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番外編
7 影の決断
しおりを挟む「でも、あのフキョーノ公爵家が表に出てきたとなるとあまり悠長なことも言っていられないわね」
モモリー様はふっと表情を曇らせる。
フキョーノ公爵家は古くから王家と縁戚を結び存続してきた家だ。歴史も古く、王家からの信頼も厚い。しかしその分、戦争などで王家の財政が傾くと、道連れ的に困窮してしまう。
フキョーノ家の令嬢が王太子妃候補として真っ先に名前が上がりながら、一番に除外されてしまったのもそのせいだ。
一方のアイドール家は王弟の継承権放棄に伴ってできたばかりの新興の公爵家。王弟は自由人でフットワークが軽く、キャラクタービジネスとやらで大成功し、今や国内外問わず多くの支店を持つ大商会の経営者でもある。そんな経済力に目を付け、戦争で困窮していた王家は王太子の婚約者に娘のモモリー様を選んだのだ。
長きにわたるアイドール公爵家からの援助で王家の財政もだいぶ持ち直した。
「フキョーノ公爵家の縁戚の伯爵家あたりにレイワー嬢を養子として受け入れて、身分差を解消。レイワー嬢は側妃、もしくは愛妾に。その見返りとしてフキョーノ公爵令嬢は正妃の立場を――といったところかしら。私も考えた道だけど、私はレイワー嬢には嫌われているし、こうなった以上は難しいわね。もう、選べる選択肢は少ないわ。いずれにしても時間がないのだから急いで準備を進めましょう」
そう言うと、モモリー様は手紙を書き始めた。
ここ最近――というか、王太子と男爵令嬢の噂が出てからずっと、モモリー様はとある修道院を支援してきた。
破産寸前の修道院を立て直すため、イベントやチャリティーなどへの企画の立案、財政面での支援、プロデュース等、積極的に関わってきた。
表向きは社会貢献。実際は婚約を破棄された場合の逃げ場所づくり、といったところか。
現実問題、王族から婚約を破棄されてしまえばその後の選択肢はほぼない。それこそ修道院か、ほとぼりが冷めるのを待って当たり障りのないところへ嫁入りか――最悪の場合は幽閉か、暗殺か。
幸い、モモリー様は父である公爵の機転でまだ王家の機密は教育されていない。最悪の選択肢は避けられる。それを見越しての快適な修道院生活を目指しているのだろう。
そう考えて――俺は少し複雑な気分になった。
十年以上。俺はモモリー様を影から守ってきた。24時間、トイレも風呂も、常にそばにいた。きっかけは弱みを握られてしまったせいではあったが――見えない俺に対し、モモリー様は楽し気に話しかけ、歌やダンスを見せ、毎日癒してくれた。温かい食事のおいしさや、風呂の温かさも教えてくれた。
おそらく、数いる王家の影の中でも、ここまで厚遇されている影は俺くらいだろう。
いつまでもこの生活が続くとは思っていなかった。実際に王太子と結婚すれば、本来の、ごく普通の影としての生活が待っているのだろうと思っていた。
24時間働いて――
存在を気にされることもなく――
感情を無くして警護対象を守るだけの日々。
それでも。警護対象である限り記憶が消されることはない。これまでの思い出があればどんな環境でもやっていける。
そんな風に思っていたのに。
俺がモモリー様の影として護衛していられるのは彼女が王太子の婚約者だからだ。婚約が解消されれば今までの記憶全てが封印される。そしてまた、王族の誰かを影から守るのだ。
嫌だ、と思った。忘れたくない。例え認識されることがなくても俺は……俺が、モモリー様を守りたい。
男爵令嬢の存在に口出ししないことから見て、王家は多分、決めかねている。身分差さえ解消できれば、王太子の望みを叶えてやりたい気持ちも持っているのだろう。ただ、経済的に持ち直してきたとはいえ、やはりアイドール公爵家の資産は魅力的だ。モモリー様はもう、進むべき道を決めてしまったようだが――まだ、王家は彼女の行動の真意に気が付いていない。頻繁に行く視察に、惜しみない援助。未来の王太子妃として熱心に奉仕活動を行っている――くらいにしか思っていないはず。
まだ間に合う。今俺が詳細を報告すれば、王家がモモリー様の逃げ道をふさぎ本来進むべき道へ戻してくれるかもしれない……!
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