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追記事項~その1
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「ぅおかぁしらぁっ、ぅお覚悟ぉ~!」
「「「「「「「「「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」」」」」」」」」
陣形を組み、飛びかかってきたリンデ隊の面々を、文字通り片手で軽くヒネるロットリンデさん。
いま僕達は、ステージ奥の長机に隠れている。
「ジュ、ジューク! な、なんでこんなことになってるのかしらっ!? 次から次へとまったくもう!」
片手だけ出して、爆発魔法を打ち続けるご令嬢。
「それは、コッチが知りたいよう!」
「ぎにゅるり? ぎにゅるり?」
――悪虐令嬢の二つ名に掛けられる懸賞金。
――会場中を逃げ惑う賞金首。
――悪逆非道、冷血無比、悪鬼羅刹――なんて言葉では言い表せない残酷なまでの大爆煙。
あれは、今思い出しても身震いする。
ピンク色の流れ爆煙を喰らって吹っ飛ぶ、僕とファロ子。
ソコへ一直線に駆け込んできた淑女に空中でキャッチされたときは、やっぱり前世が大猿か魔物なんだなと思ったし。
「みんな大丈夫ぅ~? ……モグモグ」
「ティーナさんのせいでしょ! 何のんきに……灼きキノコなんてつまんでるんですか!」
「ん~? ジュークの味付け、中々いけるわよぅ。それよりさぁ、この舞台ってどう思う? さっきまでの出し物とかさぁ……モグモグ」
「そうですよ! あんなにみんな楽しそうにしてたのに、突然ロットリンデに懸賞金なんて掛けるからっ!」
「たのしそう……ジュークがそう思うならイケルわね。リンデちゃん役は本人だけじゃ回数こなせないからぁ、隣町の歌姫ちゃんなんてドウかしら――」
ヴォヴォォウ――――!
何かの算段を嬉々として始めた商会長に流れ火炎球が! と思ったら――
『如酢埒卦耶麻瓶――』
火炎に立ち塞がる筋骨隆々。
魔法の障壁が形成されていく――途中で――『(紐風照ッ確利ス字海鼠!)』
無音になった。
高速詠唱が聞こえなくなった。
――これはっ!
「(ファロ子! ソレ、逆効果だから!)」
この場に詠唱魔法の使い手は、ティーナさんと学者様以外いない。
僕のお腹に張り付いたファローモの子供は微動だにしなくなった。
――――パキィィィィィンッ!
「(ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)」
火炎球は形成途中の障壁を砕き、学者様を吹飛ばす!
「(ス、スデットナー教授ー!)」
そんな感動的な小芝居したって意味ないだろ。
全部ティーナさんのせいじゃんか!
かつて森の主が君臨していたであろう太古の時代。
跋扈する巨獣達が発する詠唱魔法を無効化した、強力な特性。
でも詠唱魔法が廃れきった今の世の中では、巨獣がソッ草の香りにひかれて襲撃でもしてこない限りは、無用の長物だった。
そういや、青年と小柄な女性から、「今後、ソッ草を大量に発生させるのは控えて欲しい」なんてお説教も喰らったっけな。
まあとにかく今の時代、無音化の特性は死にスキルだった。
「(あらあコレは想定外ね。ひょっとしてぇー大ピンチ~?)」
むしろ、ティーナさんや学者様という大戦力が封じられるだけなので――まさに死にスキルだった。
半径3バーテルまで近寄ってきてくれたら、魔導格闘術も使えたんだろうけどさっ!
(――――ボゴゴォォォォォッ!)
再び迫る火炎球。今度のは極大魔法だ。凄くデカイ!
他にも何か色々まとめて飛んで来てる!
「(まったくっ! やってらぁれませんわぁー!)」
見かねたロットリンデさんが飛び出した!
僕はファロ子を抱きしめ眼をつむる。
衝撃も熱さも鋭さも冷たさも重さも眩しさも息苦しさも、いつまでもやってこない。
目を開ける。
トゥナの姿があった。
「ダイジョウブ? ミンナ」
「(あれ、なんでカタコト?)」
それに、トゥナの声だけ聞こえる。
コレは、前にファロ子|(森の主バージョン)と遭遇したときと同じ状態だった。
まさか、またレベルドレイン状態になってる!?
