転生して竜人に育てられた俺は最強になっていた (旧題 two of reincarnation )

カグヤ

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第二章 魔導士学園 編

捧げよ! 捧げよ! 心臓を捧げよ!

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「まもなく到着します」
 貨車に響くアナウンスで俺は下りる準備を始める。といっても、やることはアーサーに頼んで貨車内の荷物を全て収納することくらいである。

「ほ、本当に、な、何度見ても凄いです」
 アーサーが収納する様を見て部長のクロエが素直に感心する。その横ではソロモンも「たしかに」という言葉と共に頷いた。それを見て俺は出発前にソロモンが大量のトマトジュースを持って来たのを思い出した。

♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

「すまないが、これを預かってくれないか」
ソロモンからバッグを渡され、中をみると赤い液体が大量に入っていた。

「これは何だ?」

「トマトジュースだ。70パック入っている」
 70という数字を聞いて、俺はいくら何でも多すぎじゃないかと思ったが、「もし、飲みたくなったら、印のついていないやつならいくらでも飲んでもらっても構わない」という事を言っていたので、どうやら皆に配るつもりもあったのだろう。それにしてもトマトジュースって、どうせならイチゴジュースならすぐにでも貰ったところなのだが。

 俺は承諾と共に大量のトマトジュースをアーサーの亜空間の中に預けた。
「素晴らしい。では、五日後に7パックほど返してもらってもいいか?」
「ああ」

俺がソロモンの願いを聞き届けると、ほっと安堵した表情を覗かせた。どんだけ好きなんだ、トマトジュース。俺はソロモンの意外な嗜好性を知って、いずれトマトを使った料理でも作ってびっくりさせてやろうと考えたものだった。

 俺はそこまで思い出すと何故か自然と笑みがこぼれてしまった。その笑みを見てソロモンは俺に尋ねた。

「どうかしたのか?」

「いや、何でもない。それより、どうやら到着したようだぞ。魔道列車の動きが止まったようだ」
扉が開かれ、そこには兵士の姿があった。

「到着しました」
兵士が告げると、俺たちは外へと出た。
「向こうがジパンニ行きの船が出ているところです」
兵士が指さした先には以前に南の大陸へと渡った時と同程度の大きさの船が停留していた。
わざわざ船着き場まで送ってくれて、感謝しかない。

「ありがとうございました。本当に助かりました」

「いえいえ。命の恩人ですから。それに、どうせここまで帰ってこなければならなかったのですから気にせんでください」

「またいずれ挨拶に伺います」

「そうですか。リゲル様、エルナト様も貴方が来てくれれば喜ぶと思います」

「そうですか」
 俺は兵士達とあいさつを交わし別れを告げた。

 魔道列車が去って行くのを見届けたあと、俺達は船着き場へと向かった。

 そこには料金所があり、そこを抜けた先は突堤となっていた。突堤は幅10mはあり、海岸と垂直方向に50mは伸びていた。その先に船がとまっていたいたのだ。

 「こ、これで、6人分お願いします」
 クロエが6人分のお金を料金所の人に支払った。アスカは呪術研究会のメンバーではないので、事前にアスカの旅費は俺がポケットマネーで支払ってある。

 今回の旅は1カ月くらいを計画していたこともあり、アスカをどうするか迷っていた。基本的にアスカの行動パターンは家でゴロゴロしているというのが普通だったので、「1カ月くらいジパンニに行く事になったがどうするか?」と聞いたところ2つ返事でついて行くと言ったのには多少驚いたものだ。

 さらに何をしに行くかを伝えると、なおさらやる気を見せていたからだ。

「遺跡ね。じゃあ、私用の黒い物体を持って帰らなきゃね」
と言っていたのだ。というのも、黒い物体から飛び出たアリスは基本俺の命令しか聞かない事が分かったからだ。俺が最初に魔力を込めたからだと推測されるが、俺が許可しなければ質問すらも他のものがしても答えることがないのである。

