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第二章 魔導士学園 編

あの地平線

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「なぁ、アギラ。今度の3日間ある休み空いてないか?」
食事中にカインが俺に尋ねた。俺は今週の休みに何かあったかと考えたが、何も用事は思い当たらなかった。
「何もないけど、どうしたんだ?」
カインとミネットは休みの日も何か研究していて忙しそうなので、俺に予定が空いているかを聞くのは珍しいことだった。
「いや、噂で聞いたんだが、イーリス帝国の近くに新たな遺跡が発見されたそうなんだ。一緒に行かないかと思ってな。」
この世界の南の大陸には遺跡というものがいくつか存在していた。北の大陸ではなかったものである。もしくはあったのかもしれないが、ルード皇国にいる時には聞いた事がないものだった。
魔導士学園の授業で聞いた内容だと、遺跡の内部には色々な道具が眠っているという事だった。それらの道具はただのガラクタの時もあれば、オーバーテクノロジーな代物で多量の金貨と交換できるものが発見できる時もあるとの事だ。ただそこにはそれらを守護する番人のようなものがいるので、力あるもの達しか立ち入る事はしないという事らしい。一攫千金を目指して遺跡に入って帰らぬ人となった人たち数えきれないほどいるらしい。
「何でそんな所に行くんだ?危険があるんだろ?」
正直言って俺はあまり興味がなかった。今俺には1つの懸念する事があったからだ。それにお金にはあまり困ってはいなかったので、わざわざ行く意味があまりないのである。
「『浮遊石』か『賢者の石』がないかと思ってな。俺達の研究に必要なんだが、今はまだどこにあるのかさえ分からない状態なんだ。南にある遺跡から大量の『賢者の石』が発見されたっての聞いた事があるんだが、全てバロワ商会というところが抑えちまってて、市場に出回りやしねぇ。新しい遺跡なら、まだ俺達が入る余地があるからな。それにアギラにとってもいい話かもしれないぜ。」

「どういう意味だ?」

「呪いを解くことを研究してるって言ってたよな。だから、遺跡の中には解呪をするための道具があるかもしれないって事だ。」

「ん?そんな道具があるのか?」
俺は初耳だったので驚いた。

「いや、そんな道具は聞いたことがないが、もしかしたらあるかもしれないぜ。遺跡には俺達の想像できない道具なんかが眠ってたりするからな。『隷属の首輪』なんかもオリジナルは遺跡で発見されたものだって聞いたことがあるぜ。それを改良して、魔法を使えなくして、力を弱める今の道具になったらしいからな。」
解呪の道具はないのか………
しかし、絶対にないともいいきれないという事か。俺は少し心が動いた。

「行くとしたら誰と行くんだ?」

「俺とミネットとゼロと………」
カインはそこでリーンの方を見た。「危険があるけど、リーンも来るか?」
俺の時は危険についての前置きがなかった気がしたが、つっこむことはしなかった。

「今週じゃないとダメなの?来週ならいけるわ。今週は回復魔研究会で合宿があるのよ。」

「いや、遺跡が発見されたっていう情報がここまで広まってるから、あまり時間が経つと目当てのものがなくなってしまうかもしれないからな。できれば今週の休みに行きたいと思ってる。」

「そう………それは残念ね。遺跡の探検は一度やってみたかったのよね。」
リーンは少しうつむいて、手に持ったドーナツを少し齧った。

「それにしても、ゼロも行くのか?」
ゼロは最近カインとミネットと供に行動している事が多かった。
「ハイ。ミネット様とカイン様には恩がありますから。」

「あれ?なんか、喋り方が滑らかになってないか?」
昨日までは一文字、一文字の間にがあったように感じたがそれがなくなっていた。喋り方が機械的ではなく人間的に変わっていた。

「昨日ミネット様に言語機能を強化していただきました。ミネット様は天才です。」
ゼロの目の部分は赤や黄や緑に変わりながら点滅した。

「照れるにゃ。そんなに褒めても何も出ないにゃ。」
ミネットは頭を掻いて、体をくねらせながら照れていた。こいつのアホ面を見ていると天才だという事が俺には未だに信じられなかった。

