この虚空の地で

ハコニワ

文字の大きさ
上 下
44 / 126
Ⅲ 戦場に咲く可憐な花たち~16歳~ 

第44話 破壊の邪鬼―伝言―

しおりを挟む
 結界が破壊された。
 一瞬でた。瞬きしてたら破壊されて呆気なさ。全員驚愕した。驚愕すぎて、何が起きたのか分からないほど。
「だめぇ!」
 ルイが前に飛びだし、結界の前でとまった。壊れた結界を守る態勢で腕を伸ばし、邪鬼を見上げる。
「ここにはたくさんの人がいるの。守らないといけない人が、いっぱいいる! 簡単に破壊されたりなんてしない!」
 俺と美樹が一目散に駆け寄った。
 雷を放つ寸前の邪鬼の前に、ルイは立ち往生する。危険だ。
「ルイたん、危ないよ!」
「離れろ!」
 宥めても頑なに動かない。
 石像になった感じにそこを動かない。威厳とした態度で仁王立ちに立ち、凛と背筋を伸ばしている。
 いつもオロオロしている彼女ではない。誰かを守る〝強い〟姿だった。
「ルイたん、危ないって!」
 美樹が肩を持ち、グイグイと引っ張る。ルイは嫌々頭を振る。ポツリと呟いた。
「だって……学園のみんながそれにリゼ先生もいるし」
「分かっているよ。ルイたんの気持ち。みんなだって同じだ」
 美樹がそっと、肩から腕へと指先を移動し、手のひらを握った。無言で〝逃げよう〟と言いかけてくる。
「そうだ。それに、まだ結界は破壊されてない。長くは保つとおもう」
 俺は周囲を張り巡らせて言った。
 その圧にルイは肩を落とした。
 直後、ピカッと神神しい光が辺りを包んだ。太陽のような温もりだったが、次第にそれは、熱くなり、身をよじりそうだ。
 この光は知っている。
 炎を帯びた焦げ臭い臭いも知っている。
 これは、邪鬼特有の攻撃合図。その光は一層大きくなり、顔の前に拳ほどの球体が浮いていた。炎の球体だ。
 その球体は、こちらにめがけて一気に放つ。今までのビームとは、桁違いな凄まじい爆音に光。
 熱い。全身が焼かれる。

「――くん! カイ――!」

 誰かが俺の名前を呼んでいる。
 必死に。果てしなく。その声は複数だった。その声に導かれるようにして目が覚めた。
 横たわる俺を見下ろす形でジンやアカネ、ルイが側にいた。
 頭がボーとする。記憶が曖昧だ。微かにこべりついた炎の臭いで、寝ていた前の記憶がトントンと順に思い出してきた。
 同時に、鋭い痛みが全身をかけめぐった。声にならない苦痛が襲った。
「暴れないで! 今治してるから!」
 アカネが真剣な表情でそう言った。
 腕近くに座って、翠色のオーラを出していた。利き腕のほうに、そのオーラを翳していた。
 恐る恐る見下ろしてみた。
 ゔ。嘘だろ。
 自分の目を疑った。
 なんと、腕の付け根から手のひらにかけて火傷が。皮膚がただれ、赤黒い肉がぽろりと丸見え。
 激痛だ。
 ジンジンする痛みが全神経にかけめぐっていく。
「落ち着いて!」
 アカネが必死に言うも、我慢ができない。
 痛い。
 なんでこんなに痛いんだ。
「さっきの一撃でこれでも回避したの……」
 ルイがポツリと呟いた。
 時間操作をおこない、顔が青白い。
 アカネの治癒のおかげで、すっかり完治。火傷の痕もない。
 体に残った痛苦は、まだ体にジンジンと浸している。
「アカネ、ありがとう」
「別に。これくらい、朝飯前よ」
 ひときわ優しい表情で言われると、体の痛みがひいていく。


 さっきの一撃で、破壊された結界に再びヒビが。亀裂から透明な破片が落ちていく。
 すると、ルイが唐突に言い出した。真剣な表情で。
「あの邪鬼を倒すの、私にまかせてくれない?」
 あいた口が塞がらなかった。

 美樹の、ビー玉みたいに大きな目が見開いた。
「それは本気かい?」
 ルイは大きく頷いた。暫く沈黙が続いた。両者の目は、どちらかが喋るまで見つめ合った。
「本気だよ。協力して」
 ルイが沈黙を破った。
 真剣な表情。その表情は睨んでいるに近かった。美樹はその威圧に根を曲げた。ユリス班と再び協力。
「だけど、分かってるのか?」
 眉をこめかみにシワを寄せたユリスが、ルイにそう問いかけた。
「なんのこと?」
「核だ。倒すには核を破壊しなければいけない。だが、わかっているのか? 核の場所を」
 その問に、ルイはニッと笑った。怪しげに。
 謎解きを解いた子どものように目を輝かせ、自信満々にユリスに言ってみせた。
「わかっている。任せて!」