 最初にズボンをずらしていたことがばらされるのも恥ずかしいので、俺の見ている前以外でのアリスへの質問は禁止とした。俺が与えた魔力が切れるまで、それは変わらないらしく、俺の魔力が切れるまであと1年はかかるらしい。プライバシーが守られて俺にとっては有難いかぎりである。
 
 というわけで、また同じ遺跡でもう一つとってくることも提案したが、同じ場所のだとリンクして同じことが起きるかもしれないから、別のやつがいいと言っていた。
 そんな事なら、何故初めに自分の魔力を込めなかったのかと聞くと、遺跡の外で使えるとは思わなかったとか訳の分からないことを言い出した。つまり、あの時アスカは外で使えないと思ったゴミを持ち帰るように言ったのかと思うと全く何を考えているか分からなかったのだ。

 まぁ、俺としても1人寮に置き去りにするのも悪い気がしたので、この合宿へと連れてくることにしたのである。他のメンバーも特に反対することもなかったので、このように一緒に行動を共にしているという訳である。

 料金所を出てすぐのあたりに、薄い光の壁が見えた。それはよく見ると海岸線に平行に遠くの方まで続いていた。

 俺はその光の壁に手をかざし、通過させた。そこで料金所おっさんが声をかけてきた。

「坊主、イーリス帝国の結界を見るのは初めてか? どうだ? すごいだろ? 大賢者様と初代皇帝様たちがはるか昔に作った光の結界だ。初めてみるものは皆坊主と同じように手をかざして、触れようとするんだ。ガハハハッ」

 ルード皇国も結界を張っていたが、このイーリス帝国も結界を張っているという事か。ルード皇国と違って結界を越えても何も違和感を感じなかった。

 アスカやドロニア、ソロモンも俺と同じように手をかざして通過させた後、勢いよく体全体で光の壁を飛びぬけた。クロエは何度も来たことがあるのだろう。皆の後をスタスタとついて来た。

 しかし、一人だけ料金所の前で震えている者がいた。ティーエ先生である。何故か両目を見開き、恐る恐る歩き出した。

「嬢ちゃん、怖がる事はないぜ。悪魔族でなければ、何も異変は起きないからな。それとも、そんな可愛いなりをして悪魔族なのかい? ガハハハッ」
 料金所のおっさんはティーエ先生を挑発する。

「誰に言ってるんですか。私は天才魔法使いのティーエです。悪魔族であるはずがないじゃないですか」
 先生はない胸を張り、堂々とした態度で光の壁を通り抜ける。どこか可愛らしい先生である。

「ガハハハッ。すまん、すまん。では気をつけてな。良い旅をボン・ボヤージュ
料金所のおっさんは俺達に手を振った。
 
 俺たちは船へと乗り込んだ。半日ほど船にゆられると、俺たちはジパンニの港へと到着した。

「こ、ここから馬車で3時間くらいの移動になります」
 クロエが馬車の手配などをしてくれて、俺たちはそれに乗り込んだ。馬車に乗っている途中に馬車内を光の膜のような物が横切った気がした。アスカがピクっと反応を示し、ソロモンとドロニアも首を動かし辺りを見回した。
「今のは?」
俺はクロエに聞いた。

「ジパンニの結界の中に入りました。あともう少しで、巫女様のいる場所に到着します」
 何でも結界の管理等を行っている巫女に挨拶に行ってから、クロエの家に向かうという事だった。どうやら、クロエはジパンニでは地位の高いものと知り合いのようだった。ただメガラニカ王国という、遠い地にまで来て勉強をしている事を考えれば、それも当然の事かもしれないなと考えた。

