並(なみ)プロちゃんとわたボコる、原子回路設計(QCD)アライアンス

スサノワ

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りびじょん

にじゅういち/1629284400.dat

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 オレンジ色の巨大ワタボコる。
 肥大した角棒の先端が、俺の中心を今にも貫こうとしている、

「るにゅわぁーー!」
 なんか、カワイイ声が俺の前に立ち塞がった。

 ソレは、実物大なみプロちゃん主幹部。
 よし、実体映像にゃ、実体映像だ。

 あの〝ワタボコ〟がどれほど高度な論理回路を集積していたとしても、小説を読んで〝おすね毛様〟なんてヘンな語彙ワードに食いつくほどの複雑さ・・・を獲得してるとは思えねえ。

「ふるにゅあーー!」
 かたや、量子ネットワーク(かわいい)。

 ヴァジュジョリリャ――!
 かたや、自律型オフライン空間探査サーベイングプログラム(敵性わたぼこるモジュール)。

 VSヴァーサス――実体映像による、おそらくは量子演算単位のぶつかり合い。
「よし行け! なみプロちゃ――――」
 論理演算を行う以上、より複雑な方が汎用性は高い・・・・・・

 バッシシュギュリュリリリュッ――――――――!
 閃光装置ストロボと化す、二機の実体映像。
「「「まぶしっ!!!」」」

「ふーにゃるりーれー♪」
 なみプロちゃんは、紙装甲だった。

 得てして、システムの堅牢性は複雑度に反比例する・・・・・・・・・

 まるで落書きキュビズムみたいに頂点数なめらかさを減らしたなみプロちゃんが、よろよろとコッチに戻ってくる。
なみプロちゃん!」
 俺は手を延ばす。映像をつかめはしないけど、彼女は俺を守ったせいで機能不全バグに陥っているのだ。

 量子教授の手元、立体十字キーの形状は、オレンジ色の金属棒を放つごとに突起が少なくなっている。
 合計で三発使用され、ヒープダイン社応接室リビングはほとんど空っぽだ。

 上階に居る人たちが空中に浮かんでて、シュールなんてもんじゃなかったけど、ソレは物質的な影響を受けてない証拠だ。

 蒸発したかのように見える断面を触ろうとしても、触れない。
 床も壁もソファーも、ちゃんとあるのだ。

 コレで狙われてんのがヒープダイン社おれたちじゃなかったら、一生眺めてられそうなくらい面白い光景だった。

 立体十字キーの突起が残弾数・・・と考えると、全部で5発。本体部分も入れるなら6発。
 推定残弾数は2発か3発。
 直撃さえ食らわなければ、勝機もあるのかもしれない。

 そもそも、アレに当たったとしても、生身の体に実害があるとは思えない。
 せいぜい体に、大穴が開いたように見える程度の事だろう。
 目に当たれば、像を結ぶ事が出来なくなる危険性もあるが――ソレだって対処法はある。

 違崎ちがさきも、そう考えたのか――果敢にもフライパンで特攻。
 欠けた十字キー先端。雌のカブトムシの角みたいになったそれで、膝、肩、肘を突かれ、うずくまる留年生。

なみプロちゃん、コッチだ!」
 留年生ちがさきの活躍で、なんとかホワイトボードに隠れられた。
 このホワイトボードは、電動アームを収納するラックがボード下に設置されていて、全身を隠すことが出来る。
 そういう用途で導入したわけでは無かったが、オフィス向けバリケードとしてとても優秀だった。
 どういうわけかオレンジ線ワタボコの攻撃にさらされても、溶けなかったし。
 よく見れば、大穴だらけで見晴らしが良くなった室内の所々に、同じように透明化せずに残っているモノがあった。
 それは液晶画面だったり、スイッチパネルだったりで、宙に浮かんでいるようにみえる。

「てんてい、こわして、こわして、わたしを、こわして」
 俺にぴったりと寄り添うなみプロちゃんが、片言カタコトだ。
 「てんてい」ってのは、先生って言いたいんだろう。

