この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第118話 人質奪還

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 無事、満杯島に足を踏み入れた牡丹とマモル。それと、ニアのつくった自分そっくりの姿した土人形。
 ピンピン跳ねた髪の毛も、動く瞳も、ムチムチした体もリアルに、本物の術者を再現している。
 ニア土人形が、牡丹たちを誘導していた。
 リアルに再現しているおろか、普通に喋れるし、知識もある。土人形にしては、完成度高すぎる。流石牡丹先生の後輩だと改めて感心してしまう。
 カジノ場に行くまで、誰ともすれ違わなかった。二人が島の前で皆の注目を集めているから。
「逆にこんなすんなり入れて、興ざめじゃない?」
 マモルが苦笑した。白けたような目で辺りを見渡す。長い廊下には、牡丹とマモルと人形一体のみ。
 チカチカと点滅する照明。
 先が見えない長い廊下。
 牡丹は呆れながらも、それに関しては自分も同じだったみたい。反論は出なかった。島のほうには、センサーがあって警報があるのに、島内では何のセキュリティがない。
 監視カメラも、落とし穴や矢が降ってくるような罠はない。むしろ、セキュリティがない無防備な屋敷だ。
 ここにいる皆が、島の外にいる二人のほうに向かっていることに心配が募る。
「早く行きましょ! カイくんたちが時間を稼いでる間に、一刻もはやく人質を助けないと!」
「きゃー! あの子、カイっていうの!? 素敵、もう目が合ったときからドキドキしてるわぁ」
 牡丹がさきに歩き、それに続いて人形が歩く。マモルは、緊迫な状況に関わらずウキウキと歩いて二人のあとを追う。

 土人形ニアが誘導し、すんなりとカジノ場にたどり着いた。目が見える隙間で室内の中を見渡してみた。
「中のほうは?」
 牡丹が小声で訊いてきた。
 人形は、室内をじっくりと見渡す。ダーツやルーレットなど賭博の為の施設。フカフカそうな赤い絨毯。その室内に、見慣れない異様な姿がいた。
 子どもだ。賭博施設にて二度見する存在感。二人だ。繋がれてるのか、二人ともぐったりしている。
 他に人はいない。いる気配もない。
 人形はオーケーサインを出した。
「開けるよ」
 人形がその室内の扉の取っ手に手をやる。牡丹とマモルの顔色をうかがうと、二人とも、覚悟を決めたように首を頷く。
 それを合図にして、扉を押した。
 そして素早く室内に入る。急に押しかけてきた三人の影に、二人はビクビクしてる。
 牡丹がそんな二人に近づいて、手を添える。
「もう大丈夫よ。私たち、助けにきたの。カイくんもジンくんも、ここにいるわ。安心して」
 そう、穏やかに言うと二人は涙が出るほど安心しきった。

 足に繋がれてる枷を、人形の手で出来た細かい木の枝で開けた。
「大丈夫? 歩ける?」
 マモルが二人に手を差し伸べた。
 マモルが喋ると、アカネは目を見開く。ルイは口をあんぐり。姿は女だけど、声は男で当然、初対面の人には驚かれる。この反応に、当事者のマモルは慣れていて、何事も動じない様子。
 ヨロヨロと立ち上がったアカネは、マモルの手を取らなかった。
「呪怨で、回復してたから、そんなには……」
 同じくルイもマモルの手を取らなかった。ヨロヨロと生まれたての鹿のように立ち上がる。
「私も、アカネちゃんに回復してもらって、そんなに」
 マモルはふっと笑い、目を細めた。
「逞しい子ね。で、も! 助けにきた大人に、こんなとき頼りなさい!」
 取ってくれなかった手を二人の腰に回し、抱っこした。アカネを背中にまわし、ルイを抱っこ。
 服の隙間から見える逞しい筋肉に、アカネは「筋肉女」と呟いた。マモルはふふふと笑い、落とすわよと脅す。

 人質を無事見つけ出したし、このあとは、島の外の二人と合流しないと。すぐに行かないと戦闘になる。牡丹が考えた最悪の事態は、ユーコミスと戦闘になること。
 ユーコミスはかつて、学園のキングと謳われた最強の呪怨者。一夜現れた邪鬼を一人で倒した強者。
 そんな化物じみた奴と戦っても、勝ち目はない。二人がかりでも、ユーコミスには勝てない。
 どうか、二人とも、無事にやり過ごして。
 
「あれーだめだよ! 攫ったら」
「大事な人質なのに」
 この場で、誰のでもない声が。
 キンキンと耳に障る甲高い声。一斉、恐る恐る振り返った。そこには、それまで存在していなかった新たな二人組が悠々と立っていた。
 顔が整った双子の少年。
 マントを羽織ったピエロ服。
 目のパーツも口の形も、髪の色だって瓜ふたつ。そして、双子に共通してあるのはそれだけじゃない。顔の左右には五芒星の痣が。右側の少年は、右目袋に逆五芒星の痣。左側の少年には、左目袋に逆五芒星。
 対になっている。
 
