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Ⅲ 戦場に咲く可憐な花たち~16歳~
第55話 本当の気持ち
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アカネは、昔の記憶を思い出すように遠い目で語った。
「あれは、美樹たちと知り合った頃。合宿が終わって暫く経ったあと、美樹に言われたの。『ボクは恋愛関係と肉体関係を分けてる。そうじゃないと本当の気持ちが隠れるだろう?』て。美樹は笑ったの『アカネたんは、心の底から本当は誰が好きなのかい?』って。ウチね、カイとは、そこに棒があったからとか、そこに穴があったからとか軽い感じでやってきたつもりだけど……この気持ち、この〝好き〟って気持ちに気づいて、もう、カイとの関係は無理なの」
ツゥ、と透明な涙が頬を伝った。複雑な涙。
ヒュウヒュウと吹き荒れる風がピタと止まった。空気がひんやり。静寂な時間が進む。向かい合って、目と目が合う。その瞳は揺るがなかった。まっすぐこちらを見つめていた。
「この気持ちに気づいたのは、あのとき三人で狭いベッドにいたとき。あのとき、背中を見て『あれ、こんな大きかったけ?』てそれと暫くしてから離れていくから、『行かないで』て本気で思ったの。昔からずっと一緒にいて、なんで今さら気づくの? つ感じだけど、この気持ちに気づいて、怖かった……カイとジンと、ウチとの関係が壊れるのを怖かった。昔からずっと一緒にいて、これからもずっと一緒にいる未来が、ウチのせいで壊れたらって思うと、怖くて中々言いだせなかった」
俺は言葉が出なかった。アカネの話が中盤に差し掛かったところで思考が停止し、耳にもいれてなかったから、最後まで聞いていない。ジンのことを好きになったと、はっきり言った辺りで、心の何処かでストン、と何かが落ちた。
心中では、後悔、不安、葛藤いろんな感情が混ざって渦を巻いていた。
しかし、意外にも諦めは早かった。自分でもわからないほど早く決別した。心がスッとなり、別れ話に一つ返事で別れた。
アカネは、いいの? とぎこちない表情で覗いてくる。
俺は今、どんな表情してアカネに見られてるんだろう。きっと、笑っていないだろうな。
それから、雲の上で奇妙な羽を動かしている邪鬼を見つけた。
邪鬼の特徴である全身黒づくめ。目玉のような丸い形が中心にあり、その丸い形から無数に毛のようなものが生えてある。
どれも均等に短い毛。その毛をぶんぶんと振ってるのに、かなり遅く飛行している。
そこから、キラキラと粒粒の金粉を空から撒き散らしていた。あれは間違いない。幻覚を見せている金粉。
中心部には、一つの目玉がギョロギョロ不気味に動いている。
「核は目玉の後ろじゃない!」
アカネが叫んだ。
ギョロギョロした目が、狙いを定めたようにこちらに向く。俺たちは慌てて、口を抑えた。
物音立てずに暫くそうしていると、誰もいないと分かり、目玉がまたギョロギョロ騒がしく動く。
ほっと胸をなでおろした。
邪鬼の様子を暫く観察しながら、核をどうやって破壊するか考えた。
「よく見たら、攻撃する手足がない。このまま近づいて焼き倒せばいんじゃね」
そう提案すると、アカネはすぐに否定。
「そうすると、下にいるみんなの幻覚が増すかもしれないでしょ。やめて」
「それじゃあ……誰かが注意をひいてその隙に、とか」
アカネは賛成した。
邪鬼の前にアカネが立った。見下ろす姿で、仁王立ち。邪鬼の一つ目が大きく見開いた。目玉の中に黒い血管が浮き出ている。
アカネは不敵にニヤリと笑い、いやらしく腰を振ってみせる。
「ねぇ、あなたの力凄いわね」
妖艶な声。
誘っているような声だ。
邪鬼の目玉がさらに大きく見開いた。ギチギチ、と目玉を抑える皮膚が弾けていく。
