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番外編
4 アイドルとお風呂と影の人
王太子の婚約者の立場というものはよほど魅力的なのか、彼女は何度も狙われた。その度、影である自分が排除してきた。24時間勤務とはいえ、学校にいる間や自宅にいる間、俺とは別の護衛も付くので少しだけ警備が厚くなる。その隙を狙って浅い眠りを取るのだが、襲撃が頻繁になってくると、そのわずかな時間さえ作るのが難しくなってくる。体は疲れていたが、それでも手を抜くつもりはなかった。
手を下すことについても躊躇はない。それでもわずかに心に疲労が溜まるのか――毎日見せられるアイドルごっこに、確実に癒されている自分がいた。
俺の警護対象は風呂が好きだ。貴族女性の入浴ならば、世話をする人が付くのが当たり前だが、彼女はゆっくりしたいからと一人で入る。俺が彼女の「影」になったときには既にそうだったので、屋敷の者たちも特に不思議には思ってないようだ。
正直、広いとはいえ限られたスペースしかない風呂場では人と接触する等の事故が起こりかねないので、この状況はありがたい。本音を言えば、裸になるしかない風呂など無防備すぎて、護衛からすると魔法で済ませてくれた方が更にありがたいが、「アイドルは毎日お風呂に入る」とかなんとか、強いこだわりがあるようなので仕方がない。
「そういえば影さんはお風呂ってどうしているの? 魔法で済ましてるとか?」
いつも通り入浴を見守っていると、不意にそんなことを聞いてきた。その通りなので「……トン……」と、湯船のヘリを一回叩いて返答する。
「お風呂ってお肌にも健康にもいいのに。あっそうだ! 私これから髪のお手入れやるから、その間に影さんも入ってみなよ! ラベンダーの入浴剤すごくいい匂いだよ。本当に気持ちよくてスッキリするから! ね! 騙されたと思って」
仕方なく。服を脱いで、湯船に入った。確かに物理的に体が温かくなって、温かいスープを飲んだ時みたいだった。
でも、騙された。夜になって、モモリー様が眠りについたのを確認した後も、自分から警護対象と同じ香りがして、スッキリするどころかモヤモヤして落ち着かない。認識阻害の魔法の一種、消臭魔法で即、自分の匂いを消した。
それでようやく寝付けたが、その日は思いのほか深く眠り込んでしまい、少し寝坊してしまった。
やはり風呂はよくない。これからも俺は魔法で済ませよう。
モモリー様の風呂好きは成長しても相変わらずだった。むしろ、年々、風呂で過ごす時間が長くなっている。人払いが済んでいるせいか、自然と俺との会話(?)も風呂場が多い。相変わらず、どっちの動きがより可愛いか、などの選択を迫られている。
この日のお題は「ラッキースケベ」なるものの対処法だった。
お風呂場で、うっかり裸で対峙してしまったときにどちらの動きをするべきか、実践付きで選択を迫られた。
①左手で胸を隠し。立ったままやや前かがみになって、右手で下半身を隠す。
②両手で胸を隠し。さっとしゃがんで下半身を隠す。
正直、まだまだ成長過程の胸は、柔軟性が低すぎて片手では大事な部分が隠れていない。立っている分、隠すべき表面積が広すぎて、下半身を隠すのも右手だけでは心許ない。だから①は防御力に欠ける。
その点、②は両腕を使っている分、目立つ部分もしっかり隠せている。よく見れば、下半身もただしゃがんでいるわけではなく、わずかに身をよじり、足もやや内股に交差させ、大事な部分はしっかりと隠している。だから、②の方が防御力的には上なのだが……。
「……トン……」
悩んだ末に。俺は①にした。隠すべきところは隠した方がいいのだろうが、どちらがいいかと言われれば、なんとなく……で①を選んだ。
「うんうん。そうよね。隠れればいいってものでもないものね。確かにこっちの方が露出は多いものの、恥じらいを感じる気がするわ!」
そう言って姿見の前で何度か角度を修正しつつポーズをとった後、モモリー様は「冷えちゃった」と言って再び湯船へと移動した。
「あ~極楽極楽~♡」思いっきり腕と足を伸ばしてお湯につかる。無防備に、心の底からリラックスしている姿は幸せそうだ。
恥じらいってなんだっけ。
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俺は今、いったいどんな目をしているのだろうか。
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