歯に衣着せぬ幼馴染

あやさと六花

文字の大きさ
6 / 12

6話 男爵夫人の願い

しおりを挟む
「奥様、お茶をお持ちしました」

 チェルシーの言葉に、男爵夫人が顔を上げた。ひどく悪い顔色だ。
 ベッドから出ようとした彼女を、チェルシーは慌てて止める。

「無理はなさらないでください。お医者様に絶対安静だと言われていますので」
「そうね……。それじゃあ、行儀が悪いけれど、ここでいただくわ」

 起き上がった夫人の背を支えるようにクッションを置き、チェルシーはお茶を淹れた。

「ふふ、あなたのお茶は相変わらず美味しいわね」
「……奥様、食べられるようでしたらお菓子もどうぞ」

 夫人は一月前に突然倒れてから、みるみるうちに弱っていった。食事もほとんど喉を通らなくなり、薬湯やチェルシーの淹れる茶くらいしか口にしなくなった。

 医者やマイロは、夫人は長くはないだろうと診断した。心身ともに衰弱しており、成す術はないと。

 それでもチェルシーは諦めきれず、茶と一緒に食べやすい菓子も出していた。
 
「ありがとう。……嬉しいけれど、気持ちだけいただくわ。それは、あなたが食べてちょうだい」
「……はい」

 やはり駄目なのかと、チェルシーは目を伏せた。
 
 お茶を飲み終えると、夫人は横になった。苦しそうに大きく息を吐き、チェルシーを見やる。

「チェルシー……少し、わたくしの話を聞いてくれるかしら? あなたに、伝えたいことがあるの」
「……もちろんです」

 平静を装おうとしたが、どうしても声が震えてしまう。
 夫人の死がもうすぐそこまで来ていることは、お互いによくわかっていた。

「知っていると思うけれど、わたくしは元々平凡な村娘だったの。たまたま村に立ち寄ったあの人と出会い、恋に落ちて嫁ぐことになったのよ。田舎者の平民が貴族に嫁ぐなんて、無謀だと家族に強く反対されたのだけれど……あの人を諦めたら、わたくしの人生はもう幸せではないと暴れたのよ」
「……奥様が、ですか?」

 信じられないというチェルシーの反応に、夫人は楽しそうに微笑んだ。
 
「ええ。その頃はわたくしもお転婆だったから。数日水も食事も取らずに部屋に立てこもったの。そうしたら、泣く泣く認めてくれて。……申し訳ないと思っているわ。抗議するにしても、他にも方法があったのに」

 夫人の語り口から、仲の良い家族だったことが伺えた。村を離れれば、滅多に会えない。好きな人の元にいくとはいえ、離れがたかっただろう。
 それでも、夫人は旅立つことを選んだ。

「貴族教育は厳しかったわ。それまでろくに礼儀も知らなかったのだから、覚えることもたくさんあって。……でも、全く苦じゃなかったの。あの人と一緒になるためだったから」

 夫人は目を伏せた。
 やせ細った己を手を見つめ、言葉を紡ぐ。

「もし、過去に戻ったとしても、わたくしは必ずあの人の手をとるわ。きっと。何があったとしても」

 夫人の声は澄んでいた。
 だから、チェルシーもただ彼女の言葉に耳を傾けた。

「わたくしは、幸せな人生だったわ。愛する人と結ばれて、子どもも出来て……家族を置いて行くのがつらいけれど。……チェルシー、短い間だったけれど、あなたにはとてもお世話になったわ。ありがとう」
「……いえ。あたしのほうこそ、奥様にはたくさん良くしていただいて……っ」

 堪えきれず、チェルシーの目から涙がこぼれた。
 夫人は優しく微笑んだ。

「チェルシー。あなたに、紹介状を書くわ」

 紹介状があれば、チェルシーのような孤児でも他の貴族の家でも働きやすくなる。本来ならば嬉しい提案だった。
 だが、今後も貴族の家で働くのは危険な気がした。男爵に会う可能性があるからだ。些細なことから夫人の故郷を調査したことがバレるかもしれないし、なるべく男爵には関わりたくはない。

「あら。もしかして、これからもここで働いてくれるつもりかしら?」

 返事のないチェルシーを見つめ、夫人は微笑む。

「それは嬉しいけれど、おすすめしないわ。あの人は後妻をとらないでしょうから夫人付きの仕事はないでしょうし、乳母やシッターは既にいるもの。それに……あなたはここにいないほうがいいわ」

 寂しそうに笑う夫人を見て、チェルシーは悟った。
 夫人は薄々気づいている。詳細はわかってはいないだろうが、男爵が自分に言えないことを行っていることを。

(それだけじゃないわ)

 彼が侍女の消息不明に関わっていることも、チェルシーが自身の身に危険が及ぶのではないかと恐れていることも、きっと夫人は悟っている。

「奥様……」
「ルーイづてでも新たな仕事先を探すことはできるけれど……紹介状があったほうがより良いところで働けるから。ここから少し離れているけれど、友人がいるからそちらに行くといいわ。とても気の良いご婦人だから安心してちょうだい。馬車の手配などは……さすがに今のわたくしでは難しいわね。あの人に手配をお願いするわ」

 これは夫人の気遣いだ。夫人の生前の頼みであれば、男爵はチェルシーを無事に新たな主の元に引き渡すだろう。
 遠方であれば、男爵に遭遇する可能性も低くなる。逃げ切ることもできるのかもしれない。

「ありがとうございます、奥様」
「いいのよ。……わたくし、いろいろ面倒をかけてしまったのだもの」

 夫人は今夜書いておくと約束し、子息を連れてくるようチェルシーに頼んだ。

 男爵を交え、家族三人で過ごした夫人は、翌朝眠るように亡くなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...