銅色の新装備に身を包んだ、短剣使い――いや、『拳闘士』。
しかも今回は、森の主(幼生だけど)の肝入りだった。
ワーフさんが見立ててくれた短剣と、もう一本は、いつも使ってる果物ナイフの丸い柄に、巨大な動物の角が付いている。枝分かれした切っ先はそこそこ鋭くて、僕は一度体を貫かれたことがある。
逆手にしていた二刀流を、頭上に構える!
「(トゥナ! まて!)」
無音状態でもトゥナには聞こえるはずだ!
「(そんな状態で神剣『イッカク』なんて使ったら――!)」
――――丸い柄の頭。無骨な止め螺子を(バキリ!)と開く。
トゥナから流れ込む、気迫だか闘気だかの風が止まない。
あれ? 聞こえてない?
さっき蹴散らした冒険者達の分のレベルドレインによる、レベルアップもしてないし……。
無敵モードだけど、レベルドレインがないって事か?
――――ガキリッ!
その作動音は無音の舞台で、耳が割れるくらいに轟いた!
丸い柄に仕込まれた、針金みたいなファロ子の髪の毛。
現れたボタンを押し込むと――ソレが角刀に届くようになっている。
コレは、ワーフさんが渾身の細工で仕上げてくれた、トゥナのための――――――神格兵器だっ!
ジジッ――――僕は見た。
天高く、枝分かれしたゴツい角の表面に、青白い稲妻が走ったのを。
――――ギャギリィンッ!
その形が一瞬で、長剣みたいに切り立ったのを――――!
ズゴォンッ――――♪
それは巨大な落雷で天空を割ったような、耳障りな切断音。
だが、割れたのは天空ではなく――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォ――――――――――――ドドドドドドドドドドドドドドドドゴゴゴゴゴゴゴゴゴぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっッパァ!!
ステージ全域だった!
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ、バキン、ガガガガガガガガガガガツン、ドゴゴッゴゴゴゴッ!
――――ぅひぃいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
トゥナの天恵武器は使いたい放題だ。
折角立てた、舞台ステージが全壊していく。
「仲良クシナサイ!」
ただ一人立ち尽くす、最強の短剣使い。
――いや、『神罰の拳闘士トゥナ』誕生の瞬間であった。
「オ返事ハ?」
返事がないことに腹を立てたのか、ヴァリヴァリと周囲に雷を落とし続ける長剣を、再び振りかぶる。
「(いや、まてトゥナ。みんな戦意喪失してる。
返事が聞こえないのは、ファロ子が無音化してるからで――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ダメ押しの一撃で、建設途中だった開拓村の全てがなぎ払われた。
パリィン♪
『神罰の拳闘士』を輝かせていた方陣結界が割れ、霧散していく。
「フニゃり」
倒れるトゥナ。
がやがやがや、ざわざわざわっ!?
音が戻った!?
「(トゥナー! だぁいーじょおーぶぅー!?」
トゥナの腕輪からレベルアップの祝福が聞こえてこない。
急激なレベルアップの副作用に苦しむことがないなら、ティーナさんに任せておけば大丈夫だろう。
「おい、ファロ子。もう大丈夫だぞ? ファロ子?」
ファロ子の片角を封じていた呪符布が、青白い炎で燃え上がった。
「熱っつ……くはないのか。おい、ファロ子!?」
『聞け』
――ん?
なんか、後ろ頭って言うか頭の中から声が聞こえるような……あれ? 眼が震えて――景色が揺れてる?
僕はなんとなく『夜眼』の魔法|(練習中)を使ってみた。
それは暗闇に浮かぶ図形だった。
角張ってるのやら丸いのやら。
フワフワフワフワしてるけど、時々、集まろうとしてはぶつかり合ってまた漂い始めるの繰り返し。
何してんの? 誰だか知らないけど、いまコッチは大変なんだよう。
ああ、違う違う、その長いのはコッチだってば。もー、下手だなあ、ちょっとかしてみてよ。
僕は、蠢く図案を指先(手は見えないけど、二つの〝方陣記述魔法〟の軌跡が出た)で動かして、組み合わせてやった。
「――――ジューク! 起きなさい!」
「あれ? ロットリンデ、どーしたの? おはよう」
「ぎぎにり?」
何かほっぺたが痛い、ロットリンデさんが引っ張ったんだな。もう、
起き上がると、全員が集まってた。
「トゥナの後ろに居たジューク達は、全然無傷でしょーが! 皆とっくに後片付けしてますのよ?」
ドコまで非力なんですのと小言を続けるご令嬢を押しのけて、僕は〝方陣記述魔法〟を開いた。
すると、やっぱり、さっき寝ぼけて描いた平面が出てきた。
『私ファローモのファローモ』
コレは方陣結界とも又違う、なんだろう?
