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Ⅳ ノルンの魔女
第61話 契
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扉を開けると、普通の部屋だった。椅子もあって、机もあって、火がパチパチいってる暖炉があって、三姉妹が今まで住んでいたなら、少し広い。
屋外でみたときより、中は広い。綺麗に整えられている。
ヴェルザンティ様に手招きされ、わたしたちは恐る恐る中へ。すぐ近くの椅子に座らされた。
木材で作ったから硬い。さっきお尻を打ったから余計に痛い。ヴェルザンティ様は、お茶を注いでくれた。いい香りのするお茶。何だか、眠たくなるほど心地いい。
『気に入って貰えてよかった』
クスクス微笑んだその声で、目が覚めた。わたし一瞬、眠っていた。この場所で、この状況で。意識が落ちていた。
わたしは頭を振って意識を現実に戻した。
お茶の催眠か? それとも疲れか。
彼女の意図だったら、彼女はじっとこちらをうかがっていたはず。なのに、彼女はニコニコしている。他の二人も催眠にかかったような気はない。ほんとに疲れか。
「契は、どうやって結ぶの?」
シノから本題を出した。
空気がしんと、静まり返る。さっきまで和らいでいた空気が、静まり返る。
『そうですね』
ヴェルザンティ様も、本題に乗りかかって、空気が変わった。真面目な空気に。
『本来契を結ぶのは、こちらは父親、そちらはマジョキョウカイ。ですが、もう待っている場合じゃない。そちらも。契に必要なのは、代償と血です』
「血?」
『この紙の上に、一滴の血を落とすだけ、それで契は完成』
懐から、一枚の紙切れを出してきた。文字が刻まれていたけど、全く分からないからスルー。
「この紙に、朱印みたいに押すの? それだけ?」
わたし半信半疑にかかった。だって、契は幾つもの契約を結んでやっと、結べると思ったから。まさか、こんな簡単に。
「わたしたちは、世界をもう一度二つに。でも、襲わない条件で。行き来できる橋をつくりたい」
こちらの条件を言った。
これは、ゲートを通る前、中々決められなかったけど、今なら。世界を二つに別けて、行き来できるよう。でも、もう二度と襲わない条件。
ヴェルザンティ様は、唇に手を持っていき
『行き来できる橋をつくったら、降りてくるじゃない』
とクスクス笑った。そして、右手を顔の前に上げる。
『わたくしたちの条件は、ただ一つ。姉を返してくれればいい』
「ウルド様をずっと縛ってて、ごめんなさい」
ヴェルザンティ様は、それはあなたのせいじゃないでしょ、と首を傾げていた。
ヴェルザンティ様は、手首を小型ナイフで切った。シュと当てただけなのに、赤い血がほとばしる。今度はわたし。
わたしは小型のナイフで指先をシュと切った。赤い線が走り、そこからぷくっと赤い玉が出てきた。軽くきったのに、血はツゥと現れ次第に、紙の上に滴り落ちた。
急いでハンカチで切った箇所を抑えた。
『成立ですね』
「はい」
契は成功。
もう悲劇が生まれることはない。わたしはその場で叫びたいほど喜んだ。シノもマドカ先輩も、立ち込めた緊張の糸を解して、ほっと安堵している。
喜んでいる束の間、地面に叩き落とす台詞を言われた。
『代償は、どうしますか?』
その一言に、目が覚めた。忘れていた。今の今まで。代償がつきもの。成立した契に、代償は高くつくものだ。
わたしたちは、震え上がった。代償というものに、こんなに震えているなんて。じっとヴェルザンティ様は、わたしたちを見据えた。穴が開くほどじっと。
すると突然、クスクス笑いだした。顔の半分を隠していた仮面をずるりとはがす。その裏に隠されていた真の顔とは。
太陽のように明るい金髪、ぷると吸い付きたい唇、そしてエメラルドグリーンのような翠色の瞳。瞳の中に、猫のように縦長いのがある。
どの方角からみても、人間みたい。精霊のような美しさ。まるで、本の中から出てきたプリンセスみたい。
『からかってごめんなさい。そんな怖がらないで』
仮面を机の上に置き、それでもクスクス笑う。
空気が少し一変したことに、気がついたマドカ先輩が訊ねてきた。シノが淡々と早口でまとめる。契約成立と、ヴェルザンティ様が素顔を出したこと。
今頃素顔を出したことと、笑われたことにわたしたちは、不安と緊張が再び走った。それを一気に払い除けるヴェルザンティ様の一言。
