少年は結婚生活が楽しすぎてさみしさを忘れる

ユーリ

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後編

苗字が変わったことにより、灰音を見るクラスメイトの目の色の種類が変わった。
灰音は一言も口にしていないがどこかで教師が漏らしたのだろう、その内容が結婚である、しかも学生のうちに、だ。
結婚して一週間が経過しても好奇な目で見られていた。
相変わらず友達はできないし喋りもしない教室内、けれども灰音は楽しかった。
スマホの通知が入り、グレイからメッセージが来た。
『今起きた』
夜勤明けの悪魔の起床に、ふへへ、と笑いが溢れる。
きっと髪の毛ボサボサなんだろうなあ、とか、さっきまで大いびきで寝てたのかなー、なんて想像が膨らんで楽しい。
『おはよ! 今日の夜ごはん何がいい?』
そう返信するとすぐに『肉』と一言。うーん、と灰音は考える。
『チキン南蛮作るね』
『うまそう。後で迎えに行く』
チャイムが鳴りスマホを裏返す。早く授業終わらないかなあと灰音は笑いながら外を眺めた。
全ての授業が終わりスキップする勢いで門を潜ると「よう、灰音」と声をかけられ笑顔になる。
「ただいまグレイ!」
「おかえり。このまま買い出し行くだろ?」
「もちろん! 重いものは全部グレイに持ってもらうんだ~」
「当たり前だろ」
グレイに差し出された手に、灰音は小さめの手を乗せる。その瞬間をクラスメイトに見られ「あ」と小さく呟かれるも気にせず歩き出した。
「いいのか? 今なら友達作れんじゃねえの? 話のきっかけになるだろ」
「僕もうそういうのいい」
「なんで?」
「グレイがいるから」
にしし、と見上げるとわしゃわしゃと頭を撫でられた。
「もうっ、髪の毛ぐしゃぐしゃになるっ」
そうは言いながらもこうやって構われるのが大好きだ。二人は手を繋いでスーパーへ向かった。
ーーベッドに寝転がりながらスマホを見る。相変わらず両親はめげない、ずっと着信とメッセージを送り続けている。
「執念っていうか怨霊だねえ」
出ない自分も自分だが、感心してしまう。
(今まで僕のこと放ったらかしにしてたくせに、なんで結婚した途端コレなんだろう)
一人暮らしをしていた六年間、生存確認のようなメッセージはたまに来た。しかし会いに来たことは一度もない。
それなのに結婚報告をした途端コレだ、親とはどういう心理なのだろう。
「そういや灰音、進路どうすんだ?」
グレイもベッドに上がりながら聞いてくる。腕を差し出されたのでいつも通り腕枕をしてもらう。
「お前高校三年だろ?」
むにむにと頬を撫でられながら答えた。
「一応ねえ、普通の大学に進学しようと思ってた。でも魔法大学を受験しようと思う」
「普通の高校からも行けるんだな」
「僕の魔力は高いからね~、実技試験のみがあるから確実に受かるよ」
「なんで進路変えたんだ?」
「お父さんとお母さんに少しでも振り向いてほしいから、あの人たちが望む普通の道を歩もうと思ってた。でもさ、もうそういうのやめる。お金出してもらっておきながら言うのもおかしいけどさ、反発したい。どうせならお父さんとお母さんが嫌がる進路にする」
グレイが楽しそうに笑った。
「いいな、そういう考え。でもなあ灰音、両親がもっと嫌がる進路先があるぞ」
「え! なになに!?」
「俺に養われること」
灰音はあんぐりと口を開けた。
言葉の意味を噛み締めれば噛み締めるほど、興奮して頬がピンク色に染まる。
「それは考えてなかった! すごい! 最高の反発!」
「だろ? 悪魔に完全に養われてみろ、両親泣くぞ」
「すごいすごいすごいっ! 僕グレイに養われたい! グレイ! 養って!」
「よーし、養ってやろう。かわいい嫁さんのためにたくさん働いてきてやろう。明日学校で進路話してこいよ」
「うんっ」
ぎゅ、と抱きしめられて嬉しくて、灰音はグレイの厚い胸板にぐりぐりと頬を寄せる。
最高の反発だ、と思いながらも、そういえばと顔を上げる。
「あのさあグレイ」
「なんだ?」
「僕ばっかお願い事聞いてもらってる気がするんだけど。キミのはなんかないわけ?」
出会ってからずっと、僕のお願い事ばかり聞いてもらっている。
首を傾ぎながらそう尋ねると、ちゅ、と額にキスされた。
「もう全部叶ってんだよ。最初に俺がなんて言ったか覚えてるか?」
「全く覚えてない」
「お前なあ…。ーー誰か一人を愛したい、誰か一人に愛されたい、自分だけの他人が欲しい。何があっても理解してくれるそういう関係性が欲しい。ほらな? 全部叶ってんだろ?」
灰音がニヤニヤ笑いながら「それってホントに叶ってる?」と聞くと「生意気なガキめ」と額に頬に唇にとたくさんキスされた。くすぐったくて灰音は笑う。
「よかったね、全部叶って! 僕のおかげだね」
「ああそうだな、お前のおかげだな。ありがとう灰音」
そして灰音はグレイに抱きついた。