そして、結界を通り過ぎて30分ほどしただろうか。

「と、到着しました」

 到着した場所を見て驚いた。そこには鳥居のようなものがあり、そこをくぐると社があった。そして、そこに祭られているものを見てさらに驚いた。

 あの黒い物体である。直方体の黒い物体は縄が巻き付けられ、その前にはお供えもの等がなされていたのだ。見ると社には警備をしている人が2、3人は見受けられた。

「あれは?」
俺は仰々しく祭られている黒い物体を指さし、クロエに聞いた。

「あ、あれは御神体様です。は、はるか昔、そのお姿を顕現させ、いろいろな助言をしてくれたという言い伝えがありますが、じ、実際そんな事があったかどうか疑わしいかぎりです。あ、あくまで伝説ですから。で、では、こちらへ」
俺とアスカは御神体として祭られる黒い物体に視線をやりながら、クロエの後について行く。

 御神体とやらが祭られた社を横に抜けると、立派な庭園が広がっており、そこを抜けると巫女様が住まう屋敷へと到着した。そこで出迎えてくれた女性に挨拶をして、その人に案内されるまま廊下を進み、広い部屋へと通された。

 俺たちが待っていると1人の20歳くらいの女性が現れた。その服装は上が白く、下は赤い袴のようなもので、想像していた巫女の姿に寸分の違いもなかった。キツネ顔をした黒髪のロングヘアーで、その胸元は主張が激しく白い着物の間から谷間が見えていた。
 
 その女性が俺達の前に座るとクロエはその女性に口を開いた。

「イヨ様、た、ただいま戻りました。な、夏休みの間は、こ、こちらで過ごそうと思います」

「そうか。勉学の方は順調か?」
微笑みながら問う。

「は、はい。闇魔法というものを、た、多少は扱えるようになりました」

「うむ。魔導士学園に出した甲斐があったというものだ。して、その後ろの面々は?」

「こ、こちらの方々は、ま、魔導士学園の呪術研究会の、メ、メンバーです。ティーエ先生にアギラさん、ソロモンさん、ドロニアさんになります。み、皆さん素晴らしい、ま、魔法使いの方々です」

「なるほど。クロエが世話になっているようだな。礼を言う。それで、その魔法使いの方々がこんな辺境の地へ何をしに? 観光目的でこんな遠い場所までやってきたわけではあるまい」

「は、はい。じ、実は呪いに関して新たな情報が、わ、分かりまして。イヨ様は未知の遺跡等、な、何か知っていたりはしませんか?」

「遺跡? 西の大陸で何個か発見されているという古代の遺物があるというやつか?」

「そ、そうです。このジパンニの、ど、どこかにもその遺跡がある、か、可能性があるのです。そして、そ、そこに呪いに関する情報が隠されているかもしれないのです」

「はて? そんな遺跡の噂など聞いたこともないが・・・」
 イヨ様は右斜め上を眺め記憶を手繰り寄せる仕草をしていた。
 そして、そこで俺は口を挟んだ。

「あの外に祭られていた御神体とやらは、どこで手に入れられたものでしょうか?」

「御神体か? 御神体は山を2つ越えた場所で手に入れたと口伝されておるが正確な位置は今や分かってはおらぬ。それに今では行くことは叶わないだろうが・・・」

「それはどうしてですか?」

「伝えられたている山を越えた場所は今では妖怪族が集まる場所となっておるからな。おいそれと近づけるような場所ではない」

「なるほど」
 ますます怪しい感じがする。というか、その近くに遺跡がある気がしてならない。妖怪族というのが、どういう種族なのかいまいち情報が少ないので、俺はひとまずもう一つの質問をしてみることにした。魔道列車の中で聞いてからずっと気になっていたことである。

「龍神様には会う事ってできるんですか?」
 クロエの話だと、普通の人は龍神様に会う事すらできないという事であったが、巫女様の許可さえ降りれば別だろう。

「龍神様に会う事は、たとえクロエの仲間で会っても叶わぬ。龍神様の所在は一部の者しか知らぬ極秘事項だからな。それにしても龍神様に会って何とするつもりだ? 危害を加えるつもりであったとしたら、クロエの仲間であっても容赦はせぬ。魔法使いというものは竜の魔石というものを狙う輩がいると聞くからな」