『代償は軽いもの。あなたたちの〝労働〟をとってもらう』
「労働?」
まだ疑念と不安が渦巻く。
ヴェルザンティ様は、優しく丁寧に教えた。
『橋をつくるのは、あなたたち人間。こちらは一切干渉しない。病があっても飢饉があっても、こちらは一切干渉しない。橋を何年かけてもいいから、つくりなさい。これが代償』
じっとヴェルザンティ様の表情をうかがった。この人は、本当に言ってる。この条件飲もう。
わたしたち人間が橋をつくり、ウルド様は返す。度々来るように、橋をつくる。
マドカ先輩が胸に手を当てた。
「正直言って、今回は世界を完全に別けたほうがいいと考えていました。ノルンに一度復讐心を持ってしまうと、自分が浅はかでした」
マドカ先輩は、最後まで完全に世界を別ける派。マドカ先輩だけじゃない。わたしにだってあるよ。復讐心は。
けど、みんな、囚われてる。ここで一旦整理しよう。
「もう、ノルンは降りてこないのですね? 私たちは、もう戦わなくていいのですね?」
マドカ先輩が、わっと喜びだした。
感情を表に出さないマドカ先輩が。きっと、幼いころから溜めいたものが、爆発したんだ。ノルンは襲ってこない。けど、橋を作る。
橋をつくったら、ノルンは再び降りてくるんじゃないか、と厳しい声が。
『千年以上前にも、橋はありました。そこでは神とヒトと共存していました。昔ですから、今は無理ですけど、橋は特別な許可が降りなくては、渡れないというのは?』
ヴェルザンティ様が提案した。
何から何まで要求を出しているのに、この人は慈悲を与える。神様の中じゃ、一番お人好しじゃないか。
契を結んだこと、これで帰れる。ウルド様の姿形があぁなってしまったこと、全て話した。酷なことだけど、もう隠すのは嫌だ。
ヴェルザンティ様は、このことが分かっていたみたいで、一言了承。この人は、わたしたちがここにくるのを、何年も前から分かっていたみたい。そして、今回のノルン襲撃も。
攻めることはない。これが、人類にとって与えられた罰で、これが杭なのだから。
わたしたちは、それからお茶を飲んだ。ゆっくり。宇宙空間のため飲んだ薬の時間はとうに過ぎている。ここは時間も時空も関係ない。
ヴェルザンティ様とは、色々な会話をした。残された妹たちの想い、それからの暮らし。
こんなに人と話したのは、久しぶりらしくて妙に盛り上がった。
ウルド様が人間と恋におちたとき、一番下の妹はそれを許さなかった。ヴェルザンティ様は、次女で妹の姉にもなるから我慢して、ウルド様の結婚を認めた。
ほんとは、行ってほしくなかった。わがままいえばよかった。あとにその感情が漏れ出した。
ウルド様が人間と恋に落ちたとき、神族では会議に。でももう既にウルド様はその人間と結婚し地球に降りていた。妹のわたくしには、言ってほしかった。賛成したんだから、一言くらい。
寂しかった。ウルド姉様が取られたみたいで憎くて堪らなかった。
会議の結果、橋を崩壊すると。何があっても神は人間に干渉しないと約束。ひと目見たかった。姉を惚れされた男を。でも、できなかった。姉との会話もろくにせず、さよならした。
姉がしていた仕事を、全部わたくしに任され、忙しかった。ウルズの泉とユグドラシルの樹の管理、妹の世話、人間の寿命の裁断、糸、動物たちのご飯、全部わたくしの肩に背負わされた。
姉様は、分かっていて去ったのか。それを悪いほうに捉えたら、憎くてもう止まらなかった。
気がついたら、人間の寿命の糸が怠っていた。ただ、姉様の相手だけは守らないと。姉様が悲しむ。地球にまで降りて幸せになった人なんだ。壊したくない。それは建前で、本音は壊したくて仕方なかった。
昔から妹のために我慢してきた。姉の結婚も。その姉も、わたくしに頼っていなくなった。
少しだけ、少しだけ困らせれば帰ってくるのかも。わたくしは、興味本位と憎悪にその糸をプツンと切った。わざと。
切ってしまったあと、とてつもなく後悔が支配した。運命の女神であろう者が、私欲にかられ、人の運命を変えるなんて。こんなの、姉様に知れたら、呆れられる。妹からも、見放される。
なんてことをしてしまったのでしょう。切った糸は収集つかない。戻れない。妹に頼んで、その人を迎えにきてほしいと頼んだ。
妹は、好奇心旺盛で悪戯っ子だったけど、姉がいなくなりわたくしも仕事で誰もあの子の相手をしなくなった。そのせいで、あの子はよくヴァルハラに行き帰っては、淡々と仕事をする子に。
