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第二章 夢を見る者
双剣の守護
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気を失ってから、どれくらいの時が過ぎたのだろう。ラヴァーンがベッドで目を開けた時、シーンと静まり返った部屋の中には、ザーッと打ちつけるような雨音が響いていた。
昨晩あれ程美しく輝いていた満月も、澄み切った青い夜空も、今は見る影もなかった。分厚い雨雲は日の光が差し込む隙を与えることなく、ポセイディアの空を覆っていた。
部屋の中は薄暗かった。だからラヴァーンには今がまだ夜なのか、朝が来たのかまるでわからなかった。頭の中もスッキリしなかった。まどろむ意識の中、窓ガラスを流れ落ちる雨筋をぼんやりと眺めながら、ラヴァーンはつぶやいた。
「 ここは、俺の部屋・・? 俺は・・どうしたんだっけ・・」
右手で目頭を押さえつつ、ラヴァーンは夕べの記憶を辿ってみた。月鏡の儀・・霊導師イルダーナ・・星語り・・そしてその後の記憶がまるでなかった。
( 俺は気を失ったのか・・?)
もしかしたら・・いや、そうとしか考えられなかった。
( たぶん俺は儀式の最中に気を失ってしまって、そのままイシュタルの館まで運ばれてきたんだろう・・大勢の人々の見ている中で、それも大事な儀式の最中に・・俺、何やってんだろう )
今まで12年間生きてきた中で、集大成となる晴れの舞台での失態に、ラヴァーンは自身に落胆した。立派に儀式を終えることで、叔父と叔母を安心させてやりたいと思っていたのだ。
( 叔父上はガッカリしただろうか・・ )
王太子の側で儀式を見守っていたアルドランの姿が脳裏に浮かんでくる。すると何だか罪悪感のようなものが胸にこみ上げてくるのを感じた。
( 叔父上・・ )
ベッドから起き上がると、ラヴァーンは急いで服に着替えて部屋を出た。出来るだけ早くアルドランに会いたいと思った。会って夕べのことを聞いてみたかったのだ。
廊下はまだ薄暗かったので、ラヴァーンは手探りで階段を下りて行った。人の気配はなかった。だから今は早朝だとラヴァーンは直感した。だとしたら、アルドランはいつもの稽古場にいるはずだ。毎朝二人で行う剣術の稽古の為にーー
ラヴァーンの読みは当たっていた。一階の廊下を進んで中庭に出ると、稽古場の入り口が開いていて、人影が動くのが見えたのだ。タイミング良く雨足も少し弱まってきたので、ラヴァーンは駆け足で入り口に飛び込んでいった。
アルドランはそこにいた。逞しい身体、躍るような身のこなし。その手には長くドッシリとした長剣が煌めいていた。ただ剣術の基本の型をこなしているだけなのに、アルドランの動きには魔術のように人を惹きつけるものがあった。
ラヴァーンもその動きに暫し見入ってしまったが、アルドランと目があった瞬間、現実に引き戻された。
「 叔父上、おはようございます。遅くなってしまってすみません 」
アルドランは動作を止めることはなかった。
「 私が早かったのだ、気にするな。それより体の具合はどうだ? 」
「 全然平気です 」
自身の失態の恥ずかしさを隠すように、ラヴァーンは” 全然 ”という言葉を強調した。強調したかった。
「 そうか 」
アルドランはラヴァーンを一瞥もせずに型をこなしている。少年は決まり悪そうにうつむいた。
「 叔父上・・夕べはすみませんでした。俺、あんな大事な場面で・・ 」
「 あれは事故だ 」
はっきりとした口調で、アルドランは少年の言葉を遮ぎった。
「 事故・・? 」
「 そうだ。詳しいことは後で話すが、何らかの理由で星が暴走し、その影響でお前は気を失ったのだ 」
「 そうだったんですか・・」
自分の失態ではないことを知り、ひとまずラヴァーンは安堵した。だが、星が暴走したというアルドランの言葉が心に引っかかった。
( 俺が気を失っている間、何があったんだろう・・?)
