バウンティエスカ

ガニアン

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かつて隆盛を誇った亜人種の大国



ピスティア王国とオスティア共和国



大国は先の人海大戦によって大きく力を失い、そこに住む多くの人々は死に絶えた



わずかな生き残りは世界各地に散らばり、 細々と暮らすことを強いられていた



  ここは人間の小国



 傭兵に仕事を斡旋する酒場



木造の掲示板を眺める人影が2つ



 いずれも170前後



一人は赤いセミロングの髪から女性だとわかる



もう一人は女性よりも少し背が高く、フードを被っているので顔が見えない



二人とも麻のローブの羽織って何やら話し込んでいる



 「こっちの方が良いんじゃない?」



「 確かに報酬は良いが…危険すぎないか?」



「確かにあの近くは大勢死人が出てるらしいしねー」



「こちらなら比較的安全だ」



「報酬安いけどしょうがないよねー」



「タダ働きじゃないだけマシだ」



「もうしばらく節約かなーこの分だと」



「そういうことになるな」



どうやら仕事の内容を決めていたようだ



背後から人影が近づく



 「ねーねーそこのお二人さん」



上機嫌な声



「なんですか?」



女性が降り返る



茶色い瞳に垂れ目の童顔



「お嬢さん達この依頼受けるの?」



 「そうだが?」



もう一人が答える



「良かったら手伝わせてくれない?実は俺、この辺じゃ結構腕のたつ傭兵なんだぜ?」



「そうなの?」



「さっきも戦地から帰ってきたばかりでさ!俺がいれば百人力よ!」



 「それなら…」



「その代わり今晩どう?」



耳元で男が囁く



「お姉さん結構美人だし俺も退屈させな」



 「そこまでにして貰おうか」



 鎧のきしむ音



「あ?」



「彼女に近づくな」



「うるせぇよ」



「野郎には興味がねぇんだ、とっとと失せろ」



「もう一度だけ忠告する」



「彼女から離れろ、この方は貴様のようなドブ臭い下郎が話しかけて良いような方じゃない」



表情はわからないが言葉から強い怒気を感じる



「んだとこの野郎ォ!!そんなもん被ってねぇで素顔見せやがれ!!」



男がローブの胸ぐらを掴み、フードを無理矢理脱がせる



「おっ…」



 男が押し黙る



フードの素顔は青い長髪



鋭い眼光に大きな青い瞳



長いまつげに鼻筋の通った美人の顔が顕になる



「女ァ!?」



こめかみに青筋を浮かべ男を睨み付ける



「はッ!」



「女に舐めた口叩かれたんじゃ引き下がれねぇじゃ」



「黙れ」



首筋に手刀



男は床に倒れこむ



「ちょっとイスティー!」



「大丈夫だライア、 少し灸を据えただけだ」



「このレベルの馬鹿にはちょうど良いだろう」



「 こんなやつ放っといてもわたし大丈夫なのに…」



「いやーお姉さん強いねぇ」



カウンターの奥から力のこもった声



 筋肉質で大柄な男のマスターが皿を拭きながら二人に話しかけている



「コイツは確かに腕は立つが人の話を聞かんやつでな、ここいらの傭兵達も迷惑しとったんだ」



「礼には及ばない、それよりも良い酒を二人分コイツにつけといて貰えないか?」



カウンターに腰掛けつつ親指で倒れた男を指す



「ちょっとイスティー!いくら持ち合わせがないからってそこまでしなくても」



「良い身なりをしているんだ、これくらいしてもバチは当たらんさ」



「それに」



「それに?」



「淑女に奢るのは男の嗜みだ」



そうだろ?と言わんばかりにライアに悪戯な笑みを浮かべる



ため息をつくライア



「わかった、その代わりお前さん方の腕を見込んで仕事を頼みたい、  いいか?」



「良いだろう、何なりと言ってくれ」



***



「ホントに受けて良かったの仕事?」



「森の主を仕留めるだけだ」



 空には月が出ている



二人は酒場のマスターの依頼を受けて町から少し外れた場所の森に来ていた



 「そうだけどさ…さっきのナンパ男といい酒場のマスターといいなんか変じゃない?」



「気にすることじゃないさ」



相変わらず脳筋だと呆れながらライアはイスティーのあとを歩いていた



先程の町では人を食う巨大な獣が出没すると言う噂が立っている



今回二人にはその獣を見つけて討伐して欲しいと依頼されたのだ



「ねぇイスティー?」



「何だ?」



「ホントにこっちであってるの?」



「獣の匂いが強い、もうすぐ現れるだろう」



ビミョーに噛み合わないなぁとため息をつくライア



「もしかして昼間のこと根に持ってるの?」



