迷い人は願う

あやさと六花

文字の大きさ
3 / 29

3話

しおりを挟む
 ジェラルドが孤児となる前、彼はエルドレッドという名を両親から与えられていた。

 ジェラルドことエルドレッドの生家であるターナー邸は小高い丘に建つ白亜の屋敷だった。三百年ほど前に建てられた年季の入ったものだが、柱や階段の手すりに至るまで細かい彫刻が施された美しい屋敷だ。

 庭はガーデニング趣味の母の手により、年中花が咲き誇っている。そんな自慢の庭で遊ぶのが、エルドレッドと五つ年下の弟コンラッドの日課だった。

 半年前に十二の誕生日を迎えてからターナー家の次期当主としての勉強が更に忙しくなり、以前よりは遊ぶ時間を取るのが難しくはなったが、エルドレッドは空いた時間をできるだけ弟のために使った。
 たったひとりの兄弟に寂しい思いをさせたくはなかった。

「兄ちゃん、お勉強おわったの? じゃあ、かくれんぼしよ!」

 庭のガゼボに姿を表したエルドレッドに気づいて目を輝かせるコンラッドに微笑ましい気持ちになる。深い紫色の髪も茶の瞳もエルドレッドと全く同じ色なのに、コンラッドのものは特別綺麗に思えるから不思議だ。

「いいよ。兄ちゃんが鬼をしよう。ただし、隠れるのは庭の中だけ。あと、今日は小屋の方でブライアンが作業をしているから、邪魔したらダメからな」

 ブライアンは最近住み込みで働き始めた下働きの少年だ。母の友人が遺した子で、エルドレッドより二つ下だが、背格好はエルドレッドと同じくらいだった。
 作業用の帽子を被って後ろを向けばエルドレッドとよく似ていたため、兄と勘違いしたコンラッドが飛びついたことがある。
 
「わかった! 三十数えたら、探してね!」

 元気よく走り去る弟を転ばないかと不安になりながら見送り、エルドレッドは目をつむって数を数えた。そして三十を数え終え、コンラッドを探し始める。

 最初はうろうろと時間をかけて庭を探し歩いて、やがてガーデンテーブルやトピアリーの裏などコンラッドのお気に入りの隠れ場所を確認する。すぐに見つかるかと思ったが、心当たりのある場所にはいなかった。

 まさか屋敷の外に出てしまったのではないかとエルドレッドが焦った時、玄関扉が開き、聞き覚えのある声が耳に飛び込んでいた。

「大丈夫! 僕、いい子だからちゃんと約束守れるよ!」
「……! コンラッド!」

 玄関から出てきた弟は無傷のようで、エルドレッドはほっと息を吐く。
 一方、コンラッドは気まずそうな顔をして俯いた。隠れるのは庭だけというエルドレッドとの約束を破ったからだろう。

「良かった、家の中にいたんだな。探してもどこにもいないから、心配したんだぞ」
「コンラッド君は私の道案内をしてくれたんだよ。ここの庭は美しくて見応えがあるから、ついつい眺めているうちに迷子になってしまって」

 そう声をかけられて、エルドレッドはようやくコンラッドの側にひとりの男がいることに気がついた。

「カールさん。いらっしゃっていたんですね」

 慌てて挨拶をするエルドレッドに、カール・リントンは笑みを浮かべる。痩せ型でやや吊り目の神経質な顔立ちをしている男だが、笑うとキツイ印象が和らぐ。

「突然お邪魔してすまないね。お父さんに相談事があったんだ」

 カールは父の故郷の友人で、数年前にこの街で再会してから親交が復活したそうだ。屋敷にも頻繁に訪れていたから、エルドレッドとも顔見知りだった。

「両親は孤児院の視察に行ってるんです。診療所の方にも顔を出すと言っていたから、おそらく夕方まで帰ってこないと思います。すみません、せっかく来ていただいたのに」
「いや、慈善事業に熱心なのはいいことだよ。そもそもアポもなく来てしまった私が悪いのだから。……お土産にお酒を持ってきたから、メイドに渡しておいたよ。寝酒に最適だから是非飲んでみてくれとお父さん達に伝えておいてくれ」
「はい。必ず伝えます」
「ありがとう。……そういえば聞いたよ、エルドレッド君。君、先日猫を追いかけて木に登った女の子を助けたんだって? 噂になってたよ」

