精霊の大陸

花ウサギ

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第一章 未知を抱く者

金色の少年

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 アトランティス帝国は、もう二万年もの時を平和のうちに統治していた。大いなる精霊の庇護の下、緑豊かな大陸の中央にそびえ立つのは、帝国の屋根と呼ばれる霊峰アトラス。その白銀の頂から遥か南西に下った平原に、首都ポセイディアは栄えていた。
 季節は夏。生暖かい微風がポセイディアの石造りの街を、緩やかに、柔らかく吹き抜けていく。
  街中にはこの辺りで採れる白粉石と呼ばれる、白くて頑丈な石をふんだんに使った建物が所狭しと建ち並んでおり、規則的に統一された街並みの美しさを人々に感じさせた。
 初めてポセイディアを訪れる異邦人でも、この都がいかに入念な都市計画と建築技術の高さに基づいて造られたかがはっきりと分かるだろう。
  街の中心部には環状運河があり、白い街並みをさらに南に抜けて行くと、そこには庶民の子供たちが通う小さな学校がある。そこでは今日で学び舎を卒業する少年少女たちが、教師と共に芝生に腰掛け語らいでいた。風が木々を揺らすと、ちぎれそうになっていた葉一枚が、ヒラヒラと舞い降り、とある少年の髪に絡みついた。
 少年の名は、ラヴァーンといった。この春12歳になったばかりの少年は、髪に絡まった木の葉を振り落とすと、短く切った金髪を無造作にかきあげた。少年は空を見上げ、眩しそうに目を細めた。瞳の色が、その髪の色を映したように琥珀色に煌めいている。力強くて、真っ直ぐな眼差し。少年の瞳は未来を見つめていた。
( 明日からは、違う一日が始まるんだな )
  同級生たちのほとんどが進むべき将来の道を歩み始めた中、ラヴァーンの進路は未だ白紙のままだった。しかし少年の頭の中にはすでに、ずっと大事に暖められてきた考えがあったのだ。その考えはここ数日頭の中から離れなかったが、口に出す勇気がまだラヴァーンには持てなかった。
 ラヴァーンは目の前の女性教師に視線を戻すと、彼女の言葉に耳を傾けた。
「 みなさん卒業おめでとう。この学び舎で学んだことを忘れずに、これからも精進して行ってください。卒業の証しとして、これからみなさんに〈精霊の石〉を渡します。一人づつ前に出るように 」
 そう言って女性教師は傍らに置いた革袋の中からペンダントを取り出した。ペンダントの先についた透き通った石が虹を描いてキラキラと煌めいていた。
「 〈精霊の石〉だ 」
 生徒たちは騒めき、囁きあっていた。
 氷のように純粋な光を放つこの石はアトランティスでは誰もが身につけているポピュラーなもので、普通は生まれた時に両親から贈られることが多い特別な石だった。子供のうちはみな、親指の先ほどの小さな〈精霊の石〉をペンダントにして身につけている。今ラヴァーンたち12歳の少年少女が身につけているのも、まさにその大きさだった。しかし目の前の〈精霊の石〉は、彼らが持つ子供用の石を五つくらい合わせたほども大きかったのだ。
 しかも立派なのはその大きさだけではなく、石の台座には細やかで美しい模様が刻まれていたので、石を見た生徒たちの間からは歓声とため息がもれた。用意された〈精霊の石〉は、何もかもが大人が身につけているものと同じであり、その事が少年少女たちをときめかせた。
「 ラヴァーン・イシュタル、卒業おめでとう 」
「 ありがとうございます 」
 ペンダントを掛けてもらうと、今までのものとは違う、首にズシリとくる重みをラヴァーンは感じた。石の重みは学び舎で過ごしてきた様々な日々の思い出とも重なり、ラヴァーンは自分が少し大人に近づけたように感じて嬉しかった。ますます大人としての自覚を感じずにはいられなかった。
 ペンダントを受け取ると生徒たちは散り散りになり、それぞれ思い思いに時を過ごした。ラヴァーンは友人たちとふざけ合い、別れを惜しんで語りあった。

