この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅰ 若き過ち~12歳~

第4話 呪怨テスト

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 生まれてこのかた外の世界は見たことない。林縁中央学園はすべての世界や四季を見せないように全てを遮断している。
 教室についている窓から見える景色は幻だ。全部、先生たちが描いたのだ。
 春になれば桜が咲いた景色。夏になれば木々が焦げ緑の景色。秋になれば茜色の紅葉が咲き誇る景色。冬になればなにも咲いていない寂しい景色となる。
 天気だってそうだ。雲一つない晴れ。空が怒っている曇り。大粒の涙が降る雨。天地大地が怒っている雷。空からの贈りもの雪。
 四季や天気など偽のもの。〝本当〟のものは見たことない。
 だから、興味がある。学園を抜けた場所はここよりもっと広い世界が繋がって、壮大な景色が広がっているだろうと。それを目で見て肌に触って感じたい。
 早速、今日実行しよう、そう作戦が練られた。外に出てはいけない、分かっているつもりでも幼い心の波動は止められなかった。減点はかなりくらうかもしれないけど、ジンの言う通り見つからなければ問題ない。
 作戦を行うのは、監視が外れた深夜の夜。それまで、オレたちは通常通り黙々と模範的な生徒を演じた。
 先生たちに内緒で秘密の作戦するの、生まれて初めてでドキドキした。バレないように行動するのこんなにも胸が高鳴るのか。

 空の色が次第にオレンジ色に変わった六限目。今日は呪怨のテストがある。
 一ヶ月定期的に行うテストで、これで得点を稼げなかったら明日からCかDクラスに堕ちていったりAクラスへ昇格する大事なテストだ。
 昇格か降格かもちろん、みな気合充分。こんな時だけクラスメイトたちが競争相手となり変わる。
 一人一人順々に先生に名前を呼ばれて、先生の前で自分の持っている全身全霊の呪怨力を見せつける。それがテスト。
 場所は教室から離れ、北棟南棟に繋がる廊下をひたすら歩いて一五分辿りついた〝訓練教室〟闘技場のように広く、観客席が有り余るほどたくさんある。
 白く無機質なタイルが地面で、ここに来るとよく目がパチパチしてテストどころではない。でも、ここで本気ださないとやっていけない。
 六限目の授業のチャイムがなった直後、大きな扉から担任のヨモツ先生が現れた。それだけで、辺りの空気は非常に変わる。
 他の先生たちと比べてヨモツ先生は華奢で小柄。威圧感を感じられない柔らかい指導者だ。
 でも、オレたちは知っている。ヨモツ先生はこの時だけ厳しい。
「これより、呪怨テストを行なう。まず、出席番号一番、アカネ・ペチュニア」
 名前を呼ばれたアカネははい、と大きく返事をし観客席の階段を降りた。闘技場の真ん中にいる先生と向かいあう。
 遠くで眺めているだけでゴクリと生唾を飲んだ。こっからは先生の表情はよく読み取れるけど、アカネは背中しか見えない。小さな背中だけどプレッシャーごときに折れない背骨。

「第一号はお前かプレッシャーだろ?」
「いいえ」
 ツンとした態度で応えたらヨモツ先生はハハッと小さく笑った。刹那、真面目な表情をし懐からナイフを手に取った。
 そして、その手を躊躇もなく自身の左腕を奥まで刺す。ズト、と重いものが落ちた嫌な音が響いた。そこから溢れでる赤い玉。
「だいぶ刺してしまった。アカネ・ペチュニア治せるか?」
「大丈夫です! 見ててください!」
 アカネが両腕を先生の痛んだ箇所に伸ばす。途端、オーラみたいな焔が両手から溢れ出した。アカネから漏れてる翠色のオーラは太陽光のように先生に注いでいる。
 アカネの呪怨、それは【魂の呪怨】おもに傷を癒やしたり魂の波動を感じたり、治療の力が専念だ。
 みるみるうちに先生の怪我が治っていく。しかし、アカネ自身の〝力を使う行為〟に対して限界がきたのかオーラが弱まる。
「時間切れだ」
「あっ……!」
 先生は、アカネがまだオーラを出しているも無視して何かを書き出した。分厚いファイルかなにか。
 アカネは両腕をおろし、奥歯が歪むほどふてくされた顔をする。先生の筆が止まり、先生がアカネに顔を向けると、アカネは元の小生意気な顔に戻す。
「アカネ、今回はギリギリ一〇秒以内にオーラが出せたな。それだけで伸びている。しかし、それでも甘い。もし、自分の友人が大怪我で瀕死を負ったとき力不足で治せなかった、てのは悔しいだろう? 現に先生の傷は全然回復していない」
 先生は柔らかい口調と眼差しで刺したナイフを引き抜いた。それまで、止まっていたように血がドクドクと流れる。
 アカネは心底悔しい顔つきで先生を睨む。
「先生が奥まで刺したから」
「おいおい、これはテストだからな」
 先生は少し苦笑いして、今でもドクドク留めなく血が流れてる箇所を触った。その直後、血が止まり痛々しい傷が見当たらない。
 そのあと、判定につき、アカネは昇格もなければ降格でもない一定のBクラスに留まった。