 駆け込んできた地味子ふつうが、ノーパソを開く。
「なんだそのバツマーク……ひょっとして深刻なバグ?」
 見せられた画面の中、なみプロちゃん3号機の『造形部³アイコン』にバツが付いてた。

「いえ、コチラの実体映像に演算能力はありませんから、見た目が壊れても影響はありません。……おそらく――美意識に特化した自我――を保てなくなっているだけかと……」
 つまり、自身の姿を受け止めきれなくなっているのだ。

 「このなみプロちゃんも、嫌いじゃ無いけどな!」と空手チョップを食らわせてやる。
 この空間投影映像の強制破棄は、ゲーム中の投影平面で経験済みだ。天気雨の時や黄昏時なんかに、光線の関係上映像が乱れる事があるのだ。

 ――ぱりん♪
 音を立てて壺みたいに割れる、箱型ボクセルタイプなみプロちゃん。
 シシシッ――同じ場所に、あたらしいなみプロちゃんが再描画された。

「ふー、あぶなかったですわー。あのオレンジ色は空間リソース・・・・・・を根こそぎ奪うんですの。壊れたキャッシュデータを更新することもままならなくて、どうなることかと。ふーっ」
 そででひたいを拭うツインテールお嬢様(映像)。

「「空間リソース!?」」
 地味子ふつうと俺の声が重なる。
 キャッシュデータ?
 現実空間に一時保存すんの?

 ――何だその、パワーワード。
 なみプロちゃん達から、いままでそんな言葉、聞いた事ねえぞ。

「あ、そういや違崎オマエ、レポートまだ提出されとらんぞ。どうなっとる? ああん?」
「だ、だだだ、大体できてます。ふっ子ちゃんに、添削あかペン入れてもらったから――今日の夕方には……」
 ケロリとした顔で起き上がった留年生が、担当講師に弁明している。
 ――だから人をフッ素化合物みたく、呼ばないでくださ――

「そんな場合じゃねーだろ――」
 とか言いつつ、そんな場合じゃ無いのは、俺もだった・・・・・
 特区まるごとグラボって考えた、違崎ちがさきの金融工学の話と合わせると――なんか、すっげー引っかかる。
 考え事してる余裕なんて無いが、あとちょっとで腑に落ちそうな――

 物理系リザーバコンピューティングっていう概念がある。
 実体のある物理現象をノイズソースとして超効率化を図る、比較的あたらしいニューラルネット構築法だ。

 なみプロちゃんが発したパワーワード、〝空間リソース・・・・・・〟ってのは、ソレと同じイメージを含んでいる。

 強化学習いらずの第六感型やまかんって意味では――並列プロジェクトなみプロちゃん9号機『検算部』にも一部、通じるところがある。

「――ふつうちゃん! 今すぐ、作戦部とEW特科部を解放して!」
 作業台の脚にしがみつく地味子ふつうが、首を左右に振る。
「や、やっぱりダメー! 基礎に亀裂でも入れたら、損害賠償で破産しちゃう。私、この会社、大好きなのぉー!」

 地味子ふつうの手には黒光りする、太めのアイスの棒みたいなの。
 俺の手にも握られているのは、バタフライナイフ型の電子錠。
 コレが有ればイリーガルななみプロちゃん、ひいては都市型戦闘において絶大な攻撃力を封印解除できる。

 教授襲来という不測の事態に地味子ふつうが投げてよこしたのだが、いざ戦闘となると二の足を踏むのはやむをえまい。相手は生身の人間で、しかも自社社屋内だ。

 なみプロちゃんがホワイトボードの電動アームを使って、自走カートから例の〝封印ボックス〟を取り出す。
 なみプロちゃんはヤル気だった。
 決断せねばなるまい。
 俺の会社、いや俺たちのヒープダイン社を大好きと言ってくれた地味子ふつうの気持ちは嬉しいが――

地味子ふつう! 俺の部屋――いや、このマンション一棟まるごと――買えるか!?」
「はぁあっ!? 何言ってんの突然――それほど都会じゃないですけど――ひそひそ――6億は下りませんよ!?」
 声を潜め、返答する地味子ふつう

