この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第98話 上下

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「この場をなんとかしなければ、って考えるの正気ぃ?」
 ふと声がした。
 ニアと二人きりだった室内で、第三者の声が。まさか、今さっきのことも見られて!? びっくりして声のほうを振り向いた。
 閉め切っている室内のの中に、それまで存在していない人物が。牡丹先生がいた。
 呆れた表情で俺を見下ろしてる。
「ニアと二人きりって聞いて駆けつけたけど、だいぶ遅かったようねぇ」
 牡丹先生、なんか怒ってる? 笑ってるけど目が笑ってない。

 ニアを抱え、ベットに横にさせた。そのへんに捨てたパンティは、牡丹先生が履かせた。俺はとりあえずお風呂に浸からせてもらった。
 お風呂からあがると、気絶していたニアが起きていた。小動物みたいにガクガク震えている。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃない」
「ぼ、ぼぼぼ牡丹先輩っ! おおおおお久しぶりでございまする!!」
「何その挨拶おかしい、フフ」
 牡丹先生の前で、ガクガク震えるニア。青白い顔して今にでも泣き出しそうな目。
 どうしたんだ。俺がいない間に。
 間に入ると、牡丹先生は笑いながら話してくれた。牡丹先生とニアが、学生の時代まで遡る。

 俺たちの代で撤廃した恒例の呪怨基礎訓練があったそうな。初期生で先輩にあたる牡丹先生は、後輩の指導をしていた。その後輩がニア。
 牡丹先生の指導はキツく、朝起きる時間、食べるもの、寝るときの態勢まで徹底して管理されたそうだ。しかも、呪怨を一度でも失敗すると、鬼のようなスパルタを与えたらしい。
 それでニアには恐れられる先輩で、牡丹先生にはとてもいじめがいのある後輩になる。

 知らない昔話を聞いて、胸が高鳴った。
「呪怨基礎訓練って、まず始めに何すんですか?」
「えぇとね、自分の弱点を知ることよ。例えばあなたの友達の子は、広範囲で尚且つ強度も高い結界を張れるけど、時間制がある。その時間制を失くす訓練よ」
 どうして撤廃されたんだ。そんな強くなれる訓練、受けたかった。
 牡丹先生と昔の話に盛り上がる中、ただ一人、ニアだけは白い目を向けていた。布団に包まりながら。
「ニアたちの話聞いてた? ニア怖いの、それで盛り上がるとか……さては! 貴様も鬼畜スパルタなの!? なんなの!? なんでニアの周りはこんな鬼畜ばっかが群がるの!? やめて! 来ないでえぇぇぇっ!!」
 頭をガンガンと振り回した。回転数が速い。首がちぎれるほど。ハムスターが車輪の中で回ってるみたい。
 絶叫するニアの唇に人差し指を置いて静止させたのは、牡丹先生。ニッコリと笑い、とても低いキーで「お黙り」と言った。
 それまで子どもみたいに煩く叫んでたニアが、一瞬にして静かになった。顔面が蒼白してる。携帯のバイブみたいにブルブルと震えていた。
 人差し指を戻して牡丹先生は、こちらに顔を向けた。
「この子は性欲が強いほうだから。呪怨を一度でも使うと別人みたいに変わって摂取したがるの」
 そうか。今とあのとき、確かに別人だ。
 あのときはチンポチンポ言って、雌の顔で発情していた。
 でも今は綺麗な顔立ちに総じて子どもみたいな言動とってる。摂取のときだけ別人になるなんて聞いたことない。
「あ、牡丹先生掃除ありがとうございます」
 今更だけど、床が綺麗になっていることに気がついた。ベチョベチョだった床面がピッカピッカに綺麗になってる。お風呂入ってる前に牡丹先生が掃除してくれたんだ。
 けど牡丹先生は、首を振った。
「私じゃない。掃除したのはこの子よ」
 スッと指差したのは、バイブのように揺れてるニア。自分の体だけじゃなく、ベットまでもがガクガク震えている。
「自分が汚したものは自分で拭く、当たり前、よね?」
 牡丹先生がニアのほうにニッコリ笑って言った。後半、声が酷く低くなっている。こっからじゃ分からないけど、ニアは、牡丹先生の笑顔を見て口から魂が出るほどの、そんなに良い笑顔だったのか。