「お前、前回と三秒しか変わらねぇじゃん」
 帰ってきたアカネに対してオレは嫌味に告げた。アカネはルイの隣の席にドスと腰掛けると不敵にニタァと笑った。どこか、勝ち誇った笑み。
「そういうカイくんは成長したのかしらぁ」
 ムッとなり、ルイを挟んで啀み合う。
「おいおい、これぽっちしか成長してないお前とオレ様を一緒にすんな! オレ、こう見えても放課後練習してるからな」
 言うと、アカネはクスクス笑った。
「どうせ一〇分か一五分でしょう? あんたの飽き性分かるからね」
 くっ、流石分かってらっしゃる。悔しいけど本当だ。飽きて10分か短くて五分しか練習していない。こいつ、ストーカーか? 見ているのか。
 喋っているうちにルイの出番がやってきた。先生が大きな声でルイの名前を呼ぶ。ルイは決まって肩を萎縮し、短く小さな声で返事する。蒼白しきった顔でヨロヨロと立ち上がり、階段に向かった。
 その後ろ姿は今にでも崩れ落ちそうだ。
「頑張れよ!」
「うちの娘ならやれるわ!」
 オレとアカネがそう言うとルイは目にうるうると涙を貯め、コクリと大きく頷く。その足取りはさっきとは別物だった。さっきは、処刑台に登る重い足取りが今や、壇上前で演説をするような軽い足取りだった。

「ルイ・ユナン・スターチス、お前の呪怨は極めればAクラスに上がれる最強を持っている。ここで頑張れよ!」
 先生がフッと笑い、ルイの前に金の砂時計を持ってきた。丸い小さな机に置く。凹凸した瓶の型にある柔らかい砂は既に下の入れ物に流れていた。
「さぁ、時は流れた。この砂を元の0時間にしてくれ」
「……はい!」
 ルイは硬く目を閉じ、胸の前に願い事をするように手を合わせた。途端、体中から白色のオーラが現れる。他の生徒を見た限り、体を包むように現れるオーラだけどルイの場合は一味違う。全身を包み、かつ、焚き火の炎のように体からオーラが突き抜けている。
 厚い瓶に入っている砂がサラサラと上の型に勝手に入っていく。
 その勢いは凄まじい。層をつくった竜巻の砂をブワッと一気に上流に流し込でいる。まるで、手品を見ているようだ。
 誰も瓶の中に手を触れてないのに勝手に砂が逆時間に戻っていく。
 そう、ルイの呪怨はBクラス一珍しい、時間を操れる【時の呪怨】の持ち主。
 普段、穏やかで争いを好まないルイの性格からして、読めぬ呪怨だけど、オレから見たら劣っている。
 ルイはどうしてBクラスだと思う。基準である体力と〝力を使う行為〟に対して並外れて弱っているから。
「時間切れ」
「ぷぁ……っ!」
 ルイはそのまま脱力し、ヘナヘナと地面に腰をおろした。金の砂時計は半分時間が戻っている。先生はにこやかに笑い、筆を動かした。
「今回は最高記録だぞ! しかし、惜しいな……」
 ルイはヨロヨロと腰を浮き、先生を見上げた。
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