首を傾げる僕に、大剣の青年が教えてくれた。
「私ファローモのファローモ……って書いてあるけど、どういう意味だい?」
「じゃあ、コレは?」
「ファローモの未来が……って書いてありますわね」
同じく小柄な女性が教えてくれる。
「ハハッ、フカフ村に生える……だぜ?」
「その木が大木になる……だなぁ」
「ならないときは……でさぁ、坊ちゃん」
「ファローモのファローモが……よ」
「最後は……フカフ村に生える……ですけど、まさかジューク、あなた……文字が読めなかったんですの!?」
「え? 読めるよ? ちゃんといっぺんに読んで、いっぺんに書いてるよう」
「「「「「「「「「「「「「「「いっぺんに?」」」」」」」」」」」」」」」
「なんか、引っかかる言い方ですわね?」
「ジューク起きたの?」
『神罰モード』じゃない、いつものトゥナが瓦礫を抱えて寄ってきた。
「でもさぁ、今まで普通に読み書きできてたじゃない? 得意じゃなかったみたいだけど」
「長い文字が、苦手なだけだよう」
「長い文字……得意じゃない? ……ぶつぶつ」
長考に入ったロットリンデさんは、放っておく。
まだ寝ぼけてるファロ子に、予備の呪符布を着けてやる。
そういえば、あの青白い炎は何だったんだろう?
「教授コレ、口語訳になってますけど、文体が古代文字じゃ有りませんか?」
「ぬぅぅぅぅぅん? たしかに……器用なのか不器用なのかわからんなコリャ」
「不器用? ――――きゅぴぃん♪ 私ひらめきましたわー!」
ロットリンデさんのオデコの辺りで、謎の光がキラめいたような気がした。
「ジューク、アナタ読み書きを習ったことは?」
「ないけど……見よう見まねで覚えたよ」
「アタイも、ソウわよ」
「あっしもでさぁ」
「ハハッ、俺ぁ先輩職人に習ったりしたぜ」
「私わぁ~魔導幼稚舎ですわ」
「ワシもじゃのぉ」
うん。人それぞれだし、読み書きできてたらそれでいいんじゃ?
「ジューク、この文字は何て書いてありますの?」
そう言ってロットリンデさんが地面に杖で書いたのは、『ジューク・ジオサイト』だ。
「自分の名前くらい読めるよう。ロットリンデは、またバカにして……」
「――じゃあコレは?」
次に地面に書いたのは『ジ░░░・ジ░░░░』
あれ? ちょっと変わってる?
こんなちょっとの差しかないと、難しいな。
「ごめんなさい。読めないよ」
「「「「「「「「「「「「「「「なんでっ!?」」」」」」」」」」」」」」」
皆に言われた!
「そう言われたって、読めないモンは読めないよう! 何て書いてあるのさ!」
「『ジュソク・ジオ〆イト』よ」
「ハハッ……全然、訳がわからねえんだがどういうこったい、お嬢ちゃんよ?」
「ジュークは〝文字〟ではなく〝文章全体〟を丸ごと暗記して、ソレを一つの文字として使っていたのよ。つまり、一度も習ってない文章を読むことは出来ないのですわ」
あきれ顔のロットリンデさん。
「そんなの、あたりまえじゃんかよう。文章も文字も同じ意味だろー」
僕がそう言ったときの、みんなのマヌケ顔は一生忘れないと思う。
§
「あきれたわね~、ジューク。そんな当てずっぽうで読み書きしてたのね、ずっと」
なんでかトゥナに頭を撫でられた。
「当てずっぽうじゃないよ。大事な書類なんかは曜日ごとに全部覚えたし。凄い苦労したけど」
「…………ジュークの方陣結界の異様な正確さの原因がやっとわかりましたわ」
毎日、毎日、丸暗記。新しい文章に出会う度に覚え直してたらそりゃぁ――なんかブツブツ言われてる。
小言じゃないみたいだけど、すこしバカにされてる気がする。
「ふふぉふぉふぉ♪ 少年に降りた、ご神託らしきモノを翻訳するとこんな感じかのう」
教授が持ってきてくれた紙には、手書きでこう書かれていたらしい。
『私はファローモ成体です。
私の子供がフカフ村に療養しに行きます
私の子供に何かあったら、
フカフ村までまた迎えに行くことになるでしょう……私が
かしこ』
「要するに、どういうこと?」
僕とファロ子を残して皆、ちりぢりに片付け作業に戻った。
「ジュークは、ファロ子をドウするのかってことよ」
「えー? そんなの、ファロ子に聞くに決まってるじゃんか」
「ごごにゅれり、りるるるぅー♪」
