この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅵ 魂と真実を〜23歳〜

第94話 一件落着

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 時間を止め、暴走していた生徒らの動きを止めていたルイは、全てが止まっている世界でただ一人動いていた。
「ルイ!」
「カイ君!?」
 止まっている人々をかきわけ、ルイのもとに駆け寄る。ルイは胸の前に手を合わせ、広場の噴水台に立っていた。
「どうして動けてるの!?」
 ルイがびっくりして訊いてきた。
「えっと、アルカ理事長のとこにいたからかな?」
「あの人、全能だね」
 ははは、と苦笑した。
「ルイは理事長のこと、知ってたのか?」
「リゼ先生から聞いたの。ほんの少ししか聞かされなかったけど、何でも出来る人だと言ってた」
 そうか。リゼ先生から。確かにアルカ理事長は性格をおけば何でも出来るかもしれない。俺はルイにアルカ理事長たちに決着をつけたことを告げた。
 時間を戻せば、あの日常に戻れる。その前にルイは、淋しいなぁと呟いた。時間が止まった無音の世界でも、その声は、響かなかった。
「術を解けば、戻れるかもしれないけど、代わりに大事な記憶がなくなるなんて、淋しくて悲しくて……」
 ルイの言ってることはよくわかる。蓋をしていた記憶がせっかく蘇ったのに、忘れるのは寂しいな。
 ルイと暫く話してから、術を解いた。
 昔の話をいっぱいした。二回目に脱走したときの失敗談とか、楽しかった合宿の話とか、記憶を消されたらもう二度とこの話が出来ないことを。

§


 ルイが生徒たちが暴れ回る前の時間に戻して一件落着。あった事はなかった事に。生徒たちは普通に起きて、ご飯を食べて、普通に授業を受けている。暴走した記憶も疲れもなさそうだ。
 爆発が起きた教室は何事もなく、廊下や広場は綺麗になってるし、本当にアルカ理事長が元に戻したんだ。
 でも、全てがなかった事になるわけじゃない。届いた想いは、時間と記憶をリセットされてもずっと残る。事例がアカネちゃん・・・とジンの関係だ。

「はい、ジン、あ~ん」
「パク。ん、美味しい」
「ふふふ。当たり前でしょぉ」
 俺は今、何を見せられている?
 目の前の席で、アカネちゃんとジンがくっついて、アカネちゃんが自分のご飯をジンの口にアーンしてるではないか。何だ、この状況。
 俺は食堂で、何を見せられているんだ。
 一緒に座っていたルイちゃんが苦笑した。
「ははは。何か、何十年も閉じ込めてた想いが通じて二人きりの世界に入ってるよ」
「ほぉ。でも俺たちに見せびらかすのはどうかと思うが?」
 お互い彼氏彼女なし。
 一緒の席でイチャイチャを見せられて食べるものも食べられないだろう。暑苦しくてたまらない。
 二人の関係は喜ばしいものだ。親友として。空白だった時間を埋めるようにして二人の世界になるのも仕方ないが、時と場所を選んでくれ。
 文句を言ったところで、二人の耳には届かない。なんせ別次元に行ってるのだから。ルイちゃんの声も届かなかった。何だこの二人。別次元に行くのなら、他の席に行け。何だか俺が悲しくなったぞ。
「朝からヒューヒューだね」
「キモい」
 美樹ちゃんと雨ちゃんがトコトコやって来た。朝から豪勢な朝食をトレイに乗せ、近くの席に座った。ニヤニヤと微笑む美樹ちゃんの向かい側に、非常に冷めた目の雨ちゃん。
 二人はいただきますと同時に言って、朝食に手をつけた。
「アカネたんとジンくんは年の差カップルだねぇ」
 美樹ちゃんが悪戯っ子に微笑んだ。
「ジンが二十三歳で、アカネちゃんが十二歳……十二歳差っ!?」
 計算してみると、その年の差に驚いた。
 ルイちゃんは、年の差カップルだと気づいて何故か目をキラキラさせている。
「なんか、教師と生徒の年差みたい!」
「えーそれ言うなら親子じゃない?」
「キモい、寒い」
 みんなの言ってることは分かった。ここは冷房つけてないのに、雨ちゃんの顔色が青白くなっていく。
 こんな話してるのに、この二人はいつまでたってもくっついたままだし、まだ食べ終わってないのかよ。そんなちんたら食べてるからだ。
「でも……。アカネちゃんとジンくんが恋人同士になったなら、大きな障害を通らないといけないよね?」
 ルイちゃんが真剣な面持ちに変わった。
 大きな障害とは?
 美樹ちゃんがウンウンと頷く。この二人は分かっているようだ。雨ちゃんは考えたくないという表情で、というか、考えを放棄して朝食を食べている。
 二人は、猛烈に目をキラキラ輝かせて同時に叫んだ。

