1 / 1
青いバラと正義のヒーロー
しおりを挟む
「いよいよだな」
「ああ」
「これで俺たちが世界を支配できる。拡散する種、名付けて"ローゼズ作戦"だ!」
ビッグ・ベンや東京タワーなどを映したモニターがずらっと並ぶ前で、二人の男は勝利を確信して笑った。
ベッドに腰掛け、丸めた「不合格通知」を再び広げてチコは涙ぐんだ。何度見ても、本命の私立聖女子中学校に落ちたという結果は変わらない。三年間、週五日、夕方六時から終電まで続くスパルタ塾に通い、努力を重ねて来たのに。
「チコ、入るよ」
自室のドアが開いて、隣の家に住む幼なじみが入ってきた。
「まだ泣いてるのかよ」
チコは慌てて涙を拭った。幼なじみは空いてるスペースに腰掛ける。
「いい加減、元気出せよ。あれだけ頑張って勉強したんだから残念だったろうけど。俺は嬉しいよ。春から同じ中学に通えるんだからさ」
憧れの黒と白のブレザーに赤いタータンチェックのスカートの制服が着られないなんて。チコの頭は着損ねた制服のことばかりで、幼なじみの慰めが耳に入ってこない。
「と、とにかく、元気出せよ。これ、俺からの入学祝いだ」
彼が差し出したのは、可愛い猫がプリントされた二つ折りの鏡だった。
「じゃあな、また中学でもよろしくな」
幼なじみはそう言って出ていった。チコは鏡で泣きはらした自分のまぶたをまじまじと見つめると「ぶっさ」と吐き捨て、もらったばかりのプレゼントをスカートのポケットに入れた。すると、目の前の空間が突然ぐにゃりと曲がった。
気がついたら桜の咲く私立聖女子中学校の校門前にチコは立っていて、可愛いと評判の制服を着ていた。
「嘘でしょ。私、もしかしてここの生徒なの? やったぁ」
チコは跳び上がった。きっと不合格通知は何かの間違いで、自分はきちんと憧れの第一志望校に合格していたのだ。夢にまで見た新しい生活が始まる。期待でウキウキしながら校門をくぐり、チコは一年A組と書かれた教室のドアを開けた。
しかし、夢心地の彼女をいっぺんに醒めさせる出来事が待っていた。ドアの上から大量の冷水が落ちてきて、無情にもチコをさめざめと濡らした。足元にバケツが転がった。
「何あれ最低~」
クラスじゅうの女生徒が大爆笑した。
「だっさ。成績トップで入学したからって、調子に乗ってんじゃないわよ」
「本当よね。良い気味」
「ちゃんと片付けなよ~」
リーダー格の女子と、周りの取り巻きが頭から爪先までずぶ濡れのチコを見ながらクスクス笑う。
いたたまれない気持ちになって、チコは教室から飛び出した。遊びたいのも我慢して勉強した結果、自分を待ち受けていたのが、嫉妬による陰湿ないじめ。理想と現実の落差に、チコはすっかり虚しくなった。体操着に着替えようとロッカーを開けると、またしても空間がぐにゃりと歪んで中に吸い込まれてしまった。
今度は薄暗いところへ飛ばされたようだった。放り出された時に思い切り尻もちをついてしまったチコは「うっ」とうめいた。数え切れないくらいのモニターがびっしりと埋め尽くし、二人の男が並んで立っていた。
「なんだ、こいつは」
派手な蛍光ピンク色のアディダスのジャージ姿で、ゴーグルみたいなサングラスをかけた男が驚いた様子でチコを見た。
「落ち着け、イワン。さっきシステムをいじくり回した時に時空の誤作動で飛ばされてきたんだろう。構うな。それより時間がない」
背が高く前髪で片目の隠れた男がグラサン男をクールに制止し、作業に集中するように求めた。グラサン男ことイワンは背の高い男へ向き直ると
「ああ、そうだな、ジョシュ」とニヤッと笑って頷いてみせた。
「俺たちの計画は誰にも邪魔されやしないさ、そうだろ」
「ああ、俺たちの"ローゼズ作戦"は誰にも止められやしない。あっはっは」
「残念。あたしに止められないものなんてないのよね」
声がする方へ全員が振り向くと、迷彩柄のタイトパンツ姿で、高校生くらいの女の子が立っていた。