何て言ってるか、わかんないけど。
§
『大森林観測村/村のオキテ』
a:悪虐令嬢ロットリンデさんへの挑戦は、レベル×1レル銅貨のファイトマネーが必要になります。
ファイトマネーはロットリンデ資金として村のために運用され、その一割がロットリンデさんの取り分となります。
b:夜間の襲撃は、事前申告制で特別割増料金が発生します。
c:観測村内での法律は王国憲章に準拠。ただし、方律は一部改訂されているため(※1)、極力、自衛自重の精神で助け合いましょう。
※1:くわしくはロットリンデ保釈金保証組合窓口へおたずね下さい。
開拓地の入り口に、看板が立てられた。
この三つの約束事を守らないと、『神罰の拳闘士トゥナ』が飛んでくる。
そう、ココ、大森林観測村、通称『ファローモの棲む村』、略して『ロコ村』は拳闘士によって守られている。
そして、村に住む〝悪虐令嬢ロットリンデ〟も、その対象だ。
ちなみに普通の法律に関するイザコザには、ギルドの方達かリンデ隊が対応することになっている。
§
『難度SS$ダソジュン最不層で発見をわた悪虐令嬢が、命を狙れわ乙いる件にフ――』
僕は今日も、報告書を書く。
頭の中の文字を紙にのせて、ソレを丸写しするのは簡単だったんだけど……。
ソレは禁止されてるから、自力で考えて書いていくのは凄く大変だった。
「ふう」
僕は外を見る。
昨日、結構な数の挑戦者を返り討ちにしたから、今日は誰も来ないかも。
「なんだか一気に色々解決しちゃったわねー」
確かに、僕達はティーナさんの商売の才能を舐めていたのだ。
「そーだねー。あと残ってるのは、宿屋ヴィフテーキ新館の建設とコノ宝箱の使い方くらい?」
ちなみに宝箱の事はトゥナにもまだ言ってない。ティーナさんには言わずもがなだ。
四六時中張り付かれてるからファロ子には聞かれてるけど、まだよく意味は分かってないから大丈夫だと思う。そもそもお宝に興味なんて無いだろうけど。
「ジュークとファロ子は、読み書きのお勉強が残っていますけれど――?」
ロットリンデさんだって宝箱には、もうソレほど興味は無いだろう。
いま僕達はロコ村で、悠々自適な賞金首生活を送れているのだ。
「うう、わかってるよう。がんばろーなー、ファロ子――居ない!? 逃げた!?」
「ふう、本当のことを言うなら、からまった私の血の方陣結界も解けて欲しいのだけれど……でも……もう少し、このままでも構わないかしらね」
「何か言った?」
「いーえ。なんでもありませんわ。それより、さっきファイトマネーを精算してきましたわよ? 丁度金貨一枚分だったから金貨で頂いてきましたわ」
小さな革袋、コトリ。
「へー、みせてみせて。初めて見るよ僕!」
「……そういえばまだ、宝箱に金貨は入れたことありませんでしたわね?」
「わぁーっまってまって! こんな高いところでお金入れたら、何が出てくるか分からないのにあぶないよつ!」
僕はロットリンデさんから、宝箱をとりあげ、窓枠にぶら下げた。
高い所って言うのは、ロコ村中央に立てられたこのロットリンデハウスのことだ。
元々は普通の高さに建てられてたんだけど、連日の襲撃にキレたファロ子が、生やした大木で家を丸ごと持ち上げてしまったのだ。
小さくても森の主なだけのことはあるのだ。
人類で適う相手は一人しか居ない。
賞金首生活は、まさに順風満帆。
ガランゴロン♪
吹き抜けていく風が、宝箱を揺らす。
「……ひょっとしたら、金貨を入れると普通に開いたりして……」
「えーっ!? いやでも、まって。そう言う事もあるのかしら?」
「「…………」」
「「…………入れてみよっか?」」
――――――カシャン♪
ーーー
全6話+続編11話、ほのぼのアクションモノでした。
連載中の『滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~』の合間に、
『追記事項その2』を追記していく予定です。よろしくお願い致します。
※<初出>ノベルアップ+にて2020/12/14 23:00から2021/3/20 8:00まで連載されました。
「「「「「「「「「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」」」」」」」」」