「よ、っと」
フライパンの柄を持ち手首のスナップを効かせ、くるん、とホットケーキをひっくり返す。
綺麗なホットケーキの出来に満足しながら皿に移した。
「さーて、あと何枚作ろっかなー。にしし、グレイのご希望ですからたくさん作ってあげましょう」
今夜の夜勤のおやつに持って行きたいとのこと、灰音はにこにこしながら量産していた。
時計を見る。朝に帰ってきたグレイがそろそろ起きだす時間だ。
次の生地をフライパンへ流し込んでいるとスマホが鳴った。誰だろうと画面を見ると、前のマンションのオーナーからだった。
完全に引越しは終わったのにどうしたのだろう。何か不具合でもあっただろうかと通話ボタンを押した瞬間、地獄へ叩きつけられた気がした。
『ようやく出たわね』
母親だ。
フライパンを火にかけたまま、灰音は動けなくなった。
『あんたどういう気なの? 悪魔と結婚ってなに? お父さんからも連絡あったでしょう? なんで出ないのよ』
耳に押さえつけたスマホがカタカタ震える。
切ればいいのに、とわかっているのにできない。怖い。
『やっぱあんたって変わってるわね。生まれた時からずっとそう。なんであたしとお父さんから魔力のある子が生まれるのよ。ねえなんでよ。ホント気持ち悪い。なんであんたが生まれてきたのよ。ねえ、聞いてんの!? 灰音! 返事をしなさい!』
灰音は搾り出すような小さな声で「はい…」と答えるだけで精一杯だった。
母親が電話口で盛大なため息を吐く。灰音の体が反射的にビクッと震える。
『今すぐ離婚しなさい。今なら許してあげるわ』
フライパンの中のホットケーキが焦げ始める。
少しずつ縁回りが黒くなり、甘い匂いから焦げた嫌な匂いへと変化し、辺りに立ち込め始めた。
『悪魔と結婚なんてどうかしてるわよ。まだあたしたちを困らせる気なの? ホントいい加減にして。ただでさえ気持ち悪いのになんで悪魔と結婚なんか…。毎月あんたにはお金渡してるでしょ? 気持ち悪い存在なのに生かしてあげてるでしょ? なんで言うこと聞かないの? ねえ灰音! 灰音!!』
見覚えのある大きな手のひらが目の前を横切り、コンロのスイッチを切った。
カタカタ震えたまま離せないでいるフライパンの柄をそっと手にし、優しく取り上げられる。
涙が溜まる瞳の真っ青な顔で見上げると、グレイが立っていた。
柔らかく微笑み、頭を撫でてくれる。ようやく灰音は耳元からスマホを離すことができた。
そのスマホをグレイが受け取り、スピーカーボタンをタップした。
「どうもお義母さん初めまして。灰音の夫のグレイと申します」
これには予想していなかったのか、めずらしく母親の声が詰まった。
「面倒だから単刀直入に言うぞ。あんたさ、二度と灰音に関わるな」
『は…? 何よどういう意味よ!?』
「言ったままの意味だけど。なんだ? 頭悪いのか? じゃあ全部言ってやるよ。灰音は俺がずっとそばにいるんで安心して子離れしてください。以上」
『子離れってあの子まだ子供よ!? 親の言うこと聞いて当たり前でしょ!?』
「耳元で叫ぶなうるせえ。じゃあ俺が夫兼保護者ってことで」
『はあ!? 部外者が入って来ないでよ!』
「もう結婚した後だからなあ、部外者じゃねえんだよお義母サン。今まで金ありがと、もういらねえ。あ、そうだ。灰音を産んでくれたことは感謝してやる。ーー悪魔ってすげーしつこい生き物だからさあ、次灰音に接触しようとしたらどうなるかわかってんだろうな。じゃあお義母サンお元気で」
そう言ってスマホを電源から落とした。
グレイは恐る恐るフライパンの中のホットケーキをひっくり返す。
「お、これなら食えそう。灰音、焦げの部分落としたら食えそうだぞ」
灰音は目を見開いたままボロボロと涙をこぼしていた。
それを見てグレイが笑う。
「はは、なに泣いてんだ」
「だってえ…」
「俺に何かあったときは灰音が守ってくれるよな?」
わしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜられ、ふへへ、と灰音は泣き笑いの表情を浮かべた。
「それはどうかなあ?」
「生意気な嫁さんめ」
ぎゅ、と抱きしめられ、灰音も強く強く抱きしめ返した。