ラヴァーンが考え込もうとした時、アルドランの怒声が飛んできた。
「 ラヴァーン、何をしている! 今は稽古の時間だ。早く武器を持て! 」
アルドランは剣を一振りすると、長剣を両手で握り、正面に構えた。鋭い剣先がうっすらと、不気味に光を放っている。ラヴァーンは息を飲むと、稽古場の壁に視線を走らせた。
( あの長剣と渡り合える武器は・・? )
壁一面には様々な種類の武器が収納されていた。視線を走らせていく中で、1つの武器にラヴァーンの目は止まった。それはラヴァーンの身長の倍くらいもある長槍だった。
( リーチは十分だな。使いこなせればだけど・・ )
槍は得意分野ではなかったが、長さを生かして上手く立ち回ることが出来れば、勝機を呼び込めるかもしれない。考えられる中ではベストな選択だった。
ところが槍を手に取ろうとした瞬間、どういう訳かまるで何かに導かれるように、ラヴァーンの手は槍の手前にあった細身の双剣を掴み取ってしまったのだ。
( どうして?! )
予想外のことに内心驚いたラヴァーンだったが、双剣を手放し、槍に持ち替えている暇はなかった。すぐにでも飛びかかろうとしているアルドランの気配を感じたからだ。ラヴァーンはそのまま素早く双剣を両手に握ると、右手の剣を前に構え、左手の剣を後ろに引いた。
間髪入れずにアルドランの長剣が切りかかってきた。ラヴァーンは太刀筋の反対に身をかわすと、反動を利用して右手の剣を振り回した。アルドランは難なく後ろに身をかわすと、長剣を横に倒し弧を描いて斬り込んできた。
真一文字の太刀筋はわずかにラヴァーンの胸をかすったが、すんでのところで宙に飛び上がったため、重症には至らなかった。ラヴァーンはそのままくるりと後ろに回転しながら降りると、再び双剣を構えた。
切り裂かれた服の間からは、赤い色がのぞいている。ラヴァーンはぎゅっと唇を噛んだ。
アルドランの長剣は、優にラヴァーンの肩くらいまでの長さを誇る。その上重量もあるこの剣を軽々と振り回すのだから、アルドランの豪腕たるや凄まじいものだった。さすがに王の聖騎士の中でもトップクラスの強さを誇る剣士だけのことはある。
対するラヴァーンには、身の軽さ以外のアドバンテージはない。ラヴァーンが死なない程度にアルドランは加減してくれるだろうが、だからと言って手を抜くことはしないだろう。いつでも本気を求めてくる人なのだ。生半可な気持ちで挑むことは許されない。
二人が向かい合って立つ稽古場の屋根の上では、雨音が激しさを増していた。その轟音に全ての音がかき消されていく。その中で二人は、少しづつ間合いを詰めながらタイミングをはかっていた。
ふいにアルドランの空気が一変したのをラヴァーンは感じた。身体中をビリビリとした衝撃が駆け抜ける。今まで感じたことのない強い殺気が、アルドランの全身からかもし出されているのを感じた。その目が鋭く光っている。
( すごい殺気だ・・ )
アルドランは長剣の先をラヴァーンに向けると、肩の高さに持ち上げて構えの姿勢をとった。これはアルドランが本気で狙うときの構えだった。物凄い速さで相手に斬り込む、アルドランの得意技の一つだ。
( 本気で来るつもりなのか・・? )
ラヴァーンの顔から一気に血の気が引いていった。同時に、未だかつて感じたことのない恐怖が全身を駆け巡った。双剣を握る手が震え出す。
( 落ち着くんだ・・気を鎮めろ!)
