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第一章 異世界の転生
異世界の転生 4
しおりを挟む「…よろしくお願いします、十くん」
フィールからの提案に承諾すると、花園に咲くタンポポのような柔和な笑みが浮かんだ。彼女の初めて見る表情に、思わずドキッとしてしまった。
「それじゃあお話も終わりましたし、お姉ちゃんを迎えに行ってきますね」
「あ、ちょっと待って。アネシィさんには、俺はどう接したらいいですか?」
いきなりため口なんてのも難しく、ぎこちないしゃべり方になる。荒波のような展開に、友人なんてのもずいぶん久しいものなのだ。これくらいは見逃してほしい。
「これは決して無理強いできることではないですが…できれば、ほかの人の前では改竄について話さないほうがいいと思います」
「人々の記憶や歴史が丸々改竄されてて、自分だけはそれを認識できているなんて怪訝に思われるでしょうし…」
「それに、お姉ちゃんはきっと私たちのことを信じてくれますけど、そうしたら今度は自分の記憶がなにも信用できなくなって、精神的に追いやられてしまう可能性があるので」
たしかにその通りであった。もしそのまま、突如変容した世界について疑問を振りまいていたら、自分は周囲から変人扱いされて疑心暗鬼に陥っていただろう。
たまたま知り合いにフィールが転生してきて、とても救われていたことに気づく。
「わかった。じゃあこのことについては俺とフィールさ…の間だけってことで」
「はい。…ありがとうございます。お姉ちゃんにもラフに接してくれれば問題ありませんので」
友達。なんとも懐かしい響きだ。今の生活は言わずもがな、高校も大学もぼっちを貫いてきた。
友達との接し方ももはや記憶の彼方。一抹の不安を覚える。
その時、窓の外から悲鳴が聞こえた。
「なっ、なんだ!?」
「テンダークがでたぞおおおおおおおお!」
「テ、テンダーク??」
いきなりのことで呆気に取られていると、傍らにいたはずの少女はいつの間にか家を飛び出していた。慌てて彼女を追うように外へ出る。
空中を浮遊する半球体状の赤い物体が見えた。おそらく風船だ。町中で見かけるてっぺんが丸い浮遊物といったら風船に違いない。
ババババババ
閑静な住宅地には似合わない、ヘリコプターが接近するような異音がした。
なら風船と違うか。風船の効果音は子供の泣き声と相場が決まっている。それでその近くには決まって優しい兄ちゃん姉ちゃんがいるのだ。
なんて、遠くの家屋から一部分を覗かせる丸い物体を、漫才みたいな推理をしながら眺める。
それはどんどんこちらに近づいてきて、その全体が露になった。
タコがいた。
触手をスクリュー回転して空中を浮遊する巨大なタコがいた。
「は、はひ?」
俺は素っ頓狂な声を上げるしかできなかった。非日常を認識するために今まではレベルの低いところから徐々に馴染ませてもらえていたが、いきなり出くわしたこの異形には残念ながら頭がついていかなかった。
「あっ! フィール様!」
「任せてください!」
巨大なタコは標的をフィールに定めたのか、分厚い触手をしなるように叩きつけてくる。
フィールはそれを軽やかに躱すと、手のひらから生成した白い円盤状のエネルギーを投げつける。白の回転刃は弧を描くように宙を奔ると、タコの触手を鮮烈に切断した。
怯んだタコに向けてフィールが杖を構える。
「ライトニングレイ!」
掛け声とともに、周囲に雷が落ちたような衝撃が走る。杖の先から発射された白のレーザーはタコの図体を真正面から打ち抜き、直撃した部分を跡形もなく消し飛ばしていた。
残ったわずかな胴体と触手が豪快な音を立て道路に墜落する。
「さすがフィール様…! ありがとうございます!」
「お役に立てて何よりです。すみませんが、残骸の処理の連絡は任せてもよろしいですか?」
目まぐるしい討伐劇を目の前で見させられて、本日何度目かの実感を覚えさせられる。
この世界は本当に、剣と魔法の世界に変わってしまった。
「フィー、大丈夫?」
「はい、この通り」
「十との話は?」
「そちらもついさっき話し終えました」
「そっか」
同様に外の様子を見に来ていたアネシィが俺に近づいてきた。
今まで文字だけでやり取りしてた相手と初めて音声通話するような、妙な緊張感に襲われる。
(平常心、平常心…。家族に接するようなフランクさで…。)
どこか不安を覚えているようなアネシィに、ぎこちなく笑みを送った。
とっさに取った行動だったが、その一瞬後に後悔が浮かんだ。不気味な笑みで不快にさせてないだろうか。彼女の表情が変わる。
目元を緩めほほえみを見せる彼女は、スカートの少女とよく似ていた。
◇
アネシィへの説明は、思いの外簡単にいった。
「えっ…ちょっと、大丈夫だったの?」
フィールによって、実はモンスターに襲われた際の影響で一時的に精神錯乱していたことにされた。それを先ほどの時間に治療したという流れだ。
「ああ、もう大丈夫」
「その、ごっ、ごめんなさい! 私っ、ちゃんと話も聞かないまま…」
「い、いや、もう大丈夫だから」
嘘をついている罪悪感に少し心苦しくなる。ただ、ちゃんと自分を省みれるタイプの人でよかった。アネシィという少女も、少なくとも悪い人間ではなさそうだ。
「それにしても、そのー…約束、悪かったな」
「そんな状態だったなら仕方ないわよ。映画ならまた見に行けばいいし」
(あれ? 今まで行ったことあったっけ…?)