「いえ、ただ本当のことを言っただけです。それとワタシが2人について行きますので、アギラが来なくても大丈夫だと思います。」
んん?俺の中で何かがもやっとした。

「そうかもしれないが、アギラは頼りになるからな。」
何故かカインは俺の事をかってくれていた。
「そうよ。アギラは凄いんだから。それにしてもカインは何で知ってるの?」

「出会った時から只者ではない事は感じていたぜ。それに・・・いや、まあいい。アギラが来てくれた方が安全に事が進む可能性が高まるからな。それにさっきも言ったようにアギラにとっても悪い話ではないはずだ。解呪に関する道具や俺達の研究に必要ないものなら自分のものしてくれて構わないからな。」
悪くない提案だった。もしかすると面白い道具を見つけることができるかもしれない。

「分かった。じゃあ、俺も同行させてもらおうかな。」
1つ懸念材料があるが、俺は承諾する事にした。

「いいなー。私も行きたかったなー。」
リーンが俺の方を見て呟いた。

「遺跡がどんな広さか分からないけど、全部回り切れなかったら来週また一緒に行くか?」

「ホントに?行くわ。」
リーンは嬉しそうにして、残りのドーナツを一気に食べた。


俺は学校が終わり、自分の部屋に戻った。
部屋の中には懸念材料がソファーの上に横たわっていた。その胸にはアーサーが抱かれていた。
「………ただいま。」
俺は懸念材料に声をかけた。
温泉宿で連れ帰った元奴隷のアスカである。最初どこかの地位ある家の娘さんだと思って保護したのだが、一向に迎えに来るはずの者達が来なかったのである。そして、出て行けという事もできないので、あれからずっと家で一緒に暮らしているのである。
「あっ、もう帰って来たのね。それで、今日の夕飯は何かしら。」
俺の声に反応して目覚めたアスカは欠伸をしながら俺の方を見た。
俺も鬼ではないので普通はこんな少女に出て行けなんて言葉が頭によぎるなんてことはありえない。しかし、このアスカはちょっと普通ではないのである。

「もうちょっと動いた方がいいんじゃないか?」
俺は意を決して注意した。この少女は朝俺が作った朝食を食べた後ソファーで眠りにつき、俺が帰ってきたら夕食を食べてまた眠りにつくのである。それもたまにではなく毎日である。
ちょっとくらい掃除や皿洗いくらいはとも思ったりもするのだが、最初に甘やかしてしまったので強く出れないでいたのだ。

「失礼ね。今日はかなり動いたわよ。」

「そうにゃ。マスターは分かってないにゃ。」
アーサーも起きてアスカの援護射撃をした。

「そ、そうか。それはすまない。どこかに出かけていたのか?」

「でかけるわけないじゃない。よく見てよ。ほら。」

「??」
俺には何を言ってるのか分からなかった。

「まだ分からないんですかにゃ。朝はソファーの右側で寝てましたにゃ。けど、今は左側で寝てますにゃ。」
それをかなり動いたと言い張るのも凄いが、それが分かるアーサーもやばいのである。まさに2人は阿吽の呼吸で協力をしあっているのである。あまり強く言ってアスカが泣き出しても困るので、俺はやんわり否定した。

「いや、それは動いたとは言わないんじゃないかな。もっと動かないと太っちゃうぞ。」

「失礼ね。私がデブって言いたいわけ?」

「ひどいですにゃ。レディーに向かってそれはないにゃ。前にもあっちに太ってるから動けって言ったことがあるにゃ。マスターはそういうところがあるにゃ。」

「ホントよ。ひどすぎるわ。」
アスカの目には涙が溢れようしていた。

「ごめん。そういうわけじゃないんだ。あっ。今日はカレーだから。もうちょっと待っててくれ。」
俺は台所へと避難した。
カレーと聞いた2人は手をとり喜んでいた。さっきまでの様子が嘘のようである。実際にアスカの涙はウソ泣きじゃないかと俺は疑っている。
こんな風に2人のダラダラした生活はずっと続いていたのである。俺が出て行けと言いたくなるのも分かってくれるのではないだろうか。アーサーに至っては俺の使い魔のはずなのに、アスカと一緒に部屋にいて動かないことがたびたびあるのだ。