イスティーの足が止まる



大きなため息と共にライアに歩み寄る



「…心配するな、あの手のものは騎士として許せないだけだ」



 不安にさせてすまなかったとライアの頭を撫でる



 「それよりもお出でなさったぞ」



二人の眼前には二メートルを優に越えるヒグマが現れた



よだれを垂らしながら二人に襲いかかる



「ひっ…」



顔をしかめるライア



 膝をおるヒグマ



その後ろを悠然と 歩くイスティー



右手には刃渡り一メートル程のサーベルが握られている



剣先の血を払ってからゆっくりと鞘に納める



 サーベルが収まる音と同時に巨大なヒグマが倒れる



「…終わったの?」



「ああ」



「はぁーいつもながら心臓に悪いわコレ、全く報酬が貰えるからってこっちの身にもなって…」



近くの草むらから足音



「ちょっと何!?」



イスティーも近くに駆け寄る



足音の主が姿を表す



「子熊?」



「そういうことか」



小熊は倒れたヒグマのもとにかけよって鳴いている



「冬眠から目覚めたばかりだったのだろうな」



 子熊の隣に膝をおるイスティー



 「恨まれても文句は言えんな」



子熊にそっと手を伸ばした瞬間



破裂音とともに子熊は冷たくなった



「あーくそッ」



木の影から現れたのは昼間の男だった



「手元が狂っちまったじゃねぇか、どうしてくれんだこのクマ公」



「貴様は」



「昼間のナンパ男!?」



「やぁお姉さん方、昼間は随分世話になったんだ」



銃口をライアに合わせる



「たっぷりお礼しねぇとな」



銃声と剣の音が重なる



 「一度しか言わないと忠告した筈だか?」



鉛玉がライアの足元に転がる



「彼女に手を出すなって話か?安心しろよ、とって喰おうって訳じゃねぇからよお」



「 先程わざと急所を外したな?目的は何だ?」



「そんな怖ぇ顔すんなよ」



「話さないなら体に聞くぞ?」



「やってみろよ、次は外さねぇぞ?」



「後悔するなよッ!!」



 イスティーの地を蹴る音とナンパ男のしたり顔



 悪寒に振り向くイスティー



打ち合う剣と斧



イスティーの視線の先には筋肉質の大男が両刃の戦斧を握っていた



「貴様…酒場のマスターか」



「へへッ、速斬りは大したもんだが所詮は女ァ!!」



「単純な力押しなら男に勝てる道理はねぇよなぁ!!」



「イスティー!!」



「おっと」



ライアの背後にナンパ男



 「きゃっ!?」



「ダメだよーお姉さん」



「ライア!!」



「テメェはマスターに遊んでもらえ!!少しでも近付いたらコイツの頭吹っ飛ばすぞ!!」



「貴様…」



「売りもんはきれいな方が良いだろ?なぁ?青髪のクソアマ!!」



「ライアを売るつもりか?…つくづく見下げ果てた男だ」



「痛いッ!!」



「こんな美人でエロい体してんだ!!金持ちの変態どもなら言い値で買ってもらえるだろうよ!!」



「ライアを放せ!!」



「それにお姉さんあれだろ?」



「嫌ッ」



「止めろッ!!」



男がライアの後ろ髪をそっと退かすとうなじから背中に向かって人とは明らかに違う赤褐色の皮膚が覗く



「やっぱりそうだ!!あんた鱗人だ!!そうだろ?」



震えながら頷くライア



「姫…」



「あーあー認めちゃったよこの子、それなら一生遊ぶ金には困らねえよなぁこりゃ、それに…」



男の手がライアの腰に伸びる



「ひゃっ!?」



ライアの顔が赤くひきつる



「つまみ食いしても問題ねぇよな?」



ぶつかる金属音



「おっと危ねぇ」



「そこを退け…」



「いなしから突きまで一呼吸以下かよコイツ、そりゃハジキが効かないわけだ」



ナンパ男に向けて渾身の突きを繰り出すイスティーだったが、マスターの斧に防がれてしまったようだ



「それでも所詮は女!!非力な癖に男に勝てる道理なんざねぇんだよ!!」



「口を開けば女女と…他に言葉を知らんのか貴様…」



マスターの挑発に語気を強めるイスティー



しかしイスティーの剣はマスターの斧に受け止められて微動だにしない



「かつて栄生を誇った大国」



「その技術を手にするべく数多の国が侵攻し、国は滅びたといわれている」



「その生き残りにこんなかたちで出会えるとはねぇ」



 ナンパ男の鼻息が荒くなる



「そうだ青髪!!お前脱いでみろよ!!そうすりゃこの子のつまみ食いだけは勘弁してやるよ!!」



「何だと?」



「おいおい物分かりの悪いクソアマだなぁ、お前デカいわりに貧相だか顔は悪くねぇ、物好き相手ならはした金にはなんだろ」



 剣を退き後退するイスティー



「わかった、その代わり今の言葉を違えるなよ」