 帰り道、風は止んでいた。暖かな日差しが照りつける街並みを、ラヴァーンは友人のシーヴァと並んで歩いていた。シーヴァは一番気心の知れたかけがえのない親友で、癖のあるプラチナブロンドの髪を肩まで伸ばし、紫色の瞳にはいつも人懐こい笑顔を浮かべていた。何より口元のえくぼがシーヴァの一番魅力的なポイントだと、ラヴァーンは思っている。もちろんそれを口にしたことはなかったが。
 どちらかと言えばシーヴァは、無愛想で口数の少ないラヴァーンとは対照的な少年なのだ。
 夏の陽気で温まった石畳の上をゆっくりと踏みしめつつ、ラヴァーンの手は胸元のペンダントをぎゅっと握りしめていた。
( この先何が自分を待っているんだろう )
 自分の可能性を試してみたい欲求が、ラヴァーンの若い心をくすぐって離さなかった。期待に胸がふくらむと、自然と笑みがこぼれ出た。
「 どうした、ラヴァーン? 」
 隣りを歩く友の顔を、シーヴァは不思議そうに見つめていた。
「 どうって? 」
「 さっきから顔がニヤけてるぞ 」
 気持ちを見透かされて、ラヴァーンは内心ドキリとした。
「 まるで、夢見るような瞳だ 」
 探るようにラヴァーンの目を覗き込んでいるシーヴァは、友人の反応を楽しんでいるように見えた。
「 なんだよ、あんまりじろじろ見るなよ 」
 動揺を隠すようにラヴァーンが顔を背けると、シーヴァは何か閃いたように、
「 そうか、分かったぞ! 」
 と言ってラヴァーンの左手首をつかみ、高く持ち上げた。   
 ポセイディアの女の子には学校を卒業する時、気に入った男の子に腕輪を贈る習慣があった。シーヴァの予想通りなら、ラヴァーンの
腕に証拠があるはずだったのだが、
「 あれっ!? 」
 しかしラヴァーンの手首に何も着いてないことを確認したシーヴァは、不思議そうに首をひねった。何人かの女子がラヴァーンに声を掛けている姿を確かに見たからだ。
 戸惑うシーヴァの手を、ラヴァーンは素早く振りほどいた。
「 よせって。腕輪なんかじゃない 」
 そう言って否定したラヴァーンだったが、シーヴァが見たことは事実だった。それなのにラヴァーンが腕輪をしていなかったのは、恥ずかしそうに頬を赤らめた彼女らの贈り物を、素っ気なく断わっていたからだった。 
 女の子に興味がない訳じゃなかったが、ただそれよりもラヴァーンの興味は今、自分の将来に向けられていたのだ。女の子たちの甘い囁きを聞くより、今は自分だけの果てしない夢を追いかけてみたかった。
「 お前も無粋なやつだな。女の子たちの、淡い青春の思い出が台なしだぞ 」
 からかうような微笑みがシーヴァの目元に浮かんでいる。
「 さぁね・・興味ない・・ 」
 ぶっきらぼうに言い放つラヴァーンにあきれつつ、
「 ありがとうって言って、受け取れば良かったのに 」
 シーヴァは見せびらかすように、腕輪を着けた左手をジャラジャラと揺らした。軽く十本は越えているだろうか。自慢げにニヤっと微笑む姿にラヴァーンは内心ムッとした。
「 女の子たちにとって、男の子に腕輪を渡すのは楽しいイベントなんだぜ。ったく、少しは気を回せよ。彼女たちを喜ばせようとは思わないのか? 」
「 俺はよくわかんねーよ。お前みたいに器用じゃねーし。そんなことより剣を振りまわしてる方がよっぽど楽しいぜ 」
  剣の事を語る時のラヴァーンは、いつでもキラキラとした目をしていた。
「 お前は本当に剣術バカだな 」
「 ・・悪いか? 」
 シーヴァは小さくため息をついた。
「 剣の腕を磨くのはいい。けど、たまには女の子たちと話してみろよ。気持ちが豊かになるぞ 」
 得意げな眼差しでシーヴァに見つめられるのは面白くなかったが、下手に否定するとしつこく言われそうだったので、ラヴァーンは、
「 じゃあ、考えてみる 」
と素直に答えてうなずいた。
「 ・・そうか 」
 シーヴァは何だかていよくあしらわれたような気がして、今いち納得出来なかったが、それ以上その話題にふれるのはやめることにした。
「 腕輪の事じゃないなら、何でさっきあんなに嬉しそうだったんだ? 」
「 当ててみろよ 」
 今度はラヴァーンの方がいたずらな笑みを浮かべながら、横目で友人を見た。
「 何か企んでる顔だな、その顔は 」
 企んでいるというより、覚悟が決まったと言った方が正解かもしれない。不思議なことに、さっき新しい〈精霊の石〉を身につけてから、臆病だった気持ちに変化が出てきたことにラヴァーンは気づいていた。
( これが石の力なのか・・? )
 頭の中で思い描いてきた考えを、今なら口にすることが出来るような気がした。ラヴァーンは心を決めた。
「 ・・まぁね。なぁ、シーヴァ。後でちょっと会わないか? 聞いて欲しいことがあるんだ 」
「 聞いて欲しいこと? 」
「 あぁ 」
「大事な話か? 」
「 そうだ 」
 シーヴァの顔に困惑の色が浮かんだ。
「 聞いてやりたいけど、俺、今日はこのあと楽師さまのところに行く予定なんだ 」
 シーヴァは卒業後、楽師を目指すつもりだった。竪琴が何より大好きなシーヴァは、暇さえあればその並外れた腕前で美しい旋律を奏でている。その才能はポセイディアでも指折りの名楽師と言われるドラシルクの目に止まり、彼に弟子入りすることが決まっていたのだ。
 もちろんラヴァーンも、友の夢に賭ける思いを邪魔する気はなかった。
「 ・・夜でもいい。少しだけ時間作れないか? 」
「 夜なら大丈夫だけど・・ 」
 少し考えてからシーヴァは、
「 でも今夜は俺たち〈月鏡の儀〉に参加するだろう? 大事な儀式に遅れるとまずいんじゃないか? 」
 〈 月鏡の儀〉は若者たちの未来を占う大事な儀式で、ポセイディアでは12歳になり学校生活を終えると、誰もがこの通過儀礼に臨むことになっていた。
 大いなる精霊が一人一人に与えた宿命の星を知る事が出来る、一生に一度の儀式だ。ラヴァーンも長いことこの儀式を心待ちにしていたのだ。もちろん忘れているはずはなかった。
「 〈月鏡の儀〉が始まるのは、月が一番高く登る深夜だ。大丈夫、そんな長い話じゃない。今夜いつものところで会おうぜ 」
「 仕方ないな 」
 口元にえくぼを浮かべると、シーヴァはウインクで応えた。
 
