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20話
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ルスフォードでの沼地の魔女の捜索はほとんどが空振りに終わった。
当然のことではあるが、街の人々にとって沼地の魔女は子供の頃に聞かせられた童話でしかなく、アデリーナに聞いた以上の情報は得られなかった。街周辺のあらゆる湖に足を向けてみたが、魔女はジェラルドの呼びかけに応えてくれることはなかった。
所詮はお伽話。期待した方が馬鹿だったのだ。
日課と化した湖の捜索を終えたジェラルドは川辺で馬を休ませながら、心の中でそうごちた。
だが、他に手がない。既にできることはし尽くした。あのままじっとしているよりはこうして少しでも何かしている方が気が紛れる。
ジェラルドはその場に座り込もうとしたが、囀りあいながら水を飲む鳥達に触発されて、川辺に近づく。
手袋を外すと、川に手を浸した。ずっと手綱を握りしめて強張った手のひらが流水で冷やされていくのが心地よい。
キラキラと光り輝く水面が美しかった。この国は曇りが多く晴れることが少ないが、このルスフォードは晴れの日の方が多い。だから、隣国の言葉で光を意味するルスという名がつけられたのだろう。
アデリーナとこの地で遠乗りができたらどれだけ良かっただろう。彼女は喜び、溌剌とした笑顔を見せてくれたに違いない。
「どうか、アデリーナを救ってほしい」
何度も湖に投げかけた願いが口からこぼれた。すっかり口癖のようになってしまっているなと苦笑しながら、川辺から離れたジェラルドは異変に気づいた。
音が消えている。せせらぎや風に揺れる木々のざわめきは聞こえるのだが、鳥達の囀りがぱたりと消えた。
馬も何かを察知したのか、不安そうにジェラルドを見つめている。
「大丈夫だ。……悪いものではないから」
招かれているとジェラルドは本能で察した。
馬をその場に待機させ、ジェラルドは川辺を沿うように歩き始めた。この先には調べたばかりの湖がある。なんの変哲もない湖だったが、今なら望むものがあるはずだ。
辿り着いた湖は傍目にはただの湖だった。だが、ここにも生命の気配はない。
ジェラルドは草を踏み締め、湖の側に立っている小屋に近づいた。
小屋の前に立ち、ノックをしようとした瞬間、中から声がかけられる。
「ノックはいらないよ。中に入りな」
予想通り、ジェラルドは魔女に認められて会うことを許された。
そうして招かれた魔女の家でこれまでのことを語ったジェラルドは魔女に向き合った。
「アデリーナには今までのように笑顔で過ごしてほしいのです。ですから、どうかあなたの力を貸していただけないでしょうか」
「そうさねぇ……」
魔女は考え込むように顎に手を当てた。
「もちろん、お礼は用意しています。……一部ですが、ここに」
ジェラルド「」は机の上に金貨の入った袋を置いたが、魔女は興味なさそうに首を横に振った。
「ああ、いらないよ。あたしは人間世界には行かないからね、貰っても使い道がない」
「では、対価は……」
「面白いもんを見せてくれたら十分さ。あたしの魔法であんたらがどんな結末を選ぶかを楽しむのが好きだからね。一番楽しめそうな魔法を選ぶのがなかなか難しいんだが……ああ、そうだ。あんたにかける魔法はあれにしよう」
魔女は立ち上がると、棚からいくつか薬瓶を取り出し、鼻歌を歌いながら混ぜ始めた。最後に呪文のようなものを呟き、魔女の秘薬は完成した。
「こっちの瓶はあんたが、もう一つの瓶は彼女が飲むやつだ。どちらも飲んだら魔法が発動し、夢を介して過去をやり直せるのさ。求める結果が出るまで何度もね。失敗すれば目が覚めるが、夜になればまた夢を見る。正解の道を選ぶまで、何度でもね。一度発動したら止めることはできないから、怖気付くなら今のうちにやめときな」
「……いえ。これでアデリーナを救えるのなら、どんな苦痛が伴うとしてもやり遂げます」
「いい覚悟だ。それじゃあ、あんたらの選択を楽しませて貰うよ」
ジェラルドは秘薬を大事にしまうと一礼して退室しようとしたが、ふと足を止めて魔女を振り向いた。
「一つお聞きしたいことがあります。あなたは長らく人を招かなかったそうですが、何故私の願いを聞いてくださったのでしょうか?」
ジェラルドの願いを叶えたい思いが強かったからだろうかと思ったが、同じように強い願いを抱えていた者もいただろう。アデリーナがそうだ。だが、こうして魔女に会えたのはジェラルドだけなのが気に掛かった。
「ああ、簡単な話さ。あんたはちゃんと先ぶれをしてくれたからね」
「先ぶれを出した覚えはないのですが……」
「出してるよ。川で、手を浸して願いを言っただろう。あれが訪問の知らせなんだ。元々あたしは『ルスフォード(光の川)の魔女』。なのに、ちょっと前に治める国が変わったせいで『沼地の魔女』と呼ばれるようになっちまってね、いきなり家に押しかけてくるやつが増えちまった。アポ無しの人間に対応したくないってのはあんたらだってわかるだろ?」
正規の手順を踏んでも応えるのは気まぐれだけどね、とケラケラと笑う魔女に見送られながら、ジェラルドは魔女の家を後にした。
馬を繋いだ場所に戻ると、ジェラルドは大きく息をついた。いつの間にか鳥の囀りが聞こえ、完全に元の世界に帰ってきたことを実感する。
狐に摘まれた気分だったが、持ち帰った秘薬が夢ではなかったことを教えてくれる。
「これがあれば……アデリーナを救える」
