魔法学院の迷いネコ

すけるとん

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季節は変わって……

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 目の前にはネコがいた。
 綺麗な毛並みにクリッとしたひとみが特徴的だ。
 彼女はじっとこちらを見つめていた。それに合わせるようにこちらも彼女の瞳を見つめた。

「あんたは……?」

 なんとも不躾ぶしつけな質問だった。

「…………」

 彼女は自分の耳を押さえながら、沈黙を貫いた。が、やがて質問に答えるように、彼女は名乗った。
 相手が名乗ったのだ。こちらも名乗るべきだろう。
 ということで、こちらも自分の名を彼女に伝えた。
 それから、

「……もしよければだけどさ、オレと少し話さないか?」

 そんな提案をしてみた。
 一瞬逡巡しゅんじゅんした彼女だったが、すぐにコクリと静かに頷いた。















 季節の変わり目が訪れると気分も一緒に新しくなるものだ。
 肌寒い時期が終わりを迎え、近頃はポカポカと温かい日差しが顔を出している。
 季節は春。心機一転が最も多いだろう季節だ。

「ふあ~」

 ポカポカな陽気にあてられたのか、ラルフ=アークライトは欠伸あくびを1つかいた。

「眠い……」

 ゴシゴシと目をこするラルフ。
 今日は寝不足気味だ。というのも、今日という日が楽しみで昨日あまり寝付けなかったのだ。
 けれど、無理もない。今日から生活が大きく変わるのだから。
 今現在、ラルフが向かっている場所はこの街──『フェリス』では知らぬ者のいないほど有名な『リチェルカ魔法学院』。あと何分か歩けば着くはずだ。
 もうすぐ学院に着くというのに、頭が働かないのは困る。そう思ったラルフはなんとなく顔を上げた。
 大して身体を酷使こくしする必要のない土木作業の類や空飛ぶ絨毯じゅうたん。あちらこちらで今日も魔法は大活躍だった。

「おう兄ちゃん!」

 と、突然声をかけられた。
 一瞬、それが自分に向けられたものか迷ったが、すぐに振り向いた。
 視界に捉えたのはスキンヘッドの体格のしっかりした男。おそらく彼が声の主だ。

「オレ……ですか?」
「おめぇ以外に誰がいる? ……っと、それはそうと、その服ってことは兄ちゃん、リチェルカの生徒かい?」

 リチェルカ魔法学院の生徒は共通の制服を身にまとっている。ラルフは制服を3日ほど前に手に入れていた。

「はい。1年で」
「やっぱりそうかい……」

 男はそう言って、自分の店と思われる所に向かって、何かを取り出して持って来た。

「だったらほら。俺から入学祝いだ」

 男は手に持っていたものを差し出してきた。大きな肉だった。男が肉を持つ姿は妙に様になっていた。……まあ、この見た目でケーキとかを出してきたら失礼ではあるが、目の前で腰を抜かす自信があった。
 しかし、それはそれとしてだ。男は「入学祝い」と言って、これを差し出してきたが、彼とは初対面なはずだ。
 ラルフは首を傾げた。

「そんな不思議そうな顔するなって。俺はリチェルカの新入生にはこうして入学祝いをあげてんだよ。もっとも兄ちゃんが1人目なんだけどな」

 男は声を出して「ははッ‼︎」と笑った。なんとも豪快な笑いだ。
 どうしたものか……、とラルフは考える。これは素直に受け取るのが良さそうだが、肉が結構な高級品に見える。どうにも躊躇ためらわれるところだ。

「気にするな。受け取ってくれ」

 すると男はラルフの思考を読んだように、ぐいっと肉をラルフに寄せた。
 勢いで思わず受け取る。

「あ、ありがとうございます」
「なに、気にすんな」

 男は再度「がははッ‼︎」と豪快ごうかいに笑った。

「リチェルカは卒業までが長いからな。頑張れよ、兄ちゃん!」

 最後にそう激励げきれいして、男は送り出してくれた。見た目に似合わず、かなり良い人だった。

「さて、これどうするかね……」

 ラルフは手に持つ、大きな肉を見た。
 まだ時間はたっぷりある。男も入学祝いを渡すのはラルフが最初と言っていた。

「ここで食っていくか」

 そうと決めたら早かった。
 ラルフは適当に空いてるベンチを見つけて、腰をかけると、肉を1口頬張った。

「うま……ッ‼︎」

 肉が柔らかい。味付けもしっかりしている。この味はコンソメだろうか。2口3口と続けて、肉を口にする。
 今度あの辺を通ったら、これを買おう……。ラルフはそう思った。


     ◇   ◇   ◇


「さて……」

 後半からは根性で肉を胃袋におさめたラルフはしばらく休憩していたが、よっ、と腰を上げた。
 かなりの時間を使ったが、まだまだ時間に余裕はある。……本当にどれだけ早く来てしまったのか、と少し反省する。早めの行動は悪いことではないが、さすがに今回は早過ぎた。
 目的地まではここからそこまで距離はない。
 少し歩いたら、リチェルカ魔法学院が見えてきた。
 今日からかなりの期間、お世話になる場所だ。
 ラルフは希望を抱きながら、学院の敷地しきちに足を踏み入れた。

「すごいな、これは……」

 唖然あぜんとするラルフ。
 人の数がすごい。が、ここで真に驚いたのはそこではない。
 敷地内に足を入れた途端、周囲の雑音が一気に大きくなった。どうやら、学院とその外の境界線きょうかいせんには音を和らげる結界が張ってあるらしい。
 おそらく、他にも結界は何かの役に立っているのだろうが、今は些細ささいなことでしかない。
 ラルフは思考を切り替えた。
 確か、まず初めは入学式が行われるはずだ。
 場所は学院のホールだったはずだが、どこにあるのかがわからない。……まあ、適当に歩いていれば案内板の1つでもあるだろうし、なんなら他の生徒について行ってもいい。たぶん、現在この辺にいる生徒の多くは同じ学年の者たちだろうからだ。
 周囲の生徒たちは時間にまだ余裕があるためか、その辺をぶらついたり、談笑だんしょうに花を咲かせたりしている。

「知り合いのいる奴はいいよな……。オレはぼっちだってのに……」

 ラルフはできる限り早めに友人を作ることを決意した。


     ◇   ◇   ◇

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