もはや、邪鬼はアカネに釘付け。アカネはウインクをした。合図だ。邪鬼もバレない仲間だけの合図。
「フレイムインパクトっ!!」
邪鬼のいる一帯がたちまち赤い炎と黒い黒煙があがった。オレンジ色の飛沫が飛ぶ。その飛沫はどれも意思があるように、北風によって舞う。
俺がフレイムインパクトをすると、事前に知っているアカネは透明な結界で身をまもっている。モクモクと広がる黒い黒煙の中から、結界を発動して無事なアカネの姿が顔をのぞかせた。
結界をすぐに閉じ、邪鬼がどうなっているのか確かめた。恐る恐る見下ろすと、黒い焼け焦げた物体が横たわっていた。
「良かった。これで……」
途端、卵の殻が割れたようなパキッと音がした。焼け焦げた物体からだ。割れた小さな欠片から、元の体型が覗く。それに続き、パキパキと割れていった。
まずい、と思った直後全ての殻がわり、中から邪鬼が再び現れた。それまで小さかった姿が脱皮した蟹のように大きくなり成長していた。
無数の毛は長く伸び、全ての夜を統べる如くヒラヒラと風に靡いていた。
中心の目玉は、変わる前より小さくなっているが、相変わらず騒がしくギョロギョロ動かしている。
狙いを定めたように俺らに視線を向けた。
アカネは咄嗟に結界を、俺はフレイムインパクトの呪文を唱えた。
だが、大きくなり成長した奴には二度も同じ攻撃は効かない。長くなった毛をヒラヒラ自由自在に操り、炎の呪怨を風で吹き飛ばした。
「なっ……!」
絶句した。
フレイムインパクトはかなり自慢のある技だ。なのに、それを毛虫のごとくあしらうなんて、成長ぷりにも程があるだろ。
長い毛がこちらに降ってきた。
考えてる場合じゃない。
「スパーク!」
近距離範囲だけの炎の呪怨。
まるで、手足のように伸びてくる毛を避け、スパークと言い放つ。
スパークは、フレイムインパクトより火力は少ないが、それでも敵三匹を炎で炙れる火力だ。
こちらの手足を持っていこうと四方八方から毛が伸びてくる。チリチリになってもいないし、やつの顔は、まだ余裕な感じ。コマ遊びをするように眺めている。だめだ、全然効かない。
額から大量の汗が滲み、全身が汗だく。着ている服に重みがかかった。
シュルシュルと毛は戻っていき、奴の顔がだんだんと不機嫌になっている。
襟もとに手を伸ばし、第二ボタンまで開けると、ひんやりとした空気が体の中に入ってきた。
ここからの角度だと、邪鬼の核が以前より狙いやすい。だが、問題は毛だ。どうにかしてあの毛を止めないと。
不機嫌になった奴が、毛をバサバサと動かし、また金粉を撒き散らした。俺たちの真上から。
幻覚の金粉を浴びるわけにはいかない。幻覚を受け、誰も太刀打ちできない状況下で、誰がこの邪鬼を倒すんだ。
焦りと緊張が渦巻いた。
先に核を破壊するか、金粉を浴びるか、どちらが早いのか、もうそんな一瞬の時間なんてない。すぐに答えは明白に出た。
地を蹴るようにしてジャンプし、核の場へ飛行した。炎の剣を想像し、手中におさめる。
ギュ、と力強く握りしめた。高揚感が心を奮い立たせ、どうにも止まらない。
剣をまっすぐに構え、核の前に振り下ろした。ガギィン、と金属同士がぶつかる音が響いた。
邪鬼が発動する結界、即ち〝フィールド〟が核を破壊する前に立ちはだかった。
焦れたいぐらい赤い鮮血な核が目の前にあるのに、どうにもそこから一歩も動けない。
くそ。
ますます焦りが出てきた。
手に汗が滲む。ぬかるみで剣が落ちそうだ。
口の中がカラカラ乾いている。ちょっとの唾液もない。
落ちないように必死に掴み、雄叫びをあげながら、フィールドをぶち抜いていく。
透明な結界が途端にビリビリ裂いていく。透明な亀裂が中心から徐々に縦横に広がっていってる。
強度なフィールドを張る力はなさそうだ。目指すは赤い核。その目指すポイントに鋭利な刃が向かっていく。
いけ!