魔女が念押ししたことを考えると、おそらく苦難の道を歩むことになるだろう。
けれど、それで奇跡を起こせるのなら甘んじて受け入れようとジェラルドは誓った。
当然のことではあるが、街の人々にとって沼地の魔女は子供の頃に聞かせられた童話でしかなく、アデリーナに聞いた以上の情報は得られなかった。街周辺のあらゆる湖に足を向けてみたが、魔女はジェラルドの呼びかけに応えてくれることはなかった。
所詮はお伽話。期待した方が馬鹿だったのだ。
日課と化した湖の捜索を終えたジェラルドは川辺で馬を休ませながら、心の中でそうごちた。
だが、他に手がない。既にできることはし尽くした。あのままじっとしているよりはこうして少しでも何かしている方が気が紛れる。
ジェラルドはその場に座り込もうとしたが、囀りあいながら水を飲む鳥達に触発されて、川辺に近づく。
手袋を外すと、川に手を浸した。ずっと手綱を握りしめて強張った手のひらが流水で冷やされていくのが心地よい。
キラキラと光り輝く水面が美しかった。この国は曇りが多く晴れることが少ないが、このルスフォードは晴れの日の方が多い。だから、隣国の言葉で光を意味するルスという名がつけられたのだろう。
アデリーナとこの地で遠乗りができたらどれだけ良かっただろう。彼女は喜び、溌剌とした笑顔を見せてくれたに違いない。
「どうか、アデリーナを救ってほしい」
何度も湖に投げかけた願いが口からこぼれた。すっかり口癖のようになってしまっているなと苦笑しながら、川辺から離れたジェラルドは異変に気づいた。
音が消えている。せせらぎや風に揺れる木々のざわめきは聞こえるのだが、鳥達の囀りがぱたりと消えた。
馬も何かを察知したのか、不安そうにジェラルドを見つめている。
「大丈夫だ。……悪いものではないから」
招かれているとジェラルドは本能で察した。
馬をその場に待機させ、ジェラルドは川辺を沿うように歩き始めた。この先には調べたばかりの湖がある。なんの変哲もない湖だったが、今なら望むものがあるはずだ。
辿り着いた湖は傍目にはただの湖だった。だが、ここにも生命の気配はない。
ジェラルドは草を踏み締め、湖の側に立っている小屋に近づいた。
小屋の前に立ち、ノックをしようとした瞬間、中から声がかけられる。
「ノックはいらないよ。中に入りな」
予想通り、ジェラルドは魔女に認められて会うことを許された。
そうして招かれた魔女の家でこれまでのことを語ったジェラルドは魔女に向き合った。
「アデリーナには今までのように笑顔で過ごしてほしいのです。ですから、どうかあなたの力を貸していただけないでしょうか」
「そうさねぇ……」
魔女は考え込むように顎に手を当てた。
「もちろん、お礼は用意しています。……一部ですが、ここに」
ジェラルド「」は机の上に金貨の入った袋を置いたが、魔女は興味なさそうに首を横に振った。
「ああ、いらないよ。あたしは人間世界には行かないからね、貰っても使い道がない」
「では、対価は……」
「面白いもんを見せてくれたら十分さ。あたしの魔法であんたらがどんな結末を選ぶかを楽しむのが好きだからね。一番楽しめそうな魔法を選ぶのがなかなか難しいんだが……ああ、そうだ。あんたにかける魔法はあれにしよう」
魔女は立ち上がると、棚からいくつか薬瓶を取り出し、鼻歌を歌いながら混ぜ始めた。最後に呪文のようなものを呟き、魔女の秘薬は完成した。
「こっちの瓶はあんたが、もう一つの瓶は彼女が飲むやつだ。どちらも飲んだら魔法が発動し、夢を介して過去をやり直せるのさ。求める結果が出るまで何度もね。失敗すれば目が覚めるが、夜になればまた夢を見る。正解の道を選ぶまで、何度でもね。一度発動したら止めることはできないから、怖気付くなら今のうちにやめときな」
「……いえ。これでアデリーナを救えるのなら、どんな苦痛が伴うとしてもやり遂げます」
「いい覚悟だ。それじゃあ、あんたらの選択を楽しませて貰うよ」
ジェラルドは秘薬を大事にしまうと一礼して退室しようとしたが、ふと足を止めて魔女を振り向いた。
「一つお聞きしたいことがあります。あなたは長らく人を招かなかったそうですが、何故私の願いを聞いてくださったのでしょうか?」
ジェラルドの願いを叶えたい思いが強かったからだろうかと思ったが、同じように強い願いを抱えていた者もいただろう。アデリーナがそうだ。だが、こうして魔女に会えたのはジェラルドだけなのが気に掛かった。
「ああ、簡単な話さ。あんたはちゃんと先ぶれをしてくれたからね」
「先ぶれを出した覚えはないのですが……」
「出してるよ。川で、手を浸して願いを言っただろう。あれが訪問の知らせなんだ。元々あたしは『ルスフォード(光の川)の魔女』。なのに、ちょっと前に治める国が変わったせいで『沼地の魔女』と呼ばれるようになっちまってね、いきなり家に押しかけてくるやつが増えちまった。アポ無しの人間に対応したくないってのはあんたらだってわかるだろ?」
正規の手順を踏んでも応えるのは気まぐれだけどね、とケラケラと笑う魔女に見送られながら、ジェラルドは魔女の家を後にした。
馬を繋いだ場所に戻ると、ジェラルドは大きく息をついた。いつの間にか鳥の囀りが聞こえ、完全に元の世界に帰ってきたことを実感する。
狐に摘まれた気分だったが、持ち帰った秘薬が夢ではなかったことを教えてくれる。
「これがあれば……アデリーナを救える」
魔女が念押ししたことを考えると、おそらく苦難の道を歩むことになるだろう。
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