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番外編
8 卒業パーティーの裏側で。――影の暗躍――
「モモリー・アイドール公爵令嬢、お前との婚約は破棄させてもらうっ!」
結局。俺は何もしなかった。
初めて警護に就いたあの日。俺は約束したのだ。アイドルごっこの邪魔はしない、と。
報告義務は果たしているし、影としての仕事は十分やっているので問題ない。
「もうっ! 殿下ったら破棄が遅すぎますわ。プンプン!」
頬をリスのように膨らませて。両方の人差し指で頭の上に角を作って文句を言うモモリー様。未来の王太子妃としての重責から解放された彼女は水を得た魚のようだった。
「な……なんだ、その態度はっ! 言い逃れしようとしているのか!? お前の悪事は分かっているんだ。この悪役令嬢め! レイワーを嫉妬するあまり、ノートや教科書に落書きをしただろう! 証拠はこのノートだ! 魔力の痕跡でお前の関与が証明されているのだぞ」
「ごっめーん! てへ☆」
コツン、と片手で自分の頭を叩き。片目を閉じて舌を出して謝るモモリー様。
「な……なんだバカにしているのか!? い、いやしかし今、認めたな。お前が嫌がらせをしていたのだろう」
「私が彼女のノートに書いたのはこれですわ。ほら、ここ。『いじめに負けないで! 私は味方ぴょん! このノート使ってぴょん!』この、吹き出しが出てるうさぎさんマークを描いたのも私ですわ。彼女を応援したくて……でも、名前を書かなかった、私のミスですわね」
「えっ! まさか……貴方が落書きに紛れて元気づけてくれていたうさぎさん!? 一緒に王都で売り切れ続出、プリンセスうさぎの限定版ノートが箱ごと置いてあったけど」
「ええ。わが公爵家で出している人気キャラクターグッズです。私がデザインしましたの。かわいいですわよね、ウサギさん♡」
モモリー様は両手で頭の上に耳を作って答える。時折、片耳を可愛く折り曲げる細やかな演出が完成度を高めている。
しかし。卒業式後のパーティーで突然始まってしまった断罪劇に、会場のほとんどが付いていけていない。
だから。
「嘘……だろ。あの、無表情の公爵令嬢が……可愛い」
影として。陰ながら盛り上げるために少しだけ助け舟をだした。
声を出したのは何年ぶりだろうか。若干声が震えてしまったが、むしろ戸惑った感じが出せて良かったかもしれない。
声に気が付いたモモリー様が俺のいるだろう方向へニコリと微笑む。その時には既にモモリー様の近くへと移動していたのでそこにはいなかったが、笑顔を向けられた方向の何人かが顔を赤らめるのが見えた。
「じゃ……じゃあ、教科書にうさぎさんマークでここが重要! とかテストに出ます! とかアドバイスめいた書き込みがあったのも、もしかして……?」
「もちろん私ですわ。せっかく殿下に運命の人が現れたのにお勉強が少し苦手なようでしたので、陰ながら応援しようとしたのですが……落書きしてしまい申し訳ありません。もうやめますわ」
「あ、いやそれは続けてもらえると……」
壇上では尚も断罪劇が続いている。ぶりっこを解禁したモモリー様はとても楽しそうだ。
「し……しかし、お前は嫉妬していただろう! 婚約者のいる者がそんなことをしてはいけないと文句ばかりを言って……」
「あ……当り前ですわ。手なんか繋いで、子供ができたら困るのはレイワーさんですもの」
真っ赤になってカマトトぶるモモリー様が愛らしい。
「手を握ったくらいで子ができるか! 何をかわい子ぶっているっ! 王太子妃教育には閨教育だって含まれているのに小賢しいっ!」
「申し訳ありません。王太子妃教育の費用を公爵家が負担する代わりに、重要機密に当たる部分は結婚式の日取りが決まってからにすると事前に取り決めがあったので、何のことか分からなく……」