 作戦はルイを中心に先陣を斬った。

 雨が邪鬼に触れたことにより、破壊の邪鬼は、こんな図体なのにフィールドがない。ということは、非力なルイが核に一本でも指を触れただけで核は割れる。
 そして、ルイはあのとき核の居場所を見つけたらしい。
「どこで? どうやって?」
 美樹が興奮し、前に乗り出す。
 ルイの目と鼻の先近くに近づく。その様をみて後ろで雨がムッとしたのは言うまでもない。
「私たちに向けてビームを発したとき。みんな、のっぺらぼうだと思てるけど、あの邪鬼、実は口だけあるの。黒くて分からないけど。核は、その口の中」
 なるほど、と俺たちはルイの観察力に関心した。
 だが一人、まだ納得いかない表情で鋭く睨みつけている人物が一人。ユリスだ。腕を組み、切れ長の目を一層細めた。
「核は分かった。だが、貴様が倒すのか?」
 確かに。非力なルイでも口の中の核を壊すなんて危険だし、安全面がない。ルイは、分かっている、と首を頷いて俺たちの顔を交互に見た。
「あの邪鬼を倒すのは、私しかいない。美樹ちゃんの槍を今回だけ貸してくれないかな?」
「え? あぁ、いいよ」
 急に話しを振られた美樹は、一瞬怯むも、言われたとおりルイに槍を手渡した。
 細長くて、先端はキラリと光っている。
 その棒を大事そうに両手で抱え、破壊の邪鬼、討伐開始。

 ルイがあの邪鬼の核を壊すまで、俺たちは邪鬼の攻撃や子分を倒す。
 顎から下は動かない邪鬼は、元より動かない。腕が伸びてくることも、足で潰される危険性もない。最も恐れるのはビームだが。
 周りの子分を次々と排除していく。
 ルイは、その戦場を駆け抜け、一直線に口内に近づく。
 みんなの希望を託されたルイは、所持してる槍をバトンのように背や腕の前に回し、口を開けたその瞬間を襲った。

ル・タン・アレテ【静 止 時 間】!」

 口を開けた隙に、時間を止め核を破壊。

 瞬間、辺りが神神しい光に包まれた。再び邪鬼の攻撃か、と想像するが違った。これは、破壊の邪鬼が消える瞬間だったのだ。
 目も開けられぬ光に、顔の前に手を翳す。指先からこぼれ出る眩しいライト。熱くも、冷たくもない。
 その光は、暫くしてからピタリと止んだ。恐る恐る手を戻すとルイだけがポツンと煙の側で立っていた。
 氷の邪鬼同様、核が破壊された邪鬼は体は灰となり消えていく。残ったのは、ドロドロになった核の煙。
 ルイは、ポツンと突っ立て夜空を見上げていた。だらんと腕をおろし。灰となり、姿影も風に飛ばされていった邪鬼を懐かしむように見上げていた。
 表情はよく見えない。
 黒い灰が邪魔をして。

 邪鬼が完全に消え、俺たちは駆け寄った。喜び合うように、ユリス班たちとも抱き合って。
 どさくさに紛れてジンは、ユリスや雨ともくっついて、その後ろで鬼の血相したアカネがいることも。
 美樹は、鉄パイプをくれたミラノに骨がバキボキ折れるまで抱き合って。
 和気あいあいとした空気。
 自然と笑みがこぼれた。
 でも、そんな中一人だけ笑みがこぼれてないのが。ルイだ。邪鬼を倒したのに、何故か暗い表情して心ここにあらずの表情。

 破壊の邪鬼を見事倒した俺たちは、名前が広く浸透し、どこに行ってもチヤホヤされる。もしかして、モテ期か? なんてな。
 見事倒したことを、真っ先に報告したくって保健室へと駆け寄った。今では治癒班のおかげですっかり完治したシモン先輩と小夏先輩がベットの横で立っていた。
「もう、いいんですか?」
 近くまで駆け寄ると、シモン先輩が優しい目で俺を見た。
「あぁ、この通り完治したからな。いつまでもベットで安眠してる私ではない」
 そのかっこいい言葉に俺は深く関心した。
 すると、横にいた小夏先輩はプルプルと携帯のバイブのように震え、懐から花吹雪をシモン先輩に散らせた。
「さっすがです! もうこの小夏、一生ついていきます!」
 目を真珠のように輝かせ、花吹雪を豪快に吹かせる。いつもは辛辣で、冷めた少女。なのに、帰ってきたご主人様に甘えるような光景だった。
「小夏、恥ずかしいからやめて」
 一方、シモン先輩は頬をほんのり赤くさせ頭を項垂れている。
 この二人の関係は、親友……という言葉ではないな。どちかというと、晴れ着を着た娘を溺愛する親のような。シモン先輩はコホンと咳払いして、表情を硬くさせた。
「私たちが動けなかった間、討伐、ご苦労だった。美樹班とユリス班にあとで褒美を与える。あと……」
 シモン先輩は、ゆるゆると近づいてきた。うわっ。なんだなんだ。驚いて一歩仰け反った。
 耳元に息が。甘い女性の吐息だ。
 柔らかい髪の毛が顔に。嗅いじゃいけないのに、良い匂いが悪戯に鼻孔をくすぐる。
 ボソッと耳打ちしてきた。
「食堂での話、続きは二人っきりにしよう。邪鬼が誕生する場所を私は知っている」
 そう言い残し、二人は保健室を出ていった。
しおりを挟む

処理中です...