光の戦車と黄金皇帝 〜秘密の妃は素直じゃない

有馬 礼

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第1章 光の戦車はこじらせ屋さん

8 それはそれとして(回想)

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 帰りの馬車に乗りこみ、ドアが閉まるとレイフは大きく息をついた。

「ああ、緊張した」

「レイフでも緊張することがあるのか」

 王太子は楽しそうに笑う。

「あるに決まってるだろ。私をなんだと思ってるんだ」

 レイフは口を尖らせる。

「しかし、ガルムはそなたを側女か何かにするつもりだったのか。そなたに拒否される可能性は考えつきもしないようだったな」

「あのおっさんはずっとあの調子なんだ。何言っても通じない。話が通じなさすぎて気持ち悪い」

「大寺院がこれで引いてくれると良いのですが」

 ディクスが言う。

「これ以上のゴリ押しは大寺院とてできないさ。私の妃になった以上、レイフは王族だ。他の貴族とは訳が違う」

「そうだディクス、さっきは、私のためにガルムに怒ってくれてありがとう」

 レイフに言われて、ディクスは一瞬驚いた顔をした後、すぐにいつもの文官の顔を取り戻した。

「仕事ですので」

「だとしても嬉しかったんだ」


 王太子とレイフを王太子宮に送り届けると、ディクスはそのまま帰っていった。

「彼はいつ休んでるんだ?」

「大丈夫だ。ディクスは優秀な秘書官だが、秘書官は数人いる。秘書官にはお互いの仕事を共有させ、誰でも同じ仕事ができるようにさせている。平時であれば休むのも自由だ」

「王太子は?」

「私は残念ながら1人しかいないからな」

 カーラがお茶の支度を整えている。

「カーラ、王太子と2人で話がしたいんだ、いいかな。後は私の精霊にやらせるから」

「ええ。ですが、精霊とは…?」

 カーラは少し戸惑っている。

「少し驚くかもしれない」

 そう断ってから、レイフは、少年従者の格好で動物の頭部をした4体の精霊を表した。

「猫が火、カワウソが水、鷲が風、狐が土の精霊だ。これは私の精霊で、危害を加えるような者じゃないから、安心してほしい」

「ええ、承知いたしました。お可愛らしい従者ですこと。こちらこそよろしくお願いいたしますね」

 カーラは精霊たちに挨拶してくれる。

「それでは、わたくしは退がらせていただきます」

 カーラは礼をすると部屋を出ていった。
 王太子は早速風の精霊にちょっかいを出している。

「そなたは本当に美しいな…今度私の寝所に来るといい」

「やめろばか! 私の精霊に何する気だ!」

 立ち上がって怒鳴りつける。

「なんだ、嫉妬か?」

 王太子は計算され尽くした角度で首を傾げる。わざとやっているな。

「違う!! お前がそうやってふざけるから、わざわざ少年従者の格好をさせているのに!! どんな噂がたっても知らないぞ!!」

 レイフは足を踏み鳴らす。

「下衆の噂ごときを、余が気にかけると思うのか?」

「もう、知らないからな!!」

 レイフは乱暴にソファに座る。

「それで、話とは?」

「あ…えっと」レイフは視線を彷徨わせる。「千里眼のことだ」

「ああ、王家お墨付きの官能記録のことか? いい考えだろう?」

「…お前、ほんと頭おかしいな」

「頭がおかしくなければ王になどなれるものか。それで?」

「千里眼に視られたら、ゆうべ…」

 レイフは言葉を途切らせる。さすがにはっきりと口にするのは憚られた。

「婚姻が、その、成立、してないことは…」

「なんだ、そんなことか」

 王太子のこともなげな言葉にレイフは鼻白む。

「視たところで、大寺院にそれを公言する度胸などないさ。千里眼がその力を使って視ているものが、まさか他人の閨事だなど、それこそ大寺院の権威は地に落ちるだろうよ。普段偉そうに道徳を説いている者が、裏ではそんな下品なことをやっていると知れたら」