上目遣いで。口元に握りこぶしを添えて、困ったように首をかしげるモモリー様。
それを見た王太子殿下の顔が赤くなる。
「えっ、まさかアイドール公爵令嬢って、手を繋いだら子供ができると思ってる? そんなことありえるか」
「王家の閨教育なんて機密中の機密じゃないか。重要情報を教わってないなら大いにあり得る」
「マジか。なんて純粋で可愛らしいんだ」
既に、俺が動かなくても会場が盛り上がり始めた。
ただ、王太子殿下はまだ納得がいかないようだ。
「しかし、嫉妬はして……」
「まさか。私は彼女……レイワー嬢が現れて、本当に嬉しかったんですのよ? だからこそ、殿下に怒っていたのです」
ぷくーっと顔を膨らませて、王太子殿下を可愛く睨むモモリー様。目が合った瞬間、王太子殿下の目が見開かれるのが見えた。
「う……っ!? あ、いや、どっ……どういうことだ」
「ご説明したいですが……せっかくの卒業パーティーなのに、私達だけに時間をとられるのは申し訳ないですわ。ですから、皆様のご意見を先にお伺いしたいです」
モモリー様は会場をぐるりと見渡すと。
「みんな――!! みんなも知りたい~?」
大声で、会場に聞いた。
シーンと静まり返る会場。
いくら興味があっても、流石に王族もいる場では反応しづらいのだろう。
仕方がない。再び助け舟をだすか、と声を上げようとしたところで。
「き……聞きたいっ!」
俺のものではない、小さな声がした。
王家の影として様々な訓練をされた俺が、かろうじて聞き取れる、それくらいのごくごく小さな声。当然周りも反応していない。しかし。
「聞こえないよ~? もう一度」
……その訓練された影の出す僅かな音を確実に拾い上げ、毎日のように会話を続けてきたモモリー様にはしっかりと聞こえていたようで、ごく自然に語り掛ける。
耳に手を当てて、興味津々に問いかける様子に、会場中が引き寄せられた。
「き……聞きたい!」
次に聞こえてきたのは先ほどとは別の声。
「そうだ! ここまで関わったら最後まで知りたいっ!」
「聞きたい! 聞きたいぞ!!」
「そうよ! お聞きしたいわ!」
『聞・き・た・い!
聞・き・た・い!』
声がドンドン大きくなって、会場の心が一つになった。
「オッケー! それじゃ、説明しますわねー!」
「「「オォォォォォォォ!!!」」」
ひときわ大きく上がる歓声。
王太子と男爵令嬢が用意した舞台は、今や完全にモモリー様のものとなった。
「私と殿下は政略結婚です。愛が産まれれば一番良かったのですが、残念ながら殿下はレイワー嬢をお選びになりました。私との間に愛はありません」
「と、当然だ。私が愛しているのはレイワーだ!」
「そうなると、私の元にはコウノトリさんが、子供を運んでくださいません」
「何を言っている?」
「愛し合う夫婦の元にはコウノトリさんが子供を運んでくれる――そう聞いております。しかし、私達は愛し合っておりません。そうなると子供は産まれませんが、殿下はこの国を引き継ぐお方――跡継ぎが必要です。そこで現れたのがレイワー嬢です」
「マジか……公爵令嬢、手をつなぐどころかコウノトリが赤ん坊を運ぶと思っているぞ」
「いや、あれはどちらも共存しているな。愛し合う二人が手をつなぐと、コウノトリが赤ん坊を運んでくると思ってるんだ」
会場に驚愕が走る。顔を赤らめながら、モモリー様を凝視する卒業生たち。眩しいものを見るような、幼子を愛でるような、それぞれが様々な視線で見守っている。ただ、好意的なのだけは共通していた。
成人していて、家の都合で既に結婚をしている生徒も多い。早くして大人にならざるを得なかった者たちにとって、無知なまでの純真さに心魅かれるものがあったのだろう。