落ち着こうとすればするほど胸の鼓動は高鳴り、呼吸は大きく乱れた。身体がまるで言うことをきかない。恐怖とは、こうも心と身体を支配するものなのか・・。
ラヴァーンは動揺しながらも、ゆっくりと呼吸を数えてみることにした。何かに自分の意識を集中したかったのだ。すると少しづつだが、気持ちが落ち着いてくるのが分かった。
( そうだ、余計な事は考えるな。集中するんだ )
乱れた呼吸を整えつつ、ラヴァーンは先ほどのように左身を引き、双剣を構えた。
「 折れるなよ ・・ 」
自分の弱い気持ちに喝を入れるつもりでつぶやいたつもりだった。しかしその時、両手に持った双剣がうなずいたような感覚をラヴァーンは覚えたのだ。と同時に、力が身体中にみなぎってくるような気がした。
( 俺に力を貸してくれるのか?)
双剣を握る手に力が満ちていた。
( ・・賭けてみるかな・・相棒に )
ラヴァーンは両手に神経を集中し、できるだけ肩の力を抜いた。双剣を強く握りしめた。
( 大いなる精霊よ、俺はこの試練を越えたい。どうか俺に勇気を・・)
本気のアルドランを相手にすれば、たとえ命が無事でも腕の一本や二本くらいは覚悟しなければならないかもしれない。ラヴァーンは心を決めて、アルドランを強く見据えた。
その時、向かい合うアルドランの目に稲妻が走った。次の瞬時、物凄い速さで突いてくるアルドランの長剣を、肌でかすりながら辛うじてラヴァーンはかわした。かわしながら、自然と身体は次の動きに入っていた。
頭の中は空っぽだった。ラヴァーンの中から考えること全てが消え去っていた。偉大なるものに身を委ね、安らぎに身を包まれている自分を感じていた。全ての動きがスローモーションの中にあった。
そしてその時、ラヴァーンは不思議と自分のするべき事が分かったのだ。だから迷わなかった。
双剣の意志に身を委ねるように、ラヴァーンは身体を回転させ、アルドランの長剣に左右の双剣を連続で振り下ろした。芯でとらえた感覚を感じた瞬間、長剣は真っ二つに折れて飛び散っていた。
「 やった!! 」
アルドランは長剣を突いた姿勢のまま動かなかった。しばらくして身体を起こすと、長剣を降ろし、左の頬に手を当てた。指の間から真っ赤な鮮血が幾筋もしたたり落ちているのが見えた。
「 叔父上! 」
アルドランは手を挙げてラヴァーンを制した。
「 心配ない。折れた剣の破片がかすっただけだ 」
ラヴァーンは壁際の台に置かれてあった布を一枚手に取り、アルドランに手渡した。受け取った布を頬に当てながらアルドランは、
「 初めて私から一本取ったな、ラヴァーン。恐怖を乗り越えたか 」
普段からあまり表情を変えることのないアルドランの顔に、珍しく微笑みが浮かんでいた。
「 叔父上・・ 」
初めてアルドランに認められたことがラヴァーンは嬉しかった。滅多に褒めることのない叔父が自分を褒めてくれたことで、自分に少しだけ自信が持てそうな気がしたのだ。
両手に握りしめた双剣からは暖かさがにじんでいた。まるで微笑んでいるかのような、優しい暖かさだった。
( ありがとな )
共に戦ってくれた相棒に、ラヴァーンは心の中でそっと囁いた。
