失われた歌

有馬 礼

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第2部 帝都ローグ篇

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 ヴィラントは、ここがかつてレイフも住んだ守護者の塔と聞いて感激していた。レイフがいた痕跡を感じたい、塔の中を案内してほしいと頼まれて、リコはバルクと一緒に塔のあちこちを案内していた。北側の書庫の絵を見せると、ヴィラントは感激して、その前にしばらく額づいていた。
〈ここには守護者のお墓もあるの。もちろん、レイフのも。狭義の守護者は、特別に大きな部屋になってる。行ってみる?〉
「おお、なんと…。是非に」

 地下墓地に下りると、ジュイユに声をかける。
〈レイフのお墓の鍵貸して〉
「私も行こう」
 ジュイユは壁にかかった鍵の中から、ひときわ立派なものを手に取った。この塔の中で鍵をかけている、数少ない部屋だ。
 地下墓地の一番奥まった場所にそれはある。
「僕も初めて来た」
 バルクが興味深く周りを見回す。いつも軽口ばかり叩いているヴィラントは無言だった。
 ガチャン、と金属の錠が開く音がこだまする。
 金属製の門を開くと、中は祭壇があるが、そのほかにこれといったものもなくガランとしていた。
 墓地と行っても何があるわけではない。レイフ・セレスタ・オルトマールーンの名前と生没年月日を刻んだ石碑があるだけだ。
 リコがヴィラントを振り返ると、彼はふらふらと前に進みでて、石碑の前に両膝をついた。眼球のない空洞の目で石碑を見上げる。
「おお、レイフ様…。なぜこんなところにいらっしゃるのでございますか。わたくしを時の中に置き去りにして、なぜあなたはこんなところにいらっしゃるのでございますか」
 ヴィラントは両手を石畳について、がっくりとうなだれた。
「レイフ様…。レイフ、レイフ…。わたくしほど貴女を愛している者がこの世におりましょうか。なのになぜ、なぜ貴女がこの世界を去る時、わたくしをお連れくださらなかったのでございますか。わたくしのような闇にすまう卑しい者は連れてゆけぬとおっしゃるのならば、なぜ、この世界が終わるその時まで封印しておいてくださらなかったのでございますか。貴女にはそのようなこと、いとも簡単にできたでしょうに。なぜわたくしを置き去りに…。貴女は本当に、ガラだけでなく性格も悪い…」
 ヴィラントを見つめていたリコがふと顔を上げる。