ただ、モモリー様はどちらかと言うと耳年増だ。早くに母君を亡くしたモモリー様は、後妻に入った年若い義母が懐妊した際、「カルシウムをとらないと」だの「安定期に入れば少し楽になるから」だの「ヒッヒッフーよ」などと、まるで経産婦のようなアドバイスをして励ましていた。なので、正直そちら方面の知識はこの場に居る誰よりもあるだろう。可愛くないから言わないだけで。見事、狙い通りになっている様子に感心してしまう。
ちなみにそんなこともあり義理の母親とも腹違いの弟ともとても仲がいい。
「お二人は愛し合っている。それこそ大人のお城にお二人で手を繋いで入られるほどに」
ざわっ!会場のざわめきがひと際大きくなった。
「大人のお城って……あれだろ? 王都の端っこにある――」
「噂で知ってはいたけど……まさか、本当に」
「なななっ……何をでたらめを言っている! 俺はご休憩などしてないぞ」
「殿下こそ何をおっしゃってますの? お二人をお見かけした親切な方が教えてくださったのです。『手を繋いで入った』と。大人のお城はコウノトリさんへのお手紙が出せる場所だと聞いております。そんな場所に、て……手を繋いで入るなど、もし婚姻前に大事なお子を授かってしまったらレイワー嬢が困るではないですか。だから、婚約破棄が遅いと殿下に対して怒っているのです」
「殿下、自分でご休憩とか言っちゃってるよ……。あれはガチだな」
「そういえば、レイワー嬢、こないだ酸っぱいものが食べたいとか言っていたわ。もしかして……それで焦って婚約破棄を」
会場を、すごい速さで噂が駆け抜けていく。
「え……違うの違うのっ! 信じて、私達は清いお付き合いを……」
レイワー嬢がギャラリーに必死に訴えるが、耳を傾ける者はいない。
「清純そうな顔して、陰ですごいことしてるのね」
「前から胡散臭いと思ってたのよ。あの子、男子の前でだけ甘えた口調になるのが嘘くさかったわ」
元々、高位貴族の若者にのみ媚びを売っていたせいか、各方面に敵がいるようだ。既に陰口とは思えない声量で進化した噂がそこかしこから聞こえてくる。
レイワー嬢の顔に余裕がなくなった。
「な……何よ何よ! 変な噂が広がっちゃったじゃない! あーもー、せっかく上手くいってたのに! 全部あんたのせいよっ」
レイワー嬢はそう大声で叫ぶと近くの給仕からワイングラスを奪い、中身をモモリー様にかけようとする。毒物でないのは確認済みだ。そして既にモモリー様は回避行動に移っていたので手出しはしない。
「キャン☆ こわーい」
ボリュームのあるドレスの裾をグッと掴み。
スカートを握りこんだままの両手を口元に持っていく。片足に重心をかけ、もう一方の足をぴょこん、と跳ね上げ、実に可愛らしくまかれたワインを回避する。
まくり上げられたロングスカートの裾から形のいい白い足が覗き、会場に歓声が上がる。
「な……! 私の婚約者でありながら、なんだそのポーズは! 何を素足をさらしている!」
王太子が慌てて駆け寄り、足を下げさせ、ドレスを戻す。
顔が真っ赤だ。
「ちょっ……殿下! 何赤くなってるのよ! 殿下が愛してるのは私でしょ!! ちょっとこっち見なさいよ」
そちらに目をやるも、王太子の関心は既にモモリー様に移っている。独占欲丸出しで、モモリー様を睨みつけている
「あれれ~ぇ? 先ほど婚約破棄なさいましたよね?」
「あ、いや、しかし、まだ口頭だしそれに……なんか、昨日までと違うというか表情豊かというか、何でだか……急に昔に……戻ったみたいで、その……」
ボソボソと、モモリー様の顔色を窺いながら言う王子に対し。
「それは、婚約者でなくなったからですわ」
モモリー様の返事は明快だった。