「 喜ぶのはまだ早いぞ、ラヴァーン。お前は今、やっと入り口に立ったばかりなのだ。ここからがお前にとって本当の修行になる 」
アルドランはいつもの厳しい眼差しで少年を見つめた。
「 はい! がんばります!」
ラヴァーンも再び気持ちを引き締めた。確かにアルドランの言う通りだと思った。ラヴァーンは昨晩やっと、大人になる為の通過儀礼を受けたばかりで、大人と言ってもまだ12歳の少年に過ぎないのだ。ラヴァーンの前には、これから学ばなければならないことが山のように待ち受けている。
( 今よりもっと強くなろう。この双剣と共に沢山のことを学んでいくんだ。でもその前に、俺は俺のやるべきことを探さないとな・・ )
ラヴァーンは自分の宿命の星に思いをはせた。死と再生を司る星、サラマンドラ。何かを終わらせ、新しい何かを創造するための道をラヴァーンはこれから進むつもりだった。その何かを見つける旅に出たいと思った。
しかしポセイディアを離れることに、アルドランは賛成してくれるだろうか。旅に出てみたいという気持ちを、ラヴァーンはまだアルドランにもテヌートにも伝えてはいなかった。
「 叔父上、俺、以前から考えてた事があるんですが・・ 」
「 ポセイディアを出て、色々と経験してみたいんじゃないのか? 」
「 どうしてそれを・・ ?! 」
驚きを隠せないラヴァーンを見つめるアルドランの眼差しが微笑んでいた。
「 それくらいのことは分かるさ。私はお前の叔父だからな。実を言うと、私も前からそう思っていた。旅はお前の可能性を広げてくれるはずだ。試してみるがいい 」
ラヴァーンの琥珀色の瞳がキラキラと、強く輝いていた。
「 その双剣はお前への餞別だ。持っていくがいい 。良い相棒を見つけたな 」
「 叔父上、ありがとうございます。俺、大切にします 」
ラヴァーンの胸は喜びと期待に膨らむばかりだった。嬉しそうな少年の様子を見つめていたアルドランだったが、ふいにその瞳が優しい光を映した。
「 テヌートは寂しがるかもしれないな・・たまには便りを出してやれ。それだけでいい 」
その言葉にラヴァーンの胸は締めつけられるような痛みを感じた。叔母の暖かな微笑みが、眼差しが心に浮かんできた。
アルドランは大きな手でラヴァーンの肩をポンと叩いて言った。
「 一人前の男になって帰って来い 。時間ならいくらかかってもかまわんさ。待つことも楽しみの一つだからな 」
「 ・・はい 」
こんなに優しい目をしたアルドランを、ラヴァーンは初めて見た気がした。
昨晩あれ程美しく輝いていた満月も、澄み切った青い夜空も、今は見る影もなかった。分厚い雨雲は日の光が差し込む隙を与えることなく、ポセイディアの空を覆っていた。
部屋の中は薄暗かった。だからラヴァーンには今がまだ夜なのか、朝が来たのかまるでわからなかった。頭の中もスッキリしなかった。まどろむ意識の中、窓ガラスを流れ落ちる雨筋をぼんやりと眺めながら、ラヴァーンはつぶやいた。
「 ここは、俺の部屋・・? 俺は・・どうしたんだっけ・・」
右手で目頭を押さえつつ、ラヴァーンは夕べの記憶を辿ってみた。月鏡の儀・・霊導師イルダーナ・・星語り・・そしてその後の記憶がまるでなかった。
( 俺は気を失ったのか・・?)