「いえ、そんな事は………ちょっと話をしてみたかったのですが・・・そうですか。会う事はできませんか」
ただ、話をしてルード皇国の竜人か確認を取りたかったのである。クロエの話を聞いた時、700年前の人族と竜人族の戦争で傷ついた竜がここに来たのではという考えが俺によぎったからである。しかし、こんな話をしても信じてもらえない可能性があるし、そもそも、竜人族の国はその存在が隠蔽されているので、俺が誰かれ構わず話すことはできないのだ。俺の言葉が続かなかったので、イヨ様は口を開く。 

「ふん。異なことを。龍神様と話をするなど、そんな事はできるはずもない。それに、龍神様は今危険な状態だ。誰とも知れないものはなおさら近づけることはできん」
 龍神様に何かが起こっているみたいだが、何やらこれ以上聞くのは憚られる感じがしたので、俺はそれ以上聞く事をやめた。

 その後クロエは一通り会話を済ませて、俺たちはクロエの家に向かう事にした。

 驚いた事にクロエの家は大きな日本の屋敷のような造りであった。

「凄い大きな家だな」
 俺はクロエに言った。

「ち、父が道場をしているので、は、半分は稽古場のようなものです」
 それにしても大きな屋敷なのには変わりがなかった。

 俺達が門を抜け、庭を歩いていると一人の少女が現れた。その少女はソロモンの手を掴み、いきなりソロモンを転ばせた。

「弱い。弱すぎだ。ししし。そちらの男はどうかな?」
少女は俺の方を見やり、俺を値踏みした。

「やめなさい。ビャク」
その時クロエが今まで聞いたことのない声で叫んだ。それを聞いて少女はびくっと怯えた表情をして、凄い勢いで家の中に走り去った。

「す、すみません。あ、あれは、わ、私の妹のビャクです。ど、道場で修行しているせいか、初対面の人でもすぐ投げ飛ばすんです。ほ、本当に申し訳ありません」
クロエはソロモンの手を取り、引き起こした。

「気にするな。油断していた私も悪かった」
ソロモンは体についた砂を払いながら言った
 
 はっきり言ってビャクとクロエは全然似ていない感じがしていた。というより真反対の性格のように思われた。しかし、その疑問もクロエの両親に会って氷解した。

 クロエの父はよく笑い、よく喋るのだが、母は殆んど喋らず控えめな性格のようだった。つまりクロエは母親似でビャクは父親似という事であろう。

 両親には事前に帰ることを報告してあったらしいが、久しぶりに会ったことを喜びあった。

 俺たちは1カ月くらいお世話になるので、金銭的なものを払おうとしていたのだが、クロエがそれを拒否していた。そこで、ここにお世話になっている間、手伝えることがあれば手伝うという事に決まっていた。俺は早速料理するのを手伝うことにした。これはアスカが俺以外の料理を食べる事を嫌がって駄々をこねたせいでもあったが、案外俺は悪い気はしていなかった。

 料理ができるまでの間、各々自由に過ごしているようだった。長旅で疲れた皆は部屋でくつろいでいるようだった。ティーエ先生だけ、どこかへと外出した。

 俺は早速、調理場に立ちアーサーから自前の調理器具を受け取った。
『さて何を作るか………』
 そこで調理場にある食材を見て俺は目を輝かせた。そこには、今までお目にかかれなかった味噌や醤油などの食材や調味料があったからだ。

 俺は調理場に立っていたクロエの母に尋ねた。
「この食材を使っても?」
 クロエの母はコクリと頷いた。

 俺は早速味噌汁をつくり、ご飯を炊いた。そして、リゲルから届けられた海鮮素材をアーサーから受け取り魚やイカ等の魚介類を焼いた。
 もちろん、全て俺の調理器具と魔法で行った。


