この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅵ 魂と真実を〜23歳〜

第88話 保管庫へ

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 三人と共に保管庫へ向かった。アカネちゃんは肩を竦め、トボトボ歩いている。昼間の堂々とした背中が一瞬で消えている。
 俺はアカネちゃんの隣に歩き、耳打ちした。
「また機会があるって」
「……分かってる。でも、来るの早かったじゃない。もう少し三時間くらい遅れてくれれば告白できたわよ!」
 何を根拠に言ってるんだが。それに、二時間も五分も無理だった俺が、三時間なんて苦痛でしかない。
 前を歩いていたジンがくるりと振り向いた。
「お二人さん、近くない?」
「近くない!」
 アカネちゃんはカッとなって俺の前をズンズンと歩く。そんなに体力使うと、つく頃には、疲れてるぞ。
「ジンに誤解されたじゃない!」
 涙目で睨む。
 俺は再び前を歩くジンに目線を配った。あのとき、ジンのやつ、笑ってなかった。冷やかしでクスクス笑ってる奴だけど、あのときだけ真剣な面持ちだった。単に、これから保管庫に行くから緊張しているのか、単に背後でコソコソ話されてうるさかったのか。
 もしかして、怒ってる? 二人でコソコソ話してたから? 

 疑問に思いつつも、保管庫へ着いた。やはり、鍵はしてない。取っ手を押して戸を少しずつ開いてみる。
 五㌢、一〇㌢、二十㌢、徐々に戸を開いていく。明るみになる保管庫の室内。照明が落ちた室内でも、白い床と天井、壁ははっきりと分かる。
 三人が無事室内に入ってゆっくり戸を閉める。明かりを付けたら速攻で見回りにきた先生にバレるから、明かりは付けずに俺の炎で灯した。
 人差し指に極小の炎をボッと出す。足元を照らすが、先の景色は暗いまま。ジンと物色するが、俺が明かり役で一人一役になった。
 近づかないとファイルに記載された文字も見えないので、ジンからは「もっと近く」と文句を言われる。言われた通り近くに来ると「暑苦しい」て言われ、避けられる。「近くに来いと言ったの自分だろ、だったら後悔させてやる」とぐいぐい近づくと、喧嘩になり、アカネちゃんが鬼の形相で止めに入った。

 初期生の棚は、戸から一番奥。青いファイルで敷き詰めたファイルの中でAAクラスのファイルを探す。AAクラスのファイルは二つだけ。学園最高峰の希少な存在だ。俺たちの知ってるAAクラスは、一人しかいないので一つだろうなって思ってた矢先、なんと二冊。
 初期のころはそんな希少な奴らが揃ってたのか。
 まずは一冊の青いファイルを手に取った。一ページ目をめくる。ア行の名前から始まり、順々にイ、ウ、となっている。
 どこのページにもぎっしりと文字が綴られていた。生い立ち、死の瞬間まで。改めてこれを綴った本人は誰なのだろうと、疑問に思った。
 学園を創立して、その初期生のころから今に至るまで、文字は同じだ。全く同一人物。脳裏にアルカ理事長の姿を思い出した。
 だが、すぐに否定した。あの脳内お花畑の人がこんな真面目臭ったことしない。

 一冊の本を丹念に調べても、記憶操作をする名簿は見当たらなかった。次にもう一つの青いファイルを手に取る。
 これにもしなかったら、もう手の内所がない。このファイルに三人の希望をかけた。
 ア行、カ行……マ行、ここまでくると流石に、焦って、ページをめくる手が早くなった。そして遂にラ行へと入る。もうここまでか、と絶望する俺たちに、希望の光が届いた。
 ラ行の二番目『リ』にそれらを操る呪怨者の名簿を見つけた。だが、その人物の名は、ジンも俺も最近知った人物の名前だった。
「李牡丹【精神の呪怨】相手の目を目視、あるいは音で相手の思想、読心を読み取り、記憶を干渉、操作、人格の洗脳をできる」
「牡丹先生って、この下の……?」
「名前が一緒とか」
 混乱する俺たち。一方で、廊下を見ていたアカネちゃんが何かに気づいた。
「二人とも、声落として!」
 小声で叫んで、戸の鏡から見つからないように小さく屈む。俺たちも咄嗟に息を殺した。廊下から聞こえてきたのは足音。見回りの先生だ。コツコツと足音。徐々に近づいてくる。
 コツコツという足音が心臓を鷲掴みにして、心臓の音と足音がマッチしていく。
 明るいランプと足音が戸を通り過ぎた。その弾みで、先生の姿が戸の鏡に映った。黒い影がこちらを向いていた。それだけでゾクリと鳥肌がたった。
 冷たい汗が全身を流れる。足音は徐々に遠ざかっていった。遠ざかっていくのを確認して、俺たちは安堵で腰がくだけた。殺してた息を大きく吸う。
「アカネちゃん、ナイスぅ」
 ジンがアカネちゃんに向かってグットサインを出した。真っ青だったアカネちゃんの表情が真っ赤になる。ほんと、これで気づかないのはどうかしている。