陣形を組み、飛びかかってきたリンデ隊の面々を、文字通り片手で軽くヒネるロットリンデさん。
いま僕達は、ステージ奥の長机に隠れている。
「ジュ、ジューク! な、なんでこんなことになってるのかしらっ!? 次から次へとまったくもう!」
片手だけ出して、爆発魔法を打ち続けるご令嬢。
「それは、コッチが知りたいよう!」
「ぎにゅるり? ぎにゅるり?」
――悪虐令嬢の二つ名に掛けられる懸賞金。
――会場中を逃げ惑う賞金首。
――悪逆非道、冷血無比、悪鬼羅刹――なんて言葉では言い表せない残酷なまでの大爆煙。
あれは、今思い出しても身震いする。
ピンク色の流れ爆煙を喰らって吹っ飛ぶ、僕とファロ子。
ソコへ一直線に駆け込んできた淑女に空中でキャッチされたときは、やっぱり前世が大猿か魔物なんだなと思ったし。
「みんな大丈夫ぅ~? ……モグモグ」
「ティーナさんのせいでしょ! 何のんきに……灼きキノコなんてつまんでるんですか!」
「ん~? ジュークの味付け、中々いけるわよぅ。それよりさぁ、この舞台ってどう思う? さっきまでの出し物とかさぁ……モグモグ」
「そうですよ! あんなにみんな楽しそうにしてたのに、突然ロットリンデに懸賞金なんて掛けるからっ!」
「たのしそう……ジュークがそう思うならイケルわね。リンデちゃん役は本人だけじゃ回数こなせないからぁ、隣町の歌姫ちゃんなんてドウかしら――」
ヴォヴォォウ――――!
何かの算段を嬉々として始めた商会長に流れ火炎球が! と思ったら――
『如酢埒卦耶麻瓶――』
火炎に立ち塞がる筋骨隆々。
魔法の障壁が形成されていく――途中で――『(紐風照ッ確利ス字海鼠!)』
無音になった。
高速詠唱が聞こえなくなった。
――これはっ!
「(ファロ子! ソレ、逆効果だから!)」
この場に詠唱魔法の使い手は、ティーナさんと学者様以外いない。
僕のお腹に張り付いたファローモの子供は微動だにしなくなった。
――――パキィィィィィンッ!
「(ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)」
火炎球は形成途中の障壁を砕き、学者様を吹飛ばす!
「(ス、スデットナー教授ー!)」
そんな感動的な小芝居したって意味ないだろ。
全部ティーナさんのせいじゃんか!
かつて森の主が君臨していたであろう太古の時代。
跋扈する巨獣達が発する詠唱魔法を無効化した、強力な特性。
でも詠唱魔法が廃れきった今の世の中では、巨獣がソッ草の香りにひかれて襲撃でもしてこない限りは、無用の長物だった。
そういや、青年と小柄な女性から、「今後、ソッ草を大量に発生させるのは控えて欲しい」なんてお説教も喰らったっけな。
まあとにかく今の時代、無音化の特性は死にスキルだった。
「(あらあコレは想定外ね。ひょっとしてぇー大ピンチ~?)」
むしろ、ティーナさんや学者様という大戦力が封じられるだけなので――まさに死にスキルだった。
半径3バーテルまで近寄ってきてくれたら、魔導格闘術も使えたんだろうけどさっ!
(――――ボゴゴォォォォォッ!)
再び迫る火炎球。今度のは極大魔法だ。凄くデカイ!
他にも何か色々まとめて飛んで来てる!
「(まったくっ! やってらぁれませんわぁー!)」
見かねたロットリンデさんが飛び出した!
僕はファロ子を抱きしめ眼をつむる。
衝撃も熱さも鋭さも冷たさも重さも眩しさも息苦しさも、いつまでもやってこない。
目を開ける。
トゥナの姿があった。
「ダイジョウブ? ミンナ」
「(あれ、なんでカタコト?)」
それに、トゥナの声だけ聞こえる。
コレは、前にファロ子|(森の主バージョン)と遭遇したときと同じ状態だった。
まさか、またレベルドレイン状態になってる!?
銅色の新装備に身を包んだ、短剣使い――いや、『拳闘士』。
しかも今回は、森の主(幼生だけど)の肝入りだった。
ワーフさんが見立ててくれた短剣と、もう一本は、いつも使ってる果物ナイフの丸い柄に、巨大な動物の角が付いている。枝分かれした切っ先はそこそこ鋭くて、僕は一度体を貫かれたことがある。
逆手にしていた二刀流を、頭上に構える!