「王太子妃教育を受けてきた以上、殿下と子は成せなくとも、生涯、国民に尽くしていくつもりでおりました。跡継ぎについては殿下が真に愛する方――レイワー嬢にお任せすることになってしまいますが、その他の部分でお役に立とうと覚悟を持っていました。しかし、こうなってしまった以上、私がここに留まることもできません。幸いにもこれまでにかかった王太子妃教育の費用も公爵家で出してきたので、国庫にも負担をかけずに済みました。ですから――」
モモリー様は澄んだ瞳で会場を見渡し。天使のような無垢な微笑みを浮かべ――。
「私は婚約破棄を受け入れ、修道院へ行こうと思います」
「そんな……! 公爵令嬢は何も悪くないのに」会場のあちこちから悲鳴が上がる。
「モ……モモリー! 私が間違っていた! ハッキリと思い出したのだ。お茶会で会ったあの日から、私はお前に夢中だった。私がお前を望んだのだ。お前は私のために厳しい王太子妃教育にも耐えてきた。無駄にすることはない。だから、だからこれからも私の隣で、ともに国を……」
「殿下。例え貴族を辞めて市井に降りても……いえ、市井に降りたからこそ、別の角度から殿下をお支えすることもできましょう」
王太子が必死に懇願するも、モモリー様は揺らがない。モモリー様はよく言っていた。
自分は「悪役令嬢枠」なのだと。
悪役令嬢の行きつく先は決まっているのだと。
実際、そのための準備は終えている。
だからこそモモリー様の願いはただ一つ。
ふいに……感じ慣れた魔力の発動を感じた。モモリー様の魔力が会場の隅々にまで行き渡る。
それと同時に、モモリー様の凛とした声が響き渡った。
「私、普通の悪役令嬢に戻ります……!」
『……戻ります……戻ります……戻ります……』
静まり返った会場を、モモリー様のエコー魔法が、余韻を持って発せられた言葉を運んでいく。
その光景を刻み付けるように会場を見渡したモモリー様は……優雅に淑女の礼をとった。
役目は終えたとばかりに、静かに背を向けそっと歩き出す。
「モ……モモリー様!! 行かないで」
会場内の誰かが叫んだ。
それに呼応するように。
「モモリー嬢!」「モモリー様!」
俺の警護対象の名前があちこちから連呼される。
ああ、これは「コンサート」だ。モモリー様が何度も何度も俺に見せてくれた。こんな感じに盛り上げたいの、と理想を語りながら。
だから。
「モモリーン!」
彼女の理想を叶えるように影から盛り上げる。
「モモリー嬢!」「モモリー様!」「モモリーン!」
「L! O! V! E! ラブリー! モモリー!」
「「「L! O! V! E!」」」
「「「ラブリー! モモリー!」」」
「S! U! K! I! 好き好き! モモリー!」
「「「S! U! K! I!」」」
「「「好き好き! モモリー!」」」
俺の蒔いた種が。掛け声が、どんどん会場に広がっていく。
やがて花咲くように。
最高潮に盛り上がる卒業パーティー会場。
モモリー様はそれに応えるように振り返り、両手で大きく手を振った。
そして。
「みんな、ありがと~! 商業地区の修道院に入るから、月一回のチャリティーイベントぜひ来てねー!!」
手を振っていた両手をそっと口元にやり。
それを会場に向けて贈った。
「チュッ♡」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
湧き上がる大歓声を背に、モモリー様が会場を後にする。
姿を隠したまま付き従っていた俺に、伝達魔法で命令が届いた。
『婚約破棄により、モモリー・アイドール公爵令嬢は警護の対象から外される。深夜零時をもって、契約は終了、召喚魔法により即帰還させるので撤退準備をするように』
結局。俺は何もしなかった。
初めて警護に就いたあの日。俺は約束したのだ。アイドルごっこの邪魔はしない、と。
報告義務は果たしているし、影としての仕事は十分やっているので問題ない。
