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二部 神戸康介の英雄譚
第40話〈終〉英雄
しおりを挟む「新車なのに、車ごと巻き込んでごめんなさい」
「いいや。また買えばいい。それに、帰りは人数が多くなるだろ? あの車じゃどのみち帰れん。それより、ずっと聞きたかったがどうやってターミナル内に?」
エンジンをつけ、車を発進する河合さんは目線を前に向けたまま訊いてきた。
「それ、全員思ってた」
後ろの席から身を乗り出して顔を覗かせたのは冴島さん。
「近づいたものは官僚以外誰もいない。国民ですら一歩踏み入れば処刑されるのにどうやって?」
「簡単な話、ターミナルが一般鑑賞として開くのは、夜の六時頃だろ? その時間に入る」
みんなはぽかんとした。
「その時間、とっくに過ぎてんだけど……」
真綾が時計を指差す。辺りは真っ暗。東京にやっと着いたのは一日かかった。恐らく脇子を載せた車も一日かけてるだろう。だから焦りはしない。ここからが本番だ。
「明日を待ったほうがいい」
獅子が呟いた。
「明日の朝早めがいいな。ロボットが動き出した八時頃」
車が止まった。住宅街から抜け、明かりもささない暗い場所。ターミナルから三㌔くらい離れている。東京では地方より化物の数が多い。人口と比例して数が多くなるのか。
車の中で待機したいが、化物に見つかると厄介になる。ようやく手に入れた車と安全が確保になったのに、ここで見つかるわけにはいかない。
近くの店の中に入り、シャッターをしめる。ここはアクセサリー店。ケースの中に入ったキラキラしたものは、どれも高そう。ケースの中は輝いていたが、床や壁は真っ赤に染まっていた。ひどい有様だ。
異臭を放っており、血なまぐさい。窓を開けて換気したいが化物に見つかるのでカーテンも閉めないといけない。
車で乗って、ロボットと化物とも戦ってみんなの体は疲労している。
§
東京へ無事についてあさが来た。
脇子が捕まって眠れるわけがない。一睡も眠れなかった。カーテンの窓越しから外を見張る。
「ターミナル内に入れば、牢に捕まっている人たちを助ける。八時から九時の間、門は開いてる。その間に助ける」
冴島さんは信じられない顔をした。
「全員を助ける、て英雄にでもなるつもり?」
「そんなんじゃない。ただ、放っておけない」
外で車のエンジン音が聞こえた。黒いワゴン車が走行している。道路にある死体を踏み潰してそのまま、赤い轍が続いている。
「地方の女性を乗せた車が帰ってきたんだ」
車はターミナルに向かっている。
「それじゃあ門は開いている」
獅子が顔をぱっとあげた。全員確信の顔をする。店を出て車に乗った。エンジンをすぐにつけその車の後を追った。実を言うとターミナル内に入れるのは確実だ。
厳しい門番がついているが、門を開けたら門番は消える。監視カメラはターミナル内のみで門にはついていない。ずさんな王のやり方で、少しだけ希望が持てた。
ターミナルに徐々に近づく。天にも届きそうな建物で、多額の借金までして作った薔薇園や銅像が。まるで中世の世界みたい。門番はいない。
ターミナル内に入れた。
みんな、それだけで緊張がほぐれる。ターミナル内に入ったが前の車が止まった。前の車から女性陣がわんさか出てくる。みんな目隠ししている。ロボットも一緒に出てターミナル内に入っていった。
「俺たちも降りないと」
「でもどうやって? あそこ、ロボットいるよ」
ターミナル内の奥にロボットたちが普通に歩いているのを、真綾が突き止める。動きがない車を見てロボットたちも怪しむように見ている。
時間がない。
タイムミリットはこの一時間。
脇子がすぐそこにいるのに、伸ばせられないなんて羽交い。ロボットたちが居なくなったすきに車から降り、ターミナル内に入った。