 石碑から光が差している。

『よう、ヴィラント。泣いてんのか? 見苦しいぞ』
 光の中に女が立っていた。
 眩い金の髪、緑の瞳。目の色と同じ深緑の、爪先まで覆うシンプルなドレスを着ている。低い位置で腕組みをし、顎を上げてヴィラントを見下ろしている。
 細い鼻先に大きな丸い目。薄い唇は硬く引き結ばれている。
「レイフ…様…。おお、すっかり大人の女性になられて。しかしこれは…。死霊ですらない。ただの像だ…過去から像を…なんという…」
『そうだ。お前が汚らしく泣いてんのが視えたんで、笑いにきたんだよ』
 口の端を吊り上げてニヤニヤ笑う。
「な、なんという。なんということなのでございますかレイフ様。最愛の人との離別を知って嘆き悲しむ者に、よくもまあ『汚らしく』などと。どこまで性根が腐っておるのでございますか。人として如何かと思いますよ、魔物のわたくしですら。そしてそんなことのために、なんという前代未聞のことをさっくりやってのけておるのでございますか」
『ああ? っせーな。私に説教してんじゃねーよ。…ヴィラント、お前は今はリコのために働け』
「承知いたしました、レイフ様」
 ヴィラントは頭を垂れる。
『私はもうじき、闇の来訪者と戦って死ぬ。おそらくだけどな。これまで色んなものを視てきたが、自分の死に様に関係することだけは視えない。闇の来訪者を殺せればいいんだが、多分できないんだろう。リコに伝えてくれ。後始末を頼んだ。あと、フレイマの行くところに行け。と』
「なんのことですか、なにをおっしゃって…」
『あ、さすがにもう力が続かねーわ。じゃあな』レイフの像は、ヴィラントの額に手を置く仕草をする。『迎えにいくよ。お前が死ぬ時にな』
「ちょ、レイフ様…!」ヴィラントが消えつつあるレイフの像に呼びかける。「野菜も食べてくださいませよ…!」
『ハッ、最近食べられるようになったわ。なめんなばーか』
 レイフの像は楽しそうに笑うと、消えた。
 急に暗さが増した気がする。
「レイフ様…最近って…」
 ヴィラントはレイフの像が立っていたあたりに眼窩を向けたまま呟いた。
「狭義の守護者の二つ名は伊達じゃないな」
 沈黙を破ったのはジュイユだった。
〈レイフも、闇の来訪者と戦った? だけど、勝てなかった? 光の来訪者でも?〉
「落ち着け。無傷では逃さなかったはずだ。時を超えるほどの力とぶつかり合って無事でいられるものなどおらん。それに来訪者ならば、この世界に現れている間は人間だ。とうに死んでる。死んで、あるべき世界に戻っている。レイフのようにな」
〈そっか…。そうだよね…〉
「リコ様、今の言葉はどういう意味か、おわかりになりましたか」
 ヴィラントは立ち上がり、リコを振り返った。
 リコは首を振る。
「レイフと戦った闇の来訪者がどうなったか、わかりますか」
 バルクがジュイユに尋ねる。
「わからん。なにせ、傍観者などいようのない戦いだ。いても、巻き込まれて全員死んでる。調べたことがあるが、歴史書でも何かがあったことを窺わせる記述だけだ」
「相討ちになったのか、逃したのか…。『後始末』って、なんなんだろう」
 バルクは口元を指先で覆いながらひとりごちる。
「レイフでも自身の死に関わることは視えないと言っていた。私ももう少し調べてみるが、わからんな。わからん」
「レイフ様の封印に包まれて、安穏と眠っていた自分が情けのうございますよ…」
 精霊使いの歴史上最大の戦いがあった頃に唯一存在していたヴィラントが、申し訳なさそうに言う。
〈レイフは、あなたを巻きこみたくなかったんだと思う。封印の中にいれば却って安全だから〉
「リコ様。レイフ様は、そういった優しさとは無縁の方でございますよ。3日3晩戦い続け、様々な会話をしたわたくしが申し上げるのですから間違いございません。わたくしを封印して守ろうとしたのだとしたら、それは、何か利用価値を認めてのことでございましょうよ。あの方は悪趣味なのでございます」
〈確かに、趣味は悪い〉
 リコは鼻の頭に皺を寄せて笑う。
「ご存じなのでございますか?」
〈うん。だって、覗きが趣味なんだもん〉
「…それは、どういう?」
 リコは余計なことを言ってしまったことに気づくが、時すでに遅しだった。

 ヴィラントにせがまれて、地下水路のレイフの絵を見せる羽目になってしまった。ヴィラントは「レイフの絵」ということに重点を置いて見るのだろうからまだいいとして、バルクにも見られてしまうのが耐え難く恥ずかしい。これをわかってて描いたな、本当に悪趣味だ、と口が悪く無駄に絵心がある先祖を恨めしく思う。
 地下水路には、帝都から連れ帰ってきた元パーティーピープルが住んでいた。彼はここを存外気に入りご機嫌に過ごしているらしく、本当に良かったとリコは思う。ヴィラントの姿を認めて、今はボッチの元パリピもついてきた。
〈これ…〉
 大きな岩に描かれた絵を示す。
「おお、これはまた大作でございますね…」
 ヴィラントはそこに描かれているものには気づかずに、感慨深く絵を見上げている。
「これ…」
 その代わりバルクがおずおずと口を開いた。リコは気まずい思いでちらりとバルクを見る。
「僕らだよね?」
 リコに顔を向けてくる。リコは曖昧に笑った。
「あの指輪。僕がプレゼントしたものだ」
 やはり気づいてしまったか。
「なんと」
 ヴィラントが振り返って、バルクとリコを見てから、もう一度絵を見上げる。見比べないでほしい、とリコは心底思う。
「あの方は…。ガラと性格が悪いだけでなく、性癖まで歪んでおるのでございますか。なんという…。光の来訪者の力を、房事の覗きなどという不埒なことに使うなど、言語道断。仕様のない方でございますよ、まったく。魔物のわたくしが申し上げるのもナンですが、人としてどうなのでございましょうか」
 ヴィラントはリコの代わりに、リコ以上に怒ってくれて、ちょっとスッキリする。これが普通の感覚だ。
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