失われた歌

有馬 礼

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第3部 古都アーセンバリ篇

12 やだなあもう

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 セストとナナカは、診療所で、廃坑内部で、傷ついたハンターたちを救う活動を続けた。彼らの活動はだんだんハンターたちにも知られるようになり、廃坑の少し開けた場所にいれば、ハンターたちの方から助けを求めてやってくるようになった。また、2人の活動に感謝して、手助けを申し出たり、動けなくなった他のパーティをセストの元に連れてくる者たちも現れ始めた。それは全て、セストの人柄がなせる業だった。セストは彼らを責めるようなことは何一つ言わなかった。ただ、命が助かったことを喜ぶだけだった。つい説教めいたことや小言を言ってしまいそうになるナナカにとっては、驚くべきことだった。

「明日は収穫祭なので、この診療所は休みです。皆さんも、本来の僧侶としての勤めに励んでください」

 日が暮れて扉が閉められた診療所で、所長が僧侶たちを前に言う。今日も疲労の色を濃くした僧侶たちは、どこかほっとしたように頷いた。

 いつものとおり、「飛ばし屋」の最終便に残ったのはシシェンとセストとナナカだった。

「ようやくひと息つけますね」

 シシェンがため息まじりに言う。事実彼は、とてもよく働いていた。

「明日は診療所を開けなくていいの?」

 ナナカはシシェンに言う。

「私たちにも本来の勤めがあるからねぇ。まあ、これも勤めと言えば勤めだけど」

 シシェンはそばかすだらけの頬をぽりぽりと掻いた。

「本来収穫祭の日は狩りはしてはならないってことになってるから。寺院の側が『抜け駆け』を推奨することはできないんだよ」

 セストが言う。

「そうか。確かに、ハンター協会も換金窓口は休みだもんね」

「そういうこと。ナナカも、明日はお祭りに行ってくるといい」

「うん…そうだね。そうしようかな」

 言葉とは裏腹になぜかナナカはあまり乗り気でないようだったが、その理由はセストにはわからなかった。もう、彼女の憂いは解決したはずなのに。
 そこに、顔馴染みだがいつまで経っても無愛想な「飛ばし屋」がやってきて、準備はできているか尋ねた。彼を待たせるとますます愛想が悪くなるため、平穏無事に1日の勤めを終えたい僧侶たちは、後片付けがの要領がとても良くなったのだった。


***


 「飛ばし屋」が「離脱」で現れるのは、寺院の中庭と決められている。そこで、秘書官のラッジがセストを待っていた。

「お帰りなさい、セスト導師」

「ラッジ導師。どうかされましたか」

「大僧侶からお言付けです。セスト導師、古都に来られてからのあなたの尽力に感謝して、明日は休養日としてください、とのことです」

「え? いえ、お気遣いはありがたいですが、明日休むというわけには…」

 収穫祭は、寺院にとって特別な日だった。寺院は感謝の祈りを捧げるために信徒たちに開かれ、僧侶たちは祈りの1日を過ごす。診療所を閉めるのも、半分はしきたりのためで、もう半分は僧侶の行のためなのだ。それを放棄するわけにはいかなかった。1日治癒法を使う必要がないのであれば、それはセストにとっては休みのようなものだ。

「これは大僧侶のお言葉です。私は確かに伝えましたよ」

 ラッジは微笑んで去っていった。ラッジの真っ黒な僧服が、夕闇に溶け込んでゆく。

「大僧侶がそう言ってくれてるんです、いいじゃないですか、休めば」

 シシェンは頭の後ろで手を組んで、にやにやしながらセストを見上げる。

「ねえ、ナナカはお祭りに行ってみたいでしょ?」

 ナナカの身の上を聞いたシシェンはいたく彼女に同情していて、兄が妹にするように何かと世話を焼いてやっていた。実際、シシェンはナナカより2つ歳上で、ナナカと同い年の妹がいるということだった。