 食事ができたころ食卓には全員が畳の上に座った。ティーエ先生もちゃんと戻って席へとついていた。

 クロエの家族以外は味噌汁という異国のスープに戸惑いを見せたが、一口飲むと皆一様に絶賛をしてくれた。

 「うまいな!!」とソロモンが言う。
 「ホッとするわ」いつも寡黙なドロニアも口を開く。
 「ア、アギラさんの、り、料理はみな絶品です」クロエは家族に早く食べるように促した。
 先生だけは何も言葉を発しなかったが、みるみると食事が平らげられる様を見れば気に入ってくれたのだろう。俺の飲み物が切れた時すかさず継いでくれるのは、やはり先生ならではの気遣いだろうか。

「おいっしい!! 何これ!! お母さんの料理も美味しいけど、それ以上だわ!! こんなの食べた事ないっ!!」
 ビャクは大きな声で叫んで、箸を高速で動かし続ける。

「これで魔法使いなんて軟弱ものじゃなければ、姉上の婿として完璧なのに!!」
 ビャクは魔法使いに偏見を持っているようであった。目の前に魔法使いが大勢いるというのにお構いなしである。
「ビャク!!」
クロエは叫ぶ。その後、先生に向かって「ち、ちがいますから。い、妹が、冗談で言ってるだけですから」と何故か先生に弁明していた。
 その後、クロエと母親はそんなビャクを少し睨んだような目線を向ける。

「ごっめ~ん!! でもそんなに真剣に否定するなんてあっやし~な~」
ビャクはそれでも全然気にせずマイペースだった。

「ガハハハッ!! しかし、本当に美味いな。店を開けるレベルだぞ!!」
クロエの父親は話題を変えて、俺の料理を絶賛する。

「マスターは料理の店をもう持っていますにゃ」
 アーサーは床に置いた魚を食べるのをやめず会話に入ってくる。

「おお、喋る猫とは珍しい!! 使い魔というやつか?! にしても、やはり料理店を持っていたのか。それなら、気に入った食材があれば、自由に持っていくといい。この島にしかない調味料も多いと聞くからな。ガッハッハッハ」
 まじか? クロエの父は破格の提案を出した。

 その後、先に食べ終わったアスカがアーサーの食事を奪おうとしたりといろいろあったが楽しい食事の時間が過ぎ去った。

 俺はその後、遠慮なく味噌や醤油、油揚げや豆腐など和風テイストな食材を譲り受け、アーサーの異空間に預け入れた。こうして、俺達の到着の日は終わりを告げ、風呂に入ったりした後、それぞれ寝室へと向かい寝床についた。

 しかし、俺の一日はまだ終わらないのである。

 俺は皆が寝静まったころ、むくりと布団から起き上がる。そして、アーサーを掴み、フードの中に入れた。俺にはある考えがあった。あの御神体に魔力を込めてみるのだ。夜中ならば警備も手薄かもしれない。魔力を込めて何も起きなければそれでいいし、もしかするとアリスのようなホログラフが現れる可能性だって考えられる。そして何かが現れたなら、そいつに遺跡の事とかを聞けばいいのだ。

 その時、同じ部屋で寝ていたアスカもむくりと体を起こした。
「わたしも行くわ」
 どうやら同じ考えのようである。自分専用の黒い物体が欲しいと言っていたのだ。当然、自分の魔力を込めたいのであろう。俺は同じ部屋で寝ているソロモンを気遣って無言で頷いた。

 それを見てアスカも無言で頷き返す。

 俺たちは静かにクロエの屋敷を抜け出して、御神体が祭られている場所へと向かった。
 夕方に訪れた時にいた警備兵らしきものは姿を見せず、なんなく俺達は御神体に手で触れる位置まで辿り着いた。
「さて、どうする? 魔力を込めてみるか?」
 俺はアスカに小声で聞いた。
「モチのロンよ」
 同じくアスカも小声で返す。その時、もぞもぞと俺のフードの中でアーサーが動き出す。

「にゃ、にゃ、ここはどこですかにゃ? 何が始まるにゃ?」

「しっ、静かに」
 俺は小声で窘める。

「バカ猫は黙ってて」
 アスカは両手を御神体と呼ばれる黒い物体の左右を挟み込むように触れる。そして、魔力を流す………
 しかし、いくら待てども何も現れず、辺りは静寂に包まれたままだった。