俺は食事中に切り出した。
「今週の休みにちょっと遠くに出かけるんだけど、留守番してもらってもいいかな。」

「いいとも~w」
スプーンを掲げて腕を突き出した。
「別に構わないですにゃ。」
カレーを食べながらアーサーは答える。しかし………
「いやお前は来ないと駄目だろ。500m離れたら消えちゃうんだから。」
「そうでしたにゃ。うっかりですにゃ。」
カレーを食べるのをやめずに答えた。
「じゃあ私一人で留守番ってことね。いつもの事じゃない。大丈夫よ。」
「いや、それが3日間なんだ。だから、食事の用意だけはしておくつもりなんだけど。もし、心細かったら、先生か誰かのところに行ってもいいけど。どうする?」

「えっ??? ………3日……どこに行くつもりなの?」
カレーを食べる手を止めて聞いてきた。
「イーリス帝国近くに発見された遺跡に行くつもりなんだ。」

「遺跡………」
アスカは何か考えているようだった。

「わかったわ。私も行くことにするわ。」
なんでそうなるんだ?もしかすると寂しいのだろうか。
「いや、かなり危険なんだ。だから連れて行くことはできない。寂しいなら、誰かのところへ行けばいいんだから。」

「お兄ちゃんが心配なのよ。」
アスカは語気を強めた。こんな事を言ってくれるなんて。出て行けなんて事が脳裏に浮かんだ自分自身の愚かさを恥じた。

「いや大丈夫だ。こう見えてお兄ちゃんは結構強いんだから。」

「そうにゃ。マスターは結構やるにゃ。それにあっちもいるから大丈夫にゃ。」
アーサーは食べる手を止めずに言った。

「それを聞いたらなおさら私も行くわ。さっきも言ってたじゃない。少しは動いた方がいいって。」
何故かアスカは張り切りだした。

「いやいや、それとこれとは………本当に危険なんだって。もしかしたら、アスカを守れないかもしれないからな。連れていくわけにはいかない。」

「分かったわ。じゃあ私に守りが必要ないってわかれば連れてってくれるのね?」
アスカは椅子から立ち上がった。

『 水精よ 堅牢なる加護をもって 万難を排せ 水陣壁ウォーター・ウォール 』

えっ??
アスカが魔法を詠唱すると、アスカの周りを水の球体が覆った。
俺はアスカを覆う水の球体に触れた。驚いたことにかなりのレベルの水陣壁ウォーター・ウォールだった。俺の使う水陣壁ウォーター・ウォールと遜色のないレベルだったのだ。

「どお?お兄ちゃん。連れて行ってくれるでしょ。」

「んん………まあ。」
これだけの魔法を見せられては、俺は頷くしかなかった。そして、俺の頭にはある疑問が浮かんでいた。
この少女は一体………

「なかなかやりますにゃ。しかし、あっちの足を引っ張らないようにしてほしいにゃ。」
カレーを食べ終わったアーサーが大物感を漂わせてアスカに言った。

「いやいや。それはこっちの台詞だから。アーサーちゃんは怪我しないように隠れてないと。」
魔法を解いて、腕を組みながらアーサーに向かって言った。

「にゃにゃ。マスターの右腕たる、あっちに何てことを言うにゃ。」
アーサーはスプーンでアスカのカレーを奪った。

「あー、私のカレー、取ったーーー。」

「食卓から離れたから、もう残したのかと思いましたにゃ。」
ふふんと鼻息を出した。そして、再びスプーンをアスカのカレーに入れようとする。
「ちょっとやめてよ。」
アスカはそれを死守しようとした。

しょうもない事で言い争う二人を仲裁している間に頭によぎった疑問はどこかへと消え去ってしまっていた………




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