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旦那編 marito

41:道を行く Per andare sulla via

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 希望の町を出て、北へ向かう。
 低い丘陵がどこまでも続き、彩る草は季節のせいか、黄と茶が混じる。
 石砂利の道の両側には、ぼつぼつと常緑樹が並ぶ。
 道幅は四メートル程度だろうか、地勢に沿って幾分か曲がりながら地平線の先、見えなくなるまで続いている。
 振返れば、希望の町の姿が段々小さくなる。
 少しの寂しさと期待の入り混じった不思議な想いが意識を巡る。

 これまでのことを振り返る。
 この世界イル・モンドに降り立ってから、ひたすら走って来たように感じる。
 楽しさの中に義務感すら覚える。休むと後れを取るという少しばかりの恐怖感すらある。
 何故かって? もう一つの我が身なのだろう。現実レアーレの経験と何処が違うのだろうか。

 あれはどうしているだろう?
 意地を張る性格だから、決して言わないだろうが、楽しそうにログ・インアッチェッソして行く様子を見ると結構順調なのかもしれない。
 どんなキャラなのか、性別すらも分からない。
 でも、あいつのことだから男の子だよな。

 傾く日差が並木の姿を道上に描き出す。
 エドは黙々と先頭を歩く。
 右手中指には “力の指輪„ が白く輝く。
 はるっちとサブが続くが、今日は二人共珍しく寡黙だ。
 はるっちは景色を楽しんでいるようだ。
 緑の葉の形をした髪飾 ”森の微風そよかぜ„ が黒髪に良く似合う。
 サブの肩には、いつものように幻影ヴィジオーネがとまる。
 彼が “森の目覚め„ を装備してから、ほとんどの時間寄り添うように傍を離れない。
 でも、彼はいつも飄々として捉え処がない。
 私の左に居るジョルジュは、ずっと竪琴アルパを出したままで、時々愛し気に触わる。
 そう、新しいお気に入りは見て居たいもんね。
 わたしは、左中指に “火の指輪„ を装備した。
 これで、二つが手に入った。きっと、“風„ と “地„ もあるよね。

 幹線道路のせいか、モンスターにほとんど出会うことがない。居ても、遠くに姿が見える程度だ。
 旅は順調に進む。
 小川にも石橋が掛かっており、手間取ることはない。
 たまに、人とすれ違うが、普通の旅人のようだ。
 道の所々に、休めるように石造のベンチがある。良く整備されている。
 穏やかな旅路が続く。
 山路に入り道幅が狭くなり、連なる枝が伸び出している。
 枝のアーチを潜り抜けて進む。彼方此方にせせらぎがあり、水の心配もない。
 開けた場所に出ると、遠くに青く霞む山々が見える。
 
 日が傾き、野宿カンペッジョできそうな場所を探す。
 さすがに幹線道路だけあって、場所は直ぐに見つかった。簡易的だが水場も付いている。
 少しばかり早い時間だったが、テントパックを展開し、野宿カンペッジョの準備をする。
 みんな慣れたもんだ。あっという間に出来上がる。

 夕食後、みんなでのんびりお茶を楽しむ。
「ジョルジュ、せっかくだから、竪琴アルパを聞かせてくれない?」
 こういう時には聞きたいよね。
「そうですな。旅の無聊ぶりょうの慰みになれば……」
「拙は日本の古い歌が聞きたいのぅ」
「ふむ」
 ジョルジュは三拍子の調べで歌い始める。

  空にさえずる 鳥の声
  みねより落つる 滝の音
  大波小波 鞺鞳とうとう
  響き絶やせぬ 海の音
  聞けや人々 面白き
  この天然の 音楽を
  調べ自在に 弾き給もう
  神の御手おんての 尊しや

  春は桜の 綾衣
  秋は紅葉の 唐錦
  夏は涼しき 月の絹
  冬は真白き 雪の布
  見よや人々 美しき
  この天然の 織物を
  手際見事に 織りたもう
  神のたくみの 尊しや

  うす墨ひける 四方よもの山
  くれない匂う 横がすみ
  海辺はるかに うち続く
  青松白砂の 美しさ
  見よや人々 たぐいなき
  この天然の うつし絵を
  筆も及ばず かきたもう
  神の力の 尊しや

  あしたに起こる 雲の殿
  夕べにかかる 虹の橋
  晴れたる空を 見渡せば
  青天井に 似たるかな
  仰げ人々 珍らしき
  この天然の 建築を
  かく広大に 建てたもう
  神の御業《みわざ》の 尊しや

 ジョルジュ、その歌は反則


*「天然の美」
 作詞:武島羽衣、作曲:田中穂積、1902年(明治35年)
 著作権は消滅しておりますので、問題ないと考えています。
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