「(トゥナ! まて!)」
無音状態でもトゥナには聞こえるはずだ!
「(そんな状態で神剣『イッカク』なんて使ったら――!)」
――――丸い柄の頭。無骨な止め螺子を(バキリ!)と開く。
トゥナから流れ込む、気迫だか闘気だかの風が止まない。
あれ? 聞こえてない?
さっき蹴散らした冒険者達の分のレベルドレインによる、レベルアップもしてないし……。
無敵モードだけど、レベルドレインがないって事か?
――――ガキリッ!
その作動音は無音の舞台で、耳が割れるくらいに轟いた!
丸い柄に仕込まれた、針金みたいなファロ子の髪の毛。
現れたボタンを押し込むと――ソレが角刀に届くようになっている。
コレは、ワーフさんが渾身の細工で仕上げてくれた、トゥナのための――――――神格兵器だっ!
ジジッ――――僕は見た。
天高く、枝分かれしたゴツい角の表面に、青白い稲妻が走ったのを。
――――ギャギリィンッ!
その形が一瞬で、長剣みたいに切り立ったのを――――!
ズゴォンッ――――♪
それは巨大な落雷で天空を割ったような、耳障りな切断音。
だが、割れたのは天空ではなく――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォ――――――――――――ドドドドドドドドドドドドドドドドゴゴゴゴゴゴゴゴゴぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっッパァ!!
ステージ全域だった!
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ、バキン、ガガガガガガガガガガガツン、ドゴゴッゴゴゴゴッ!
――――ぅひぃいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
トゥナの天恵武器は使いたい放題だ。
折角立てた、舞台ステージが全壊していく。
「仲良クシナサイ!」
ただ一人立ち尽くす、最強の短剣使い。
――いや、『神罰の拳闘士トゥナ』誕生の瞬間であった。
「オ返事ハ?」
返事がないことに腹を立てたのか、ヴァリヴァリと周囲に雷を落とし続ける長剣を、再び振りかぶる。
「(いや、まてトゥナ。みんな戦意喪失してる。
返事が聞こえないのは、ファロ子が無音化してるからで――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ダメ押しの一撃で、建設途中だった開拓村の全てがなぎ払われた。
パリィン♪
『神罰の拳闘士』を輝かせていた方陣結界が割れ、霧散していく。
「フニゃり」
倒れるトゥナ。
がやがやがや、ざわざわざわっ!?
音が戻った!?
「(トゥナー! だぁいーじょおーぶぅー!?」
トゥナの腕輪からレベルアップの祝福が聞こえてこない。
急激なレベルアップの副作用に苦しむことがないなら、ティーナさんに任せておけば大丈夫だろう。
「おい、ファロ子。もう大丈夫だぞ? ファロ子?」
ファロ子の片角を封じていた呪符布が、青白い炎で燃え上がった。
「熱っつ……くはないのか。おい、ファロ子!?」
『聞け』
――ん?
なんか、後ろ頭って言うか頭の中から声が聞こえるような……あれ? 眼が震えて――景色が揺れてる?
僕はなんとなく『夜眼』の魔法|(練習中)を使ってみた。
それは暗闇に浮かぶ図形だった。
角張ってるのやら丸いのやら。
フワフワフワフワしてるけど、時々、集まろうとしてはぶつかり合ってまた漂い始めるの繰り返し。
何してんの? 誰だか知らないけど、いまコッチは大変なんだよう。
ああ、違う違う、その長いのはコッチだってば。もー、下手だなあ、ちょっとかしてみてよ。
僕は、蠢く図案を指先(手は見えないけど、二つの〝方陣記述魔法〟の軌跡が出た)で動かして、組み合わせてやった。
「――――ジューク! 起きなさい!」
「あれ? ロットリンデ、どーしたの? おはよう」
「ぎぎにり?」
何かほっぺたが痛い、ロットリンデさんが引っ張ったんだな。もう、
起き上がると、全員が集まってた。
「トゥナの後ろに居たジューク達は、全然無傷でしょーが! 皆とっくに後片付けしてますのよ?」
ドコまで非力なんですのと小言を続けるご令嬢を押しのけて、僕は〝方陣記述魔法〟を開いた。
すると、やっぱり、さっき寝ぼけて描いた平面が出てきた。
『私ファローモのファローモ』
コレは方陣結界とも又違う、なんだろう?