「もうっ! 殿下ったら破棄が遅すぎますわ。プンプン!」
頬をリスのように膨らませて。両方の人差し指で頭の上に角を作って文句を言うモモリー様。未来の王太子妃としての重責から解放された彼女は水を得た魚のようだった。
「な……なんだ、その態度はっ! 言い逃れしようとしているのか!? お前の悪事は分かっているんだ。この悪役令嬢め! レイワーを嫉妬するあまり、ノートや教科書に落書きをしただろう! 証拠はこのノートだ! 魔力の痕跡でお前の関与が証明されているのだぞ」
「ごっめーん! てへ☆」
コツン、と片手で自分の頭を叩き。片目を閉じて舌を出して謝るモモリー様。
「な……なんだバカにしているのか!? い、いやしかし今、認めたな。お前が嫌がらせをしていたのだろう」
「私が彼女のノートに書いたのはこれですわ。ほら、ここ。『いじめに負けないで! 私は味方ぴょん! このノート使ってぴょん!』この、吹き出しが出てるうさぎさんマークを描いたのも私ですわ。彼女を応援したくて……でも、名前を書かなかった、私のミスですわね」
「えっ! まさか……貴方が落書きに紛れて元気づけてくれていたうさぎさん!? 一緒に王都で売り切れ続出、プリンセスうさぎの限定版ノートが箱ごと置いてあったけど」
「ええ。わが公爵家で出している人気キャラクターグッズです。私がデザインしましたの。かわいいですわよね、ウサギさん♡」
モモリー様は両手で頭の上に耳を作って答える。時折、片耳を可愛く折り曲げる細やかな演出が完成度を高めている。
しかし。卒業式後のパーティーで突然始まってしまった断罪劇に、会場のほとんどが付いていけていない。
だから。
「嘘……だろ。あの、無表情の公爵令嬢が……可愛い」
影として。陰ながら盛り上げるために少しだけ助け舟をだした。
声を出したのは何年ぶりだろうか。若干声が震えてしまったが、むしろ戸惑った感じが出せて良かったかもしれない。
声に気が付いたモモリー様が俺のいるだろう方向へニコリと微笑む。その時には既にモモリー様の近くへと移動していたのでそこにはいなかったが、笑顔を向けられた方向の何人かが顔を赤らめるのが見えた。
「じゃ……じゃあ、教科書にうさぎさんマークでここが重要! とかテストに出ます! とかアドバイスめいた書き込みがあったのも、もしかして……?」
「もちろん私ですわ。せっかく殿下に運命の人が現れたのにお勉強が少し苦手なようでしたので、陰ながら応援しようとしたのですが……落書きしてしまい申し訳ありません。もうやめますわ」
「あ、いやそれは続けてもらえると……」
壇上では尚も断罪劇が続いている。ぶりっこを解禁したモモリー様はとても楽しそうだ。
「し……しかし、お前は嫉妬していただろう! 婚約者のいる者がそんなことをしてはいけないと文句ばかりを言って……」
「あ……当り前ですわ。手なんか繋いで、子供ができたら困るのはレイワーさんですもの」
真っ赤になってカマトトぶるモモリー様が愛らしい。
「手を握ったくらいで子ができるか! 何をかわい子ぶっているっ! 王太子妃教育には閨教育だって含まれているのに小賢しいっ!」
「申し訳ありません。王太子妃教育の費用を公爵家が負担する代わりに、重要機密に当たる部分は結婚式の日取りが決まってからにすると事前に取り決めがあったので、何のことか分からなく……」
上目遣いで。口元に握りこぶしを添えて、困ったように首をかしげるモモリー様。
それを見た王太子殿下の顔が赤くなる。
「えっ、まさかアイドール公爵令嬢って、手を繋いだら子供ができると思ってる? そんなことありえるか」
「王家の閨教育なんて機密中の機密じゃないか。重要情報を教わってないなら大いにあり得る」
「マジか。なんて純粋で可愛らしいんだ」
既に、俺が動かなくても会場が盛り上がり始めた。
