この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅱ 勇気と偽愛情~14歳~

第16話 飛行

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 一走目、スタンリーは怖じ気ついて仕方なく入ったが、結果不合格。ベルの高さまで行けなくってひょろひょろと落ちていった。ちなみに、下はふかふかのマットが敷いてあるので頭から落ちても大丈夫。
 二走目、ルイはベルの高さまで余裕で行けるも、他の班の生徒にあえなくその手柄を取られてしまった。最後は力尽きてスタンリーと同じようにひょろひょろと落ちていく。
「ルイ、おしかったな」
「うん……」
 本当に残念そうに肩を落とす。審査員だったリゼ先生が駆けつけてくれた。
「おしかったね。あともう少しだったのに。こりゃ、ルイちゃんにはもっと過激な訓練をしないと」
 楽しそうに目を細めて笑う。心なしかその笑みは、どこか闇がある。ルイは表情筋が引きつり、ひっと化物でも見つけたような小さな悲鳴を顕にした。そして、必死に首を振る。
「もっ、もうお腹いっぱいですぅ!」
 そう言って、泣きながらどこかに走り去ってしまった。
「どこかの班が早くベルを鳴らせば補修ないんじゃ……」
「ハハハ、そうなんだけどルイちゃん本気になって」
 からかうようにクスクス笑うリゼ先生。うわぁ、この人悪魔だ。知っててからかうとか。でも本気になるルイもルイだよなぁ。

 三走目は雨。班が結成してから一言も喋っていない。自己紹介でも名前だけ。無愛想でとっつきにくい相手に俺たちは困惑した。
「あ、雨ちゃん頑張って!」
 ルイが応援するも、ロボットのように表情筋は動かないし、こちらを見ようともしない。脇腹をこちょこちょしても微動だにしないナンバーワンだ。というか、その脇腹を触ろうとするならば、なんらかの圧がくるはず。
「けっ、なんだよこいつ」
 スタンリーが唾を吐いた。
 生唾の液が雨の足元にベチャとついた。そのとき、ピクリと眉が動いた。ルイの応援や俺たちが気にかけて話しかけたときなんの表情筋も動かなかったのに、このとき、たしかに不満を持った表情をした。
「私に触らないで」
 そう、ポツリと呟いた。明るい電気がいきなり堕ちたような低い声。そのまま、雨は走者のもとに黙っていってしまった。
 残った俺たちはその背を見つめるも、スタンリーをジッと見据えた。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃない! 雨ちゃん、傷ついたのかも。謝らないと!」
 ルイがスタンリーの背中をバシバシ叩いた。雨のもとに無理やり引っ張ってる。が巨体すぎてピクリとも動いていない。スタンリーにとってルイの力はさほどないようで、フンと蝿を振り払うように振り払った。
「けっ。付きあいきれるか」
 捨て台詞を言って、スタンリーはどこがに行ってしまった。ルイは後ろに仰け反り、振り払われた腕を痛そうに片方の手で支えている。
「ルイ、大丈夫か?」
 訊ねるとルイは胸の前に腕をおさえ、苦笑する。
「だ、大丈夫」
「雨のことは気にしないで。美樹以外、あぁだから」
 突然話しかけてきたのは、アイって子。雪が溶けるような真っ白い肌、赤い唇、年相応なのに中年を過ぎた落ち着いた雰囲気。特徴は、頭の上に七五三のようなビーズの髪飾りがついている。
「美樹以外って、大変だな」
 苦笑すると、アイは腕組みをして同じように苦笑する。胸下で組んだ両手は、たわわな乳房を強調して服の隙間から谷間が見えてしまう。Aクラスって容姿もそろってて、しかも、おっぱい大きいのが多いな。アカネのは毎日揉んでいるけど、そんなに大きくならないな。これが格差というやつか。