「誰だお前は」
「また新キャラが出た」
ジョシュがため息をついた。
「あたしは正義のヒーローよ」
女の子は右手で腰まである髪をサラッとなびかせた。
「そこまでよ。覚悟しなさい」
決め台詞の後、彼女は気合いの声とともに飛びかかった。
「面白い。俺が相手だ。ジョシュ、続きを頼むぞ」
蛍光ピンクジャージのイワンがグラサンを外して遠くへ投げると、指をバキバキと鳴らして正義のヒーローからの攻撃を待ち受ける。ヘビに睨まれたカエルみたいに一連のやり取りをただ見ていたチコはようやく我に帰った。よく分からないけど、男二人は見るからに怪しそうだし、きっと彼らのせいで自分は「入学するはずのない私立聖女子中学校でいじめに遭う」世界線に飛んでしまったのだろう。そして、彼らが決行しようとしている作戦とやらを止めないといけないと本能的に悟った。止めなければ、世界の歴史が劇的に変わってしまうと思ったのだ。
おそらく、たくさんのモニターに映るのはそれぞれ異なる世界線だ。その下にあるのがそれらを管理するシステムだろう。イワンは正義のヒーローとのバトル真っ最中だが、相方のジョシュは来るべき時に備えて手を動かし続けている。彼は大きな丸い円錐状の部品がついた機械をリュックから取り出すと、システムに嵌め込もうとした。あれで何かをするつもりだろう。あの機械を壊さないといけない。
いても立ってもいられなくなったチコはジョシュに体当たりした。ジョシュは長い脚で踏ん張って衝撃に耐え、逆に彼女を上から押さえつけてしまった。チコの窮地に正義のヒーローが怯んだ隙を、イワンは見逃さなかった。彼の鋭い目が怪しく光ると、相手の腹部に一発お見舞いしてやった。「悪いね。俺は空手の有段者なのだ」とイワンはいやらしい笑みを浮かべた。
「いよいよだな」
「ああ」
「これで俺たちが世界を支配できる。拡散する種、名付けて"ローゼズ作戦"だ!」
イワンとジョシュは早くも勝利宣言をした。チコと正義のヒーローはロープでぐるぐる巻きにされ、くくり付けられた柱から冷めた視線を送った。
「ごめんなさい。余計なことをして、あなたの足を引っ張ってしまった」
チコはしゅんとして正義のヒーローに謝まった。
「大丈夫。まだ終わってないわ」
正義のヒーローはぱちんとウインクしてみせた。後ろ手に縛られた手が、お尻のポケットに隠し持っていた小型ナイフを取り出す。
「じっとしてて」
彼女はチコに目配せした。
男どもは気づく様子もなく、頼まれてもいないのにここに至るまでの道のりをとうとうと語り始めた。
「俺たちのバンド・ブルーローゼズはまさに黄金期だった。解散さえしなければ、今頃は世界一のバンドになっていたはずだ」
堪えきれずイワンは目に涙を浮かべた。ジョシュが青い種を片手に続ける。
「このバラの種をそれぞれの世界線に撒けば、バンドのサクセスストーリーを組み込んだ青いバラが咲き、過去を書き換える。俺たちは、俺たちの音楽で今度こそ世界を征服できる」
「もう二度と解散しなくて済む!」
「俺たちこそが、世界のトップ・オブ・ザ・トップだ!」
「再び返り咲いてやる、バラだけにな」
イワンとジョシュは揃って高笑いをした。
「盛り上がってるところ悪いけど、ショーはお開きよ」
間髪入れずに正義のヒーローが飛び蹴りをかました。不意打ちに慌てたジョシュはエレキギターを改造したレーザー銃で迎撃する。軽々とかわし続けるが、このままでは奴らを止められない。チコはスカートのポケットを探ると、幼なじみにもらった鏡の感触があった。
「伏せて!」
正義のヒーローが身を低めると、レーザー光線がチコ目掛けて一直線に駆け抜ける。それを鏡で受け止めると光は真っ直ぐに跳ね返り、イワンとジョシュがもろに食らってエレキギターごと吹っ飛んだ。彼らは自分たちが作り上げた機械にぶち当たってそれを壊してしまった。
「反射の法則よ。習わなかった?」