妹はすぐに了承は得られなかった。でも、ウルド姉様の名前を出すと、了承をして、その人間をヴァルハラに出迎えた。
屋外でみたときより、中は広い。綺麗に整えられている。
ヴェルザンティ様に手招きされ、わたしたちは恐る恐る中へ。すぐ近くの椅子に座らされた。
木材で作ったから硬い。さっきお尻を打ったから余計に痛い。ヴェルザンティ様は、お茶を注いでくれた。いい香りのするお茶。何だか、眠たくなるほど心地いい。
『気に入って貰えてよかった』
クスクス微笑んだその声で、目が覚めた。わたし一瞬、眠っていた。この場所で、この状況で。意識が落ちていた。
わたしは頭を振って意識を現実に戻した。
お茶の催眠か? それとも疲れか。
彼女の意図だったら、彼女はじっとこちらをうかがっていたはず。なのに、彼女はニコニコしている。他の二人も催眠にかかったような気はない。ほんとに疲れか。
「契は、どうやって結ぶの?」
シノから本題を出した。
空気がしんと、静まり返る。さっきまで和らいでいた空気が、静まり返る。
『そうですね』
ヴェルザンティ様も、本題に乗りかかって、空気が変わった。真面目な空気に。
『本来契を結ぶのは、こちらは父親、そちらはマジョキョウカイ。ですが、もう待っている場合じゃない。そちらも。契に必要なのは、代償と血です』
「血?」
『この紙の上に、一滴の血を落とすだけ、それで契は完成』
懐から、一枚の紙切れを出してきた。文字が刻まれていたけど、全く分からないからスルー。
「この紙に、朱印みたいに押すの? それだけ?」
わたし半信半疑にかかった。だって、契は幾つもの契約を結んでやっと、結べると思ったから。まさか、こんな簡単に。
「わたしたちは、世界をもう一度二つに。でも、襲わない条件で。行き来できる橋をつくりたい」
こちらの条件を言った。
これは、ゲートを通る前、中々決められなかったけど、今なら。世界を二つに別けて、行き来できるよう。でも、もう二度と襲わない条件。
ヴェルザンティ様は、唇に手を持っていき
『行き来できる橋をつくったら、降りてくるじゃない』
とクスクス笑った。そして、右手を顔の前に上げる。
『わたくしたちの条件は、ただ一つ。姉を返してくれればいい』
「ウルド様をずっと縛ってて、ごめんなさい」
ヴェルザンティ様は、それはあなたのせいじゃないでしょ、と首を傾げていた。
ヴェルザンティ様は、手首を小型ナイフで切った。シュと当てただけなのに、赤い血がほとばしる。今度はわたし。
わたしは小型のナイフで指先をシュと切った。赤い線が走り、そこからぷくっと赤い玉が出てきた。軽くきったのに、血はツゥと現れ次第に、紙の上に滴り落ちた。
急いでハンカチで切った箇所を抑えた。
『成立ですね』
「はい」
契は成功。
もう悲劇が生まれることはない。わたしはその場で叫びたいほど喜んだ。シノもマドカ先輩も、立ち込めた緊張の糸を解して、ほっと安堵している。
喜んでいる束の間、地面に叩き落とす台詞を言われた。
『代償は、どうしますか?』
その一言に、目が覚めた。忘れていた。今の今まで。代償がつきもの。成立した契に、代償は高くつくものだ。
わたしたちは、震え上がった。代償というものに、こんなに震えているなんて。じっとヴェルザンティ様は、わたしたちを見据えた。穴が開くほどじっと。
すると突然、クスクス笑いだした。顔の半分を隠していた仮面をずるりとはがす。その裏に隠されていた真の顔とは。
太陽のように明るい金髪、ぷると吸い付きたい唇、そしてエメラルドグリーンのような翠色の瞳。瞳の中に、猫のように縦長いのがある。
どの方角からみても、人間みたい。精霊のような美しさ。まるで、本の中から出てきたプリンセスみたい。
『からかってごめんなさい。そんな怖がらないで』
仮面を机の上に置き、それでもクスクス笑う。
空気が少し一変したことに、気がついたマドカ先輩が訊ねてきた。シノが淡々と早口でまとめる。契約成立と、ヴェルザンティ様が素顔を出したこと。
今頃素顔を出したことと、笑われたことにわたしたちは、不安と緊張が再び走った。それを一気に払い除けるヴェルザンティ様の一言。
『代償は軽いもの。あなたたちの〝労働〟をとってもらう』
「労働?」
まだ疑念と不安が渦巻く。
ヴェルザンティ様は、優しく丁寧に教えた。
