この虚空の地で

ハコニワ

文字の大きさ
上 下
114 / 126
Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第114話 学園

しおりを挟む
 タウラスさんと別れ、〝死の島〟を出た俺たちは、満杯島を目指した。旅先で何度も蘇るあの言葉。 

『破滅をもとらす』

 タウラスさんは嘘なんかつかない人だ。信じるが、破滅はあまりピンとこなかった。
 だって、今見てるこの景色。広大な青い海。煌めく光の粒。ギラギラと熱く照らす太陽、曇もない青い空。昨夜の鎌の形した月が太陽の後ろにいて、白くなっている。
 こんな美しい世界が破滅するなんて、ありえない。
 けど、アルカ理事長の世界は一瞬にして崩壊した。たった一言で。一瞬にして。アルカ理事長が生きてた時代は、機械に優れてて、多くの民族が生きていた。文明も発達していた。広い海で別れてても、手を取り合って資源を確保していた。そんな時代だったと言う。
 そんな世界が、一瞬にして崩壊したんだ。
 破滅は、あるのかもしれない。

 すると、真横から何かの影降りてきた。びっくりして、ぎゃと叫んだ。その影の正体はニアだった。目をぱちくりさせると、ムウと頬を膨らんだ。ジト目で俺を睨みつける。
「ちょっとお~暗い顔してたから心配してあげたのに、叫ぶことないでしょおお」
「すまん」
 一言謝ると、すぐに機嫌を直してもらった。単純で良かった。ニアは腰に手をつき、俺の顔を覗いた。
「ふむふむ。昨夜の摂取が忘れられなくて、ニア不足なんだね。よし、分かった! ニアが解放してあげる!」
「は!? そんなこと……――」
 ニアがひしっと抱きついてきて、女の武器のおっぱいをグイグイと押し付けて。
 ぐっ、柔らかい。
 谷間からチラとみえる黒い隙間は、世の男が誰もがその隙間を覗くものだ。腕が近くにあるんだが、これは触ってもいい、ということだよな流れ的に。
 ニアは、分かっててこちらのを反応を見ていた。悪戯っ子に笑ってこちらを見上げている。服の布が少ないせいでグイグイと押し付けたら、簡単にプルンとおっぱいが晒せそう。

 勝手に腕がおっぱいに吸い寄せられていく。あともう少し――。
「いい加減にしなさい」  
 牡丹先生が櫂でニアの頭を叩いた。
 ニアが「きゅううう」と言って地に吸い付くようにして倒れた。おっぱいのほうに向けてた腕が、寂しくも無となった。
「摂取が足りてないからて、船内でしないでほしい。私もいるのだから」
 牡丹先生が何事もなかったように櫂を海に投じ、スイスイと漕いだ。来たときと同じように三役で別けている。漕ぐ役、辺りを捜索する役、と。牡丹先生は今、漕ぐ役にっている。俺はちなみに辺りを見張っていた。
 倒れたニアは、頭に巨大なたんこぶが出来ていた。岩のような。
 これ、二~三時間は起きないぞ。完全に気絶して、頭の上にぴよぴよとヒヨコが回っている。
 櫂は木刀と似て、分厚い木材で出来ている。叩かれたら痛いどころじゃないな。牡丹先生はスイスイ漕ぎながら、大丈夫よと呟く。
「この子は割と頑丈だから。それと、あなたたち、すごい仲良いのね」
 ふふっと嗤った。
 何だか、ニアとの仲を勘違いされてるような気がする。全力で反対した。
「仲良いけど、全力で勘違いですから。俺の想い人は他にいる」
「あら、どんな人?」
「それは……」
 言えなかった。夢に出てくる女の子なんて、ましてや、その情報では金髪にアクアマリンの瞳した女の子しか知らない。それしか知らなかった。
 それしか知らないのに、想い人と堂々と言えなかった。口を重く閉じた俺に、牡丹先生は察してくれた。
「大丈夫よ。前も言ったけど、記憶は強い想いで解き放つ。強ければ強いほど、ね」
 俺は、拳を握った。俺が抱いている想いは、本当に記憶が蘇れるのだろうか。偽りの想い。一度諦めたことがある。
 でも、また夢に出てきて、ニアのおかげでまた心の底に眠っていた想いが溢れた。俺は信じよう。この想いを。
「ありがとうございます」
 満面の笑みで言葉を受け止めた。