もしかしたら・・いや、そうとしか考えられなかった。
( たぶん俺は儀式の最中に気を失ってしまって、そのままイシュタルの館まで運ばれてきたんだろう・・大勢の人々の見ている中で、それも大事な儀式の最中に・・俺、何やってんだろう )
今まで12年間生きてきた中で、集大成となる晴れの舞台での失態に、ラヴァーンは自身に落胆した。立派に儀式を終えることで、叔父と叔母を安心させてやりたいと思っていたのだ。
( 叔父上はガッカリしただろうか・・ )
王太子の側で儀式を見守っていたアルドランの姿が脳裏に浮かんでくる。すると何だか罪悪感のようなものが胸にこみ上げてくるのを感じた。
( 叔父上・・ )
ベッドから起き上がると、ラヴァーンは急いで服に着替えて部屋を出た。出来るだけ早くアルドランに会いたいと思った。会って夕べのことを聞いてみたかったのだ。
廊下はまだ薄暗かったので、ラヴァーンは手探りで階段を下りて行った。人の気配はなかった。だから今は早朝だとラヴァーンは直感した。だとしたら、アルドランはいつもの稽古場にいるはずだ。毎朝二人で行う剣術の稽古の為にーー
ラヴァーンの読みは当たっていた。一階の廊下を進んで中庭に出ると、稽古場の入り口が開いていて、人影が動くのが見えたのだ。タイミング良く雨足も少し弱まってきたので、ラヴァーンは駆け足で入り口に飛び込んでいった。
アルドランはそこにいた。逞しい身体、躍るような身のこなし。その手には長くドッシリとした長剣が煌めいていた。ただ剣術の基本の型をこなしているだけなのに、アルドランの動きには魔術のように人を惹きつけるものがあった。
ラヴァーンもその動きに暫し見入ってしまったが、アルドランと目があった瞬間、現実に引き戻された。
「 叔父上、おはようございます。遅くなってしまってすみません 」
アルドランは動作を止めることはなかった。
「 私が早かったのだ、気にするな。それより体の具合はどうだ? 」
「 全然平気です 」
自身の失態の恥ずかしさを隠すように、ラヴァーンは” 全然 ”という言葉を強調した。強調したかった。
「 そうか 」
アルドランはラヴァーンを一瞥もせずに型をこなしている。少年は決まり悪そうにうつむいた。
「 叔父上・・夕べはすみませんでした。俺、あんな大事な場面で・・ 」
「 あれは事故だ 」
はっきりとした口調で、アルドランは少年の言葉を遮ぎった。
「 事故・・? 」
「 そうだ。詳しいことは後で話すが、何らかの理由で星が暴走し、その影響でお前は気を失ったのだ 」
「 そうだったんですか・・」
自分の失態ではないことを知り、ひとまずラヴァーンは安堵した。だが、星が暴走したというアルドランの言葉が心に引っかかった。
( 俺が気を失っている間、何があったんだろう・・?)
ラヴァーンが考え込もうとした時、アルドランの怒声が飛んできた。
「 ラヴァーン、何をしている! 今は稽古の時間だ。早く武器を持て! 」
アルドランは剣を一振りすると、長剣を両手で握り、正面に構えた。鋭い剣先がうっすらと、不気味に光を放っている。ラヴァーンは息を飲むと、稽古場の壁に視線を走らせた。
( あの長剣と渡り合える武器は・・? )
壁一面には様々な種類の武器が収納されていた。視線を走らせていく中で、1つの武器にラヴァーンの目は止まった。それはラヴァーンの身長の倍くらいもある長槍だった。
( リーチは十分だな。使いこなせればだけど・・ )
槍は得意分野ではなかったが、長さを生かして上手く立ち回ることが出来れば、勝機を呼び込めるかもしれない。考えられる中ではベストな選択だった。
ところが槍を手に取ろうとした瞬間、どういう訳かまるで何かに導かれるように、ラヴァーンの手は槍の手前にあった細身の双剣を掴み取ってしまったのだ。
( どうして?! )
予想外のことに内心驚いたラヴァーンだったが、双剣を手放し、槍に持ち替えている暇はなかった。すぐにでも飛びかかろうとしているアルドランの気配を感じたからだ。ラヴァーンはそのまま素早く双剣を両手に握ると、右手の剣を前に構え、左手の剣を後ろに引いた。