「どういう事? 何で何も起きないの?」

「やっぱりアスカでは駄目にゃ。マスターしか無理という事にゃ」
アスカは悔しそうに歯ぎしりをしていた。

「ひとまず俺もやってみよう。遺跡の場所さえ分かれば、遺跡からこれと同じものを持ち帰ることができるだろう。魔力は少ししか込めないようにするから。それならいいだろ?」
アスカは渋々といった様子で納得して、俺と場所を交替した。

早速俺はアスカと同じように黒い物体に手を触れ魔力を流す。しかし黒い物体に変化は何も起きない。『どういう事だ?』俺はさらに魔力を込める。俺は意地になって徐々に魔力を強めていく。すると、ビキッという音と共に黒い物体に亀裂が走る。『やばっ』と思い魔力を込めるのをやめた瞬間、時すでに遅しである。バリーンという音が静寂の世界を打ち破り、御神体とやらが粉々に砕け散る。

 その時、あたりに設置された松明の火が次々に灯る。

「あっ。これはやばいやつね。私は先に失礼するわ」
アスカは右手にある木の茂みに飛び込んで逃げだした。俺も逃げたいところだが、クロエに迷惑がかかる可能性を考えればここで逃げ出さない方がいいだろう。

「じゃあ、あっちもこれで………」
 そう言ってアスカの後を追おうとするアーサーの尻尾を掴んで引き留める。
「大丈夫だ。俺に考えがある。フードの中にでも隠れておけ」

「本当ですかにゃ? マスター」
 半信半疑でアーサは俺のフードの中に隠れる。 

 俺には考えがあった。この世界のシステムを俺は完全に把握しているのだ。こんな状況をも打破できる伝家の宝刀を俺は持っている。

「御用だ!!」「御用だ!!」「曲者くせものじゃー!! であえ、であえ!!」

 手に松明を持った人影がこちらへ3人ほど近づいてくる。そして、俺に気付いて声をかけてきた。

「ここで何をやっている? ここは関係者以外立ち入り禁止区域だ!!」
 松明を片手に持ち、もう片方の手には刀が握られていた。
「見ない顔だな。どこから来た? 何奴じゃ?」
 同じく刀を構える。
「あっ!! あっ!!」
 最後の1人は俺の後ろにある粉々に砕け散った御神体を指さし、声にならぬ声をあげた。

「な、なんという事を!!」 「なんという大罪を!!」 「貴様ーっ!!」
 三人の顔は憤怒で満ちていた。

 俺は不安になりながらも伝家の宝刀を抜く事にした。
「いえ誤解です。俺は世界を救おうと思ったんです」
どやっ!!
ウルティマもこんな事を言って信じてもらえていたのだ。この人族の世界は『世界を救う』と言っておけば大丈夫なはずである。

「何を言っておるのじゃ!! この阿呆は!!」
「乱心じゃ!! こ奴、気がふれておる」
「祟りじゃ!! 神の祟りじゃ!!」

 うぉー、どういう事だ? 俺の伝家の宝刀がまったく通用していないだと? ウルティマはよくて俺がいけない理由は何だ? いや、そんな事よりこの場をどうするかを考えなくては。逃げるという選択肢はこれからクロエの家にお世話になることを考えればありえない。
 目の前の3人をぶちのめすのはもっとありえない話だ。
 となると、ここは大人しく捕まって釈明するしか他に選択肢はないのだ。俺はいきなり切られたときのために自身に身体強化をかける。

 そして、俺は歯向かうつもり等ないことを両手を上げて示した。

「大人しくお縄につけ!! そして、イヨ様の審判がくだされるまで大人しくしておれ!!」
 俺は大人しく両手を縛られた。力を込めればいつでも引きちぎれそうなのを確認して少し余裕ができた俺は、次にどうすればいいかをフル回転で考え始めた。しかし、状況を好転させるような策は思いつかない。やはり最後の手段は力づくか・・・
 