「グレイ! 見てた!? ちゃんと見てた!?」
「見てた見てた。写真もいっぱい撮ったぞ」
「うわー! 下手くそ!」
「お前なあ…まあいい。卒業おめでとさん、灰音」
「うんっ」
「明日からしっかり奥さん頼むぞー」
「任せて!!」




「あーもうっ! しつこいっ!!」
灰音は手で遮りながら叫んだ。
むぎゅ、と小さな手で顔を遮られたグレイが眉間に皺を寄せる。
「あのなあ、こっちはお前の高校卒業まで待ったんだぞ。ちったあ褒めろよ」
「僕が言ってるのはそういうことじゃない! あのねえ! そんなに舐めたり噛んだり吸ったりしないでくれる!? 痛いし痛いし痛いししつこいっ!!」
「そんなに長時間した覚えはねえが」
「キミは元がしつこいんだよ!」
チッ、と舌打ちしながらグレイが隣に沈み込む。
ようやく休憩できる…と灰音はぜいぜいと肩で呼吸した。
「大体ねえ、キミは力が強いんだよ…。見てごらんよこのお腹!!」
そう言って見せた腹には、くっきりと大きな手の跡が付いていた。
「おーおー、すげえな」
「関心してる場合じゃないよ! 痛いんだよ! 痛いんだよ!! 悪魔はみんなこんなにも力が強いのかなあ!?」
「さすが人間は体の構造が弱いな」
全く反省してる気配のないグレイに灰音もベッドへ沈み込んだ。
「…出会った時を思い出すよ。キミ容赦ない蹴りを入れたよね、僕の脇腹に。しかも両方」
「あれでも手加減したんだけどなあ」
「……あれで!? 骨折れたんだよ!?」
「ほれ、手加減してんじゃねえか」
「……」
悪魔と人間の手加減の意味合いが違う。
はあああ、と盛大なため息を吐くと「わかった」とグレイが頷いた。
「…何がわかったの?」
「お前に嫌われたくねえから頑張るわ」
それを聞いた灰音は、にしし、と笑った。
「えらい!」
いつもグレイにしてもらうようにわしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜてやると、意外そうにきょとんとしたグレイがすぐに笑った。
「はは、頭撫でられんの気持ちいいな」
「でしょ? 僕大好きなんだ」
「じゃあかわいい奥さんに嫌われねえように頑張りますので、もう一回いいでしょうか?」
「んもー、しょうがないなあ」
そう言うとグレイの大きな手のひらで頬を包まれた。
その上から灰音は小さな手を重ねる。
ーー僕もうさみしくないよ。
(だってキミがいるから)
真っ直ぐな瞳で見つめられた灰音は、ふへへ、と気の抜けた笑顔を向けた。
「僕ねえ、グレイ大好き」
「俺も好きだよ、灰音」
そしてお互いにわしゃわしゃと髪の毛を思いっきりかき混ぜてやった。

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