残酷なこの世界に花束を!

えごのかたまり。

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人間になれた。

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入院して1ヶ月程だった頃。


やっと病棟から出る許可がでた。


もちろん、病棟から出るってだけであって、病院外へは出られない。


でも。


やっと外(病院の駐車場)に出られる。
売店に行ける。


飛び上がるほど嬉しかった。









初めて外に出る日。


ナースステーションの中にあるドアからエレベーターに案内された。


外と繋がるのはこのエレベーターだけだった。


ボタンを押し、1階へ降りる。


それだけなのに、無性にドキドキした。


私はまっさきに駐車場へ向かった。


外って、どんなんだったっけ?


外の空気ってどんな香りがしたっけ?


廊下を早歩きで渡り、ついに、たどり着いた。


自動ドアが開いた瞬間のことは、一生忘れることはないだろうなって思った。


ほのかに冷たい空気が私の頬に当たった。


ワサビみたいに、鼻にツンとくる冷えた空気。


一瞬で身体中に鳥肌がたった。



あ、もう季節が変わったんだ…


私が失った時間の大きさを悟った。








どのぐらいの時間、ドアの横に立っていただろうか。


1ヶ月ぶりの外の空気で身体中を満たしてから、病棟に帰った。


これが毎日できるんだ。


毎日外の空気に触れることができるんだ。


嬉しくてたまらなかった。










でも、人間は、特に私は贅沢なもので。


毎日駐車場に行くだけでは飽きてしまった。


駐車場、病室。


私の世界はそれだけだった。


面会も来てくれていたが、長い1日のなかの数十分。


あっという間に時間は終わってしまった。






そんな私に、回診に来た担当医から吉報。


「暇してるでしょう。院外に出てみませんか。」


めちゃくちゃ嬉しかった。


実はこの時、大きな問題を抱えていたから。


院内イジメにあっていたのだ。


私が何らかのタイミングであいちゃんの機嫌を損ねてしまったらしく、ありもしない噂を流された。


判断能力が低下した患者さんが多かったから、みんなそれを信じてしまったのだ。


だから、テレビを見ようとホールに行くと、患者さん達から冷たい視線を送られ、悪口を言われる。


漫画を取りに行く時も、お茶を飲みに行く時も、ご飯を食べに行く時も。


これがなかなか辛かった。


なんせ、今まで1度たりともイジメにあったことなんて無かったから。


対処の仕方が分からないし、部屋から出にくいし…


私は病室に引きこもるようになっていた。


また、同室のカーテン1枚隔てた隣の患者さんのいびきが凄すぎて、眠れていなかった。


だから、外出許可をくれた担当医が神様のように思えた。










まあ、外出とは言っても、私の家は病院からかなり離れていたため、全く知らない土地に野放しにされた感じだった。


ここどこ?私は誰?って状態。


とりあえず、毎日コツコツ散歩をして道の感覚を掴んでいった。


大体のお店を把握できるようになってからはとても楽しかった。


スーパーに行ってデザートを買ってきたり、電気屋にいってテレビを見たり。









そして、入院してから2ヶ月後。


私の退院が決まった。


ああ、帰れるんだ…


あんなに死にたくて仕方なかったのに、その頃には病院を出たいという願望の方がずっと強くなり、退院の知らせが何よりも嬉しかった。








ナースステーションで看護師さん達にお礼を告げ、診察を受けて病院をでた。


すっかり冬の寒さになっていた。


入院したのはまだ半袖でも大丈夫な位の気温のときだったから、とても不思議な感じがした。









家に着き、自分の部屋に入った。


自分の部屋なのに他の誰かの物のような感覚だった。


2ヶ月ぶりに家族で囲む食卓。


幸せだった。


お風呂も毎日入れる。


毎日ふかふかのベットで寝られる。








やっと、人間になったような感覚だった。
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