「俺が出せるのは500いや800万、違崎ちがさきは?」
「はい、今日の夕方までには必ず提出します――3万円でーす!」
 正座させられた留年生が、コッチの話も聞いていたらしく……話に加わる。

「財形全部解約して、実家の生前分与、今日の公開レートは61円だから……ぶつぶつぶつぶつ――2億3千万しかでません。藤坪さんに丸投げしたら、そこそこ有利に取引できそうですけど、それでも一億五千万円くらい足りません!」
 〝しか・・〟ってなんだよ。
 ソレだけあったら俺、絶対、量子回路も会社も作ってねえぞ。
 投稿作家フレームオーサーは趣味でやるかもだけど、更新頻度は間違いなく月一だ。

 よし。俺は地味子ふつうなみプロちゃん(映像)の顔をしっかりと見つめてから――決死の覚悟で飛び出した。

「教授ーー!」
「なんだぁ! 夜逃げの相談かぁー! そんなことしてっとオマエの会社、全部無くなっちまうぞぉーー!」
 ――――――――ヴァリッバリバリゴゴバゴガガガン――――――ヴァジュリラジュギュニュル♪

 気色の悪いワタボコ効果音に、俺はいつくばった。

 ――コンッ、カララァン♪
 何かが落っこちた音。
 やっぱり、映像のくせに実体がある。
 本当にわずかな質量だけど――ワタボコには実体がある。

 顔を上げると、リビング奥のクローゼットから私室までが、半壊してた。
 ぐっ、コレ本当に戻らなかったら――一生恨んでやるからな!
 たとえ映像とわかってても、この臨場感は今すぐにでも卒倒しかねない程、強烈だった!

 小型冷蔵庫の上、箱買いした希少酒モルトの山が粉粉に砕け散ってる。
 っていうか、被弾部分が片っ端から透明になってるから、中の液体が手品みたいに空中に浮いていた。

 半地下のホームサーバーに続く階段も崩れたっていうか、サーバーごと溶けて無くなってた。
 サーバーの中の一基に隠した、耐火金庫ごとだ。
 書きかけのままほっといた手書きの論文に、個人を証明する書類や、この間取った特許関連の重要書類までもが全部吹っ飛んだ!

 俺個人の荷物が全部パーじゃねーか!
 たとえ映像とわかってても、この臨場感は泣き崩れそうになるほど、耐えがたかった!

「やい量子りょうこ教授、いや――――ディスクリート量子りょうこ!」

「バカオマエ! 芸名で呼ぶなっ! はっずかしーだろーぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 ディスクリート量子はトリガーは引かず、近くにあったゲーム機満載のチェストをちから一杯粉砕した。

「うるっせー! よく聞けっ、一億五千万いや――――一億四千とんで九百九十七万円貸してくれっ!」

「は? 緋加次ひかじ、オマエ――――何言ってんだ?」
 素に戻った美人量子物理学博士が、銃口を下ろす。
 よし、食いついた。

「最悪、この建物がどうなってもイイってんなら、アンタを蹴散らす用意があるって言ってんだよ!」
 突き出した拳を景気よく、花火のように開いて見せて挑発する。

「ほほう、このアタシを蹴散らす? こんな通信テスト・・・・・コマンド一個・・・・・・、処理できないオマエらが? ははっ、いーいーだーろーうー!!」
 彼女ヤツはダメな恩師で実は悪党だったが――嘘はつかない。

「損害は全て〝演算複合体〟が持つ。ご存分に往生しろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」
 今までで最大幅のオレンジ線。

 ギュヴァリィン――ジュジジジジッ――――ガガガゴョリリャ――――――――!