ただ、王太子殿下はまだ納得がいかないようだ。
「しかし、嫉妬はして……」
「まさか。私は彼女……レイワー嬢が現れて、本当に嬉しかったんですのよ? だからこそ、殿下に怒っていたのです」
ぷくーっと顔を膨らませて、王太子殿下を可愛く睨むモモリー様。目が合った瞬間、王太子殿下の目が見開かれるのが見えた。
「う……っ!? あ、いや、どっ……どういうことだ」
「ご説明したいですが……せっかくの卒業パーティーなのに、私達だけに時間をとられるのは申し訳ないですわ。ですから、皆様のご意見を先にお伺いしたいです」
モモリー様は会場をぐるりと見渡すと。
「みんな――!! みんなも知りたい~?」
大声で、会場に聞いた。
シーンと静まり返る会場。
いくら興味があっても、流石に王族もいる場では反応しづらいのだろう。
仕方がない。再び助け舟をだすか、と声を上げようとしたところで。
「き……聞きたいっ!」
俺のものではない、小さな声がした。
王家の影として様々な訓練をされた俺が、かろうじて聞き取れる、それくらいのごくごく小さな声。当然周りも反応していない。しかし。
「聞こえないよ~? もう一度」
……その訓練された影の出す僅かな音を確実に拾い上げ、毎日のように会話を続けてきたモモリー様にはしっかりと聞こえていたようで、ごく自然に語り掛ける。
耳に手を当てて、興味津々に問いかける様子に、会場中が引き寄せられた。
「き……聞きたい!」
次に聞こえてきたのは先ほどとは別の声。
「そうだ! ここまで関わったら最後まで知りたいっ!」
「聞きたい! 聞きたいぞ!!」
「そうよ! お聞きしたいわ!」
『聞・き・た・い!
聞・き・た・い!』
声がドンドン大きくなって、会場の心が一つになった。
「オッケー! それじゃ、説明しますわねー!」
「「「オォォォォォォォ!!!」」」
ひときわ大きく上がる歓声。
王太子と男爵令嬢が用意した舞台は、今や完全にモモリー様のものとなった。
「私と殿下は政略結婚です。愛が産まれれば一番良かったのですが、残念ながら殿下はレイワー嬢をお選びになりました。私との間に愛はありません」
「と、当然だ。私が愛しているのはレイワーだ!」
「そうなると、私の元にはコウノトリさんが、子供を運んでくださいません」
「何を言っている?」
「愛し合う夫婦の元にはコウノトリさんが子供を運んでくれる――そう聞いております。しかし、私達は愛し合っておりません。そうなると子供は産まれませんが、殿下はこの国を引き継ぐお方――跡継ぎが必要です。そこで現れたのがレイワー嬢です」
「マジか……公爵令嬢、手をつなぐどころかコウノトリが赤ん坊を運ぶと思っているぞ」
「いや、あれはどちらも共存しているな。愛し合う二人が手をつなぐと、コウノトリが赤ん坊を運んでくると思ってるんだ」
会場に驚愕が走る。顔を赤らめながら、モモリー様を凝視する卒業生たち。眩しいものを見るような、幼子を愛でるような、それぞれが様々な視線で見守っている。ただ、好意的なのだけは共通していた。
成人していて、家の都合で既に結婚をしている生徒も多い。早くして大人にならざるを得なかった者たちにとって、無知なまでの純真さに心魅かれるものがあったのだろう。
ただ、モモリー様はどちらかと言うと耳年増だ。早くに母君を亡くしたモモリー様は、後妻に入った年若い義母が懐妊した際、「カルシウムをとらないと」だの「安定期に入れば少し楽になるから」だの「ヒッヒッフーよ」などと、まるで経産婦のようなアドバイスをして励ましていた。なので、正直そちら方面の知識はこの場に居る誰よりもあるだろう。可愛くないから言わないだけで。見事、狙い通りになっている様子に感心してしまう。
ちなみにそんなこともあり義理の母親とも腹違いの弟ともとても仲がいい。
