この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅵ 魂と真実を〜23歳〜

第91話 四人結集

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 二人の距離が縮まっていく。もうだめだ、と絶望に打ちひしがれる中、突如、パリィンと鏡が割れた音が反響する。
「何っ!?」
 その音のおかげで、牡丹先生がコントロールしてたものがプツリと切れ、意識が俺に再び戻った。
 ジンもアカネちゃんも音のした方向を凝視して、呆然としていた。音のした方向はここから近い。
 そして、カプセルと夥しい管しかないこの場所にとって、鏡が割れる音はだいたい想像つく。カプセルの中の者が内側から破壊したのだ。
 誰だ。でもこの状況を打破できることができた。急死に一生だ。誰か知らないが感謝。戻った俺は、二人のもとに駆け寄った。
「二人とも、この隙に逃げるんだ!」
 でも、二人とも魅了されたようにその場を動かない。どうしたんだ。二人は一点して何かを凝視していた。二人が凝視している一点を恐る恐る顔を向けた。
 回復呪怨の液でできた液体が床面を濡らし、同時にカプセルの硝子が散りばめていた。そして、その床面にへたり込む少女が一人。
 全裸の少女が胎児のように丸まっていた。濡れそぼった体は、雪のように真っ白で、漆黒の髪の毛が頬にくっついて顔は認識できない。
「な、何故? 割れた?」
 牡丹先生が少女を凝視して、口をあんぐりしていた。今まで抑制された眼差しが、驚きの感情でいっぱいに見開いていた。
 システムを変えると俺らを前にしても動じなかった牡丹先生が、少女の登場で、クールさを失い明らかに動揺していた。
 今逃げるのがチャンス。
 そう思ったが、俺も魅了されて体が動かない。コントロールされたわけでもないのに。

 カプセルから出てきたということは、生きているのか? でもピクリとも微動だにしない。死んでるのか? でも、内側から破壊して出てきたということは生きている可能性大。
 微かに発展してあるおっぱいから雫がツゥ、と流れ床面に滴すると微かに「ん……」と彼女らしき声が聞こえた。
 生きている。
 すかさず駆け寄ったのは俺でもなく、牡丹先生でもなく、アカネちゃんだった。アカネちゃんはバタバタと走って駆け寄り、濡れた彼女を抱きあげ、濡れた髪の毛に顔をうずめた。
 ゆっくりと瞼が開いた。黒い瞳。漆黒の髪の毛と似合っている。まだ夢と現し世を彷徨ってぼんやりとしている。ぼんやりしている目で辺りをキョロキョロし、抱いているアカネちゃんのほうに顔を向けた。
 ここからでもわかる。アカネちゃんがクスリと笑った。
「ルイ……おはよう」
 少女はぼーっとしつつ、じっとアカネちゃんの顔を見上げていた。
「誰…………?」
 ここからでもわかる。アカネちゃんの目が見開いて、泣きそうな顔になっていること。
 牡丹先生がすぐさま、少女を確保しようと駆け寄ってきた。が、アカネちゃんは少女の体をひしっと強く抱いてた。
 アカネちゃんの知ってる女の子なのだろか。牡丹先生はカッと目柱を血迷って「放しなさい!」と叫ぶ。
 当然。そんな脅しにアカネちゃんは効かない。少女を抱いてこちらに駆け寄って来るではないか。ジンも俺も悟り、四人連れて牡丹先生から離れた。
 牡丹先生は呆然と立ちすくみ、わなわなと震えている。怒りで震えているのか、ショックで震えているのか定かではない。
 少女はアカネちゃんと同学年ぽい。十二歳か十四歳の体している。アカネちゃんはこの少女のことを「ルイ」と呼んだ。時々聞いたことある名前だ。
 ルイという名前の女の子は、アカネちゃんから聞かされたもう一人の幼馴染の一人。でも俺たちの記憶にはない。
 ルイと呼ばれた少女は、暫くぼーっとしてて天を見つめていた。まるで、生きているようで屍のようだ。