「あっぶねぇっーーーーーーーーーー!」
 横っ飛びに避けた。
 敵性ワタボコるの正体は、何の事はない。
 単純なPINGピンコマンドだったらしい。
 それは、〝ネットワークの向こうに何があるのか〟を知るための、最も基本的な命令プログラム。

「きゃぁぁぁぁーーーーーーーーーー!」
 ただちょっと違ってたのは、実行環境が現実世界・・・・だったってだけだ。

 敵性ワタボコるモジュールが不気味な音を立てるたびに、自宅兼作業場ヒープダインが大穴だらけになっていく。
 床天井も残ってるトコが少なくなって、柱も上下が繋がってねえ。
 なんで落ちてこないのか不思議で仕方が無い。
 その臨場感は、俺たちを疲弊させていく。

「な、なみプロちゃん、大丈……夫――――ニヘラ」
 なみプロちゃん一式に飛びついた違崎ちがさきが、ふと頭上の光景を目にして――頬を緩ませた。

「どうした、違崎ちがさき?」
 つられて俺も、見えない・・・・天井を見た。
 上階のお料理教室の女性たちが、不思議そうにコッチを見下ろしてる。
 もし透明に見えてるんだとしたら、俺たちと見つめ合ってる余裕なんか無いはずだ。
 ひょっとしたら、揺れとかノイズとかは、発生してんのかもしれねえ。

 あ――見たらいけないモノが見えた。
 いやいや、そんな場合じゃねー。俺は不屈の精神で視線をそらした。

「よし言質は取った! なみプロちゃん、今の教授の音声、別名で保存ディープコピーしとけ! 壊れたゲーム機もとっておきのモルトも、一切合切請求してやる!」
 俺は、電子錠を開いて――

「ぎゃっ!?」
 地味子ふつうの声がした。

地味子ふつうどうした!?」
 返事がない。
 つうか、さっきまで彼女がいた部分は、すっぱりと消失していた。

 どさりっ!
 なにか重いモノが、床に落ちる音がする。
 マズイマズイ。

地味子ふつう違崎ちがさき! 無事かっ!?」
 返事がねえ。違崎ちがさき違崎ちがさきがいた床も見えない。
 無事なのは、なみプロちゃんと俺とホワイトボード位しか無くなった。

 階下のオフィス連中がコッチを見上げている。
 落ち着け。コレは映像。ただのVR映像だろ。
 ただちょっと、特区ばりの実体感を伴ってるだけだ。

 冷えた汗が滝のように落ちていく。
 いまヒープダイン社は、風前の灯火だった。

 すっかり見晴らしが良くなった自宅兼作業場ショールームに、不敵な面構えで不適に立つのは――ミニスカ白衣、ただ一人になった。



緋加次ひかじ君! 3・2・1――」
 虚を突いたなみプロちゃんの声。
 えっと確か、軽く左に回して待機、カウントゼロで――咄嗟に電子錠を差し込み右へ回した。

 ――――ガチリッ!
 シュシュッ、小さな排気音。
 ケースの蓋が自動的に開かれ、中から黄色と緑のサイコロ(サイの目はない)が姿を現した。

 あたりはすっかり空中で。
 周りの足場は、ホワイトボードの影だけだ。
 俺は高所恐怖症じゃ無ぇーけど、怖えー。

「ふ、地味子ふつう、返事しろ! なみプロちゃん、みんな無事か!?」
 返事は無い。
 ケースの中から現れたサイコロをつかみ、アナログ式のヤイヤラーを必死に回した。

 いま大事なのは、とにかくなみプロちゃんが「教授に勝てる」って言った事だ。
 そのあとスグにふにゃるりれってたけど、勝算はあるはず。

 サイコロを有線ケーブルで接続してると――

「ばりばりばりばりぃぃぃぃぃぃぐぎゅるばるらぁぁぁぁぁぁぁぁ♪」
 ――教授が攻撃を再開――口で言ってんじゃねーか!
 一瞬あせった。やはり残弾はそれほど、残ってないっぽい。

 敵が、敵性ワタボコるモジュールを、温存しはじめた。
 勝算はある。有るに決まってる。
 あの巨大重機と比べたら、教授なんて軽い軽い。

「もう、弾切れすか?」
 ホワイトボードの影から、向こうをチラ見する。
 来た。オレンジ色の金属棒。
 ――――ヴヴォヴヴォォヴヴォォ、ゴgッ!
 ソレは先端を巨大化させずに、元の太さのまま、まっすぐに突き出てきた。

 ――――バゴッン!
ってぇぇ――――!?」
 映像じゃネエ?
 ホワイトボードを襲うかなり強い衝撃。
 どうなってる?