「パーチェとチーチェ!」
 アカネとルイが叫んだ。
 マントを羽織っていることは、団体の仲間。子どもだけど、油断大敵。見つかった。最悪の状況が起きてしまった。一瞬にして、この場を切り抜ける思考、冷静な判断力を掴んだマモルは、双子の背後にブラックホールを生み出した。
 底知れぬ深い闇。小さなブラックホールを生み出すと、周りにある賭博用具、埃やダーツの矢がその穴に吸い取られていく。
 大きなテーブルも小さなブラックホールに吸い取られて、嵐のような風が室内に舞っている。
 術者のマモル率いるアカネたちには、ブラックホールに吸い込まれない。周りのあらゆるものが、小さな穴に吸収され、ゴオォオと地獄のような唸りをあげている。
 双子の小さな体なんて、すぐに吸い取られるはず。
 なのに、双子は何事もないようにそこを立ったままだった。
「嘘でしょ!?」
 マモルが甲高く叫んだ。双子は失敬だなぁ、と眉をひそめて首を同じ角度に傾けた。
「いきなり攻撃するなんて、ひどいじゃないか!」
「そうだそうだひどい。仮にもこの体で……」
 右目袋に逆五芒星の痣があるパーチェが、むっとした表情で一喝した。
 左目袋に逆五芒星の痣があるチーチェが、じとと睨みつけた。
 この世のどんな塵も吸い込むブラックホールに、双子が動じなかった。一㍉も動いていない。
「ひどい奴は天罰だ!」
「心臓を狙え!」
 パーチェとチーチェがマモルに駆け寄ってきた。とても子どもとは思えないしなやかな動き。
 双子がすぐ目の前に現れて、気づいたときには、体を貫かれていた。その速さは、体を貫かれて気づいたという。
 パーチェの細長い腕がマモルの胸を突き刺している。鮮血な血がどっと穴から溢れ出る。
「マモルちゃん!」
「マモ先輩っ!」
 牡丹と人形が悲痛に叫び、マモルの加勢をする。人形の腕は土でできている。自身の腕を切り離したら、ドロリと泥のように自然物に戻る。
 人形が腕を自ら切り離し、その土は双子に向かっていった。意志でもあるかのように、ありえない角度で曲がったり、垂直に向かっていく。

 それまでくっついていた双子が、左右に別れた。人形の泥は掠りもついていない。でも、ブラックホールでも警戒心なかった双子が、人形のただの泥の攻撃で、ふた手に別れた。
 双子は、眉をひそめて怪訝な表情。

 痛苦に歪んだ表情で倒れた。地面に吸い込まれるようにして。喉をつぶしたような低いうめき声と共に。髪の毛が頬にくっついている。牡丹が駆け寄ってくるころには、出血が酷かった。マモルを中心にして血の池ができる。鮮血な赤黒い血玉。
 貫通した部から、血が留まることを知らない。
「任せて!」
 アカネがマモルの前に座り、術をかける。タウラスほどの磨きをあげた術者じゃない。けど、夥しく体から流れ出た血を止血したのはそう時間はかからなかった。
 みるみるうちに、顔の血色が良くなる。流れ出た血がズルズルと、体内に戻っていく。時間を巻き戻したように。

 けれど、問題は拳ほどの大きく空いた穴。
 体に穴があき、肉が抉られ、体内の臓物が外に溢れ出そうだ。ここからは難しい。
 タウラスは、年を重ねるごとに呪怨を磨いた。どの呪怨者も体が成長するにつれ、呪怨も磨く。
 けれど、年端もいかないアカネの術力は、他の回復系呪怨者に劣っている。止血に成功。出血死は免れたが、空いた空洞で血液が回りにくくなる。

 なんとかしないと。
 アカネは、さらに集中した。意識を深く浸透し、神経や感覚、体の中に流れる血管を尖らせる。深く深く、深呼吸をし、自分でも信じられない力を発揮する。
 空いた空洞がブチブチと再生していく。細胞や肉がもとに戻っていく音がやけに響く。
 細い管のようなものが、そこら中に絡む。あとを追うようにして焼けたピンク色の肌がじわじわと迫ってきた。
 まだ生肉の色。それを保護をするために分厚い皮と薄い皮が何層も重ねてきた。

「温かい」
「まるで人間みたいだね」
 パーチェとチーチェが穏やかに言った。ぞっとするほどにこやかに。血のついた腕をかかげ、ほぉ、と恍惚した表情。
 その表情に、この場の者は絶句する。
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