或る大学生の英雄譚

曖昧もこ

文字の大きさ
6 / 7

発現③

しおりを挟む
(どうする!?)

 背後には嘔吐する中年男性、前方には迫り来る怪獣。既に怪獣は腕を振りかぶっている。もしもここで攻撃を躱せば背後の男性は確実に死ぬだろう。

「クソッ……!」

 迷わず幸は前方へ走り出していた。勝てる自信があった訳では無い。ただ自分の目の前で人に死んで欲しくはない、という多くの人間が持つ当たり前とも言える善性が強く働いた結果、幸の体を前方へ走らせるに至った。

 単純なパワーでは到底敵わない。だが止めるためには正面から怪獣の太い腕を受ける必要がある。幸は全身に力を込めて重々しい怪獣の右腕に突っ込んだ。

「ぎっ……!」

 肉と肉がぶつかり合う鈍い音が辺りに響く。
 歯を食いしばり、何とか食い止めてはいるもののジリジリと徐々に後ろへ押される。加えて幸から見て斜め上方向からの攻撃だったことで、下への圧力が上乗せされ、油断すればすぐに潰されてしまう状況だった。

 体中に激痛が走り、背骨の軋む音が聞こえ、いよいよ死を覚悟する。

(マジか、俺ゲロ吐いてるおっさん守って死ぬのか……!)

 そう思った次の瞬間、異変に気づく。

 音が聞こえた。"ジュウゥゥゥ…"という、何かが焼けるような音が。

「ギィアアアァァァッ!!!」

 次の瞬間、何故か怪獣は手を引いた。怪獣の引いた拳を見てみると暗がりで分かりにくかったが確かに煙が出ていた。

「何だ……?」

 どうやら怪獣は火傷をしたようだった。

「!」

 幸は気づく。思い当たる節が一つだけある。熱、体の火照り、自分では気づかないうちにそれほどの温度に達していたのだろうか。幸が両の手のひらを見てみるとそこには疑いようのない答えがあった。

「は!?」

 幸の両手は発火していた。一瞬目を疑ったが確かに手から炎が出ていた。

「まさか、これ……?」

 そこでやっと自分の能力に気づく。

(火……!  火だ!  俺がもらった力はこれだったんだ!)

 そして当然の疑問を抱く。

(……でも、何で今?)

 そう、発動条件である。たまたま力を発現させただけでは使いこなすことは出来ない。幸はゆっくりと考える時間が欲しかった。
 だがそれを許すほど怪獣も愚かでは無く、すぐさま有無を言わせず二撃目を叩き込む。発動条件について考えていたため虚をつかれた幸はほぼ反射的にそのパンチを打ち返す。すると、

「!?」

 謎の女性に飛ばされて咄嗟に打った最初の一撃、その時に比べて怪獣の重量が乗っていて、飛ばされたことによる勢いがないにも関わらず、その時と同じかもしくはそれ以上に怪獣の拳は弾かれた。

(しかもこれ……!)

 先程は手のひらからしか発火していなかったはずだが、パンチを打ち返した瞬間には拳全体から火が出ていた。

「やけどの追加ダメージってことか...!」

 形勢は明らかに逆転していた。幸がどの部分を打とうとも力の発現によるパワーの向上と発火による火傷により怪獣はみるみるうちに疲弊していった。

(熱……やっぱりそうだ!)

 発火したい部分に熱を集めるという発動条件も戦ううちに理解し、その感覚を掴んで加速度的に使いこなしていった。それもスムーズに。

「それなら、こういうことも出来るよな……!!」

 幸は怪獣のパンチを避けて飛び上がったと思うと、怪獣の顔面に向けて炎をまとった飛び膝蹴りを食らわせた。

「ギィィィィ……」

「まだまだ!」

 続けて顎を殴って意識を混濁させ、そのうちに両足をとにかく攻撃し続けた。度重なるダメージによって立つことすら出来なくなった怪獣はその場にうつ伏せに倒れ込んだ。最後に後頭部に渾身のかかと落としを食らわせたところ、少しうめき声を発したのちに怪獣は動かなくなった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お疲れ様でした。」

「まぁ疲れたどころではないんですが……」

 またもや言葉のチョイスを間違えたかと女性は俯く。戦いを終えて数分後、怪獣の死骸の横で幸と女性は再会した。

 幸はずっと溜まっていた一言を女性にぶつける。

「……1個だけ言わせて貰ってもいいですか。」

「はい、構いません。」

「なんかその……色々と見立てが甘くないですか?」

「ど、どの部分が甘かったですか?」

 女性の方は特に思い当たる節がなかったらしい。

「いや、ほんとに色々あるんですけど……まず実力差半端なかったですよ!  普通に死にかけましたからね!?」

「すみません。ですが、あなたの力があればあの程度の敵なら死ぬことはないと思ったのです。」

(あの程度、ですか……)