警報はならない。俺たちは散り散りになって牢屋を探した。地下に行くとさっき捕まった女性たちが。ようやく見つけた。地下は壁も天井も鉄で作られており、防音対策している。だがスプリンクラーはなかった。
部屋は左右とも5部屋。
人数は一体何人いるのか分からないが、やってみるしかない。マッチに炎をつけて紙を燃やす。湿気が多いのかすぐに燃え広がり、白い煙がモクモクと出た。
煙に気がついたロボットたちが駆け寄ってきた。
炎を見て、赤い目が小さくなった。探索機ロボットといえ、火事の対処法は知らないのだろう。部屋の中にいたロボットたちがわらわらと炎に集まった。
今だ。
真綾と獅子に合図して、部屋に駆け寄る。鍵はしていない。恐ろしいほどずさんで、助かった。一気に扉を開け、中にいた女性陣を助ける。むわっと熱気が襲った。狭い部屋に何人も女性が閉じこもっている。
扉を開けると、一気に女性たちが逃げていく。
「脇子っ!」
「お兄ちゃん!」
部屋で小さく蹲っている少女を見つけた。ひと目でわかる。名前を呼ぶと、顔を上げ目頭を熱くさせていた。
「脇子、無事か⁉ 怪我はないか⁉」
丸まった体はとても小さく震えていた。ひとりぼっちにしてすまない。
「お兄ちゃん怖かった。みんな来てくれてありがとう」
脇子はポロポロと涙を流しながら言った。か弱い声。逃げ出した女性陣を真綾が外に先導する。牢から逃げ出した女性たちに気づいて警報が鳴った。天井の照明が紅になる。
わらわらと集まるロボットたちを獅子が銃で撃つ。
「脇子を奪還したなら早く帰ろう。もうキリがない!」
ロボットたちは地下に集まってきて、いつの間にか地上に行く階段がロボットたちに埋め尽くされている。ここを突破したいなら時間がない。銃弾に気づいて嶋野と冴島さんたちも援護してくれた。
「お兄ちゃん、もう一人助けたい人がいるの……」
脇子は顔を上げた。
話によるとその人は自分から名乗り出て、出ていったらしい。その手には拳銃を持っていたと。
「きっと、王様を殺すつもりだ。見ず知らずの人だけど、殺人者にさせたくない」
「分かった。その人は地上にいるんだな」
「うん」
脇子を獅子におんぶさせ、三人が切り開いた道を突破する。必ずみんなで帰ると約束して。
真綾がちゃんと女性たちを先導してくれたおかげで、女性たちはいなかった。でも二人の女性がいた。拳銃を持っている女の子とそれを向けられた子。
その足元に王様が腰を抜かしていた。
漂う異臭。処刑場だってすぐに理解。駆け寄ると凄まじい拳銃の音が鳴り響いた。ターミナル内が揺れるほど。
女の子が撃たれて倒れた。
遅かった。一歩早ければ間に合えたのに。彼女は清々しい顔をしてその場でくるくる回っていた。王様がジリジリと匍匐前進で逃げていく。俺はその胸グラを掴んだ。
「てめぇ、近くにいたなら止めろよ! 自分の国民の一人だろうが、最も国民に残忍なことをする馬鹿で無能なんだけどな。懺悔としてロボットを止めろ! それくらいできるだろ」
王を突き放すと王は、酷くビクビク震えて懐からリモコンを取り出し、オフにした。
§
女王がこの世からいなくなった。化物はドロドロに溶けて翌日になると、何事もなかったかのようなあさが来た。
一週間もなかったこの最悪は、一生忘れない。消えない痛みと記憶。それでも前を向いて生きていなければいけない。生きている限り死んだ人たちのために。
脇子を連れて、地元に帰った。化物がいなくなった街を車で走る。
§
「正義のヒーローは血だらけで駆けつけるのだ!」
「タケくん、正義のヒーローが血だらけなんておかしくない? 悪役倒す前に怪我してんじゃん」
「それでもかっこいいんだ。オレの親父は」
―完―
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