この虚空の地で

ハコニワ

文字の大きさ
上 下
24 / 126
Ⅱ 勇気と偽愛情~14歳~

第24話 無効の邪鬼―暴走―

しおりを挟む
「花も微生物も繁殖能力があるよ。ボクらは確かに〝人間〟じゃなくても、微生物、細菌、とかに分類されたくないなぁ」
 あの温厚なルイがこめかみに皺を寄せた。アカネみたいにムッ、とした表情で。怒ったように、声をあげる。
「それじゃあ、私たちは何なの?」
「さぁ?」
 軽い感じで流した。
 流されたルイのほうも唖然。口をポカンとあけている。美樹は、興ざめたように肩をおろす。
「この絵が何を表しているのか分からない。ボクらは花から産まれたかもしれない。けど、それが今どうしたっていうんだい!? 今、ボクらがやるべきことは、この壁画の謎より、この洞窟を出ることだ」
 だんだん、張り詰めた空気が和らいでいくのを感じた。


 みんな謎を追うより脱出の経路を探した。やはり、落ちてきた穴から脱出しかない。その為には、上の人と協力を。
 こうと言えば頑固そうな雨、薄汚い場所と冷やかしたユリス、どちらとも「協力」という言葉は皆無。
 三人いれば文殊の知恵。三人どころか、六人もいる。六人の頭を撚って考えて策。それは、ルイの時間操作で戻れないか、という策だった。
 けど、この策に大きな負担がかかってるのがルイ。この頃、呪怨の訓練をしていてもやっぱり時間操作という、リスクが大きい呪怨を一回でも使用すると、疲労困憊倒れてしまう。
「無理よ。危険なこと、一人でさせない」
 アカネがルイの肩を抱き、大事そうに抱擁する。
「上のほう、完全にみんなテスト終わって私たちの番を待っている」
 目を瞑り、耳を澄ますアイ。
 俺たちにはそんな声聞こえないけどな。すると、その横で美樹が手を叩いた。何かを閃いたのか、顔をパッと明るくさせる。
「雨たち、焦らしてる!」
「そう!」
 アイが大きく頷いた。
「やっぱりテストの結果が大事だもんな。よし、戻ろう!」
 俺がそう言うと、来た道を走って戻った。
 こんなにたいした距離歩いていないはずなのに、走っても走っても、光が見つけられない。同じ景色。何度も何度も同じ場所をぐるぐる回っているみたい。そんなはずはない。確信があった。
 噂話や当たり障りない話を交したときだって、道の経路は覚えている。これでも、記憶力はいいんだ。しかも、アイだって、こっちから声がする、と言うし。
 大丈夫、その言葉を何度も胸に言い返し、口ずさむ。すると、光が見えてきた。天井のほうから降り注ぐ真っ白な光。それが、どんなに希望に見えたことか。
「雨ぇぇぇ! ユリスぅぅぅ! いるかあぁぁぁ!!」
 叫んだ。喉が壊れほど。洞窟内に俺の声がこだまする。すると、上から顔を覗かせたのはサボリ魔のスタンリーだった。俺らの顔を見るや、目を細めた。
「なにしてんだお前ら、いないと思ったら」
 こめかみに皺を寄せるほど目を細める。
 異常者を見るような冷ややかな眼差し。すると、スタンリーの後ろから雨の声が。
「みぃきいぃ! 良かったぁ!!」
 ドタバタと慌てたように、上から顔を出し、泣いたような表情で見下ろす。そんな顔すんだったら、端から一緒に来ればいいものの、と最初は呆れたが、なにより今はここから出たい。
「スタンリー、お願いだ。こっからじゃ手が届かないんだ。手を貸してくれ」
「あぁん?」
 縋る想いで、土下座する想いであのスタンリーに協力を要請した。案の定なのか、スタンリーは、ちょっと怒ったような表情みせる。
 が、スタンリーも馬鹿ではない。ここで、手を貸さなければ、合宿をサボっていたことがばれ、内申に響く、そう考えたからなのか、おもむろにスタンリーは手を伸ばした。
 まず、女子から。次に男子。俺に手を伸ばしたときは凄い顔だったぞ。このスタンリー様が助けたんだからあとはたっぷり、お駄賃貰うからな、という悪徳業者の濁った顔だった。
 この合宿が終わったら、俺、パシリ扱い確定じゃん。ゾワッとした寒気が全身を震わせた。
 やっと暗い穴倉から脱出した俺たちは、心地いい空気に体を伸ばした。あの悪臭が服に染み付いてて、すん、と嗅げば自分の臭いが強烈に臭い。
 生ゴミをそのままにして鼻にこべりついた臭いと同じだ。
「穴倉の探検はどうだった」
 ユリスは目を細め、クスクス嗤った。妙に鼻にくる嗤いかただ。
「えっとね、なんか古代の絵が――」
「何もなかった」
 美樹が自慢げに語り、それを割いたのはアイ。真剣な表情で言ってみせた。
「何も、なかった」
 一回目は呟くように。二回目は自分に言い聞かせているかのよう力強く。その言霊に、これ以上話すな、という歯止めをかけている。
 ユリスは、じっ、とアイの顔を見つめるやフンと嗤った。見透かしたような笑みだ。