首を傾げる僕に、大剣の青年が教えてくれた。
「私ファローモのファローモ……って書いてあるけど、どういう意味だい?」
「じゃあ、コレは?」
「ファローモの未来が……って書いてありますわね」
同じく小柄な女性が教えてくれる。
「ハハッ、フカフ村に生える……だぜ?」
「その木が大木になる……だなぁ」
「ならないときは……でさぁ、坊ちゃん」
「ファローモのファローモが……よ」
「最後は……フカフ村に生える……ですけど、まさかジューク、あなた……文字が読めなかったんですの!?」
「え? 読めるよ? ちゃんといっぺんに読んで、いっぺんに書いてるよう」
「「「「「「「「「「「「「「「いっぺんに?」」」」」」」」」」」」」」」
「なんか、引っかかる言い方ですわね?」
「ジューク起きたの?」
『神罰モード』じゃない、いつものトゥナが瓦礫を抱えて寄ってきた。
「でもさぁ、今まで普通に読み書きできてたじゃない? 得意じゃなかったみたいだけど」
「長い文字が、苦手なだけだよう」
「長い文字……得意じゃない? ……ぶつぶつ」
長考に入ったロットリンデさんは、放っておく。
まだ寝ぼけてるファロ子に、予備の呪符布を着けてやる。
そういえば、あの青白い炎は何だったんだろう?
「教授コレ、口語訳になってますけど、文体が古代文字じゃ有りませんか?」
「ぬぅぅぅぅぅん? たしかに……器用なのか不器用なのかわからんなコリャ」
「不器用? ――――きゅぴぃん♪ 私ひらめきましたわー!」
ロットリンデさんのオデコの辺りで、謎の光がキラめいたような気がした。
「ジューク、アナタ読み書きを習ったことは?」
「ないけど……見よう見まねで覚えたよ」
「アタイも、ソウわよ」
「あっしもでさぁ」
「ハハッ、俺ぁ先輩職人に習ったりしたぜ」
「私わぁ~魔導幼稚舎ですわ」
「ワシもじゃのぉ」
うん。人それぞれだし、読み書きできてたらそれでいいんじゃ?
「ジューク、この文字は何て書いてありますの?」
そう言ってロットリンデさんが地面に杖で書いたのは、『ジューク・ジオサイト』だ。
「自分の名前くらい読めるよう。ロットリンデは、またバカにして……」
「――じゃあコレは?」
次に地面に書いたのは『ジ░░░・ジ░░░░』
あれ? ちょっと変わってる?
こんなちょっとの差しかないと、難しいな。
「ごめんなさい。読めないよ」
「「「「「「「「「「「「「「「なんでっ!?」」」」」」」」」」」」」」」
皆に言われた!
「そう言われたって、読めないモンは読めないよう! 何て書いてあるのさ!」
「『ジュソク・ジオ〆イト』よ」
「ハハッ……全然、訳がわからねえんだがどういうこったい、お嬢ちゃんよ?」
「ジュークは〝文字〟ではなく〝文章全体〟を丸ごと暗記して、ソレを一つの文字として使っていたのよ。つまり、一度も習ってない文章を読むことは出来ないのですわ」
あきれ顔のロットリンデさん。
「そんなの、あたりまえじゃんかよう。文章も文字も同じ意味だろー」
僕がそう言ったときの、みんなのマヌケ顔は一生忘れないと思う。
§
「あきれたわね~、ジューク。そんな当てずっぽうで読み書きしてたのね、ずっと」
なんでかトゥナに頭を撫でられた。
「当てずっぽうじゃないよ。大事な書類なんかは曜日ごとに全部覚えたし。凄い苦労したけど」
「…………ジュークの方陣結界の異様な正確さの原因がやっとわかりましたわ」
毎日、毎日、丸暗記。新しい文章に出会う度に覚え直してたらそりゃぁ――なんかブツブツ言われてる。
小言じゃないみたいだけど、すこしバカにされてる気がする。
「ふふぉふぉふぉ♪ 少年に降りた、ご神託らしきモノを翻訳するとこんな感じかのう」
教授が持ってきてくれた紙には、手書きでこう書かれていたらしい。
『私はファローモ成体です。
私の子供がフカフ村に療養しに行きます
私の子供に何かあったら、
フカフ村までまた迎えに行くことになるでしょう……私が
かしこ』
「要するに、どういうこと?」
僕とファロ子を残して皆、ちりぢりに片付け作業に戻った。
「ジュークは、ファロ子をドウするのかってことよ」
「えー? そんなの、ファロ子に聞くに決まってるじゃんか」
「ごごにゅれり、りるるるぅー♪」