 流石はAクラスだと褒め称える。雨のやつ、ぶっちぎりの一位で帰って来やがった。当たり前ののようにふんぞり返る。

 四走目はアイ。空中を優雅に飛んで、スイスイと天井まで飛んでいった。それを下で見守る俺たち。アイは余裕でベルを鳴らすと誰もが予想した。しかし、その予想を覆す展開が起きた。アイが飛行する頭上にアカネが横から割り込んできた。アイもそうだけど、アカネもあんな高さまで飛行している。
「アカネのやつ、あんな高さまで飛べたのかよ!」
 面食らって声をあげる。隣のルイが顔の前に手を合わせ、パンと叩いた。アカネよりあるおっぱいが二回ほど揺れる。
「アカネちゃん、飛行の訓練していたもん! やっぱり凄い!」
 そうなのか。知らなかった。放課後、いつも行為をしているけど、影でそんな努力をしていたのか。なんだか、遠く感じちまうな。
 アイとアカネは互角に空中で競っている。両者共、一歩も譲り合わない。どちらが早くベルの高さまで飛べるか、或いはどちらかが落ちるか、見守る俺たちは検討もつかない。
 地上からだいぶ離れ、二人の姿が星のように小さくなっていくときに、やっと決着がついた。アカネが先にひょろひょろと落ちていく。ビル六階建ての高さと同じぐらいの高さから、ひょろひょろと。まるで、風にのる凧が落ちたような。
 勝敗を決めたアイは真っ先に、ベルを鳴らした。カーンと勝利の音がやけに響いた。俺とルイはマットに落ちたアカネに駆け寄る。アカネは、頭でも撃ったように額に手を添え悔しそうに奥歯を噛み締めていた。
「アカネちゃん! すごかったよっ!」
「意外とやれるんだな!」
 アカネは顎をツンと上に向かせ、唇を尖らせた。
「意外とって何よ意外とって! ウチだってやれるときはやるのよ!」
 背後に人の気配を感じた。その人間は、背後からなにかを強く訴えかけているような熱い視線が背中にチクチクあたる。
 さてはジンだな。アカネが心配で様子見ってところか。振り向いて驚かそう。そう思った顔を向けると、そこに立っていたのはジンではなく、アイだった。アイはよほどびっくりしたのか「きゃ」と短い悲鳴を叫ぶ。
「あ、ごめん。ジンだと思って」
「ううん。こっちこそごめんね。みんな待ってるから呼びに行こうと思って」
 アイはチョイと小さく指差す。その方向には、雨とスタンリーが仲良さげにお互いそっぽを向いている。

 五走目がついにやってきた。みんなの活躍を見てきたせいで、ものすごいプレッシャーがどっと重くのしかかっている。
 スタンリーに言ったあの言葉が、自分に降りかかるとは。でも、こういうプレッシャーは慣れている。呪怨テストでも最後だからな。さて、列に並んでみるとAクラスの強面ばかりだ。
 最終ラインで、Dクラスで立っているのは俺だけ。同じDクラスの奴らは中盤か、最初に飛行したのか。Aクラスがいる中でDクラス一人って、流石に居心地が悪い。周囲の目が薔薇の棘のように痛い。
 アカネの班からは、あの毒舌金髪美少女が最終ラインらしい。
 アカネの班はジン、美樹、スタンリーの最も下僕のミラノとその子を混ぜたチームだ。美少女揃いでジンが羨ましい。でも、ジンは他の班の女の子にちょっかいをかけてナンパしている。その背後から、鬼の血相でアカネが追いかけて、足を蹴っている。終いには、ズルズルと服を引っ張って元の班の場所に戻されている。大変だ。あの二人は仲が悪いんだか良いんだか。

「お互い頑張ろうな!」
 アカネの班の毒舌金髪美少女に話しかけてみた。親友の班ということで、勝手に親近感湧いて話しかけてしまった。おかげで、その子は切れ長の目を細めて怪訝に怪し見てきた。
「誰?」
 だよなぁ。当然の反応だよなぁ。
 仕切り直して俺は一つ咳払いした。
「アカネとジンの友達のカイだ。よろしくな!」
「わたしはユリス。ユリス・マロニエ」
 あ、名乗ったら言うんだ。名乗っても無視されるのかと思ったけど違った。第一印象で毒舌呼ばわりしてたからかも。気をつけないと人は顔じゃないよな。
「――じろじろ見ないでくれる? さっきから鳥肌がすごいの」
 そう言い放った。
 お人形のような整った美女の口から罵倒が聞こえたぞ。聞き間違いかな。
 もう一度聞き耳を立てると、ユリスは棘のような鋭い目つきをしてきた。
「わたしの目の前でそんなうろちょろできるなんて、なめられたものだな」
 第一印象とまったく同じ。毒舌だ。美麗な顔してるのに、もったいない。Aクラスはなんて曲者そろいなんだ。

 雨といい、美樹といい、正直疲れるタイプが多い。軽くため息をこぼすと、視界に影が入った。それは、人の影だろう。隣にいるのはユリスだけ。なにやら仕掛けてくると思い嫌々振り向いた。やはり眼前に美麗の顔が。

 おまけにマカロンに似た甘い香りが鼻孔をそそぐ。顔が赤くなったのが分かった。ユリスは俺の反応を見て、目を細めてクスクス笑った。
「このテストで、敵うかどうか……見ものだな」
 笛が鳴った。不意をつつかれて、笛の音がまったく聞こえなかった。おかげで、コースにいるのは俺だけ。選手はもう、遥か頭上に飛行していた。
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