この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅰ 若き過ち~12歳~

第8話 見つかる

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 早くここから立ち去らなければ……誰もが声に出す。けど、氷漬けにされたように足が動かない。金縛りにあったみたいだ。
 そのとき、この状況をますますピンチに追いやる者が現れた。
「君たち、どこから現れた!」
 その声に驚き、やっと足が動いた。全員、足を踏み出し死体が群がる渡り廊下を走る。
「待てっ!」
 足音、声、からして先生だ。担任のヨモツ先生じゃないけど、明らかに脱走したことがバレた。今までにない焦りや緊張がめばえる。
 がむしゃらに四人は走って、渡り廊下の先の中等部の玄関に辿り着いた。なぜか、中等部の玄関が開いているのはさておき、これからどうしよう。
 四人は肩で息をし、暑くもないのに汗をかいている。暫く、四人の荒い息が続いていた。さきに口を開いたのはアカネ。
「い、今の……先生?」
 顔から不安の色が見える。オレはひと呼吸して、喋った。
「顔、見られてないし……大丈夫だ」
 そうね、とアカネとルイが呟く。ジンの顔色がさっきから悪い。もと褐色肌の持ち主が見たことないぐらい青白い。この状況に焦りがみえる。
 脱走を持ちかけた提案者として不安と恐怖が襲っているのだろう。
「大丈夫だ、ジン……なんとかなるさ!」
 自分でもこんな時に笑うなんて非常識だ。ジンは微かに潤った瞳をみせた。それを隠すように顔を横に逸らす。
「さて、これからどうするか」
 ジンが言った。
 その言葉に三人は頭を悩ます。
「もう一度、渡り廊下を渡るしか……」
 ルイが強張った表情で提案する。
「あの先生とばったり会ったら……降格どころか絶対に落とされる……」
 アカネが虚ろに目を塞ぎながら、喋る。
 その一言で辺りが静寂になった。〝降格〟という言葉はオレたちにとって死ぬものだと教えられている。
 死と同化の道を宣告されたら、一貫の終わりだ。

 そのとき、大きな爆発音が近くからした。頭が割れる音。一斉に小さな悲鳴をあげ、耳を抑えた。壁に設置された大きな透明ガラスがガタガタと揺れている。
 上の階を支える大きな柱も微かに揺れて。オレたちは固まってこの揺れがおさまるのを待った。
 おさまったのはかなり、時間が経ったあと。その間、ずっと外から血の臭いが充満していた。血というより、臓器が傷つけられた腐敗臭だ。
「うぅ……もう嫌だぁ」
 ルイが両手を顔に覆い、透明な涙を流した。
 この現実にいよいよ耐えきれなくなり、グスグス泣き出す。
「ルイ」
「ルイちゃん……」
「……絶対、大丈夫よ」
 アカネがルイの手を握った。上からなぞるように触り指と指を絡めあい、俗にいう恋人繋ぎ。ルイは涙でしわくちゃになった顔をあげ、アカネを愛しい眼差しで見つめる。
 そのとき、玄関の戸から人影が現れた。大きくて細長いもの。さっき追いかけてきた野郎がここまで来たんだ。

「逃げろっ!!」

 オレは叫んだ。無意識に逃げる選択を選んだのだ。この現状に恐怖を覚えたのはルイだけじゃない。
 叫んだと同時に一斉に足が飛び、散らばる。四人固まって逃げても逃げきれないと悟ったため。しかし、案の定さっそくルイが捕まってしまった。

 断末魔を切った悲鳴は蝉のように甲高い。聞いたことないルイの悲鳴は室内に轟き、他の先生方を無防備に招いたようだ。急いで救出に向かうも、ルイは先生に馬乗りにされて下敷きになっている。

 近くでみると、やっぱり男の先生だった。体格はヨモツ先生似で華奢、その分背が高い。髪の毛は世にも珍しい白銀だった。
 月の光があれば、まさしくこうごうしく光っていたな。でも、他の担任教師なのか見たことない人だ。
「う、うぅ……みんな、逃げ……て」
 波風に透き通った声色が、このとき、しわがれた声にかわった。聞いていても切なくなる。このとき、動いたのはオレとアカネだった。救出に向かうため、真っ向から立ち向かつた。