 続けて幸は質問する。

「ということは、やっぱりあれより上の奴がいるんですか……?」

「はい。というよりほとんどの敵はあれより強いと考えてください。」

「……もしかしてですけどまたあんな感じで敵が攻めてきたりします?」

「はい。おそらく不定期に……」

「うへぇ……」

 やっと一難去ったところだったが、それを聞いたことで幸はどっと疲労感を感じた。

「その、さっき言ってた俺が戦う理由にも関わってきます?」

 女性は無言で頷く。

「長くはなりますがお話させていただきます。何故こんなことになったのかを……」

「い、今は勘弁してください! もうほんとにへとへとなんで!」

「そうですか。それならまた会う時に。」

 たしかに気になる部分ではあったが、さすがに死闘を終えた今の状態で長話を聞く気にはなれなかった。
 ふと耳を澄ますと遠くからサイレンの音が聞こえてきていた。おそらく消防か警察あたりのものだろう。

「今の戦いのことって警察とかに話しておいた方がいいですか?」

「良いですが……おすすめはできません。おそらく与太話と処分されるだけだと思います。」

「でも現に怪獣が……」

「よく見てください。」

 女性は怪獣の死骸を指さす。改めて見てみると怪獣の体が段々と透けていっていることがわかった。

「あれらはすべて神の世界の生物です。そのため、死ねばその肉体は神の世界へ送られます。」

 そういうものだろうか、と幸は疑問に思ったが考えることも面倒くさかったため、現に消えている以上そういうものなのだと結論付けた。

「放火犯と間違えられたら嫌なんで俺もとりあえず家に帰ります。あなたは?」

「私はシーマと申します。」

「「…………………」」

 一瞬二人の間に沈黙が流れる。

「……ごめんなさい。名前じゃなくてこれからどうするのかを聞いたんですが……」

 それを聞いてシーマはまた赤面する。

「ごめんなさい。そうですよね、文脈の概念を忘れてましたね。」

(早口になってる、可愛い。)

 怪獣を倒した後ということもあり、幸にはそんなくだらないことを考える余裕も出来ていた。

「私は一度私の世界へ戻ります。一旦役目は終えたので。」

「役目っていうのは?」

「あなたに力の蕾を渡すことです。」

「あぁなるほど。」

「とはいえすぐに戻ってくるとは思います。また役を付けられると思いますので……」

 そういったシーマは少し憂鬱そうな面持ちだった。

「それじゃあ次に会った時にキチンと説明お願いしますよ。シーマさん。」

「はい、私たちにはあなたを巻き込んだ責任もありますので。」

(……か。)

「それではさようなら、えー……」

「幸です。立花幸。」

「すみません、ありがとうございます。それではさようなら、立花幸さん。」

 別れを告げると、次の瞬間シーマは跡形もなく消えた。相変わらず理解は追いつかなかったが、先刻の発言通り神の世界とやらに帰ったのだろうと幸はそれ以上深く考えないことにした。サイレンの音が近づいてきたため、幸もその場を後にした。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「がぁー!! つっかれたーー!!!!」

 家に帰るやいなや幸はベッドに倒れ込む。

(腹減った。でも飯作る気力起きねぇ……)

 その晩、夕食はレトルトカレーにした。食べなれた、しかもお世辞にも美味とはいいがたい量産的なレトルトカレーだったが極度に疲弊している今の幸には五臓六腑に染み渡るほどの上等な食事に思えた。空腹を満たし、今日あったことを幸は振り返った。

(夕方まではいつも通りの毎日だったのに...ほんとすっごいことに巻き込まれちゃったな……)

 全身の痛みと所々破けた服が戦いの凄絶さを物語る。

(辛かった。死ぬかとも思った。でも……)

「すごい楽しかった……」

 超人的な身体能力、超常的な発火能力、漫画や映画のヒーローのような力の数々に少なからず幸は興奮していた。

(普通に生きてたら一生かけても得られないような力。シーマさんの話が確かなら使う機会も沢山ある。戦いたいわけじゃないけど、そっちの方が今までの人生よりずっと生きがいを感じる気もする……)

 そんなことを考えながらやがて幸は泥のように眠った。






 "ヒーローになりたい"

 幼い頃には多くの人が掲げていたであろう夢。

 自分の限界を知る内に口にさえ出せなくなっていく夢。

 この物語は、その夢に憧れるばかりだった青年が苦痛と困難を経て、真のヒーローへと成長していく物語である。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 読んでいただきありがとうございました!!

 もし少しでも面白いと思っていただけたら応援や星、フォローをしていただけると大変励みになります!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

二度目の勇者は救わない

銀猫
ファンタジー
 異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。  しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。  それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。  復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?  昔なろうで投稿していたものになります。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...