チコと正義のヒーローはハイタッチした。強い光を浴びたせいか、バラの種が一気に芽吹いてイワンとジョシュをトゲのあるツタでぐるぐる巻きにした。
「うわーやめろ、痛い」
咲き誇る青いバラの隙間から彼らの悲鳴が聞こえるのだった。
「なぁ、ジョシュ。こんなことしなくても、もっとお互いに歩み寄って話し合っていれば、やり直せたんじゃないかな」
「ああ、そうだな。まだ間に合うさ。時間はたっぷりあるんだし……ムショの中でな」
護送車の中で、イワンとジョシュはようやく大切なものに気がついた。正義のヒーローとチコはそれを見送った。しばらく沈黙が流れた後、チコの目から大粒の涙がこぼれた。
「なんか、信じて頑張ってきた先の未来が、期待していたものと違ったみたいで。なんだかもう、どうしていいか分からなくなっちゃって」
正義のヒーローはチコの小さな肩をそっと抱いた。
「チコ、あなたはとても勇敢だったわ。あたしと、世界を救った。もっと自分に自信を持ちなさい。それに、たとえ期待していた未来じゃなかったとしても、幸せはいつもあなたの心が決めるのよ」
彼女の言葉に涙の雨はますます激しく頬をつたうが、やがて落ち着きを取り戻していった。
「さ、元の世界線に帰りましょう。送ってあげる、この時間操作マシーンでね」
二人はゆっくりと過去へ向かって歩き始めた。
表参道ヒルズの前で、正義のヒーローである彼女は可愛い猫がプリントされた二つ折りの鏡をポケットから取り出して眺めた。
「あの時、割れちゃったのよね」
「チコ、ごめん。追試で遅くなった。高校の数学がこんなに難しいなんて、うわぁああ」
よほど急いでいたのか、足をつんのめって思いっきりダイブしてきた自分の幼なじみをお姫様抱っこで受け止めた。
「ありがとう。世界はもう、救った?」
「ええ。あんたがくれた鏡でね」
不思議そうな表情を浮かべる幼なじみに、チコは「ふふふ」と笑った。
「ああ」
「これで俺たちが世界を支配できる。拡散する種、名付けて"ローゼズ作戦"だ!」
ビッグ・ベンや東京タワーなどを映したモニターがずらっと並ぶ前で、二人の男は勝利を確信して笑った。
ベッドに腰掛け、丸めた「不合格通知」を再び広げてチコは涙ぐんだ。何度見ても、本命の私立聖女子中学校に落ちたという結果は変わらない。三年間、週五日、夕方六時から終電まで続くスパルタ塾に通い、努力を重ねて来たのに。
「チコ、入るよ」
自室のドアが開いて、隣の家に住む幼なじみが入ってきた。
「まだ泣いてるのかよ」
チコは慌てて涙を拭った。幼なじみは空いてるスペースに腰掛ける。
「いい加減、元気出せよ。あれだけ頑張って勉強したんだから残念だったろうけど。俺は嬉しいよ。春から同じ中学に通えるんだからさ」
憧れの黒と白のブレザーに赤いタータンチェックのスカートの制服が着られないなんて。チコの頭は着損ねた制服のことばかりで、幼なじみの慰めが耳に入ってこない。
「と、とにかく、元気出せよ。これ、俺からの入学祝いだ」
彼が差し出したのは、可愛い猫がプリントされた二つ折りの鏡だった。
「じゃあな、また中学でもよろしくな」
幼なじみはそう言って出ていった。チコは鏡で泣きはらした自分のまぶたをまじまじと見つめると「ぶっさ」と吐き捨て、もらったばかりのプレゼントをスカートのポケットに入れた。すると、目の前の空間が突然ぐにゃりと曲がった。
気がついたら桜の咲く私立聖女子中学校の校門前にチコは立っていて、可愛いと評判の制服を着ていた。
「嘘でしょ。私、もしかしてここの生徒なの? やったぁ」
チコは跳び上がった。きっと不合格通知は何かの間違いで、自分はきちんと憧れの第一志望校に合格していたのだ。夢にまで見た新しい生活が始まる。期待でウキウキしながら校門をくぐり、チコは一年A組と書かれた教室のドアを開けた。