「先生たちの許可! 周りの目! 障害が大きければ大きいほど燃え上がる恋!」

 きゃーと黄色い悲鳴をあげる二人。ここ食堂なの、完全に忘れてる。
 確かに。二人の関係は周りの許可が必要だ。なんせアカネちゃんは、中学生にもなってない子ども。傍から見たら、大人と子どもの図。
 アカネちゃんには、俺たちも通った定めを通らなければならない。この学園のため、存続させるため、邪鬼と闘うこと。
 アカネちゃんはかつての同期。でもそれは死んでしまった一号のアカネちゃんの話であって、今のアカネちゃんには関係ない。
 生徒と恋仲など、小夏先輩が第一に認めないだろう。教え子なんだから。


 小夏先輩は案外あっさりと認めた。
 周りもあっさりと認め、二人の関係に口を出さない。何故だ。傍から見たら大人と子どもの図だぞ。犯罪臭が半端なくするんだぞ。

 もしかして、牡丹先生に洗脳されたのか?
「してないよ。そんなこと」
 牡丹先生が冷めた目で即答。
 わざわざ忍び込める夜を待って、地下に潜って牡丹先生に会いに行ったところ、即答で返事を返された。
 牡丹先生が洗脳もしてないのに、周りがあっさり認めるなんて、新手のシステムか何かか?
「そんな訳ないでしょ。あの二人は独特の雰囲気出してるからね。周りも認めざるをいえないよ」
 牡丹先生は深いため息をついて、参ったと手のひらを上に向かせた。
 独特な雰囲気……記憶を消されても、何度でも思い出すほど強い「想い」それが二人を、周りをも認めさせた。
 強い「想い」はそんなことも出来るのか。
 牡丹先生の目がキラリと光ったのを見過ごさない。
「君、見たね? これを……」
 見たって、何をだ? 別に対して変わらない風貌だけど。白衣にボサボサ頭。白衣からはみ出るたわわなおっぱいとスラリとした足。部屋はとても女子とは言えぬ荒々しく物が散乱してる。出会ったころのまんまだ。
 牡丹先生は顔を真っ赤にさせた。さっと腕でおっぱいを隠す。
「この姿を言ってるわけじゃない! この本!」
 机に置かれた何の変哲もない本をさした。
 図書館の本が床やら机に積んでて、どれを指しているのか最初は分からなかったけど、一冊の本に気付いた。
 表紙にタイトルもつけていない真っ白な本。この本、誰かに見られたら、まずいものだろうか。
 本棚の整理中で、普段は本棚の奥にかくしてたのが、急に現れた俺のせいでばったり見られてしまった。
 牡丹先生はそっと、本の表紙に手を置いた。
 細長い指先と真っ白な肌が本とマッチしている。
「これは〝終末の書〟。卒業したとき、アルカ理事長が初期生にだけ贈られたものよ」
「えっ! ずる!」
 ギロリと睨まれた。
 だって、卒業したとき、アルカ理事長は言葉だけで、一つも贈呈品贈られたことはなかった。初期生て、やっぱり特別なんだな。
 中を一度拝借してもらった。中身はなんと、文字一つも書いてなかった。挿絵もない。白紙ページがずっと続いている。
 なんだ、これ。こんなの贈られても嬉しくないな。
「これは貴重な本だよ。この世でね」
 本をパタと閉じて、机に置いた。牡丹先生が切なげに言う。
 表紙も中身も真っ白な本が、この世で一番貴重だと言った牡丹先生に、俺は好奇心に訊いてみた。
「貴重、とは?」
「この書は、全てを終わらせる。この学園だって、ほんの一瞬で破滅させることが出来る」
 でも、中身すっからかんの書がそんな凄い事出来る訳がない。
 半信半疑の俺に、牡丹先生はそれ以上何も言わなかった。「分かる時が来る」と寂しげに言って。


 太陽が顔を出す前に俺は地下から出て、仮眠室に戻った。朝から夕までジンにベタベタだったアカネちゃんも、流石に、この場所までベタベタくっついていない。
 布団に入ってすぐに深い眠りに浸かった。泥のように眠る。
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