剣を地面にさしてローブに手をかける



「ああ約束だ、この子もお前も大切な売りもんだからなぁ」



「やめて!!イスティーがそこまでする必要ないよ!!こんな奴らが約束を守るわけないじゃん!!それにイスティ言ってたじゃん!!肌を見せて良いのは…むぐっ」



「ちょっと静かにしようねー」



止めようとするライアだが、 男が口に指を入れたので声が出せない



「二人まとめて地獄に落ちろ」



男二人に睨みを効かせるイスティー



「早くしろ、俺ァ待つのが嫌いなんだよ」



勢い任せにローブを投げ捨てる



甲冑の留め具を外しインナーと柔肌が露になったところで男二人がどっと笑い出す



「 おいおい何の冗談だこりゃ?」



「こいつは傑作だぜ!!」



「まさかテメェも鱗人だったとはなぁ!!」



細身で筋肉質ながら無数の傷跡が目立つイスティーの体



肩から胸元にかけて、濃紺の鱗に覆われていたのだ



「すげぇなこりゃ、 まさしく大漁じゃねぇか」



「…満足か?」



「こりゃいいや!!わざわざ体はって金稼がなくても金には困らねえ!!」



 「俺もあんな店売っ払って贅沢三昧できるってもんだ!!」



「…それだけか?」



「あ?何だ? 聞こえねぇよ」



「言い残すことはそれだけかと聞いたんだ」



「は?何言ってんだコイ」



膝をつくマスター



「うごご…」



「女だから勝てない等と」



額と胸元から血飛沫をあげる



「おいマスター!?どうしやがった!?」



「よく大口を叩けたものだな」



轟音



倒れるマスター



「さっ三段突き!?嘘だろ!?」



「鱗人とは、特定の条件下で海洋生物の力を引き継いだ亜人種の総称だ」



剣を取りゆっくりと男に近づく



「来るんじゃねぇ!!コイツの頭吹っ飛ベベベ…」



首筋に痛み



男は地面に倒れもがき苦しむ



「しっ痺れる!!痛ぇ!!痛ぇよぉ!!」



「いくら何でもアホすぎない?わたしだって鱗人なんだよ?捕まえるならせめて何の生物なのか位はわかっとかないと…」



ライアのローブの裾から赤褐色の細い尾が伸びている



「あんまり暴れないでね、毒が回っちゃうから」



「どど毒!?」



「まぁすぐ致死量じゃないけど…しばらく動けなくなると思うなー」



「それに尻尾!?」



しゃがみ込んで男の顔を見るライア



「それにさっきアンタ姫って呼ばれてたよな!?」



「この方はライア、大国ピスティアの王女だった方だ」



イスティーがライアの隣に立つ



「待てよ!?それじゃアンタがあの“傾国姫”ライア!?」



「その二つ名あんまり好きじゃないんだけどねー」



頬杖をつく



男の目はイスティーの臍下の銃創に止まる



「ちょちょちょっと待ってくれ!!」



「何だ?」



「その腹の傷!!それにさっきの速斬り!!」



「これか?幼い頃につけられたものだか?」



「まっ間違いねぇ!!“千三つ通し(せんみつどおし)”イスティア!!そうだろアンタ!!世界中で要人や貴族を殺して回ってるって噂の!!」



「貴様には訊きたいことがある」



「なっ何だよ…」



「鱗人ってね、歴史から抹消された種族なの」



「もちろん懸賞金がかかった我々なら尚更表舞台には立てない」



「それが何だってゆ」



男の顔の横に剣を突き立てる



「誰の差し金だ?」



「大方貴族の連中に情報を流されたとかそんなところか?」



「め…メイヴィル卿だ!!あの人にいい儲け話があるって持ちかけられたんだ!!」



「メイヴィル卿…あの男まだ生きていたのか」



 臍下の銃創をなぞる



「なぁ教えたんだ!!見逃してくれ!!頼むよ!!死にたくない!!」



「その名を聞いた以上生かしてはおけんな」



夜の森、男の断末魔と共に烏が飛び去っていった



***



翌日の朝



荷車を牽引する大きな馬車



荷車には大量の酒樽がのせられている



傍らにイスティーの姿があった



「お待たせー!」



「こっちも準備万端だ」



「全く馬車なんて、どこからそんなお金湧いてきたの?」



「秘密だ」



酒場の売上を失敬したらしい



「まぁそんなことだろうと思ってたけどさ、んで?これからどこ行くの?」



「気ままに気まぐれどこへでも、私達はいつだってそうだろ?」



「それもそっかー」



馬車の入り口の階段に上り、 ライアに向かって手を伸ばすイスティー



「では行こうか、姫様」



「うん!!」



イスティーの手を取り、二人は馬車に乗り込む



  二人を乗せた馬車はゆっくりと進み始めた
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