力を振り絞り、両手に持った剣に期待を込めた。たちまち、フィールドがパリン、と鏡のように割り、儚く北風に吹かれ、消えていく。
赤い核に当たった。キンキンに冷えた氷のような感触で分かった。
フィールドと同じく、核のもほうも強度さはないようだ。刃を当てたまま、さっきあしらわれたフレイムインパクトを唱えた。
力強く唱えると、その炎はさらに熱く燃え、核は水酸化ナトリウムに溶けたようにドロドロになり、ひし形だった原型が留めていない。
邪鬼は苦痛の絶叫をあげた。断末魔を切ったような悲鳴だ。
耳を塞ぎたくなる悲鳴。この邪鬼は、元は凄い呪怨者だったかもしれない。Aクラスだったり、班の班長を務めていたり、でも、この呪怨者は一度死んだ。
そして復活し、ころされた。俺に。高揚で高まっていた手のひらは、赤い血で汚れている。どんなに洗っても取れない血。
邪鬼が消えていく中、俺は掠れた声で「ごめんなさい」と呟いた。どこの誰か知らない呪怨者に。
「あれは、美樹たちと知り合った頃。合宿が終わって暫く経ったあと、美樹に言われたの。『ボクは恋愛関係と肉体関係を分けてる。そうじゃないと本当の気持ちが隠れるだろう?』て。美樹は笑ったの『アカネたんは、心の底から本当は誰が好きなのかい?』って。ウチね、カイとは、そこに棒があったからとか、そこに穴があったからとか軽い感じでやってきたつもりだけど……この気持ち、この〝好き〟って気持ちに気づいて、もう、カイとの関係は無理なの」
ツゥ、と透明な涙が頬を伝った。複雑な涙。
ヒュウヒュウと吹き荒れる風がピタと止まった。空気がひんやり。静寂な時間が進む。向かい合って、目と目が合う。その瞳は揺るがなかった。まっすぐこちらを見つめていた。
「この気持ちに気づいたのは、あのとき三人で狭いベッドにいたとき。あのとき、背中を見て『あれ、こんな大きかったけ?』てそれと暫くしてから離れていくから、『行かないで』て本気で思ったの。昔からずっと一緒にいて、なんで今さら気づくの? つ感じだけど、この気持ちに気づいて、怖かった……カイとジンと、ウチとの関係が壊れるのを怖かった。昔からずっと一緒にいて、これからもずっと一緒にいる未来が、ウチのせいで壊れたらって思うと、怖くて中々言いだせなかった」
俺は言葉が出なかった。アカネの話が中盤に差し掛かったところで思考が停止し、耳にもいれてなかったから、最後まで聞いていない。ジンのことを好きになったと、はっきり言った辺りで、心の何処かでストン、と何かが落ちた。
心中では、後悔、不安、葛藤いろんな感情が混ざって渦を巻いていた。
しかし、意外にも諦めは早かった。自分でもわからないほど早く決別した。心がスッとなり、別れ話に一つ返事で別れた。
アカネは、いいの? とぎこちない表情で覗いてくる。
俺は今、どんな表情してアカネに見られてるんだろう。きっと、笑っていないだろうな。
それから、雲の上で奇妙な羽を動かしている邪鬼を見つけた。
邪鬼の特徴である全身黒づくめ。目玉のような丸い形が中心にあり、その丸い形から無数に毛のようなものが生えてある。
どれも均等に短い毛。その毛をぶんぶんと振ってるのに、かなり遅く飛行している。
そこから、キラキラと粒粒の金粉を空から撒き散らしていた。あれは間違いない。幻覚を見せている金粉。
中心部には、一つの目玉がギョロギョロ不気味に動いている。
「核は目玉の後ろじゃない!」
アカネが叫んだ。
ギョロギョロした目が、狙いを定めたようにこちらに向く。俺たちは慌てて、口を抑えた。
物音立てずに暫くそうしていると、誰もいないと分かり、目玉がまたギョロギョロ騒がしく動く。
ほっと胸をなでおろした。
邪鬼の様子を暫く観察しながら、核をどうやって破壊するか考えた。
「よく見たら、攻撃する手足がない。このまま近づいて焼き倒せばいんじゃね」
そう提案すると、アカネはすぐに否定。
「そうすると、下にいるみんなの幻覚が増すかもしれないでしょ。やめて」
「それじゃあ……誰かが注意をひいてその隙に、とか」
アカネは賛成した。
邪鬼の前にアカネが立った。見下ろす姿で、仁王立ち。邪鬼の一つ目が大きく見開いた。目玉の中に黒い血管が浮き出ている。
アカネは不敵にニヤリと笑い、いやらしく腰を振ってみせる。
「ねぇ、あなたの力凄いわね」
妖艶な声。
誘っているような声だ。
邪鬼の目玉がさらに大きく見開いた。ギチギチ、と目玉を抑える皮膚が弾けていく。
もはや、邪鬼はアカネに釘付け。アカネはウインクをした。合図だ。邪鬼もバレない仲間だけの合図。
「フレイムインパクトっ!!」
邪鬼のいる一帯がたちまち赤い炎と黒い黒煙があがった。オレンジ色の飛沫が飛ぶ。その飛沫はどれも意思があるように、北風によって舞う。