 エルドレッドは瞠目した。確かに助けた記憶はあるが、なぜ自分だとバレたのだろう。女の子はこの街の子ではなかったし、名乗ってもいない。ひと気のない場所で、目撃者もいなかったはずだ。

 そんな疑問が顔に出ていたのだろう、カールはエルドレッドの頭を差した。

「その女の子が言っていた『黒みがかった紫の髪色の男の子』で私が知っている中ではこの街には君かコンラッド君しかいないからね」

 コンラッドの年ではさすがに少女を助けるのは難しいため、消去法でエルドレッド一択になる。
 エルドレッドは帽子を被ればよかったと後悔した。この髪の色は嫌いではないが、珍しい色なので人々の印象に残りやすい。

「ふふ。君とコンラッド君はお父さんにそっくりの見事な髪だからね。女の子は君のような髪の色に惹かれやすいんだし、印象に残るのは仕方がない。名前を聞いても明かしてくれなかったとその女の子は残念そうだったよ。感謝されるのは好きではないのかい?」
「人の役に立つのは嫌いじゃないですけど、お礼とかは面倒なことになるので……」
「あー、君を巡って女の子同士で揉めたそうだね。はは、そんなところもお父さんにそっくりだ。まったくモテる男ってのはつらいものだね」

 この街の少年は活発で少女をからかう者が多いからか、穏やかな物腰のエルドレッドは好感を持たれやすかった。
 自分を巡って少女達の争いに巻き込まれて以来、たいして親しくもないのに恋心を抱く異性が苦手になった。

「なら、女の子は苦手かい? いつか、うちの娘を紹介したかったんだけど」
「え。カールさん、娘さんいらしたんですか?」
「あれ、言ってなかったかな。ちょうどコンラッド君と同じ年でね。今は別の街で暮らしているんだけど、また一緒に暮らす予定なんだよ」

 妻が亡くなった直後に娘が情緒が不安定になったため、保養地に預けているらしい。

「髪や目の色は妻にそっくりなんだが、中身は妻とは正反対の勝ち気な子なんだ」

 いかに娘がお転婆であるのかを語るカールの目は優しい色を帯びていた。両親もエルドレッドやコンラッドの゙ことを語る時には慈愛に満ちた目をする。きっと彼も子煩悩な父親なのだろう。

 どの程度勝ち気なのかはわからないが、コンラッドと同じ年ならば良い友達になってくれるのではないだろうか。
 五つも下の子なら、異性であっても面倒な恋愛トラブルを起こさないのではないか。それならばカールの言うように会ってみたい気持ちになった。

 エルドレッドがそう考えていると、カールがはっとしたように口を開いた。

「もうこんな時間だ。人と合う約束があるから、これで失礼するよ」

 カールを見送ったエルドレッドは、ふとコンラッドが静かすぎることに気がついた。
 お客さんが来たのなら、いつもはもっと話にはいってくるはずなのに。不安に思いコンラッドの顔色をうかがうと、彼は真一文字に口を引き結んでいた。

「どうしたんだ? 具合が悪いのか?」

 エルドレッドの問いに、コンラッドは首を横に振る。
 嘘はついていないようだし、顔色も悪くない。何かしら喋りたくない理由でもあるのだろうか。

 先程、カールと約束がどうとか言っていたことを思い出す。もしかしたら、変に騒いでしまって静かにしているよう約束したのかもしれない。以前、父と似たような約束をしてこのような反応をしたことがあった。

 それなら時間が経てばまた元気よく喋るだろうと、この時エルドレッドは深く考えずに流すことにした。

 後に、強く悔いることになるとも知らずに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。 ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。 「君は分かってくれると思っていた」 その一言で、リーシェは気づいてしまう。 私は、最初から選ばれていなかったのだと。 これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。 後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、 そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

処理中です...