「お二人は愛し合っている。それこそ大人のお城にお二人で手を繋いで入られるほどに」
ざわっ!会場のざわめきがひと際大きくなった。
「大人のお城って……あれだろ? 王都の端っこにある――」
「噂で知ってはいたけど……まさか、本当に」
「なななっ……何をでたらめを言っている! 俺はご休憩などしてないぞ」
「殿下こそ何をおっしゃってますの? お二人をお見かけした親切な方が教えてくださったのです。『手を繋いで入った』と。大人のお城はコウノトリさんへのお手紙が出せる場所だと聞いております。そんな場所に、て……手を繋いで入るなど、もし婚姻前に大事なお子を授かってしまったらレイワー嬢が困るではないですか。だから、婚約破棄が遅いと殿下に対して怒っているのです」
「殿下、自分でご休憩とか言っちゃってるよ……。あれはガチだな」
「そういえば、レイワー嬢、こないだ酸っぱいものが食べたいとか言っていたわ。もしかして……それで焦って婚約破棄を」
会場を、すごい速さで噂が駆け抜けていく。
「え……違うの違うのっ! 信じて、私達は清いお付き合いを……」
レイワー嬢がギャラリーに必死に訴えるが、耳を傾ける者はいない。
「清純そうな顔して、陰ですごいことしてるのね」
「前から胡散臭いと思ってたのよ。あの子、男子の前でだけ甘えた口調になるのが嘘くさかったわ」
元々、高位貴族の若者にのみ媚びを売っていたせいか、各方面に敵がいるようだ。既に陰口とは思えない声量で進化した噂がそこかしこから聞こえてくる。
レイワー嬢の顔に余裕がなくなった。
「な……何よ何よ! 変な噂が広がっちゃったじゃない! あーもー、せっかく上手くいってたのに! 全部あんたのせいよっ」
レイワー嬢はそう大声で叫ぶと近くの給仕からワイングラスを奪い、中身をモモリー様にかけようとする。毒物でないのは確認済みだ。そして既にモモリー様は回避行動に移っていたので手出しはしない。
「キャン☆ こわーい」
ボリュームのあるドレスの裾をグッと掴み。
スカートを握りこんだままの両手を口元に持っていく。片足に重心をかけ、もう一方の足をぴょこん、と跳ね上げ、実に可愛らしくまかれたワインを回避する。
まくり上げられたロングスカートの裾から形のいい白い足が覗き、会場に歓声が上がる。
「な……! 私の婚約者でありながら、なんだそのポーズは! 何を素足をさらしている!」
王太子が慌てて駆け寄り、足を下げさせ、ドレスを戻す。
顔が真っ赤だ。
「ちょっ……殿下! 何赤くなってるのよ! 殿下が愛してるのは私でしょ!! ちょっとこっち見なさいよ」
そちらに目をやるも、王太子の関心は既にモモリー様に移っている。独占欲丸出しで、モモリー様を睨みつけている
「あれれ~ぇ? 先ほど婚約破棄なさいましたよね?」
「あ、いや、しかし、まだ口頭だしそれに……なんか、昨日までと違うというか表情豊かというか、何でだか……急に昔に……戻ったみたいで、その……」
ボソボソと、モモリー様の顔色を窺いながら言う王子に対し。
「それは、婚約者でなくなったからですわ」
モモリー様の返事は明快だった。
「王太子妃教育を受けてきた以上、殿下と子は成せなくとも、生涯、国民に尽くしていくつもりでおりました。跡継ぎについては殿下が真に愛する方――レイワー嬢にお任せすることになってしまいますが、その他の部分でお役に立とうと覚悟を持っていました。しかし、こうなってしまった以上、私がここに留まることもできません。幸いにもこれまでにかかった王太子妃教育の費用も公爵家で出してきたので、国庫にも負担をかけずに済みました。ですから――」
モモリー様は澄んだ瞳で会場を見渡し。天使のような無垢な微笑みを浮かべ――。
「私は婚約破棄を受け入れ、修道院へ行こうと思います」