 最悪の事態を免れ、引き続き続行。牡丹先生の名簿に一度、二度、ならぬ三度も確認した。三度確認しても変わらぬ。牡丹先生が俺たちの記憶を操作して、学園中のみんなを騙しているということ。
 その生い立ちは、冒頭から目を見張るものがあった。
【李牡丹、かつては我が姉の友人だった者。そして我の優秀な研究員。学園を一緒に創立し、そして朽ちた体に核をいれた。それから彼女は学生として蘇り、再び我のために研究員として動いてくれた。彼女が呪怨を使うたびに学園が安泰だ。しかし、その平穏は必ず崩れ去る。十期生の――】
「十期生の少年少女によって」
 音読したあと、ジンもアカネも俺も、お互い顔を見合せた。最後に書かれたものは、その当時に書かれたものだ。十期生の登場はまだなのに、この文面はまるで、予知したようなものだった。
 疑うポイントが複数ある。まずは、
「我て誰?」
「アルカ理事長だと思う」
 アカネちゃんは、さらに眉を引っ付き「誰?」と言う。アカネちゃんは知らないのか。俺はざっくりアルカ理事長がどういう人物かを語った。
 ざっくり言えば、この学園の理事長。学園を創立した人だと。自分のことをワシと年寄りくさい自称する人だが、ここでは我と語るのか。

 三人とも、注目したのは最後の文面。
「十期生って、俺たちだよな?」
「まぁ、例えるなら」
「少年少女って書いてるけど、ウチ、今は十期生じゃない」
 かつて十期生だった者と書かれるはず。アカネちゃんは確か、二十一期生。そんな問題よりも、この人物が俺たちの知ってるあの人か、が一番の問題だ。
「この下に地下があって、その下には死んだ者のクローンが造られているんだ。その管理者が牡丹先生。俺たちつい先日知り合った人なんだ」
「へぇ。この下に? 一回来たときそんな隠し通路は見当たらなかったはず」
「それがあるんだよ」
 手招きして、隠し通路のドアがある白い床をペタペタと探った。白い床だから最初は分からないも、あのときの小夏先輩の立ち位置、方向をもう一度思い返すと、ビンゴ。それらしきモノを発見した。
「凄い、こんな所に? 前来たとき分からなかったわ」
 アカネちゃんは、大きく目を見開いてキラキラと輝いている。
 隠し通路のドアノブを自分のほうに引いてみた。ゆっくり開いてみると、真っ暗な階段が現れる。
「まさに隠し通路みたいな所ね……」
 アカネちゃんが恐る恐る覗いて呟いた。
 見える景色は、まるで化物が潜んでいるかのような闇だった。濃ゆい闇しか見えない。
「この先に、その人はいるの?」
 不安げに訊いてきたアカネちゃん。
「中に入ったら松明があってスゲぇ明るいから。もっと奥に進めば広い部屋があるよ」
 ジンが紹介すると、さらにアカネちゃんの表情は驚きと不安が混ざりあった、よく分からない表情へとなる。
「入ってみるか」
 俺は片足を闇に突っ込んだ。
 俺の台詞に二人は驚いて、身を乗り出す。突っ込んだ俺の体を反対に引く。
「バカじゃないの!? 何自分から敵の大将のとこ行くのよ!」
「そうだそうだ、行ったところで目が合ったら記憶消されるぞ!」
 二人とも、完全に牡丹先生が【精神の呪怨】で俺たちの記憶を操っていることを疑うことなく信じきっている。かつ、敵の大将とまで自称している。
 俺は信じたくなかった。
 最初に出会ったとき見せたあの笑顔、いれてくれたお茶は美味しくて、優しくて、とても、敵の大将とは思えない味だ。
 本当に牡丹先生が記憶を操っていたのか、本人に会って確かめる。たとえ本人だとして記憶を消されたら、それこそ確かめても無駄だけど、今は確かめたくて仕方がない。
 ジンもアカネも嫌々言って、頑なに俺を放してくれない。それならと「俺も行く!」とジンが便乗すると、アカネちゃんは「ジンも行くならウチも行くにきまってる!」と結局三人で行くことになった。

 闇の階段を一歩一歩降りていくと、ボッボッと壁に張り付いた松明に炎がついて、辺りが明るくなった。
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