 とりあえず出口にたどり着いた俺たち。保管庫の隠し通路のドアをこじ開けると、待っていたのは小夏先輩だった。冷たい眼差し。虫を無慈悲にころす勢いの眼光だ。
 まさか、こんなところに小夏先輩がいたとは分からなかった俺たち。ここにいるてことは、俺たちが今夜忍び込むのもおおよそ把握されてる。驚いて階段の段差で立ち止まる。
「全く。あなたたちは」
 声は震えていた。
 今にでも泣き出しそうな声。冷たい眼差しだけど。その瞳の中に、怒り、悲しみが混じって複雑の色になっていた。
「保管庫について語っていたときに、こうなることは予知してました。でも、止められなかったあたしにも責任があります。良かった……無事に、帰ってきて」
 涙を必死に貯めた表情で満面の笑みを浮かべた。俺たちは階段を駆け上がり、小夏先輩に抱きついた。
「小夏先輩、すいません。心配して、でも送ってくれて」
「気持ちはありがたいけど、離れなさい」
 すっかりと涙が消えた表情で拒否され、俺たちはしぶしぶ離れた。小夏先輩は、次に目を驚かせたのはジンがおんぶしてる少女。アカネちゃんの体力では持たないと交代して、ジンがおんぶした。
「何? 誘拐したの?」
 小夏先輩は、じとぉーとジンを睨む。
 アカネちゃんが小夏先輩の足元で騒いだ。
「違う! ルイだよ。覚えていないと思うけど」 
「ルイ?」
 小夏先輩は眉をひそめて、オウム返しに聞き返す。小夏先輩はジンがおんぶしている少女をこちらに招いた。
「とりあえず服を着せましょう。そして一刻も早くこの部屋から出ないと」
 小夏先輩の言うとおり、一刻も早くここを出なければ。隠し通路を元のように誰にも分からないように蓋を閉め、室内を忍び足で出て行った。
 外はすっかり、夜がふけていた。静かな時間帯。俺たちの足音だけが学園中を響き合っている。
 小夏先輩がまず向かったのは保健室。女の子の着替えだから出ていって、と廊下に立たされ待つこと10分。
 保健室のドアがカラカラと音を出して開いた。顔を覗かせたのは小夏先輩だった。手招きされたってことは、入っていいという許し。
 恐る恐る室内に入り込む。すぐ近くのベットに少女がすぅすぅと寝息を立てて、寝ていた。とても穏やかな表情。
 その少女の手を握りしめているアカネちゃんのほうもすぅすぅ寝息をたてて、寝ていた。とても幸せな表情。
「疲れたのね。この子はここに安静にしといて、アカネちゃんはあたしが寮に送るわ。あんたたちは、気をつけて帰るのよ」
 小夏先輩がアカネちゃんを抱きかかえる。でも、二人の繋いでた手はがっしりと握られてて、放そうとしない。
「困ったわね」
 と、小夏先輩が眉をハチの字にさせ、アカネちゃんをおろす。繋いだ手を解くのも酷なことなので、今日はアカネちゃんもここで寝かせることにした。
 少女、ルイちゃんの隣のベットで寝かせる。ベットの間で繋いだ手のひら。〝もう絶対に放さないよ〟と誓うような光景だった。

 俺たちは保健室を出て、小夏先輩の言うとおり、仮眠室に戻る――のではなく、もう一度地下に向かった。
 俺たちの想いは変えられない。ルイちゃんと遭遇してからその想いがひたすらに大きくなった。
 ほんとは知ってる人物。なのに、記憶がない。知りたい。どうしても。どんなふうに俺たち四人は学園を過ごしてきたのか、どんなふうに接してきたのか。
 保管庫に行きつき、隠し通路を開いた。何度覗いても不気味な開口。まるで化物の口みたい。
 牡丹先生にもう一度直接会って、話をしよう。牡丹先生は今混乱してるはず。今話しあっても成果が出るか分からないが、今説得すれば、何か起きるんじゃないのか?
 淡い期待を込め、階段を降りた。真っ暗な景色に一点の光が浮いてある。宙にふわふわと。月の明かりのように、艷やかに光って辺りを青白くさせている。
 俺たちは、態勢を変えた。それを察したのか光の玉は、少し後ろに下がった。

『そんな警戒しなすんな。大丈夫じゃ。ワシはこんな姿じゃ、お主らに何も危害は加えない。お主らがここに戻ってきた理由は、分かる。牡丹を説得してシステムを変えるということじゃな?』

 アルカ理事長は、完全に俺たちの行動を読んでいる。
「だったら、何ですか?」
 挑発に訊いてみた。無機質の光の玉なのに、クスリと笑った気がした。そんな気がした。

『何もせん。ただ、忘れない世界になったらどうなるのじゃろ? 少し想像してみ? 大事な友、親友、異性を亡くし彼らは明日を過ごしていけるか? お主はどうじゃ?』

 急に話の焦点に当てられ、びっくりした。俺は深く考え込んだ。もし、自分にとって大事な人を失ったら……立ち直れない。けど、だからって大事な記憶を消されて、奪われてたまるか。
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