「あ、うん…。あたしは…行ってみたい。今までは外から眺めてるだけだったから」

 ナナカは俯きがちに、小さな声で言った。

「じゃ、決まりですね。2人で楽しんできてください。私は僧侶の行にいそしんでますから」

 シシェンは心底楽しそうににやにや笑う。セストは何か言ってやりたかったが、何を言うべきかわからなかったし、それ以上にナナカをがっかりさせたくなかった。そうしてなんとなく、ナナカを収穫祭の祭りに連れて行く流れになってしまった。

「あの、別にあたしは、これまでそうだったみたいに、明日も外から眺めてるだけでいいから…。確かに行ってみたいけど、でも、セストに迷惑かけたいわけじゃないの」

「大丈夫だよ、ナナカ。セスト導師に遠慮はいらないよ」

 シシェンは笑って言う。ナナカに兄貴風を吹かせたいシシェンに売られたセストは、しかしまた何も言えなかった。

「あの…いいのかな?」

 ナナカが遠慮がちにセストを見上げる。その瞳が、建物から漏れた光を反射して、濡れたように光っていた。

「いいよ」

 頭の中では色々と考えていたはずなのに、結局セストの口から出た言葉はそれだけだった。ナナカの背後で、セストの顔を見てにやーっと笑っているシシェンをひと睨みするが、有効なダメージを与えることはできなかった。


「大僧侶も、粋なことしますよね」

 女性寮に帰るナナカと別れ、戻る道すがらシシェンが言う。

「いや、そういう深読みはどうかと思う」

 セストは眉間に皺を寄せる。

「なんで? しましょうよ、深読み。していきましょ? 別に妻帯は禁止されてはないし、今は交際してたって誰も何も言わないじゃないですか。そーゆーことですよ」

「さ…!?」

 セストの足がぴたりと止まる。

「何を今さら固まってんですか。やだなあもう」

 シシェンは肩をすくめると、固まっているセストを置き去りにしてさっさと行ってしまった。


***


 女性寮の共用シャワーで汚れを落とすと、丁度食事の時間になった。寮の中の仕事はここで暮らす者で分担しているのだが、ナナカは診療所の手伝いをしているという事情が加味されて、寮の仕事は免除されていた。食堂に降りていって今日の食事を受け取る。初日にナナカを迎えてくれた寮母で僧侶のファムが皆の前に立ち、今日の糧に感謝の祈りを捧げてから食事が始まる。社会的に弱い立場にいる女性たちが多く身を寄せていることもあって、寮には子どもも多くいた。子どもの笑い声や泣き声があちこちでして、賑やかだ。ジェムハンターの殺伐とした世界に慣れ親しんだナナカにとっては、珍しくて微笑ましい。

「どーじょ?」

 小さな手が横から伸びてきて、ナナカの皿に野菜を入れる。

「あっ、こら、だめでしょ!」

 横に座っていた母親が慌てて小さな男の子を抱き寄せる。

「ごめんね! あ、これ、まだ手つけてないから! ほんとごめん!」

 自分の皿とナナカの皿を取り替えてくれる。母親、と言ってもずいぶん若い。ナナカと同じくらいか、もしかすると歳下かもしれない。

「気にしないで。お子さん、かわいいね」

「でも毎日ほんと大変! ちょっと目離すとこれで…」

「ままー?」

「うんうん、ママ、今お姉さんとお話ししてるから待ってね。あなた最近ここに来たの?」

 真っ直ぐな焦げ茶色の髪を短く切りそろえた、つぶらな瞳の彼女は、人懐こい笑顔をナナカに向けた。

「うん…」

「そうなんだ。お互い、色々あるよね。ああ、あたしは、だいたいわかると思うけど、見てのとおり」

「ままー?」

「うん、わかったから。ファム母さんに助けてもらえて、ほんと、ラッキーだった。あなたもよかったね」

 坊やにせっつかれて彼女は忙しくなってしまい、それ以上言葉を交わすことはできなかった。
 ここにいる女性たちは、誰もが救いを求めていた。彼女たちは皆優しく親切で、そして何も尋ねなかった。

 疲れているはずなのに、部屋に戻りベッドに潜り込んでも、なんだかそわそわしてしまって眠れなかった。ようやく眠りが訪れたのは、夜中を過ぎてからだった。
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