 俺の頭までもかすめた金属棒オレンジいろがシュルリと、〝十字マシンデバッガ〟に――ポキュム♪
 一瞬で銃口に吸い込まれ――ガチャリッ♪
 立方体が一個分復活した。

「んだそれ、イカサマじゃんか!」
 ヴヴォン――――ヴヴォヴヴォォヴヴォォ、ゴgッ!
 ゴツガチャ――ゴツガチャ――ゴツgdガチャリッ♪
 ホワイトボードを何度も打ちつけ、何度も回収されるワタボコモジュール。

 やろうと思えば電源が持つかぎり、無尽蔵に撃てんのか。

 くそう。いまさら手を上げて出てったところで、事態は良くならねえだろう。
 そもそも、一番最初にソレやったしな。

 下をのぞき込んだら、オフィス中の人間が窓の外に群がってる。
 とうとう現実世界そとにも、大きな影響が出たか。

 けど――もう、どうしようもねー。
 周囲を見渡す余裕も無い。もう打つ手は無くなった。

 (ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィ――――――――ッ♪)
 なんか遠くで警告音みたいなのが、鳴り続けてる気がする。

 脳裏をかすめる一面の――赤色。
('_')並プロⓇ:システムオーバーレイ、システムオーバーレイ、システム――』
 カワイイ声も聞こえる気がしないでもない。

 ――チキッ♪
 ソレは携帯ゲーム機の通知音ノーティス

 反射的に腰のスコッシュから、ゲーム機を取り出す。

 カシ――チキッ♪
 起動したメニューから、赤外線カメラを起動した。
 コレはエアコンの効きが悪くなったときに、涼しいところを見つけようってんで入れたヤツだ。

 ゲーム機で床を見る。平面があった。
 見えないが、やっぱり壁も床もちゃんとある。
 透明にされた部分との温度差は無く、境目は判別できない。

 次に、遮光ゴーグルをかけた。
 ゲーム機が自動的に映像をリンクさせる。

 左右に首とゲーム機を振る。
 けど何度周囲を見渡しても、地味子ふつう違崎ちがさき体温すがたはドコにも無かった。

 くそ、どうなってる。地味子ふつう違崎ちがさきなみプロちゃん!? 返事しろ!

『アップデート完了しました。Ver1・002』
 返事は無く、表示されるダイアログ。
 さっきの通知音ノーティスは、コレだったらしい。
 邪魔なソイツをクリックして消す。

 ――――ヴゥオォォォォン♪
 表示されたのは、見慣れたゲーム会社のロゴマーク。
 おい、いま遊んでる暇ねえんだけど。

『並列プロジェクトⓇPRESENTS
 ひーぷだいん™ VS しんぎゅらんⓇ』
 次に表示されたのは、なんかのゲームタイトル。

 ひらがな部分が、ものすごい楽しそうに自己主張しとびはねてる。

 ソレは――巨大重機を迎撃した、なみプロちゃん謹製のゲームアプリ。
 あのあと、隠しファイルとシステム領域の全部を探しても、一切の痕跡すら発見できなかったのに。

 言われるままにSTARTボタンを押す――ヴォン♪
 輝度が自動的に調整され、物の正確な輪郭が強調された。
 大穴は空いたままだけど視界は良好、かなり周囲の状況を判別しやすくなった。