 王太子はくすくす笑うが、すぐに真剣な表情になってレイフを真っ直ぐに見る。

「もちろん、レイフが望むなら、今すぐに婚姻を名実ともに成立させる用意はあるぞ」

 レイフは何か言いかけて口を薄く開いたまま、頬を真っ赤に染め、目を逸らす。

「…そういえば、王太子の『異常な性癖』って?」

「ああ。…初夜に好きな女と閨を共にしながらくちづけだけで終わるなど、変態の序列の中でも相当上位だろう?」

 王太子が何を言っているかわからず、レイフはうろんな表情で目線を戻す。

「…王太子は変態なのか?」

 レイフの言葉に王太子は即答する。

「そんなわけないだろう」

「どっちなんだ」

「私はただ、『このレイフにも怖いものがあったのだな』と思っただけだ」

 その言葉にレイフは目を見開く。
 真っ赤な顔になって所在なげに膝の上で手を組み合わせ、しばらく視線を床の上に彷徨わせた後、小さな声で言った。

「…ありがとう、アールト。待ってくれて。…私のこと、守ってくれて」

 王太子は目を細めて笑うと、レイフの隣に移った。そっと抱き寄せる。レイフは一瞬身体を硬くした後、大きく息をついて力を抜いた。

「愛する女がそう望むのなら、私はいつまででも待つさ」

 王太子はレイフの前髪にくちづけた。

「王太子は、アールトは、私に何も期待しない。私をただのレイフだとしか思ってない。だから好きだ」

 レイフは腕の中で王太子の顔を見上げる。

「私は他の者に期待などしない。自分の目的を自力で達成するだけの富も権力も能力も持っている。優秀な臣下もいるし、私は何より私自身を一番信頼している。見くびってもらっては困るな」

「ほんと、そのとおりだな」

 レイフの笑いが振動として伝わる。

「なあレイフ、さっき言ったこと、もう一度言ってくれないか」

「さっき言ったこと? 王太子は私に何も期待しない」

「そのあと」

「私をただのレイフとしか思ってない」

「そのあと」

「え? あ、えっと…」レイフは無意識に言ってしまった自分の言葉を思い出して、耳まで赤くなって、消え入りそうな声で言う。「あの…。だから…、好きだ…」

 王太子は力を込めてレイフを抱き寄せると、レイフの肩に顔を埋めた。

「愛している、レイフ。初めて見た時から」

 レイフは驚いて王太子の顔を見ようとするが、王太子が肩に顔を押しつけているので、目しか動かすことができない。王太子の栗色の髪だけが目に映る。

「あの日、本当は私は会う予定はなかった。だが、素晴らしい光が近くにいるのがわかって、いても立ってもいられず、父に無理を言ってあの場について行った。少しでも、近くで感じたくて」

「…」

 心臓があまりにも速く脈打っていて、レイフは何も言うことができない。あの日、王太子がそんなふうに感じていたなんて。それで、わざわざ精霊を、退出する自分たちのところへ寄越してくれたのか。

「愛している、私の光。そなたを縛ることなどできないのはわかっている。でもどうか、そばにいてくれないか…。私にとってそなたを失うのは、太陽を失うのと同じだ」

 これまで聞いたことがないような切ない王太子の声に、胸が鷲掴みにされたように苦しくなる。

「アールト。生じさせ、実らせ、還らせる者。私はずっとそばにいる。大丈夫。どこへも行かない。ずっと一緒だ」

 レイフも王太子を抱きしめ返す。王太子がレイフの肩から顔を上げる。視線が絡まりあい、どちらからともなく顔を寄せあう。唇が重なる。しかし王太子は、その言葉どおり、それ以上のことをレイフに求めなかった。

「今日は一緒にいられるはずだったのに、済まない。行かなければ。無粋者が余計な仕事を持ってきたせいで」

 唇を離した王太子が名残惜しそうに言う。

「私は大丈夫。気にしないで行ってくれ」

「ここにいてもいいが、もし戻りたければ塔に戻るといい。この部屋はそなたのためにいつでも使えるようにしておく」

「ありがとう」

 王太子はレイフの頬にくちづけると、髪を指で梳いた。

「父と母にも挨拶してもらわなければならないが、このところ皆多忙で、なかなか予定が合わない。また連絡する」

「そうか…。緊張するな」

 レイフの硬い表情を見て王太子は笑う。

「そう不安がらなくても大丈夫だ」

「あの日だって、国王陛下の顔なんか見えなかった。挨拶しろって言われてもな…」

「その時は私も一緒にいる。心配するな」

「…それが一番心配というか」

「なんだ、心外だな」

「自業自得だろ」

 レイフは笑った。

「塔へ戻るなら見送ろう」

 王太子は立ち上がると、レイフの手を取って立たせる。

「そうだ、忘れていた」

 王太子はそう呟くと、手を取ったまま騎士のように床に片膝をついた。

「えっ、ちょ、何やって…」

「わたくしの光、レイフ・セレスタ・オルトマールーン嬢」レイフの動揺をよそに、王太子は真剣な表情でレイフを見上げる。「わたくし、アールト・クラウス・ブロムヴィルと結婚してほしい」

 レイフは咄嗟に言葉が出て来ず、口をぱくぱくさせる。

「そ…、んなこと言ったって、もう宣誓書にサインしちまった後じゃねーかよ」

「それを言われると何も反論できないが。それはそれとして、返答は?」

「それとすんなよ…。えーっと、はい、喜んで?」

 王太子は素早く立ち上がるとレイフを抱きしめた。

「もう、色々順番とか何もかもがおかしい」

 レイフは王太子に抱きしめられたまま笑った。2人はそのまましばらく笑いながら抱き合っていた。
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