しかし、夢心地の彼女をいっぺんに醒めさせる出来事が待っていた。ドアの上から大量の冷水が落ちてきて、無情にもチコをさめざめと濡らした。足元にバケツが転がった。
「何あれ最低~」
クラスじゅうの女生徒が大爆笑した。
「だっさ。成績トップで入学したからって、調子に乗ってんじゃないわよ」
「本当よね。良い気味」
「ちゃんと片付けなよ~」
リーダー格の女子と、周りの取り巻きが頭から爪先までずぶ濡れのチコを見ながらクスクス笑う。
いたたまれない気持ちになって、チコは教室から飛び出した。遊びたいのも我慢して勉強した結果、自分を待ち受けていたのが、嫉妬による陰湿ないじめ。理想と現実の落差に、チコはすっかり虚しくなった。体操着に着替えようとロッカーを開けると、またしても空間がぐにゃりと歪んで中に吸い込まれてしまった。
今度は薄暗いところへ飛ばされたようだった。放り出された時に思い切り尻もちをついてしまったチコは「うっ」とうめいた。数え切れないくらいのモニターがびっしりと埋め尽くし、二人の男が並んで立っていた。
「なんだ、こいつは」
派手な蛍光ピンク色のアディダスのジャージ姿で、ゴーグルみたいなサングラスをかけた男が驚いた様子でチコを見た。
「落ち着け、イワン。さっきシステムをいじくり回した時に時空の誤作動で飛ばされてきたんだろう。構うな。それより時間がない」
背が高く前髪で片目の隠れた男がグラサン男をクールに制止し、作業に集中するように求めた。グラサン男ことイワンは背の高い男へ向き直ると
「ああ、そうだな、ジョシュ」とニヤッと笑って頷いてみせた。
「俺たちの計画は誰にも邪魔されやしないさ、そうだろ」
「ああ、俺たちの"ローゼズ作戦"は誰にも止められやしない。あっはっは」
「残念。あたしに止められないものなんてないのよね」
声がする方へ全員が振り向くと、迷彩柄のタイトパンツ姿で、高校生くらいの女の子が立っていた。
「誰だお前は」
「また新キャラが出た」
ジョシュがため息をついた。
「あたしは正義のヒーローよ」
女の子は右手で腰まである髪をサラッとなびかせた。
「そこまでよ。覚悟しなさい」
決め台詞の後、彼女は気合いの声とともに飛びかかった。
「面白い。俺が相手だ。ジョシュ、続きを頼むぞ」
蛍光ピンクジャージのイワンがグラサンを外して遠くへ投げると、指をバキバキと鳴らして正義のヒーローからの攻撃を待ち受ける。ヘビに睨まれたカエルみたいに一連のやり取りをただ見ていたチコはようやく我に帰った。よく分からないけど、男二人は見るからに怪しそうだし、きっと彼らのせいで自分は「入学するはずのない私立聖女子中学校でいじめに遭う」世界線に飛んでしまったのだろう。そして、彼らが決行しようとしている作戦とやらを止めないといけないと本能的に悟った。止めなければ、世界の歴史が劇的に変わってしまうと思ったのだ。
おそらく、たくさんのモニターに映るのはそれぞれ異なる世界線だ。その下にあるのがそれらを管理するシステムだろう。イワンは正義のヒーローとのバトル真っ最中だが、相方のジョシュは来るべき時に備えて手を動かし続けている。彼は大きな丸い円錐状の部品がついた機械をリュックから取り出すと、システムに嵌め込もうとした。あれで何かをするつもりだろう。あの機械を壊さないといけない。
いても立ってもいられなくなったチコはジョシュに体当たりした。ジョシュは長い脚で踏ん張って衝撃に耐え、逆に彼女を上から押さえつけてしまった。チコの窮地に正義のヒーローが怯んだ隙を、イワンは見逃さなかった。彼の鋭い目が怪しく光ると、相手の腹部に一発お見舞いしてやった。「悪いね。俺は空手の有段者なのだ」とイワンはいやらしい笑みを浮かべた。
「いよいよだな」
「ああ」
「これで俺たちが世界を支配できる。拡散する種、名付けて"ローゼズ作戦"だ!」
イワンとジョシュは早くも勝利宣言をした。チコと正義のヒーローはロープでぐるぐる巻きにされ、くくり付けられた柱から冷めた視線を送った。