『ターゲットを選定してください。』
 新しく出現したポップアップウインドウに従う。

 ホワイトボードの向こうへ狙いを定める。
『BOSS CHARACTER
 /DISCREET RYOUKO』

 ぜんぜん〝慎重で控えめディスクリート〟なんかじゃない、破天荒な体型が縁取られた。
 ロックオンカーソルが縁取りアウトラインを中央に捉える。

『敵性検出しました。
 種別/ぱらどきしかる・あんのうん
 「該当プログラム名を検索しますか?」』
 平坦な声でなみプロちゃんも聞いてくる。

 〝L1OK〟を軽く押す。
 縁取られた輪郭線が、膨張し収縮する。

『こういきがたしんぎゅらんⓇ
 【ふろあいーたー】』
 こういきがた……広域型か?
 まるでカニみたいに変形したフォルムに、付けられた注釈。

 カニの形にも、表示された文字にも見覚えは無い。

 敵の名は【ふろあいーたー】。
 ボスである【ディスクリート量子】とは違うのか?

 なんでもイイな。
 コレがゲームで、倒し方をガイド機能チュートリアルが教えてくれるなら、まったく問題ねえ。

 次に表示されたのは、壁や床や天井を走る複合配線経路。
 安全のために全ての回路に併設される、緊急用通信ケーブル。
 ソレが次々と、長く伸びるニッパーみたいなので、断線させられていく。
 切断される度に画面隅の赤いゲージが増え、緑色のゲージが減っていくから、ヤツの攻撃が成功していることを表しているようだ……大ピンチじゃんか。

 そのニッパーみたいなのから伸びる、長い腕ラインをさかのぼる。
 それは、ホワイトボードの向こうに収束した。それは、仁王立ちのカニ。
 ディスクリート量子と【フロアイーター】のシルエットが混ざって、まるでカニ怪人だ。

『危険作動可能まで――残り10秒』
 封止してある都市ガスのバルブが開けられる。
 ――――シュシュシュゥーー。
 ビル解体にも使用される汎用経路に流れていく・・・・・、青色のエリア。

緋加次ひかじー!」
 心なしか、泡立つように聞こえる叫び声。
 そういや、この人(すでに人じゃ無いかもだけど)、食べるのは苦手で下手なわりに――カニが好物だったっけな。


 ――――ドッゴガァアァンッ!!!
 カニ怪人が、巨大なハサミを床に突き立てた!

 フェイクである実体映像を実現するため、現実に行われる破壊工作。
 MR実行部ななごうきのような機能を、【ふろあいーたー】は持っていた。

 ヂッ――――ゴッバァァァァァァァァァァアアゴゴゴガガバゴンがぁぁん!
 爆発する、リビング兼ヒープダイン社。

 次々に現れるダイアログを消し、嘘かホントかわからなくなった、縁取りアウトラインを探――――

   ✦

 気づけば、ビルの外に放り出されていた。
 どうなってる!?
 コレはゲーム画面なのか!?

 だが、顔に感じる爆風や体で感じる浮遊感は、生身が感じてるモノだ。
 しかも目の前に、ひと抱えはあるコンクリ片が迫っている。

 アレの直撃を食らっても、このまま落ちても。
 どっちにしろ助からんだろ。

 吹飛ばされた衝撃のせいか、体は全く動かない。
 いや、かろうじて指先が動く――――クリッ、カカカッ♪
 悔し紛れの、でたらめなコマンド入力が通った!

 ギュゥゥゥゥゥゥゥゥッ――――――――ピタリ!
 一瞬、コレがゲームで回線がラグッてんのかと思った。

 俺は空中に縫い付けられた――ように見える。
 目の前に迫っていたコンクリ片が静止している――ようにしか見えない。

 輪郭がぼやけて見えるのは、高速で移動しているからか。
 モーションブラーでもかかってるんだろう。

 じっと見てたら輪郭のぼけがなくなり、鮮明なコンクリ片になった。
 複合合金製の耐熱鉄骨には、インテリジェント建材規格の配線経路も、内蔵されている。

 高速通信環境用のファイバケーブルから、レーザー光が……明滅していた・・・・・・

 時間が止まってる――わけじゃないのか?
 生身の俺は死んで――ねえだろうな?

 視界中央下で、『ポーズマーク』がブルブルしてる。
 何かに耐えるような挙動。

 どうも『タイムライン表示』を押してしまったらしい。
 これはまだ習ってない機能だった。
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