 まさか、意識を無理やり呼び起こし床を拭かせたことに、俺は考えもしなかった。

 そういえば、ジンはいつ戻ってくるのだろう。ここに牡丹先生がいるならば、ジンもそろそろ戻ってくるのでは。
 案の定、ガラリと音を立てて登場したのはジン。走ってきたのか、肩で息をしてて大粒を汗を額にかいてた。
 室内に牡丹先生がいることに、目を見開き驚いてた。息を整えて、室内に入ってく。
 ジンはニッとやり遂げた、というまんざらでもない表情で笑った。歩幅も自信に満ちた軽快な歩き方。
「奴らが求めた本、ゲットしたぜ!」
 顔の前に上げたのは、以前地下室で偶然見つけた本。牡丹先生のと同じ、二冊とも白い本。
「さっすがぁ!」
 と褒めるも、ジンは、真面目な表情になった。
「あと二冊必要だな。俺が全部集める!」
「待ちなさい」
 牡丹先生が間に入ってきた。ジンの様子をうかがい、冷静沈着に淡々と言った。
「先急ぐのは構わないけど、一人でははっきり無理ね。マモルはここから近い場所にいるといっても一週間はかかる場所だし。タウラスに限っては〝死〟の島にいる。ふたてに別れて集めたほうが安易よ」
 牡丹先生の口からさらりと聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「死の島……?」
 オウム返しに訊くと、牡丹先生はこちらに顔を向けた。今まで見たことない険しい表情。
「亡霊が出る島よ。夜になると、亡霊が生きてる人間を攫うとか、だから死の島と呼ばれてる」
 もう一度ジンのほうに顔を向けた。ジンはビクっと肩を唸らせた。
「恋人がいるでしょ? 死にたくないなら、この島はやめたほうがいい。恋人もいないこの子が適任でしょ」
 なんと指差したのは、ニア。ニアは突然話を振られ、心底意味がわからない表情で牡丹先生を凝視している。
 頭にはてなマークを浮かせたニア。
 牡丹先生は、ふふふと不敵に笑った。
「大丈夫。この子は私が育てたんだから死の島なんぞ軽々でしょお?」
 意味が分かったニアは、ブンブンと頭を横に振った。
「無理無理無理無理無理無理無理無理っ!! 無っ理っっっっ!! どうしてニアがあんな島に行かなきゃならないの! 嫌だよ! い、や!!」
 自分が俺たちの先輩たどいう見栄もプライドも捨てた感情ダダ漏れ姿。まぁ死にたくないのは分かるが、叫んで暴れては、本当にこの人は先輩なのかと考えてしまう。
 突然、牡丹先生が手のひらをポンと叩いた。
「尋問がまだだったわね! ニアが落ちてきたって聞いたから特別に尋問官になったの。ふふふ、楽しみだなぁ~あの頃のように楽しくしましょ」
 ニアの顔色がサーと青くなっていく。血の気を引かれたように。
 じりじりと迫りくる牡丹先生にじりじりと後退するニア。もう逃げ場のない壁のほうまで追いやられると、包まってた布団を牡丹先生に勢い良く投げ、その隙にタッと走り出す。
「尋問なんて死んでも嫌だっ! なんで引き受けたの! どうして引き受けられたの!? もう嫌! その島行く前にニア死んじゃう!!」
 ゴキブリのように逃げ足が俊足。
 俺たちを交わし、難なく保健室から飛び出した。布団をかぶった牡丹先生は、布団を投げ出し俺らを睨む。
 眼光が、照明の光のせいでギラギラと光っている。獲物を捕らえられたライオンのように。でもその獲物は逃げ出したけど。
「何してるの! 早く追って!!」
 俺とジンは背中を叩かれたように、走り出した。急いで追わないとあのライオンに殺される。
 くそ。気配も何も感じられない。
 ヘタレ女だけど、流石はかつて牡丹先生に指導されただけはある。音も臭いも気配も感じられない。どこに逃げたんだ。
 そう遠くは行ってないはず。 

 俺とジンはふたてに別れた。俺は南。ジンは北に。早く捕まえないと、牡丹先生のあの眼光がおさまらない。こっちに来てるといいけど。
 図書館を補修する音がやたらと響いていた。
 あぁそうか。今生徒たちは眠らされているんだ。そのことにやっと気づいた。静かな世界。叫んでも応答しない。
 廊下、教室に横たわる生徒たち。これ起きたらほんとに元通りなんだろうな。
 静かな廊下では、自分の足音だけが響いていた。こんなに静かなんだ。ニアの甲高い声はいちころで分かる。
 でも、一項に見つからない。気配すら感じられない。
 もしかして校舎にいないのでは。だとすると広場か、外か。どちらも考えにくい。だって外は今、小夏先輩たちが建物を復旧しててひと目につくと思う。
 仕出かした犯人の一人だし、メイドコスチュームだし目立たないわけがない。
 でも、ニアの呪怨は確か【大地の呪怨】。学園の大地を裂いて自分の思うように動かしてた。あと、岩なんかも動かしてたっけ。
 だとすると、地形を変えることもできるのでは。例えば穴を掘ってその中に入るとか。
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