「ごめんなさい。余計なことをして、あなたの足を引っ張ってしまった」
チコはしゅんとして正義のヒーローに謝まった。
「大丈夫。まだ終わってないわ」
正義のヒーローはぱちんとウインクしてみせた。後ろ手に縛られた手が、お尻のポケットに隠し持っていた小型ナイフを取り出す。
「じっとしてて」
彼女はチコに目配せした。
男どもは気づく様子もなく、頼まれてもいないのにここに至るまでの道のりをとうとうと語り始めた。
「俺たちのバンド・ブルーローゼズはまさに黄金期だった。解散さえしなければ、今頃は世界一のバンドになっていたはずだ」
堪えきれずイワンは目に涙を浮かべた。ジョシュが青い種を片手に続ける。
「このバラの種をそれぞれの世界線に撒けば、バンドのサクセスストーリーを組み込んだ青いバラが咲き、過去を書き換える。俺たちは、俺たちの音楽で今度こそ世界を征服できる」
「もう二度と解散しなくて済む!」
「俺たちこそが、世界のトップ・オブ・ザ・トップだ!」
「再び返り咲いてやる、バラだけにな」
イワンとジョシュは揃って高笑いをした。
「盛り上がってるところ悪いけど、ショーはお開きよ」
間髪入れずに正義のヒーローが飛び蹴りをかました。不意打ちに慌てたジョシュはエレキギターを改造したレーザー銃で迎撃する。軽々とかわし続けるが、このままでは奴らを止められない。チコはスカートのポケットを探ると、幼なじみにもらった鏡の感触があった。
「伏せて!」
正義のヒーローが身を低めると、レーザー光線がチコ目掛けて一直線に駆け抜ける。それを鏡で受け止めると光は真っ直ぐに跳ね返り、イワンとジョシュがもろに食らってエレキギターごと吹っ飛んだ。彼らは自分たちが作り上げた機械にぶち当たってそれを壊してしまった。
「反射の法則よ。習わなかった?」
チコと正義のヒーローはハイタッチした。強い光を浴びたせいか、バラの種が一気に芽吹いてイワンとジョシュをトゲのあるツタでぐるぐる巻きにした。
「うわーやめろ、痛い」
咲き誇る青いバラの隙間から彼らの悲鳴が聞こえるのだった。
「なぁ、ジョシュ。こんなことしなくても、もっとお互いに歩み寄って話し合っていれば、やり直せたんじゃないかな」
「ああ、そうだな。まだ間に合うさ。時間はたっぷりあるんだし……ムショの中でな」
護送車の中で、イワンとジョシュはようやく大切なものに気がついた。正義のヒーローとチコはそれを見送った。しばらく沈黙が流れた後、チコの目から大粒の涙がこぼれた。
「なんか、信じて頑張ってきた先の未来が、期待していたものと違ったみたいで。なんだかもう、どうしていいか分からなくなっちゃって」
正義のヒーローはチコの小さな肩をそっと抱いた。
「チコ、あなたはとても勇敢だったわ。あたしと、世界を救った。もっと自分に自信を持ちなさい。それに、たとえ期待していた未来じゃなかったとしても、幸せはいつもあなたの心が決めるのよ」
彼女の言葉に涙の雨はますます激しく頬をつたうが、やがて落ち着きを取り戻していった。
「さ、元の世界線に帰りましょう。送ってあげる、この時間操作マシーンでね」
二人はゆっくりと過去へ向かって歩き始めた。
表参道ヒルズの前で、正義のヒーローである彼女は可愛い猫がプリントされた二つ折りの鏡をポケットから取り出して眺めた。
「あの時、割れちゃったのよね」
「チコ、ごめん。追試で遅くなった。高校の数学がこんなに難しいなんて、うわぁああ」
よほど急いでいたのか、足をつんのめって思いっきりダイブしてきた自分の幼なじみをお姫様抱っこで受け止めた。
「ありがとう。世界はもう、救った?」
「ええ。あんたがくれた鏡でね」
不思議そうな表情を浮かべる幼なじみに、チコは「ふふふ」と笑った。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる