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二部 神戸康介の英雄譚

第38話 危機一髪

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 狭い通路からやがて、住宅街、ガソリンスタンドに寄った。散々動いてメモリはいち。動けなくなった所だった。
 無人のガソリンスタンドでも、まだ給油はできる。満タンにしてお金を払って、また車を発進させた。
 大きな住宅街に行くと、乗り捨てられた車が混雑してて先に進めない。車が並んでいる。
 横断歩道は常に青なのに。
 これは本当なら、警察に捕まるだろうが致し方なし。歩道に乗り上げて走行する。
「なんか、だめなことやっていると気分が悪いね」
 真綾が口元に手を覆った。
「気分悪いのは、河合さんの荒い運転でしょ」
 冴島さんが背中をさする。
 終始「すまない」を言う河合さん。化物に追いかけられながらも、銃で対抗し続けながら大きな橋にたどり着いた。車を走行して一時間となる。
「ここが東京?」
 俺は大きな橋を窓越しで見上げた。快晴の空に届きそう。

 あ、青い空久しぶりに見た気がする。空を見て涙が出た。いつもと変わらないはずの空が美しいと思える。

「いいや、ここはまだ地方だ。県を跨ぐための橋」
 河合さんは橋の前で車を止めて地図を広げた。  
 現在地を指差す。ここから東京まで遠い。地図で見るとここから東京までの距離は、片方の手を広げた距離ほどある。
 でも弱音は吐かない。地図を見ていた河合さんは再び発進させた。長い旅路だ。橋を通り抜け、大きな建物ばかりが連なる光景を横目に過ぎ去っていく。
 地元から出たことないので、景色に連れられる。
「人の気配がない」
 獅子が窓越しから外を見る。
 昼間なのに人の気配も、物音もしない。虚しいほどに死体しかない。もしかしたら、生存者が何処かに隠れてるのかもしれない。 
 街にはロボットと化物が潜んでいる。
 再びロボットが動き出すのは十二時。指定された時間前になるべく、東京につく。
「ロボットが化物を殺してくれるのはありがたいけど、あたしたちからしたら化物より恐ろしいよね」
 冴島さんがため息ついた。
「どっちも恐ろしいけどね」
 真綾が苦笑した。
 指定された時間まで三十分ある。先を急ぐことも大事だが、腹ごしらえもちゃんとやらないと。近くのコンビニに車を止めた。店内の中はめちゃくちゃだ。血が固まって黒く濁っている。棚に顔を突っ込んで下半身がない者がいる。まだ血がポタポタと滴らせ、血が乾いていない。さっき死んだことになる。

 化物は二度も同じところをぐるぐる回ったりしない。さっき襲ってきたのなら、ここには来ないはずだ。そんなことだけで、ほっとして棚の中をあさる。
 地元より数多い。
 賞味期限を三日前に切れているが食えることは知っている。パンやおにぎりを両手いっぱいに買い占めて無人の店にお金を置く。
「獅子、230円あるか?」
「あるけど? 何買うの?」
 獅子は財布から俺の顔を見て、不思議な顔をする。
「モノにお土産を頼まれたんだ。アップルミルク味だってさ」
「余計なことを……230円あるけどもうないよ。というか、コウ兄一度も払ってないよね」
 ギグ。気づかれた。そぉと離れる。逃さないよ、というように服を掴まれた。俺はため息ついた。
「実はな兄ちゃん……財布持ってないんだ」
「やっぱり! どうりで自分から払う姿見たことないと思った。走ってるときに落ちたの?」
「いんや。化物が街に来た直後買い物しててな。うっかりあの店に置き忘れたんだ」 
 子供たちのために焼肉を買って、店員のおばさんと雑談していたあの頃が懐かしい。ほんの数日前で一週間も経っていない。
 あの頃はこうなる事予想もしなかった。誰しもが言うだろう。