間髪入れずにアルドランの長剣が切りかかってきた。ラヴァーンは太刀筋の反対に身をかわすと、反動を利用して右手の剣を振り回した。アルドランは難なく後ろに身をかわすと、長剣を横に倒し弧を描いて斬り込んできた。
真一文字の太刀筋はわずかにラヴァーンの胸をかすったが、すんでのところで宙に飛び上がったため、重症には至らなかった。ラヴァーンはそのままくるりと後ろに回転しながら降りると、再び双剣を構えた。
切り裂かれた服の間からは、赤い色がのぞいている。ラヴァーンはぎゅっと唇を噛んだ。
アルドランの長剣は、優にラヴァーンの肩くらいまでの長さを誇る。その上重量もあるこの剣を軽々と振り回すのだから、アルドランの豪腕たるや凄まじいものだった。さすがに王の聖騎士の中でもトップクラスの強さを誇る剣士だけのことはある。
対するラヴァーンには、身の軽さ以外のアドバンテージはない。ラヴァーンが死なない程度にアルドランは加減してくれるだろうが、だからと言って手を抜くことはしないだろう。いつでも本気を求めてくる人なのだ。生半可な気持ちで挑むことは許されない。
二人が向かい合って立つ稽古場の屋根の上では、雨音が激しさを増していた。その轟音に全ての音がかき消されていく。その中で二人は、少しづつ間合いを詰めながらタイミングをはかっていた。
ふいにアルドランの空気が一変したのをラヴァーンは感じた。身体中をビリビリとした衝撃が駆け抜ける。今まで感じたことのない強い殺気が、アルドランの全身からかもし出されているのを感じた。その目が鋭く光っている。
( すごい殺気だ・・ )
アルドランは長剣の先をラヴァーンに向けると、肩の高さに持ち上げて構えの姿勢をとった。これはアルドランが本気で狙うときの構えだった。物凄い速さで相手に斬り込む、アルドランの得意技の一つだ。
( 本気で来るつもりなのか・・? )
ラヴァーンの顔から一気に血の気が引いていった。同時に、未だかつて感じたことのない恐怖が全身を駆け巡った。双剣を握る手が震え出す。
( 落ち着くんだ・・気を鎮めろ!)
落ち着こうとすればするほど胸の鼓動は高鳴り、呼吸は大きく乱れた。身体がまるで言うことをきかない。恐怖とは、こうも心と身体を支配するものなのか・・。
ラヴァーンは動揺しながらも、ゆっくりと呼吸を数えてみることにした。何かに自分の意識を集中したかったのだ。すると少しづつだが、気持ちが落ち着いてくるのが分かった。
( そうだ、余計な事は考えるな。集中するんだ )
乱れた呼吸を整えつつ、ラヴァーンは先ほどのように左身を引き、双剣を構えた。
「 折れるなよ ・・ 」
自分の弱い気持ちに喝を入れるつもりでつぶやいたつもりだった。しかしその時、両手に持った双剣がうなずいたような感覚をラヴァーンは覚えたのだ。と同時に、力が身体中にみなぎってくるような気がした。
( 俺に力を貸してくれるのか?)
双剣を握る手に力が満ちていた。
( ・・賭けてみるかな・・相棒に )
ラヴァーンは両手に神経を集中し、できるだけ肩の力を抜いた。双剣を強く握りしめた。
( 大いなる精霊よ、俺はこの試練を越えたい。どうか俺に勇気を・・)
本気のアルドランを相手にすれば、たとえ命が無事でも腕の一本や二本くらいは覚悟しなければならないかもしれない。ラヴァーンは心を決めて、アルドランを強く見据えた。
その時、向かい合うアルドランの目に稲妻が走った。次の瞬時、物凄い速さで突いてくるアルドランの長剣を、肌でかすりながら辛うじてラヴァーンはかわした。かわしながら、自然と身体は次の動きに入っていた。
頭の中は空っぽだった。ラヴァーンの中から考えること全てが消え去っていた。偉大なるものに身を委ね、安らぎに身を包まれている自分を感じていた。全ての動きがスローモーションの中にあった。
そしてその時、ラヴァーンは不思議と自分のするべき事が分かったのだ。だから迷わなかった。