何て言ってるか、わかんないけど。
§
『大森林観測村/村のオキテ』
a:悪虐令嬢ロットリンデさんへの挑戦は、レベル×1レル銅貨のファイトマネーが必要になります。
ファイトマネーはロットリンデ資金として村のために運用され、その一割がロットリンデさんの取り分となります。
b:夜間の襲撃は、事前申告制で特別割増料金が発生します。
c:観測村内での法律は王国憲章に準拠。ただし、方律は一部改訂されているため(※1)、極力、自衛自重の精神で助け合いましょう。
※1:くわしくはロットリンデ保釈金保証組合窓口へおたずね下さい。
開拓地の入り口に、看板が立てられた。
この三つの約束事を守らないと、『神罰の拳闘士トゥナ』が飛んでくる。
そう、ココ、大森林観測村、通称『ファローモの棲む村』、略して『ロコ村』は拳闘士によって守られている。
そして、村に住む〝悪虐令嬢ロットリンデ〟も、その対象だ。
ちなみに普通の法律に関するイザコザには、ギルドの方達かリンデ隊が対応することになっている。
§
『難度SS$ダソジュン最不層で発見をわた悪虐令嬢が、命を狙れわ乙いる件にフ――』
僕は今日も、報告書を書く。
頭の中の文字を紙にのせて、ソレを丸写しするのは簡単だったんだけど……。
ソレは禁止されてるから、自力で考えて書いていくのは凄く大変だった。
「ふう」
僕は外を見る。
昨日、結構な数の挑戦者を返り討ちにしたから、今日は誰も来ないかも。
「なんだか一気に色々解決しちゃったわねー」
確かに、僕達はティーナさんの商売の才能を舐めていたのだ。
「そーだねー。あと残ってるのは、宿屋ヴィフテーキ新館の建設とコノ宝箱の使い方くらい?」
ちなみに宝箱の事はトゥナにもまだ言ってない。ティーナさんには言わずもがなだ。
四六時中張り付かれてるからファロ子には聞かれてるけど、まだよく意味は分かってないから大丈夫だと思う。そもそもお宝に興味なんて無いだろうけど。
「ジュークとファロ子は、読み書きのお勉強が残っていますけれど――?」
ロットリンデさんだって宝箱には、もうソレほど興味は無いだろう。
いま僕達はロコ村で、悠々自適な賞金首生活を送れているのだ。
「うう、わかってるよう。がんばろーなー、ファロ子――居ない!? 逃げた!?」
「ふう、本当のことを言うなら、からまった私の血の方陣結界も解けて欲しいのだけれど……でも……もう少し、このままでも構わないかしらね」
「何か言った?」
「いーえ。なんでもありませんわ。それより、さっきファイトマネーを精算してきましたわよ? 丁度金貨一枚分だったから金貨で頂いてきましたわ」
小さな革袋、コトリ。
「へー、みせてみせて。初めて見るよ僕!」
「……そういえばまだ、宝箱に金貨は入れたことありませんでしたわね?」
「わぁーっまってまって! こんな高いところでお金入れたら、何が出てくるか分からないのにあぶないよつ!」
僕はロットリンデさんから、宝箱をとりあげ、窓枠にぶら下げた。
高い所って言うのは、ロコ村中央に立てられたこのロットリンデハウスのことだ。
元々は普通の高さに建てられてたんだけど、連日の襲撃にキレたファロ子が、生やした大木で家を丸ごと持ち上げてしまったのだ。
小さくても森の主なだけのことはあるのだ。
人類で適う相手は一人しか居ない。
賞金首生活は、まさに順風満帆。
ガランゴロン♪
吹き抜けていく風が、宝箱を揺らす。
「……ひょっとしたら、金貨を入れると普通に開いたりして……」
「えーっ!? いやでも、まって。そう言う事もあるのかしら?」
「「…………」」
「「…………入れてみよっか?」」
――――――カシャン♪
ーーー
全6話+続編11話、ほのぼのアクションモノでした。
連載中の『滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~』の合間に、
『追記事項その2』を追記していく予定です。よろしくお願い致します。
※<初出>ノベルアップ+にて2020/12/14 23:00から2021/3/20 8:00まで連載されました。
応援ありがとうございます!
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