友人との映画。それもまた、もはや覚えがないほど縁のない行事だ。
「でも…一人で討伐に行くなんてのは看過できないわね。今回は助かったものの、もしものことがあったら…次からはいつも通りちゃんと一緒に行くこと!」
「あ、ああ」
モンスター、討伐、さらには魔術…日常生活には馴染みがなかったはずの言葉が次々と出てくる。
自分たちの世界・アースに転生してきたとされるもう一つの世界・ハライア。剣と魔法に、異世界転生…。ようするに、なんか無双できそうな気がするゴリゴリの異世界系というわけだ。
と、なるとだ。
好奇心が疼いた。
ゲームやアニメにはよく触れている人間からすると、やはりそれらはあこがれの対象なわけだ。剣や魔法、魔物退治と聞いて反応せずにはいられなかった。
アネシィから少し離れ、フィールに耳打ちする形で尋ねる。
「その、この世界って冒険者のギルドだったり、魔物討伐やダンジョン攻略なんてものが存在したりは…?」
「はい。大方そのようなことに取り組んでいます」
「口ぶりからすると、割と日常的に?」
「そうですね。私たちは基本的には三人でパーティーを組んで、討伐や収集に探索、割と幅広く依頼をこなしています」
「二人で何話してるの?」
「次のクエストについて少し」
「予定だと明後日から探索開始だったわよね。金剛渦水域」
「それじゃっ明日は朝から町で探索の準備するんだから、寝坊するんじゃないわよ!」
少し駄弁った後、アネシィとフィールが帰った。アネシィという子は結構なお節介焼きらしく、モーニングコールでもしてやろうかなんて言ってきた。まあこれはちょっとしたジョークだろうが。
第一印象がおっかなかったので少々不安だったが、彼女は根はとてもやさしい子だ。素直な部分もあり、なによりこちらのことを心配してくれているのが所々から伝わってきた。
たまに言葉に棘があったりするが、そこはご愛嬌といったところだろう。
部屋でぼんやりしているとフィールからメッセージが届く。
『ごめんなさい。よくよく考えてみれば、十くんの中ではダンジョンや魔物の討伐なんて初めてのことでしたよね。捏造された記憶と混同してしまって…。もしそんな気がなかったら、遠慮せず言ってください。』
好奇心が勝り完全に乗り気になっていたが、よくよく考えてみれば初めてのことだ。魔物退治なんてのは当然危険も伴うし、探検なんかも理想を抱いているだけで、本当はほとんど変わらない景色の中ひたすらに歩くだけなのかもしれない。
だが、それでもこの溢れんばかりの興奮を誰が抑えられるというのか。少年なら一度はあこがれるような状況にいるのだ、今回ばかりはさすがに面倒だなんて思いやしない。
少し考えた後、指を動かす。フィールが堅めの子で助かった。どの程度絵文字を入れるべきかとか、面白がっている表現を使うのに『笑い・笑・草・w・www・etc…』どれを使うべきか問題なんて頭を悩ます要素がない。
『いや、確かにこれまでの生活とは程遠いけど、今では少しワクワクしている。わからないことがたくさんあるから、ちょくちょく教えてくれると助かるな。』
これからきっと始まるのだ。疑似的ではあるが、変わり果てた世界で魔術と剣を振るう『異世界生活』が。
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