少年は結婚生活が楽しすぎてさみしさを忘れる

ユーリ

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前編

「言えるわけないじゃん!」
ボロボロと涙を流しながら叫ぶ少年にグレイは笑った。
ーーコイツは俺と同じだ。
自分だけの誰かを求めている。
「さみしいとか! 誰かそばにいてとか! そんな情けないこと言えるわけがないじゃん!!」
ギッと睨みつけるその瞳が大きく揺らいでいる。
グレイはそっと少年の…灰音(はいね)の目元を拭ってやった。
「言えよ」
灰音の目が大きく見開く。
「俺にさみしいって言えよ。俺にそばにいてほしいって言えよ。俺ならそれを全部叶えてやる」




壁に勢いよく叩きつけられ、棚橋灰音(たなはし・はいね)は目を見開いた。
「っ!」
「痛いだろ? 一応魔法で出血は止めてあるが、なければ今頃血いダラダラ出てるぜ」
骨が折れているであろう脇腹を指で掴まれ、激痛に襲われる。
悪魔が…グレイが唇の端を引き上げニイッと笑った。
「お前の目的はなんだ? なんで人間を人質に飛び降り騒ぎを起こした?」
これは言わなければ本気で殺されるーー灰音は小さく口を開いた。
「騒ぎ、を…起こせば天使か悪魔か死神が、釣れるかと、思って…」
「ほお。人間以外の種族が目的か。で? なんで死神と嘘をついて本物の死神を仲間にしようとしたんだ?」
咄嗟に目線を逸らすと掴まれた脇腹の指にさらに力が加わり、灰音は顔を歪めた。
「いう、から…っ、言うから…っ」
「さっさと言え」
ーー昨日、フードを深く被り拾った鎌を手に死神のフリをして、そこら辺で魔法で気を失わせた少女と共に屋上で飛び降り騒ぎを起こした。案の定大本命だった死神が連れたため「死神を統率する者」と偽り連れ去ろうとした。
が、グレイのひと蹴りにより断念。脇腹の怪我は想像以上で治療のために一旦避難。
今日、その死神を迎えに行った際、またもやグレイの蹴りを今度は反対の脇腹に入れられてしまい、挙げ句の果てにとんでもない頭突きをされて意識を失い、目が覚めたらこの部屋にいたのだ。
灰音がグレイを睨みつけるも、グレイは笑ったままだ。
灰音は目線を逸らした。
「…友達が欲しかった」
「は?」
「……人間相手じゃ誰も僕のそばにいないから、種族が違えばなんとかなると思った」
グレイがケラケラ笑う。
「なんだそれ。ガキの考えそうなことだな」
「ガキで悪かったね!」
「お前高校生か? その様子じゃあ友達一人もいそうにねえなあ。へー、さみしい学校生活か。フツーに言えばいいじゃん、友達になってください、って」
「言えるわけないじゃん!」
ボロボロと涙を流しながら灰音は叫んだ。
「さみしいとか! 誰かそばにいてとか! そんな情けないこと言えるわけがないじゃん!!」
ギッと涙目で睨みつけるとなぜかグレイが微笑んだ。
グレイがそっと、灰音の目元を拭う。
「言えよ」
灰音の目が大きく見開いた。
「俺にさみしいって言えよ。俺にそばにいてほしいって言えよ。俺ならそれを全部叶えてやる」
ぽたぽたと、灰音の大きな瞳から涙が溢れる。
ーー何を言ってるんだ、この悪魔は。
文句の一つでも喚いてやろうと思ったのに先に体力が限界を迎え、灰音は気を失った。




目を開けた灰音は、ズキズキ痛む両脇腹を抑えた。
「…あの悪魔、治療が下手くそ」
仕方ないので自力でなんとかしよう。いくらか体力も回復したようだから大丈夫、と魔法を使って治療開始。
ものの五分で治る自分の力に満足しながら枕元のスマホを見た。
時刻は午前五時。きょろきょろと辺りを見回すも誰もいない。ここは恐らくあの悪魔…グレイの家だろうけれど、本人はどこに行ったのだろう?
「まあいいや。僕には関係ない」
どうせ二度と会わないだろうし。
そう言って部屋を出てスマホのマップを頼りに自宅へ帰り、シャワーを浴びてから学校へ向かった。
全ての授業を終えてカバンを手にとぼとぼと校舎を出て門をくぐったところで「よう、人間」と声かけられ慌てて顔を上げる。
「お前の名前なんだっけか? 灰音だっけ?」
なぜかグレイが立っていた。灰音はぽかんと口を開ける。
「夜勤から帰ってきたらお前がいないから焦ったぜ。あの大怪我でどこ行ったんだと思ったが…なんでフツーに歩けてんだ?」
眉間に皺を寄せながら伸びてきたグレイの手でぺろんと制服を捲られる。
「ぎゃあ!」
「あ? なんでこんな綺麗に治ってんだ?」
「外で変なことしないでよ!」
慌てて手を叩き落とし制服を元に戻し、誰かに見られたんじゃないかときょろきょろする。
「なあ、なんで治ってんだよ」
「うるさいなあ」
とっとと帰ろうと思うのにグレイが付いてくる。灰音はグレイを睨みつけた。
「僕が魔法で治す以外に誰がどうするのさ」
「ほー。魔法学校に通ってるわけじゃねえのによくそんなことできるのな」
灰音はピタリと足を止める。
「…なんで僕が普通の高校に通ってるってわかるのさ」
そう言えばこの男、偶然出会ったわけじゃない。どう見ても待ち伏せしていた。
「棚橋灰音。近所の高校に通う三年生。近所の単身者用マンションにひとり暮らし。両親の名前と職業は…全部言ったほうがいいか?」
ニヤニヤ笑われ灰音は苦虫を噛み潰した顔をする。どうせスマホから情報を抜き取ったに違いない。
「忌々しい悪魔め…」
「お褒めのお言葉ありがとう」
「で? 何が目的?」
「お前絶対バカだろ」
「は!?」
「昨日あんな事件起こしてタダで済むと思うなよ? お前の身柄は俺が預かってるってことにしてんだよ」
「…何が欲しいわけ?」
「別に金品はいらねえよ。ま、とりあえず腹ごしらえでもしようぜ。ちょい腹減った。この近くに何かうまい店…ああ、友達いねえからわかんねえか」
再びニヤニヤ笑われ灰音の顔が怒りで真っ赤に染まる。灰音はイライラしながら歩き始めた。
「付いて来ないで!」
「あっちにたい焼きあったから食おうぜ」
「いらない!」
「たこ焼きの方がいいか?」
「いらない! だから付いて来ないでよ! ーーなんでキミってそんなにしつこいの!?」
気付けばマンションの部屋の前である。鍵を開けて入ろうとするのにグレイも一緒に入ろうとする。魔法を使って阻止したいけれど、こんな狭い空間では危険だ、かといって腕力で勝てないのは昨夜わかったし…。
「お邪魔しまーす」
悪魔は靴を脱ぎ堂々と部屋へ入り、ソファーにどっかり腰掛けた。
「何か飲み物くれや」
「…勝手に上がってきたくせに何様」
「悪魔様」
「……冷蔵庫開けて飲み食いしなよ」
ソファーを占領されたため灰音はベッドに腰掛ける。このワンルーム、逃げ場がない。
「人ん家の冷蔵庫勝手に開けられねえだろ」
「人ん家まで勝手に付いてきたくせに…はいはいわかりました!」
勢いよく冷蔵庫を開けて常備している麦茶をコップに入れて「ん!」と渡してやる。ついでにこっちだって喋りすぎて喉がカラカラだ。
飲み終わったコップを受け取るとグレイに「こっち座れ」とソファーの隣をポンポンと叩かれる。
「絶対に嫌だ」
「真面目な話すんだよ」
「…何さ」
仕方ないのでグレイの隣に座る。この悪魔、ガタイがいいので二人掛用のソファーでも腕が当たる。
「真面目な話、お前の身柄は本当に預かってることになってんだよ。あれだけの大騒ぎ起こしたからな」
「…魔法省にでもどこにでも突き出せばいいじゃん。裁きを受けられる年齢だもん」
「騒ぎを起こした理由が理由だからな、放っとけん」
「は?」
「俺は結婚がしたい」
「は?」
いきなり何、と目が点状態でグレイを見上げると、グレイは真っ直ぐに前を向いて淡々と喋り始めた。
「誰か一人を愛したい。誰か一人に愛されたい。自分だけの他人が欲しい。何があっても理解してくれるそういう関係性が欲しい。ーーお前と似てるだろ?」
そう言ってこちらを向き、頬を撫でられる。
悪魔の真っ黒な真剣な瞳に目が離せない。
「お前はさみしいんだろ? 誰かにそばにいてほしいんだろ? 俺に言ってみろ。俺だったらそれを全て叶えられる」
言うつもりなんてなかった。
なのにどうしてだろう、勝手に口が動く。
「ぼく、は…」
「ああ」
「さみし、い…誰かそばにいてほしい…ずっと、僕だけの誰かが…」
両頬を、その大きな手のひらで包まれた。
悪魔独特のひんやりとした低い体温。
なんでこんなにも安心するのだろう。
「それらの願いは、誰に叶えられたいんだ?」
「グレイ…」
顔が近づき、額に口付けられた。
「俺と結婚してくれ」
断りの言葉を口にしたはずなのに。
悪魔と結婚なんてとんでもない! と大声で突き返してやろうと思ったのに。
灰音はグレイを見上げたまま「はい」と小さな声で呟いていた。

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