張らなくても。
 手足が枝のように細い。そういえば、この時代に来るまで八時間何も食べていないて、アイスが教えてくれた。体が細いのは食べれない環境なのかもしれない。未来では殺戮や戦争が起きている、て言ってたし、ろくに食べてなかったんだな。
 
 人間は空腹に耐えられる時間は長くない。それに耐えられる我の強い子なのかもしれない。
「えっと……鹿室」
「呼び捨てしないで。鹿室様とお呼び」
 なんでそんな偉そうなんだ。ここは誰が上かはっきりさせたほうがいいな。コホン、と咳払いした。
「鹿室、ここは誰の家だと思う?」
「それより宇宙人は?」
「話聞けよ。コスモたちなら外に行ったぞ」
 鹿室は俺を無視して、バタバタと足音をたてて窓に向かった。ガラリと戸を開けて、アイスを大声で呼ぶ。 

 数分前に出て行ったきり顔を出さなかったアイスが空から降ってきて、鹿室の前に参上。
「宇宙人どもは?」
『街のど真ん中を歩いている。近隣住民大変大変』
「ちっ、あいつら僕がいる目の前で侵略をしようなどと、浅はかな考え、そうはさせない!」 
 鹿室は窓から飛び降りて裸足で出て行った。
 俺は呼びかけるも、流れ星のように走っていき気づいたときには、部屋の中でポツンと置いてけぼりにされていた。

 嫌な予感がビンビンに感じる。追ったほうがいいのか、ここに残り待っていたほうが策か、わからない。こんなときは、自分のことを信じるしかない。
「晩飯の買い出し行こ」
 財布を持って玄関を出た。


§


 コスモたちは賑やかな商店街を歩いていた。商店街を渡り歩き、通りすがると物をもらえるのは日常茶飯事。甘い香りが漂うパン屋を通り過ぎると店主が顔を出して、にかっと笑った。
「やあやあ、今日も可愛いね。余ったパンがあるから貰っていきな!」
「オヤジ、サンキュ」
 コスモが店主に駆け寄った。
「そ、そんな口説かれてころりと転がる女じゃないからね」
 スターが赤面して、腰をグネグネさせた。気持ち悪いとダスクに言われたのを気づかれていない。 
 余ったパンといえば、パンの耳だけど、それでもコスモたちは大いに喜んだ。パンの耳を受け取ったら、コスモはパクパク一人で食べていく。昼飯を食べたばかりなのに。


 こうして外に出ているのは、挨拶周りもかねて、神社の境内を掃除するのだ。二年前、一度やった限りでこうして今、再び実行するのは、神社の神主さんが倒れたという話を聞いたからだ。
 神主さんは還暦をいってた人でたった一人で神社の境内を掃除していた。神社に向かうまでコスモはパンの耳を完食していた。


 その後を追っているのは未来人ということも知らない。商店街を抜けて、神社の赤い社が見えてきた。百にも等しい階段を登る。
「コスモ、そんな食べて動けるの?」
 スターがコスモのお腹を触った。ぽて腹になっていない。へこみのあるお腹。あんなに食べたのにどこに吸収されたのか、スターは疑問に思ってペタペタ触った。
「大丈夫。動ける」
 コスモは平然と言った。
「はぁ。いつも思うけど凄いわね。コスモのお腹は」
「それ程でも」
 階段を登り、赤い社を通った。二年ぶりに通うと、境内のほうからざぁ、と強い風が吹いた。まるで、ようこそと歓迎されてるみたい。

 髪の毛をなびかせ、境内を少し一周した。変わっていない。あの頃のまま。あの頃から時間が止まったかのように。でも変わったのは、ゴミがあることだ。二年前は、そんなになかったのに、少し歩くと点々とゴミクズがある。
 誰も掃除しないからだ。

 ちゃんとゴミ箱が用意されているのに、そこに捨てていない。
「全く呆れるわね。自分の星を自分で壊している」
 ダスクがやれやれと溜め息ついた。スターは周りをみて、鹿室のことを思い出した。
「ほんとに、未来は殺戮が起きるのかしら。今は些細な〝悪〟かもしれない。でもそれが次第に大きくなっていく、わたしたちは、殺戮なんてしないよね?」
「さつりくはしない。私たちは絶対に」
 スターの迷いのある言葉にコスモがはっきりと言った。いつもより強い口調で。
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