 
§



 外の世界を遮る結界でも、曇天に覆われた曇は隠しきれない。その空、虚空島の頭上だけ妙に風穴を開け、化物の口みたいに迫っていた。
「不気味……」
 窓を覗いて小夏が呟いた。
 ここは、図書館。終末の団体が爆破した場所だけど修復して今は、何事もない平和な日常だった。 
 でも、そんな日常を脅かす不安の種をまいているこの空に、怒りが溢れた。
「あの人、大丈夫かな」
 唐突にシモンが呟いた。
 二人は図書館で勉強の真っ只中。AAクラス出身だった小夏に、よくシモンは懐いている。今年のAAクラスは一人だから、寂しいのである。
 窓の外を張り詰めて眺めてた小夏は、くるりと振り向いた。机とにらめっこしたであろうシモンのほうに顔を向ける。
 シモンは、何かを置き忘れたような憂鬱な表情で座っていた。
「あの人って?」
 小夏が訊いた。シモンは、机の上のもう全部埋まった答案用紙から小夏の目を凝視した。アクアマリンの瞳が、うるっと潤った。
「この前、廊下ですれ違った大人の男の人。日焼けしてて、ちょっと怖そうだなって思ったけど、小夏が親しげに話してたから、そんな怖い人でもないかも、と思ってたの」
「彼のこと? 眼帯してない男の人ほう?」
 小夏が再度訊いた。
 シモンはムッと小夏を睨んだ。『他に誰がいんのよ』と無言の圧をかけてくる。でも、実際ここには大人の男の人なんて大勢いるし、ましてや、廊下ですれ違ったなんてそんな一々覚えてない。

 彼――カイ・ユーストマ。
 昔は、さほど親しくしてなかったと思う。むしろ、貶していたと思う。それは彼がDクラス出身で誰も守れない男だから。でも、最近は心を開いたと思う。自分でも分かる。
 心を開いて、頼って、感情をだすようになってきた。
 でも、どうしてそんな彼の話がこの子からするのだろう。
 廊下でたまたますれ違っただけの一度きりの縁なのに。
 シモンは、暗い表情で俯いていた。ほんとに心配している風貌。小夏は、心底疑問に思った。
「どうして彼のことが気になるんですか?」
 訊くとシモンは、さらに顔を俯いた。アクアマリンの瞳が水をかけられたように、うるうるしている。
 胸を手を置き、
「分からない。どうしてか、胸がざわざわするの。今も息がくるしい」
「それは……っ!」 
 小夏は息を飲んだ。目の前にいる我が後輩に心臓発作、息も出来ない、謎の病気にかかったなんて。まだ若い芽。これから成長する彼女が、謎の病気にかかるなんて。小夏はシモンの腕を掴み立ち上がらせた。
「すぐに保健室に向かいましょう!! 今からでも悪い病気を倒してもらいにっ!!」
 シモンの腕を引っ張り、図書館をでて、保健室に走って向かった。慌てる小夏とは裏腹に、シモンの心の中は冷静だった。これは病気でもなくて、しかも治せない。治せるには、私自身。

 どうして私はあの人のことを気になっているんだろう。一度顔を見ただけで、胸が弾んだ。やっぱりおかしいのかな。

 保健室にあたふた向かう二人。その形相は、鬼から逃げる様だったそう。



§



 渦のある海域にたどり着いた。朝早く起きて出港して正解だったな。この時間帯はまだ渦が発生していない。風になびく青い海。鏡のように平らな海。
「よし、行くぞ!」
 俺は強く海水を漕いだ。
 今は俺が漕ぐ役で牡丹先生が見張り。ニアはまだ、失神していた。牡丹先生の艶のある太腿をかりて。 
「行ける!」
 牡丹先生も珍しく熱く高揚している。
 死んでも渦には巻き込まれたくないからだ。それと、バックに入ってる〝終末の書〟を濡らすわけにはいかない。ここは早く突破してみんなと合流しよう。

 高揚が全身の血を巡り、腕に力がこもった。波を力強く蹴って、前へ前へと突き進む。たとえ腕が折れても。
 タウラスさんが言ってくれたんだ。『君はやれる、やり遂げる』と。俺はその言葉を信じている。俺を信じたタウラスさんのためにも。二人のことを守るために。

 波は荒々しく揺れていた。
 強く漕ぎすぎて潮飛沫が舞い、体が冷える。空気は暑いのに、海水がやたらと冷たい。塩がかかって全身ベトベトしてる。
 櫂を握っている腕が手汗でぬかるんでるが、死んでも絶対に離さん。
 海低にズズと小さな竜巻が発生した。渦だ。もう少し。もう少しでここの海域を出られる。その前に出てこないでくれ。
 必死に腕がちぎれるほど漕いだ。前へ前へと漕ぎ、そして、渦の海域を突破した。
 俺たちは勝利した。
 渦に。時間に。
 後ろを観察していた牡丹先生が声をあげた。
「見て! 渦が発生してる」
 さっき通った場所から渦が発生していた。台風の目のような渦が海底をぐるぐるしている。
 危なかった。良かった。万が一また渦に巻き込まれたら、舟だけじゃない。俺たちも渦に流されて、海底奥に引っ張られて粉々になってしまうところだ。
しおりを挟む

処理中です...