 そしてイヨ様にお伺いをたてに行った男は戻ってくるなり、俺に言った。

「イヨ様は貴様を龍神様の生贄とすることに決定された。本来ならば打ち首にして晒されるところを、名誉ある龍神様の贄として選ばれたのだ。光栄に思うがよい」
 本来ならば抵抗するところだろうが、龍神への生贄と聞いて俺は考えを変えた。会えないと思っていた龍神様に会う事ができるということである。これは期せずして、ラッキーな事ではないだろうか。

「分かりました」
 俺は観念したふりをして、イヨ様が下した審判を受け入れた。

「生贄の儀は明朝行われる。それまでに、ここにある風呂で身を清めておけ!」
 俺が抵抗しなかったのが良かったのか、俺は風呂へと入れてもらえる事になった。

「逃げようなんて考えても無駄な事だぞ」
そう言って、風呂の入り口で見張りが二人ほど立っていた。俺は風呂の中で服を脱ぎ棚に置いた。そこからアーサーがひょっこり首をだす。

「どうするんですかにゃ?」

「まぁ、いよいよとなれば力づくで何とかするが、それまではフードの中にでも隠れてろ」

「わかりましたにゃ」
 俺とアーサーはゆっくりと湯舟に浸かり、体を癒した。その時今まで感じた事がない眠気に襲われた。俺はお風呂から上がると、見張りと共に寝室に移動し、泥のように眠りついた。

 翌朝、太陽が昇る頃、俺は見張りに叩き起こされた。

「時間だ!! 行くぞ!!」
 俺は前後に見張りをつけたまま目隠しをされ手に巻き付いたロープを引っ張られながら進んだ。そして、何十分歩いただろうか。目隠しを外されると目の前には大きな洞窟があった。

 俺は洞窟の前に立てられた十字架に張り付けにされる事になった。手と足は何重にも縄で巻かれ十字架に固定されて身動きが取れない状態である。と言っても本気を出せばいつでも抜け出せそうではあるのだが。

 俺は辺りを見回した。後ろを振り返ると、遠く離れて俺を連れてきた2人の見張りが様子を見ているようだった。そして、視線を洞窟に戻そうとした時俺の視界に見慣れたメンバーたちの姿が映った。木々の茂みの中で息を潜めて俺を見守っている呪術研究会のメンバー達である。

 どうやら俺の事を心配して、こっそり後をつけて来たようだ。その中にアスカの姿はなかったが、あれで結構な魔法の使い手である。俺はあまり心配していなかった。

 そして、俺は心配してくれている皆に、何とか俺は大丈夫だと伝えたかったが、大声で叫ぶと見張り気づかれてしまう。
 どうしようか迷っていると、俺の視線がソロモンと合った気がした。俺は何も心配する事がない事を伝えるためにゆっくりと頷いた。
 その時前方の洞窟から大きな声が聞こえてきた。

「その力は女王様のオーラ。まさか、女王様ですか? こんなところまでわざわざやってきてくれたんですか?」
 北の大陸の言葉だった。どうやら俺の考えはビンゴだったかもしれない。
 そして女王様というワードに考えを巡らせた。そして俺は自分の首からかけたペンダントを見る。その時全てが分かった。ルード皇国にいた時、女王と謁見して言われた事を思いだしたのだ。『そのペンダントには私の力が込められているわ。もし、この国を離れた時に、この国ゆかりの竜族にそのペンダントを見せれば力になってくれることでしょう』思えば、ステラの港町にいた竜人も、俺の姿を見ずに家の中から俺を招きいれていた。たぶん、このペンダントには遠くからでも認識できる女王の何かが込められているのだろう。

「俺はその女王様の知り合いだ!! あなたと話がしたい!!」
 俺は北の大陸の言葉で大きく叫んだ。

 その時、洞窟の中からにゅっと竜の手が現れて、俺を十字架ごと鷲掴みにした。そして、地面に刺さった十字架を引き抜き、そのまま洞窟の中へと引きいれた。

 俺は全く不安を感じていなかった………






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