 大通りまで来ると、潮の香りがほのかに鼻をくすぐった。ここから街の中心部に向かって五分も歩けば、環状運河に辿り着くだろう。ラヴァーンはいつもここでシーヴァと別れて三輪橋に向かうのだ。
「 またな、ラヴァーン 」
「 あぁ、またあとで 」
 大通りを抜け、三輪橋の手前までくると貴族の邸宅が建ち並ぶ〈三の島〉が見えた。〈三の島〉はこの環状運河の一番外側にある運河島のことだ。ポセイディアの中心に位置するこの環状運河は、三重になっていた。中心から、小運河、中運河、大運河と輪は大きくなっていく。
 そして運河の間には三重からなる運河島もあった。中心部には一番小さな一の島、二の島、三の島と、やはり輪は大きくなっていった。三の島には貴族など特権階級の人々が暮らしており、ラヴァーンはポセイディアでは名家として知られるイシュタル家、いわゆる貴族階級の人間だった。
 貴族の子でありながら庶民の通う学校に通っていたラヴァーンは、貴族社会の中では少々浮いた存在でもあった。気取りのない、活発でヤンチャな少年は、貴族の子息というより少年グループのリーダーという感じだったからだ。
 三輪橋に差し掛かった時、ラヴァーンは青い空の中、一隻の白い飛行船が浮かんでいるのを目にした。眼下に広がる巨大な運河では、空色に染まったさざ波の上、光の欠片たちがキラキラと踊っている。ほんの少し前にここから飛び立った船かもしれない、とラヴァーンは思った。
 広大な運河にはそよそよと風が吹いていた。潮の香りをたっぷり含んだその風を、ラヴァーンは腹の底まで吸い込んだ。橋の欄干に肘をつくと空を見上げ、優雅に飛行する白い帆船にそのキラキラとした眼差しを向けた。
 次第に遠ざかっていく後ろ姿を目で追いながら、
( どんな世界なんだろうな・・ポセイディアの外の世界は )
 まだ見ぬ未知の世界への憧れに、ラヴァーンは心を熱くした。
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