『残ったそこの班っ! タイムオーバーとして0点つけますよ! 早くしなさいっ!!』

 室内の外からスノー先生にいわれた。
 周りの班は、授業を終え、隅のほうでゆっくりしている。残る班といえば、俺たちだな。
 通りかかったら、落ちて怪我してしまうと穴倉は、ミラノの【実現の呪怨】で塞いだ。いつも、スケッチブックを首にさげている理由は、そのスケッチブックに書いたものが実現するため、必要な道具。書いたものが現実に具現化させる能力だが、ミラノ自身、Dクラス一お馬鹿な持ち主。
 ミラノが知っている常識のものだけが具現化される。ようは、ミラノ自身に託される呪怨だ。
 スケッチブックに描き、具現化させたのは、床面と同じ真っ白な布。その布は裏面が糊になっており、穴に被せると、たちまち床面に接着し穴がどこにあったのかさえ分からない。

 作戦会議をする暇もなく、急いで邪鬼の元に向かった。
 他の班は、どうやってこの巨大生命体を白旗あげたのか、非常に気になる。
 うなじの赤い核を見て、アイが息をのんだ気がした。
「――ねぇ、私たち、とんでもないもの見つけたんじゃない?」
「え?」
 すると、カッと眩しい光が。目も開けられないその光に、顔の前に手を翳した。熱い温度が肌を伝う。
 太陽のような温もりを最初こそ感じたが、次第にそれは、マグマの炎に変わった。
 発狂するような熱さだ。
 思わず、逆光の光が降り注ぐ室内をカッ、と見開いた。そのとき、見てしまった。嫌でも目に焼きつく光景が広がっていた。
 邪鬼の口から、炎の球体が現れ、刹那、カッと眩しい光と共にその威力を放った。
 逃げる隙間なんてない。

 みな、地面にピッタリ足をくっつけていたのだから。小さい放射線のビーム。それが、白い壁をバリバリと張り裂けていく。
 その威力は凄まじい。だって、この部屋は優秀な呪怨者が訓練として使っている部屋。なのに、その部屋の壁を無残にも引裂き、中身まで貫通させた。
 そのビームをくらった一人、二人。体を骨ごと真っ二つに引き裂かれ、あるいは、鼻の上を砕かれ、血肉と目玉がありえないほど吹っ飛ぶ。


 誰かが叫んだ。
 鼓膜にいつまでもくっつく甲高い悲鳴。
 どっ、と我先にと民衆が出口先へと群がった。「開けて!」「出せ!」と出口先の窓をひとしきり叩く。こっちから、外は全然見えない。けど、外からはこちらの景色が見えてるはずだ。
 出口先には、もう一つ部屋があってそこに先生が授業を監視している。
 先生に縋り、何度も何度も叩きつける。が、残念ながら向こうから応答なし。そこに居るはずなのに、全く無反応。

「ひっ……か、カイ、くん」

 振り向くと、近くにいたはずのアイが、遠く、ヘナヘナと腰をおろしていた。
「だ、大丈夫か?」
 言うも、自分も大丈夫じゃないことに気づいた。足がガクガク震えて、歩くこともままならない。体が金縛りにあったように、身動きが取れない。

 死んだ? 今さっきのビームみたいなので? 今、どうして? こいつは俺らに何もしてこないって言ってたはず。それがどうして。それよりも、ここにいたら――死。

 頭のなかがぐるぐると、回転している。陽炎のような目眩が辺りを惑わした。
 痛苦の悲鳴、血のにおい、炎の赤い飛沫、周囲にいる奴らに、これまでもか、と非現実と語らせていた。
 下腹から何かが込上がって、胃液と朝食の食べものが嘔吐しそうになった。
しおりを挟む

処理中です...