 獅子はアップルミルク味を購買で買って、再び車に戻った。エンジンも落として、なるべく頭を低くして買ったばかりのパンやおにぎりを食べる。
 ソレに気づいたのは真綾だった。
「ねぇ、あれ」
 窓の外を指差した。
「何?」
 釣られてみんな、そこに顔を向ける。真綾が指差した方向の先には男女がいた。焦っているように走っている。

 俺たちの他にも生存者がいた。
 感動して声をかけようとした矢先、男女の後ろにロボットがいることに気がついて頭を低くした。全員しゃがむ。
 女子の悲鳴が聞こえる。次に争う音。それから、肉を切り裂く生々しい音。音だけでも状況が目に浮かぶ。男性が女の子を庇うためにロボットと争い、そこで処刑された。そして、女の子は黒いワゴンに連れ去られる。
「河合さん、あの車!」
「了解した! 捕まって!」
 連れ去られた女の子はワゴン車に乗せられていった。そして車の中が一部見えた。複数の女の子が捕まえられている。脇子が乗っているかもしれない。
 車が発進してから、俺たちもエンジンをつけてその車を尾行する。

 男性の遺体を通り過ぎた。
 酷い姿だ。斬首され、挙句の果その首を長い棒の先端に刺され、晒されていた。目はカッと見開き頬は透明な雫が流れていた。
 ロボットと抗争したらこうなる。
 酷いみせしめだ。
「ごめん。止まって」
 俺は河合さんに言って、車を止めさせてもらった。せめて、彼を安心させたい。死んでからもこんな屈辱を受けるのはあんまりだ。
 先端に刺ささった頭部を引き剥がし、彼の胴体の近くに置く。カッと見開いた両目をすっと、閉じさせる。手を合わせた。

 彼が命からがら守った女の子、俺たちが助けるから、安心して成仏してほしい。俺は再び車に戻り、あの車を尾行した。
「攻めてこないよね?」
 真綾がじっ、と車を眺める。
「こんだけ尾行してても襲ってこない。気づいてないだろ」
 河合さんが言った。
 慎重に車を発進させていく。近付きず遠すぎず間隔を開けて尾行する。
「あの車に何人乗れると思う?」
 俺は獅子に訊ねた。
「だいだい八人乗り。でもシートベルトガン無視だったら10人は乗れると思う」
 獅子は真面目な表情で答えた。俺は車があいた瞬間に見えた足の多さを思い出した。よく思い出せ。あのとき、何人乗っていた。
 窓硝子はカーテンが敷かれてて中の様子は見えなかった。でも風が吹いた。

 そのとき、カーテンが揺れて中の人の人数は――八人だ。八人の女の子がいて、ロボットは何処に座るべきだ。運転席に一体、戸の近くに一体。だとしたらロボットは二体乗っていることになる。シートベルトガン無視で乗せているなら、10人だ。もう乗せることは不可能のはず。
「ロボットは二体乗っているはずだ。運転席と戸の近く。確実じゃない。でも、もう乗せることはできないはず。この車――東京だ」
 河合さんと目が合って、車をさらに発進させた。気づかれないように影に入る。嶋野がリュックからロープ状のものを出した。

 それは率引ロープ。フックで車同士を繋ぎ合わせるロープ。俺は窓から身を乗り出して車体から出た。ブワッと風が襲う。凍てつく氷のようだ。季節は夏なのに。
 タイヤ近くにフックを繋げる場所があるから、ピラーを掴んで前輪のほうに手を伸ばす。河合さんはスピードを緩めた。
 地面すれすれに顔が。
 石が顔に当たる。
 フックを繋げる場所を手探りで探した。早くしないと腕が千切れそうだ。フックをかける場所を見つけ、カチャと装着。安心した束の間、大きな風が襲ってきた。

 しまった、と思ったら腕が離れて、体が宙に浮いた。強い風だ。このまま流されそうだ。でも間一髪、後ろに座っていた嶋野たちに腕を捕まれ引っ張り戻してくれた。



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