この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅷ 果てしない未来

第126話〈終〉果てしない未来

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 マモルは、誰かいい人を連れていきたいと言ってたがごめんだ。いつ襲われるかたまったもんじゃない。滅多に外に出ないアルカ理事長も出迎えにきた。
「お主には感謝しとるのじゃ。ワシらに協力してくれたこと、それで、人質も救出し無事アレを倒した。お主がいなかったら、できなかったのじゃ」
「そんな~やめてよ理事長っ! 助けたいと思ったからやっただけよん? それに、母校の助けなら、いつだって貸す」
 マモルは、満足げににんまり笑った。マモルさんは、少し雄ぽいところがあるけど、根はすごく優しい人だ。
 笑顔で見送れて良かった。
 こういう別れは、二度目であっても胸が締め付けられる。何度経験しても、慣れるもんじゃない。

 穏やかな風が波をざぁといわせ、胸をさらに締め付けた。この果てしない海を旅して、学園では経験できなかったものを経験して、そうして俺は今帰ってきてる。

『島を出て、自分が見てきたものを教えたい。そんな教師になりたいな』

 そう言った誰かの意志を引き継ぐのも、いいんじゃないか? 俺たちは無限大だ。この、果てしなく続く海のように。
 決めた。教師になろう。自分がしたいこと、やりたいことは、それからだ。自分が見てきた外の世界を、たくさん生徒に教えよう。

「何やら決めたようじゃな」
 アルカ理事長が笑った。何もかも見透かした表情。教師になるのを告発すると、首をかしげた。
「それは、お主の意志なのじゃ? 誰かの意志を引き継ぐのは大事じゃが、それは、お主の本当の夢じゃないじゃろ」
「こんな立派な夢を、絶えさせたくない」  
 アルカ理事長は、微笑した。そして、教えてくれた。
「このごろ邪鬼が生まれないせいで、生徒の数が倍増してのぉ。半分は、満杯島で在籍させるのはどうじゃ?」
 満杯島は、確かに校舎ぽい建物があったし、島の形が虚空島に似ていた。本当にいいのか。それよか、まさか、アルカ理事長、俺が教師を目指すのを知って、この島をつくったんじゃ。
「さて、どーじゃろ」
 アルカ理事長は、笑みをこぼして誤魔化した。あの見透かした笑みは、やっぱり知ってるんだな。こうなること。俺が辿る人生も全部。この人には、敵わないな。

 教師になると一番に報告したのは、ユーコミスだ。ユーコミスは「そうか」と第一声。
「夢、見つかって良かった」
 ほっとした表情で笑った。笑っただと。あのポーカーフェイスが。
 その笑みをもう一度拝みたいが、それは一瞬で。すぐに表情筋を戻した。表情筋硬いな。










 そして、数年後。
 満杯島で教師となった。この学園の創立者、つまりアルカ理事長と同じ立場に。
 満杯島は、記憶が蘇る特殊な島。牡丹先生の強力な記憶操作は使えない。それでも、あのシステムは、続行した。どうにかして、特殊制を解き、システムを続行している。
 ここでは、普通の学園だ。虚空島しか知らないから「普通」の領域も測れないが。
 邪鬼は滅多に生まれないし、学園中賑やかだ。あるとすれば、虚空島にいる生徒たちとトーナメント戦の呪怨争いがあるくらい。

 アカネちゃんが卒業すると同時に、ジンと結婚し、この満杯島の海沿いで暮らしている。
 時々遊びにきている。幸せそうな雰囲気をだして、妬ましい。
 牡丹先生、小夏先輩は虚空島に残っている。小夏先輩は、昇進してAAクラスの担任だそうだ。毎日毎日忙しい。
 ユーコミスとニアは、ここの教師で働いている。時々、ユーコミスが度々島を出て帰ってくるので、生徒からは忘れがちな存在に。ニアは相変わらずうるさくて、雑務しかこなせてない。
 美樹ちゃんと雨ちゃん、スタンリーくんにミラノくんは、虚空島を卒業すると、満杯島を守る戦闘員になった。
 邪鬼は早々生まれないにしても、この学園は虚空島と違い、生徒を闘わせてない。なので、邪鬼が誕生したとき、誰が闘うとすれば、この戦闘員たちだろう。
 このリーダー、美樹ちゃんは頼りになる。だからどんな強い邪鬼でも、絶対勝てる。
 今度、卒業するシモンちゃんもこの戦闘員になるよう、招待状を送ったものの、まだ返事がない。
 あの子とは、あれ以来仲良くなっている。そして度々、夢に出てきた「彼女」を重ねてしまう。
 いや、気づいた。こんなにも夢に出くる「彼女」と現実にいる彼女はうり二つ。同じ人間だ。俺が探し求めていた「彼女」はシモンちゃんだったんだ。
 当の本人は、知らない。前のクローンの記憶が引き継がれてないから。それでも、また会えた。近くにいる。
 そして、あの約束を交わそう。島を出て、あなたと共に旅をする。掴めきれなかったあの手を握って。

 そして、今でも文通がきてるんだ。
 ルイからの。
 きっと、アカネちゃんのほうが多いのかもしれないけど、こっちはもうこれで千通になっている。
 ルイから送られる手紙は、いつも楽しそうで、幸せそうだ。手紙からひしひしと幸せに満ちたものを感じる。
 今、ルイたちはユリスたちの集落にいるらしい。ユリスの名前をみて、体の奥から懐かしい感覚が蘇った。もう随分昔の、見下してそっけなく悪態つく彼女しか思い出せない。
 ユリスは、虚空島を出てその集落で暮らし、そして大事な人と一緒にいるらしい。ユリスは、その人との間に生命を宿した。

 俺たち呪怨者は、何度も中出しされても妊娠しない。クローンだ。なのに、生命が宿るのは異常事態だ。
 アルカ理事長はこのことを神話になぞってこう言った。
「まるで、アダムとイヴじゃな」と。
 呪怨者と呪怨者の間にできた生命は、果たしてどんな子なのだろう。ユリスとそのことについて、文通した。一回も返事ないけど。
 逆にルイからくる。ルイが教えてくれた。呪怨者と呪怨者の間にできた生命は、その血を辿るように、化物の力を生まれ持つ呪怨者だと。

 生命が宿るのは、異常事態であり、奇蹟だ。可能性がさらに広大になった。どこまでも果てしなく、果てしなく続く未来。
 未来は、受け継がれる。その時その時に見た景色を何代も通して、未来が受け継がれていく。
 地球が滅亡し、何百年前に人間がいなくなったこの虚空の地で、ただただ広大な海が広がっている。海は生命を誕生させる。
 ついに生命を誕生させた。
 これから、どこまでも果てしない未来が続いているだろう。見渡せるほど続く未来が。

                                      

                  ―完―
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