『橋をつくるのは、あなたたち人間。こちらは一切干渉しない。病があっても飢饉があっても、こちらは一切干渉しない。橋を何年かけてもいいから、つくりなさい。これが代償』
じっとヴェルザンティ様の表情をうかがった。この人は、本当に言ってる。この条件飲もう。
わたしたち人間が橋をつくり、ウルド様は返す。度々来るように、橋をつくる。
マドカ先輩が胸に手を当てた。
「正直言って、今回は世界を完全に別けたほうがいいと考えていました。ノルンに一度復讐心を持ってしまうと、自分が浅はかでした」
マドカ先輩は、最後まで完全に世界を別ける派。マドカ先輩だけじゃない。わたしにだってあるよ。復讐心は。
けど、みんな、囚われてる。ここで一旦整理しよう。
「もう、ノルンは降りてこないのですね? 私たちは、もう戦わなくていいのですね?」
マドカ先輩が、わっと喜びだした。
感情を表に出さないマドカ先輩が。きっと、幼いころから溜めいたものが、爆発したんだ。ノルンは襲ってこない。けど、橋を作る。
橋をつくったら、ノルンは再び降りてくるんじゃないか、と厳しい声が。
『千年以上前にも、橋はありました。そこでは神とヒトと共存していました。昔ですから、今は無理ですけど、橋は特別な許可が降りなくては、渡れないというのは?』
ヴェルザンティ様が提案した。
何から何まで要求を出しているのに、この人は慈悲を与える。神様の中じゃ、一番お人好しじゃないか。
契を結んだこと、これで帰れる。ウルド様の姿形があぁなってしまったこと、全て話した。酷なことだけど、もう隠すのは嫌だ。
ヴェルザンティ様は、このことが分かっていたみたいで、一言了承。この人は、わたしたちがここにくるのを、何年も前から分かっていたみたい。そして、今回のノルン襲撃も。
攻めることはない。これが、人類にとって与えられた罰で、これが杭なのだから。
わたしたちは、それからお茶を飲んだ。ゆっくり。宇宙空間のため飲んだ薬の時間はとうに過ぎている。ここは時間も時空も関係ない。
ヴェルザンティ様とは、色々な会話をした。残された妹たちの想い、それからの暮らし。
こんなに人と話したのは、久しぶりらしくて妙に盛り上がった。
ウルド様が人間と恋におちたとき、一番下の妹はそれを許さなかった。ヴェルザンティ様は、次女で妹の姉にもなるから我慢して、ウルド様の結婚を認めた。
ほんとは、行ってほしくなかった。わがままいえばよかった。あとにその感情が漏れ出した。
ウルド様が人間と恋に落ちたとき、神族では会議に。でももう既にウルド様はその人間と結婚し地球に降りていた。妹のわたくしには、言ってほしかった。賛成したんだから、一言くらい。
寂しかった。ウルド姉様が取られたみたいで憎くて堪らなかった。
会議の結果、橋を崩壊すると。何があっても神は人間に干渉しないと約束。ひと目見たかった。姉を惚れされた男を。でも、できなかった。姉との会話もろくにせず、さよならした。
姉がしていた仕事を、全部わたくしに任され、忙しかった。ウルズの泉とユグドラシルの樹の管理、妹の世話、人間の寿命の裁断、糸、動物たちのご飯、全部わたくしの肩に背負わされた。
姉様は、分かっていて去ったのか。それを悪いほうに捉えたら、憎くてもう止まらなかった。
気がついたら、人間の寿命の糸が怠っていた。ただ、姉様の相手だけは守らないと。姉様が悲しむ。地球にまで降りて幸せになった人なんだ。壊したくない。それは建前で、本音は壊したくて仕方なかった。
昔から妹のために我慢してきた。姉の結婚も。その姉も、わたくしに頼っていなくなった。
少しだけ、少しだけ困らせれば帰ってくるのかも。わたくしは、興味本位と憎悪にその糸をプツンと切った。わざと。
切ってしまったあと、とてつもなく後悔が支配した。運命の女神であろう者が、私欲にかられ、人の運命を変えるなんて。こんなの、姉様に知れたら、呆れられる。妹からも、見放される。
なんてことをしてしまったのでしょう。切った糸は収集つかない。戻れない。妹に頼んで、その人を迎えにきてほしいと頼んだ。
妹は、好奇心旺盛で悪戯っ子だったけど、姉がいなくなりわたくしも仕事で誰もあの子の相手をしなくなった。そのせいで、あの子はよくヴァルハラに行き帰っては、淡々と仕事をする子に。
妹はすぐに了承は得られなかった。でも、ウルド姉様の名前を出すと、了承をして、その人間をヴァルハラに出迎えた。
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