俺がフレイムインパクトをすると、事前に知っているアカネは透明な結界で身をまもっている。モクモクと広がる黒い黒煙の中から、結界を発動して無事なアカネの姿が顔をのぞかせた。
結界をすぐに閉じ、邪鬼がどうなっているのか確かめた。恐る恐る見下ろすと、黒い焼け焦げた物体が横たわっていた。
「良かった。これで……」
途端、卵の殻が割れたようなパキッと音がした。焼け焦げた物体からだ。割れた小さな欠片から、元の体型が覗く。それに続き、パキパキと割れていった。
まずい、と思った直後全ての殻がわり、中から邪鬼が再び現れた。それまで小さかった姿が脱皮した蟹のように大きくなり成長していた。
無数の毛は長く伸び、全ての夜を統べる如くヒラヒラと風に靡いていた。
中心の目玉は、変わる前より小さくなっているが、相変わらず騒がしくギョロギョロ動かしている。
狙いを定めたように俺らに視線を向けた。
アカネは咄嗟に結界を、俺はフレイムインパクトの呪文を唱えた。
だが、大きくなり成長した奴には二度も同じ攻撃は効かない。長くなった毛をヒラヒラ自由自在に操り、炎の呪怨を風で吹き飛ばした。
「なっ……!」
絶句した。
フレイムインパクトはかなり自慢のある技だ。なのに、それを毛虫のごとくあしらうなんて、成長ぷりにも程があるだろ。
長い毛がこちらに降ってきた。
考えてる場合じゃない。
「スパーク!」
近距離範囲だけの炎の呪怨。
まるで、手足のように伸びてくる毛を避け、スパークと言い放つ。
スパークは、フレイムインパクトより火力は少ないが、それでも敵三匹を炎で炙れる火力だ。
こちらの手足を持っていこうと四方八方から毛が伸びてくる。チリチリになってもいないし、やつの顔は、まだ余裕な感じ。コマ遊びをするように眺めている。だめだ、全然効かない。
額から大量の汗が滲み、全身が汗だく。着ている服に重みがかかった。
シュルシュルと毛は戻っていき、奴の顔がだんだんと不機嫌になっている。
襟もとに手を伸ばし、第二ボタンまで開けると、ひんやりとした空気が体の中に入ってきた。
ここからの角度だと、邪鬼の核が以前より狙いやすい。だが、問題は毛だ。どうにかしてあの毛を止めないと。
不機嫌になった奴が、毛をバサバサと動かし、また金粉を撒き散らした。俺たちの真上から。
幻覚の金粉を浴びるわけにはいかない。幻覚を受け、誰も太刀打ちできない状況下で、誰がこの邪鬼を倒すんだ。
焦りと緊張が渦巻いた。
先に核を破壊するか、金粉を浴びるか、どちらが早いのか、もうそんな一瞬の時間なんてない。すぐに答えは明白に出た。
地を蹴るようにしてジャンプし、核の場へ飛行した。炎の剣を想像し、手中におさめる。
ギュ、と力強く握りしめた。高揚感が心を奮い立たせ、どうにも止まらない。
剣をまっすぐに構え、核の前に振り下ろした。ガギィン、と金属同士がぶつかる音が響いた。
邪鬼が発動する結界、即ち〝フィールド〟が核を破壊する前に立ちはだかった。
焦れたいぐらい赤い鮮血な核が目の前にあるのに、どうにもそこから一歩も動けない。
くそ。
ますます焦りが出てきた。
手に汗が滲む。ぬかるみで剣が落ちそうだ。
口の中がカラカラ乾いている。ちょっとの唾液もない。
落ちないように必死に掴み、雄叫びをあげながら、フィールドをぶち抜いていく。
透明な結界が途端にビリビリ裂いていく。透明な亀裂が中心から徐々に縦横に広がっていってる。
強度なフィールドを張る力はなさそうだ。目指すは赤い核。その目指すポイントに鋭利な刃が向かっていく。
いけ!
力を振り絞り、両手に持った剣に期待を込めた。たちまち、フィールドがパリン、と鏡のように割り、儚く北風に吹かれ、消えていく。
赤い核に当たった。キンキンに冷えた氷のような感触で分かった。
フィールドと同じく、核のもほうも強度さはないようだ。刃を当てたまま、さっきあしらわれたフレイムインパクトを唱えた。
力強く唱えると、その炎はさらに熱く燃え、核は水酸化ナトリウムに溶けたようにドロドロになり、ひし形だった原型が留めていない。
邪鬼は苦痛の絶叫をあげた。断末魔を切ったような悲鳴だ。
耳を塞ぎたくなる悲鳴。この邪鬼は、元は凄い呪怨者だったかもしれない。Aクラスだったり、班の班長を務めていたり、でも、この呪怨者は一度死んだ。
そして復活し、ころされた。俺に。高揚で高まっていた手のひらは、赤い血で汚れている。どんなに洗っても取れない血。
邪鬼が消えていく中、俺は掠れた声で「ごめんなさい」と呟いた。どこの誰か知らない呪怨者に。
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