双剣の意志に身を委ねるように、ラヴァーンは身体を回転させ、アルドランの長剣に左右の双剣を連続で振り下ろした。芯でとらえた感覚を感じた瞬間、長剣は真っ二つに折れて飛び散っていた。
「 やった!! 」
アルドランは長剣を突いた姿勢のまま動かなかった。しばらくして身体を起こすと、長剣を降ろし、左の頬に手を当てた。指の間から真っ赤な鮮血が幾筋もしたたり落ちているのが見えた。
「 叔父上! 」
アルドランは手を挙げてラヴァーンを制した。
「 心配ない。折れた剣の破片がかすっただけだ 」
ラヴァーンは壁際の台に置かれてあった布を一枚手に取り、アルドランに手渡した。受け取った布を頬に当てながらアルドランは、
「 初めて私から一本取ったな、ラヴァーン。恐怖を乗り越えたか 」
普段からあまり表情を変えることのないアルドランの顔に、珍しく微笑みが浮かんでいた。
「 叔父上・・ 」
初めてアルドランに認められたことがラヴァーンは嬉しかった。滅多に褒めることのない叔父が自分を褒めてくれたことで、自分に少しだけ自信が持てそうな気がしたのだ。
両手に握りしめた双剣からは暖かさがにじんでいた。まるで微笑んでいるかのような、優しい暖かさだった。
( ありがとな )
共に戦ってくれた相棒に、ラヴァーンは心の中でそっと囁いた。
「 喜ぶのはまだ早いぞ、ラヴァーン。お前は今、やっと入り口に立ったばかりなのだ。ここからがお前にとって本当の修行になる 」
アルドランはいつもの厳しい眼差しで少年を見つめた。
「 はい! がんばります!」
ラヴァーンも再び気持ちを引き締めた。確かにアルドランの言う通りだと思った。ラヴァーンは昨晩やっと、大人になる為の通過儀礼を受けたばかりで、大人と言ってもまだ12歳の少年に過ぎないのだ。ラヴァーンの前には、これから学ばなければならないことが山のように待ち受けている。
( 今よりもっと強くなろう。この双剣と共に沢山のことを学んでいくんだ。でもその前に、俺は俺のやるべきことを探さないとな・・ )
ラヴァーンは自分の宿命の星に思いをはせた。死と再生を司る星、サラマンドラ。何かを終わらせ、新しい何かを創造するための道をラヴァーンはこれから進むつもりだった。その何かを見つける旅に出たいと思った。
しかしポセイディアを離れることに、アルドランは賛成してくれるだろうか。旅に出てみたいという気持ちを、ラヴァーンはまだアルドランにもテヌートにも伝えてはいなかった。
「 叔父上、俺、以前から考えてた事があるんですが・・ 」
「 ポセイディアを出て、色々と経験してみたいんじゃないのか? 」
「 どうしてそれを・・ ?! 」
驚きを隠せないラヴァーンを見つめるアルドランの眼差しが微笑んでいた。
「 それくらいのことは分かるさ。私はお前の叔父だからな。実を言うと、私も前からそう思っていた。旅はお前の可能性を広げてくれるはずだ。試してみるがいい 」
ラヴァーンの琥珀色の瞳がキラキラと、強く輝いていた。
「 その双剣はお前への餞別だ。持っていくがいい 。良い相棒を見つけたな 」
「 叔父上、ありがとうございます。俺、大切にします 」
ラヴァーンの胸は喜びと期待に膨らむばかりだった。嬉しそうな少年の様子を見つめていたアルドランだったが、ふいにその瞳が優しい光を映した。
「 テヌートは寂しがるかもしれないな・・たまには便りを出してやれ。それだけでいい 」
その言葉にラヴァーンの胸は締めつけられるような痛みを感じた。叔母の暖かな微笑みが、眼差しが心に浮かんできた。
アルドランは大きな手でラヴァーンの肩をポンと叩いて言った。
「 一人前の男になって帰って来い 。時間ならいくらかかってもかまわんさ。待つことも楽しみの一つだからな 」
「 ・・はい 」
こんなに優しい目をしたアルドランを、ラヴァーンは初めて見た気がした。
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