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一部 紫織汐の英雄譚

第9話 信頼

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 男は刑事。米川 余念よねがわ よねんさん。生存者を探してここまで来たらしい。私たちはずっと、頼る相手がいなかった。でもようやく現れた。大人で、なおかつ武器を持っている。
「これは酷い。アジトに医者がいる。すぐに連れ出そう」
 米川さんは光輝を肩で抱えて車から下ろした。
「アジト?」
 私はオウム返しに訊ねる。
「こことはまた違う場所にも、生存者がいるんだ。付いて来い。生存者なら歓迎する」
 米川さん自身が乗ってきた大型トラックに乗せられる。中は大きな荷物を運べるために天井も高く、電気が備わっていた。

 中にいたのは、数名の男女。学生もいるしOLの人もいる。今日見つけた生存者らしい。生存者を見つけては保護している。
 米川さんは車を発信させた。外の様子が見えない場所でも音でわかる。
 私は光輝を椅子に座らせた。だいぶ、呼吸も整ってきているが顔色は悪いまま。私はポケットから水を取り出し飲ませる。

 すると、女子生徒がやってきた。
「そいつ、感染してないよね?」
 尖った口調。私はムッとした。
「感染してるわけないじゃん。接触感染なんでしょ? 光輝は私が知る限り、そんな気は起きなかったし感染してない!!」
 私は睨みつけた。 
 女子生徒はふぅんと興ざめた返事を返した。その返事にもムカついて私は立ち上がった。
「汐さん! こんなときにピリピリしたらみんなが不安になります!」
 愛理巣ちゃんが私の腕を掴んだ。振り向くと涙目になった愛理巣ちゃんが。私は顔を背け「ごめん」と呟く。

 女子生徒は謝らないまま立ち去った。隅の方で体育座りでそっぽ向く。私は大きく深呼吸した。煽られて、カッとなった。
 あのとき私は、赤鬼だったに違いない。

 やがて、車が止まった。目的地にたどり着いたんだ。降りてみると、繁華街の道のど真ん中。人が誰もいない。ゾッとするほど静か。
「こっち」
 誘導されて車のすくそばにあったマンホール蓋を開けた。こっちだ、と手招きしてくるので渋々中に入ることに。マンホール蓋の中に入ると蝋燭の火がついていて、明るいし程よく温かい。
 ハシゴを渡り、地面に降りると目を疑った。通常マンホールの下は下水道で繋がっている。が、そこには下水道じゃなく大きな敷居が広がっていた。
「おかえり! よねちゃん!」
「待ってたー食べ物は?」
「お勤めご苦労さん」
 米川さんの周りに人が群がる。女の人、子供、男性。米川さんはトラックの荷台から抱えて持ってきた米袋を置くと、一斉に群がった。
 この人たちも生存者。
 こんなにいる。この空間に少なくとも四十あまりいた。
「そうだ。すぐに医務室に。この子を手当してやってください」
 米川さんは医師と思わしき老爺に指示すると、老爺は承諾してくれた。私は光輝の付き添いで行きたかったけど、早くここにいる人たちと慣れ親しんでもらうため、米川さんが引き止めた。

 私は光輝の付き添いに行きたい一心。
「すぐによくなるさ。あの医者は名手でね」
 米川さんは笑ったけど、笑う状況でもない。それに、初対面の人たちとすぐに慣れ親しむほど、私は、人とコミュニティが幅広くない。
「すぐに親しむさ。俺たちはもう仲間だ」
「なかま?」
 耳を疑った。
 米川さんは話を続ける。
「ここにいる人たちは家族を失ったもの、大事な人を亡くしたもの、行き場がなくなったものが大半だ。だからこそ、これを起こした女王を恨んでいる。妥当女王討伐を目論む仲間さ」
「そんな、私たちは、そんなことしたくて来たんじゃない!」
 私は米川さんから離れ睨みつけた。米川さんは大人の余裕なのだろうか、飄々としている。感情が読み取れない。  
「それじゃあ、こんな世界を作り出した女王は恨んでない?」 
「……っ、恨んでない、て言えば嘘になる」
 本当だ。もし女王が目の前にいたら、拳銃を奪ってその頭、ぶち抜く。殺意がある。明確な。

 米川さんはそれを感じ取って妖しく笑った。
「すぐに親しまなくていい。同じ生存者どうし、手を取り合って協力していくのも術だ」 
 米川さんはそれだけ言って立ち去った。 
 ここの空間は広い。天井が高く、声を出すとやまびこ囁きだけでも二重になる。

 煉瓦でできた壁で戦争時代に作られた防空壕みたい。その煉瓦に針金を括り付け、蝋燭を灯したランプを装着している。トラックを見たとき、食料はあのホテルより倍にある。たぶん、ここの空間にもあるはずだ。人数分に必要な食料が。

 壁を叩くと反響する。空間が広がっており、何処までも蝋燭が続いている。果てがない。地下にいると、外で何が起きているのか全く分からない。
 窓硝子を突き破ってきそうな場所はない。ひとまず安心した。
 光輝の治療が完遂し、立ち会わせたら光輝は顔色良く眠っていた。名手なのは本当のようだ。冷たいアスファルトの上で寝るしかないが、外よりマシだ。
「わたしはここ、素晴らしいと思います! ホテルよりだいぶ設備は整っていないけど、皆さん優しいし、こんな状況なのを一瞬でも忘れたんです。ほんの一瞬です」
 隣で眠る愛理巣ちゃんは無邪気に笑った。私はそちらに体を傾ける。
「でも妥当女王の仲間に勝手にされたんだよ? 妥当女王なんて、荷が重い……」
 私は布団に丸まった。愛理巣ちゃんは慈しむような眼差しを向ける。
「『荷が重い』なんて言葉言っても、汐さん、やる時はやるでしょう? そこに憎むべき存在がいれば躊躇なく撃ってください」
「愛理巣ちゃん……」 
 私は愛理巣ちゃんの顔をじっと眺めた。愛理巣ちゃんは疲れたのか、スヤスヤ眠った。私も眠ることにした。

 朝は叩き起こされた。カンカン、とフライパンを金具で叩いて。実際そんな起こされかたしたら、実際「は?」となる。起こされて半寝のまま、みんなが行く場所へとついていく。
 みんなは顔を洗っている。同じ場所で並んで。男女共同かぁ。陸上部もこんな感じだったな。懐かしい。

 順番が回ってきて、蛇口をひねってみるとひっ、と小さな悲鳴をあげた。黒い水だった。この水まさか
「下水」
 愛理巣ちゃんが呟いた。
 さぁ、と血の気が引いた。その水で顔も洗っているし、ガブガブ飲んでいるし、歯磨きだってしている。信じられない。当たり前みたいに生活している。ここの人たちはこの生活に慣れて疑いもしないんだ。米川さんもこの水を美味しそうに飲んでいる。

 私と愛理巣ちゃんは顔を洗わないで過ごした。僅かに持っていたペットボトルの水をタオルに濡らしてそれで顔を拭く。

 ここの人たちがおかしいんじゃない。おかしくされたんだ。死体が転がり、化物が蠢きまわり、それまでの生活、環境が壊されこの人たちは壊れた。

 朝早くから叩き起こされた理由は訓練。警察学校じゃあるまいし、盾やら棒やら持たされて、相手と接近戦をしいたげられた。強制参加だ。
 お風呂だって下水なのに、こんなことしたくない。考え事をしていると、ガツンと頭に棒が命中。見事なまでにクリーンヒットですわ。そりゃ気絶もするよね。
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