「そんな……! 公爵令嬢は何も悪くないのに」会場のあちこちから悲鳴が上がる。
「モ……モモリー! 私が間違っていた! ハッキリと思い出したのだ。お茶会で会ったあの日から、私はお前に夢中だった。私がお前を望んだのだ。お前は私のために厳しい王太子妃教育にも耐えてきた。無駄にすることはない。だから、だからこれからも私の隣で、ともに国を……」
「殿下。例え貴族を辞めて市井に降りても……いえ、市井に降りたからこそ、別の角度から殿下をお支えすることもできましょう」
王太子が必死に懇願するも、モモリー様は揺らがない。モモリー様はよく言っていた。
自分は「悪役令嬢枠」なのだと。
悪役令嬢の行きつく先は決まっているのだと。
実際、そのための準備は終えている。
だからこそモモリー様の願いはただ一つ。
ふいに……感じ慣れた魔力の発動を感じた。モモリー様の魔力が会場の隅々にまで行き渡る。
それと同時に、モモリー様の凛とした声が響き渡った。
「私、普通の悪役令嬢に戻ります……!」
『……戻ります……戻ります……戻ります……』
静まり返った会場を、モモリー様のエコー魔法が、余韻を持って発せられた言葉を運んでいく。
その光景を刻み付けるように会場を見渡したモモリー様は……優雅に淑女の礼をとった。
役目は終えたとばかりに、静かに背を向けそっと歩き出す。
「モ……モモリー様!! 行かないで」
会場内の誰かが叫んだ。
それに呼応するように。
「モモリー嬢!」「モモリー様!」
俺の警護対象の名前があちこちから連呼される。
ああ、これは「コンサート」だ。モモリー様が何度も何度も俺に見せてくれた。こんな感じに盛り上げたいの、と理想を語りながら。
だから。
「モモリーン!」
彼女の理想を叶えるように影から盛り上げる。
「モモリー嬢!」「モモリー様!」「モモリーン!」
「L! O! V! E! ラブリー! モモリー!」
「「「L! O! V! E!」」」
「「「ラブリー! モモリー!」」」
「S! U! K! I! 好き好き! モモリー!」
「「「S! U! K! I!」」」
「「「好き好き! モモリー!」」」
俺の蒔いた種が。掛け声が、どんどん会場に広がっていく。
やがて花咲くように。
最高潮に盛り上がる卒業パーティー会場。
モモリー様はそれに応えるように振り返り、両手で大きく手を振った。
そして。
「みんな、ありがと~! 商業地区の修道院に入るから、月一回のチャリティーイベントぜひ来てねー!!」
手を振っていた両手をそっと口元にやり。
それを会場に向けて贈った。
「チュッ♡」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
湧き上がる大歓声を背に、モモリー様が会場を後にする。
姿を隠したまま付き従っていた俺に、伝達魔法で命令が届いた。
『婚約破棄により、モモリー・アイドール公爵令嬢は警護の対象から外される。深夜零時をもって、契約は終了、召喚魔法により即帰還させるので撤退準備をするように』
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けれど、リッカルドには、好きな人がいた。侯爵令嬢のメリアだ。二人はどこからどうみてもお似合いで、その二人が女神の使いに選ばれると皆信じていた。
けれど、女神は告げた。
女神の使いを、リッカルドとソフィアにする、と。
ソフィアはその瞬間、一組の恋人を引き裂くお邪魔虫になってしまう。
リッカルドとソフィアは女神の加護をもらうべく、夫婦になり──けれど、その生活に耐えられなくなったリッカルドはメリアと心中する。
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