或る大学生の英雄譚

曖昧もこ

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ヒーロー誕生?①

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 その青年もうちの一人だった。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「……また爆死か。」

 一人部屋の中でスマートフォンをいじっている青年の名は立花幸《たちばなこう》。丁度今年20歳になる。彼は昔から自分の名前を気に入っていて、「幸せの幸《こう》」と自己紹介するのが好きだった。

 ただ、現状は名前とは裏腹に決して幸せとは言えない。

 去年の初めに起こった世界的なパンデミックの影響で綿密に立てていた華の大学生活プランは速攻で挫折。度重なるオンライン授業で勉強のモチベーションが上手く保てず怠けてしまうばかりで、終いには季節外れの新歓にも行きそびれてしまい、サークル無所属、彼女・友達無しのソロプレイでただ単位を取るだけの大学生活1年目を過ごしてしまった。

 そんなこんなで2年生になっても怠け癖は抜けず、パソコンの前で資料と教授の顔を横目にソシャゲのガチャで爆死していた、という訳だ。傍から見たら凄惨なキャンパスライフだと認識されるだろう。確かに彼自身にもそう思う部分はあるが、実はこの生活になってきて良かったと思える点もほんの少しだけある。

 それは映画を見る時間を作れるようになったことだ。もともと幸は映画嫌いではなかったが、やはり見るためにはそれなりの時間や労力を費やす必要があるため大学に入るまではそこまで頻繁に見ることは無かった。

 だが大学に入ってからはオンライン授業で家にこもるのも手伝って、サブスクで往年の名作から準新作までとことん見漁るようになった。結果的に今までノーマークだったカンフー映画やアメコミヒーロー映画に心酔する事になり、勉強時間が減ったことで成績がさらに落ちてしまった。

 しかし、その類の映画を見た後はより自分の"何者でもない"感が際立って感じられるようで、その度に幸は少しだけ凹む。そして成人になってから初めて自分はヒーローになりたかったんだということに気づかされる。「一回くらいなってみたい」と絵空事を呟くことも何度かあった。だがそれは今では到底他人に言うことなどできない夢であり、そもそも超常的な力など存在しないこの世界において幸がなりたいと思うような創作の中のヒーローたちは生まれるはずもない。

 
 幸がゲームに気を取られているうちにいつの間にか画面から教授の顔が消えていた。幸が時計を見ると既に講義終了時刻を5分ほど過ぎていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「う~、さっぶ!」

 東京の10月は酷く寒く、特に夜風は強烈だった。

 幸は実家の静岡を離れて都内で暮らしているため、自炊用の買い出しを週に何回かは行かねばならず、講義が終わってから行くと自然と夕方か夜になってしまう。

「ちょっと多めに買っておくか。」

 そう言いながら幸はエコバッグとホッカイロを携えて自転車を走らせた。幸が住んでいるマンションから直近のスーパーまでは普通に行けば自転車で15分ほどかかるが、狭い路地を通ることでおよそ5分ほど短縮できる。とにかく早く済ませたかったため、幸は近道の方を選んだ。

「お~し、ここ曲がって……」

 そう呟きながら大通りから路地に入った途端、幸は違和感を覚えた。

 通り慣れている路地だが、ふと何かが違うような気がした。それと同時に外気の寒さとはまた異質な悪寒が走る。ほぼ反射的にブレーキをかけていた幸は程なくしてその原因に気がつく。

「……!?」

 暗がりでよく見えなかったが、確かに幸の前方の空間に真夏の蜃気楼にも似たレンズの歪みのようなものが発生していた。

(よく分かんないし、近寄らないでおこう……)

 得体のしれない恐怖を感じた幸は迂回しようとハンドルを傾ける。

 そしてその歪みに背中を向けた次の瞬間、「ドォン!」という轟音と共に土煙と爆風が辺りに撒かれた。

 例に漏れず幸も自転車と仲良く吹っ飛ばされ、右肩を地面に強打してしまった。何が起こったかが理解出来ずにしばらく幸は呆然としていたが、やがて肩の痛みに気がつく。

「痛っ……てて」

 ガス管の事故か、はたまた傍迷惑な爆弾魔か。様々な憶測が頭の中に駆け巡るが、その全てが眼前の光景によって否定される。

「ギィオオオォォォッ!!!!」

 土煙の向こう、は瓦礫の崩れていく音と共にビルの合間に突然現れた。

 怪獣、それもゴジラやガメラといった一昔前の映画の怪獣に異常に発達した腕を合わせたような風貌で、ぬらぬらとした漆黒の肌や、少し黄ばんでいる大きな牙、さらには恐竜のように発達した脚部と尻尾がまさにその類の生物であることを強調していた。おおよそ10m程の体高をもっており、生身の人間では到底太刀打ち出来るような相手ではない。
 
 幸が痛みと恐怖で動けずにその場でへたりこんでいると、

「助けて!」

 という女性の声が聞こえた。そうか、自分以外にも被害者がいたんだなと幸は思ったがどうも違うらしい。その声の主が段々と怪獣の方から走って近づいてくる。やがて幸の近くで女性は止まった。

「こんなことになってしまってごめんなさい! あなたに助けて欲しいんです!」

 女性は幸に向かって助けを求めていた。

(うわ、すっごい美人……)

 その女性は銀髪蒼眼で顔立ちが整っており、月明かりで長い髪がとても綺麗に輝いていた。

 同じく被害者なのかと一瞬幸は思った。だが女性が怪獣の方から走ってきたことや人が吹き飛ばされるほどの衝撃波があったにもかかわらず髪がきれいに整っていたことから、女性が怪獣と何かしらの関わりがあることは今の幸にも容易に想像がついた。

 何かの手違いでこのような事が起こってしまったのかは定かではない。態度や表情を見る限りおそらくこの女性が諸悪の根源ということでは無いのだろうと幸は思ったが、それでもこの一連の理解不能な事態に対する怒りや苛立ちを幸は吐き出さずにはいられなかった。

「どう考えても、俺の方が助けられる側じゃないですか!?」

 寒空の下、その声は半分崩れているビルの合間に響き渡った。


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