恋に落ちる

青桜さら

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いつもの放課後

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 夕日で染まる教室に、渚沙は人影をみつける。
 文庫サイズの本に、ベージュ色のカバーをつけていた。
 そんなことをするのは、幼馴染みの蒼真くらいだ。少なくても、このクラスでは。
 文庫にわざわざカバーをつけるのが、不思議で理由をきいたことがあった。
「なんでわざわざ、別のカバーにするの? 本屋でもらうカバーでいいんじゃない?」
「俺の好みだ」
 好きなカバーだから、常に持ち歩きたいとそういっていた。
(そんなもんかな? よくわからないや)




 今まで長いこと一緒にいたけれど、さすがに進路は別になる。そう思うと寂しい。
 何気なく髪の毛を触られるのが、好き。
 手のひらから髪へ伝わる温もりが、なんてことないかもしれないけれど、すごく好き。
 この気持ちが恋かどうかなんてわからない。

 蒼真の方が渚沙より、背が高くて男性的に整った顔が羨ましかった。渚は母親に似ていて、中性的な顔立ちだから。
 女子の友人は、渚沙を男子として見ていない。
 悲しいことに……同性から告白の手紙をもらって困惑したことが、今までの人生の中で一番の衝撃だった。
(あのときは、蒼真が相手と話をしてくれたんだよな)
 告白と呼び出しの文面を、今でも忘れられない。最初は初めての手紙をもらえたと喜んだ。
 相手が男子と分かるまでは。
 落ち込む渚沙に、蒼真はそっと寄り添って何度も優しく頭を撫でてくれた。
 子供のような慰めだけど、幼い頃からそうやって蒼真は渚沙の心を守ってくれていた。
(言葉は足りないけど)
 蒼真の手のひらがとても好き。

 そっと見上げると、見慣れた優しい顔が見える。
  男性的なはずなのに、可愛げないはずなのに……どうしてか髪を撫でるときの蒼真の顔が可愛く見え仕方ない。
 そんなことろも嫌いじゃないから、この感情は友情以上なのかもしれない。
(その手のひらで、他の人の頭を撫でないで欲しいかな……なんて)
 言えないけど、いつもそう思っている。
 いまだけは渚沙だけの……。
 そこまで思って渚沙は、自分がおかしいと気づく。
(もしかして、これって独占欲……?)
 もしかしたらこれが、恋なのかもしれない。



 耳が赤く染まる渚沙に、蒼真は気になった。
「渚沙、どうした?」
「いやなんでもないけど」
「けど?」
 言葉の先を促す、蒼真が渚沙の顔を見る。
「いや……その本のカバーっていつも同じだなって」
 言葉を濁す渚沙が、さきほど片付けた本のカバーのことを言い出す。
 そんなことを言いたいように見えないのに。
 蒼真はそう思うものの、以前にも同じことを聞かれたことを思い出す。
(カバーのことを、まだ気にしていたのか)
 渚沙に教えるつもりはなかった。

 去年、隣のクラスの男子に手紙をもらって、どうしようと困り果てていた渚沙を思い出す。
 会うのが怖いけど断らなきゃと、そういう真面目なところが昔から好ましかった。
 蒼真は渚沙を同席させないで、相手の男子と話をつけた。
(この場合、渚沙に恋人がいると言えば諦めるやつは多い)
 いつも渚沙の周辺に気を配り、その気がありそうな人には男女関係なく牽制をしてきた。

 去年の手紙は、蒼真のミスでしかない。
(あの手紙の主は、俺たちをよく観察していたんだろうな。恋人がいると言っても信じなかったし、相手の名前を言うまでは諦めないと言っていた)
 ストーカー気質だろう。
 渚沙の周辺を付きまとって、交友関係を調べ尽くしていた。
『恋人なんていないだろう。いつもお前がとなりにいたのは知っているんだ』
 この言葉で蒼真の中の何かが、ぷつりと切れた。
『恋人は俺だ。そばにいて当たり前だろう?』
 この言葉で諦めたと思っていたが、そのあとで校内に噂が流された。
 幸いにも渚沙は知らずに、その噂は消え何事もなかったかのような日常に戻った。
 噂を流して仕返しをしたつもりだったのかもしれない。

(この気持ちは、もう誰にも言わない)
 本当は昔から渚沙が好きだった。
 本のカバーがアイボリーなのは、渚沙のイメージ。優しい、暖かい、心が休まる。
 好きだと言えない代わりに、毎日持ち歩いていた。
 これは蒼真の迷惑をかけない、ただの自己満足。
(密かに想うことだけは、許して欲しい)
 そんな思いを抱きながら、毎日本を読む。



「蒼真はまた教えてくれないんだな」
 やっぱりと思いつつ少し寂しいと、渚沙は苦笑いする。
だれでも言いたくないことは、一つや二つはあるだろう。

「さて、もう下校時間だから帰ろう」
 渚沙は蒼真に手を差し出した。
 その手をじっと蒼真は見つめる。
「なんだ、その手は?」
「だから帰ろうって言ってるんだろう」
 頬染めて渚沙は、蒼真を見上げる。
(ちょっとくらい……手を繋ぎたいって思ってもいいじゃん。友達でも手くらい繋ぐよ)
 思うだけで言えない。

(本当は友達で終わりたくない)
 初恋は実らないって誰かが言っていた。それは本当かもしれない。
 少なくてもこの片思いは最初から諦めている。
「ほら、帰ろう。先生に見つかったら怒られるぞ」
「そうだな」
 手をじっと見ていた蒼真は、渚沙を見つめた。
 渚沙の顔が赤くても、教室が夕日色に染まっていれば気づかれないと渚沙は思っていた。

 そっと二人の手のひらが重なっていく。
 近くて遠い、叶わないと思っていたこと。
 いつも頭の上で感じていた、その温もりが手のひらから伝わる。
(なんだか泣きそう……片思いってつらいな)
 渚沙は下唇を密かに噛む。
 繋いだ手をふいに強く握られた。あまりにも急で渚は驚く。
 手は一度離れて、それからまた指を絡め手を握られた。

「渚沙に言うつもりはなかったんだけど……本のカバーのこと気にしていただろう。あれさ、渚沙の色」
「あのアイボリー?」
「ん、凪沙と一緒にいると心が暖かくなる」
「それだけ?」
 それだけでずっと同じ色を使わないだろう。
 蒼真は決意した目で、静かに口を開く。

「ずっと……ずっと、渚沙が好きだ。今も好きだ。いつも一緒にいたくて、渚沙の代わりに本カバーを持ち歩いていた。恥ずかしくて言えなかったけど、そのくらい渚沙が好き」
 渚沙の目から涙が零れる。
(胸が潰れそうで、でも嬉しくてどうにかなりそう)
 涙を拭ってくれながら、心配そうに蒼真は空いている左手で渚沙の頭を抱き寄せる。
「嫌だったら、ごめん」
「嫌じゃない。俺だって蒼真のことずっと好きだよ。まさか同じだったなんて……っ」
 近くて遠い二人の距離は、いま交差した。
 きっとこのときを逃したら、あとはない。
 そう思えば、渚沙もいま言うしかなかった。
 好きになる理由なんていらない。気づいたらもう、恋に落ちていた。

「渚沙が好きです。付き合ってください」
「喜んで」

【END】
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