 それを見て先生は顔色を変えずにルイの体を触った。検査するようにポンポンと上から下を触っていく。
 それを期にオレとアカネの足はピタリと止まった。距離はまだ遠いものの、二人でなんとかなる相手かもしれない。相手の隙をみてジリジリと詰める。物色するように先生はルイの体を触る。
 ルイの体は痙攣したようにビクンビクンと波うっている。きっと、痛いのだろう。早く助けなきゃ。ふと、先生の手が止まった。

 ルイのスカートの内ポケットの上で。ポケットに手を突っ込み、中から生徒手帳を出した。それを見て、先生は生真面目な顔で言う。
「君たち、Bクラスか……」
 途端、オレは炎に包まれた丸い玉を先生にあびせた。その後ろでアカネがルイを助けた。よっしゃ、あとは逃げるのみ。そう思っていたけど大勢の先生方がバタバタと駆けつけてきた。中にはヨモツ先生の姿も見える。

 やばい、そう思ったが体が石のように硬直した。いきがっていたアカネも顔が真っ青で左右から駆けつける先生たちを見据えている。
 先生たちが大勢駆けつけて逃げ場はもうない。この状況でみな、絶望するなか、ただ一人希望を望んでいた。

シージュ【包 囲】!!」

 ジンがそう叫んだ途端、目の前が透明な立方体に包まれた。いいや、立方体の中に入っているのだ。遠くの景色がよく見える透明ガラス。
 どうやら、先生たちは入れないらしい。立方体の外でオレたちを伺っている。
「ジン……」
 振り向くとジンの体は茶色のオーラに包まれている。少し苦しそうな顔。この立方体も彼の仕業だ。ジンの能力は【結界の呪怨】防御に適した能力だ。
 立方体は彼のつくりだした結界だ。包囲ともいう。安堵した束の間、ジンがキッと鋭く睨みつけてきた。
「お前ら、バッッッカじゃねぇの!? あの先生に攻撃するなんて降格どころか処分行きじゃねぇか! もっと頭使え! Bクラスだろ!?」
 その言葉にカチンときて歯向かった。
「なんだよ! お前こそルイが捕まったときなにもしなかったくせに!」
 そう怒鳴ると、ジンはこれまで見たことない冷徹な面持ちで怒鳴った。声変わりしていない甲高い声が特徴だけど、ここでは鳥肌がたつほど低い。
「上手く逃げる対策を考えてたんだ。なのに、お前ら揃って攻撃するし……なにがよっしゃだ! 周りも状況も分析しないで自分勝手に進めんなっ!!」
 オレは言い返せなくってジンの胸襟を掴んだ。慌ててアカネが仲裁に入る。
「今喧嘩している場合じゃないでしょ!?」
 オレはアカネとルイの顔色を見た。二人とも目を暗くして怯えた表情をしている。それを見て、オレは手を離した。ジンも察しがついたのか、コホンと咳払いして、この状況を打破する計画を口にした。
「まず、ルイちゃんが時間を止まらせて脱出する。その為には時間稼ぎが必要。カイが先陣きってさっきの人魂みたいなの投げて。援護は俺とアカネちゃんがする。分かった? ルイちゃん、力を使うのに時間はどれぐらいかかる?」
 ルイがビクビクと怯んだ様子で三分と応える。オレとジンは分かった、と応えジンの考えた作戦にしぶしぶのった。

 この緊迫とした空気にジンはびっくりするほど冷静である。楽観主義無能だと思いきや、周りをちゃんとみれる男だ。

 ルイが呪怨テストのときみたいに胸の前に手を合わせた。途端、白いオーラが現れる。結界内でもそのオーラは体を突き抜けていた。ジンの茶色のオーラと混ざりあって混合していく。オレは真っ赤な炎に包まれたボールを想像した。
 幾つか想像すると、それをいっきに解き放つ。結界外から炎の玉が現れた。溶岩のように真っ赤に焼けた岩。鋭く尖っている、まさしく想像した通りだ。しかし、大きさは想像していたものとは違うものだった。川沿いにある石ころの形だ。
 石は先生たちのほうに無造作に向かっていく。まるで、心があるように一斉に。しかし、威力がないのか先生たちの力でねじ伏せられる。
「……どうして!?」
 急に覆い被せない絶望がうまれた。頭が真っ白でうまく状況が読めない。こんな時にうまく力が発揮だせないなんて。
 
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